↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
真実鎖アレーテイア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/32

第二十九話 正解を見せるな

セラの剣が、鞘から抜けた。


金髪の男は構えなかった。


逃げようともしない。


ただ、停止装置の横に立ったまま、セラを見ている。


足元。


腰。


肩。


いつも同じ順番だった。


「最後に言う」


セラが剣先を下げたまま告げる。


「ここから出ろ」


「嫌や」


「裁定院の正式な保全命令(ほぜんめいれい)だ」


「知っとる」


「なら従え」


男は小さく笑った。


「止めるんやろ?」


「そうだ」


「ほな、止めたらええ」


俺は男を見る。


「……邪魔しないんですか」


「止めることにはな」


予想していなかった答えだった。


男は本当に停止装置から離れた。


壁際へ数歩。


保守技師が証拠保全官(しょうこほぜんかん)を見る。


「操作します」


「進めろ」


男を警戒しながら、技師が停止装置へ向かった。


司法運用系統を段階的に落とす。


本来なら、それだけの作業だ。


技師が最初の操作を行う。


金属環が回る。


内部で鎖が低く鳴った。


俺は《不具合鑑定》を使う。


《停止入力――受理》


一瞬。


表示が変わる。


《司法制御系――停止未成立》


その下。


《旧系統接続――待機》


「……止まってない」


保守技師が振り返る。


「何がです?」


「停止の操作自体は入ってます。でも、司法制御が落ちてません」


「そんなはずは」


技師がもう一度操作する。


同じ。


《停止入力――受理》


《司法制御系――停止未成立》


《旧系統接続――待機》


操作は届いている。


誰かが外から妨害しているわけでもない。


なのに。


止まらない。


「貴様」


セラが男を見る。


「何をした」


「何も」


「信じろと?」


「信じんでええよ」


男は停止装置へ視線を向けた。


「俺は、止まらへんようにしたんやない」


「では何だ」


「そこだけ止めても」


男の目が俺へ向く。


「終わらへんだけや」


背中に冷たいものが走った。


《旧系統接続――待機》。


こいつは。


この表示の意味を知っている。


「何を知ってるんです」


「自分で見つけ」


「知ってるんですね」


「どうやろな」


また答えない。


セラが一歩出る。


「どちらでもいい」


男を見る。


「停止作業の邪魔をしないなら、そこにいる理由もない。出ろ」


「それは嫌や」


「なぜだ」


男の視線が動く。


足。


腰。


肩。


そして、セラの顔へ戻った。


「見たいもんが増えたからや」


「何を」


「お前」


セラの剣先が上がる。


「そうか」


次の瞬間。


セラが踏み込んだ。


一歩目が見えない。


気づいた時には、もう刃が男の右腕へ走っていた。


殺すためじゃない。


抵抗する腕を封じ、そのまま拘束へつなぐ一撃。


だが。


男は刃が届くより前に身体を引いていた。


白い上着が揺れる。


一歩。


奥へ。


停止室の壁際には、長く使われていない石造りの通路が口を開けている。


男はそこへ近づいた。


セラが止まる。


男は笑った。


「遅いな」


「貴様よりは速い」


「せやのに当たらへんな」


挑発に、セラは乗らない。


剣の位置だけを変える。


今度は。


空気が変わった。


足の角度。


腰の高さ。


剣の位置。


余計なものが消えていく。


《完全適合》。


目の前の男を。


最も早く。


最も確実に制圧するための形。


男の目が細くなった。


また。


足。


腰。


肩。


セラが踏み込む。


今度の男は。


さらに早かった。


セラの剣筋が完成するより前に、もう回避先へ入っている。


刃が何もない場所を通る。


男はもう一歩。


古い通路へ下がった。


二度目。


なのに。


一度目より正確だった。


その時。


頭に浮かんだのは、聖律記録院の焼けた壁だった。


今この瞬間も。


あの壁が変わっている可能性がある。


俺たちがここで一呼吸使うたびに。


火災当時の証拠から。


少しずつ遠ざかっていく。


急がなければならない。


だからこそ。


勘で斬らせるわけにもいかない。


「セラ」


「何だ」


「もう一回、同じ入り方できますか」


男がこちらを見る。


「調べとるんか」


「はい」


「本人の前で?」


「隠しても意味ないでしょう」


「なんでや」


「見られた時点で何かされてるなら、言葉を隠しても変わりません」


男の目が、わずかに細くなった。


否定しない。


「正直やなあ」


「トーマ」


セラが呼ぶ。


「同じでいいのか」


「始まりは同じで」


俺は男にも聞こえるように続けた。


「途中で変えてください」


男の眉が少し上がる。


「そこまで言うん?」


「はい」


「俺、聞いとるで」


「聞かせてます」


俺は男を見る。


「今から違うことをするって分かっていても避けられるなら、その方が分かりやすい」


男の笑みが薄くなった。


「嫌な奴やな」


「仕事なんで」


「それ、前も言うてたな」


俺は答えなかった。


覚えている。


その一言も。


材料になる。


「行くぞ」


セラが言った。


右足。


腰。


左肩。


同じ入り。


男の視線が順番に落ちる。


そして。


セラが動くより先に、男が左へ退いた。


さっきの回避先。


その瞬間。


セラが踏み込みを止めた。


剣を上げない。


右足を軸に、腰だけを逆へ返す。


刃じゃない。


鞘。


男が避けた先へ、横から走る。


「っ」


初めて。


男の反応が遅れた。


半呼吸。


たったそれだけ。


でも。


鞘の先が白い上着を掠めた。


男が身体を捻り、さらに一歩下がる。


もう。


古い通路の入口に立っている。


セラは追わなかった。


俺も男だけを見る。


同じ始まりには強い。


繰り返した方が早くなる。


途中で変えた瞬間だけ。


遅れた。


あの回廊でもそうだった。


セラが途中で動きを変えた時。


男の肩が半呼吸だけ遅れた。


もし。


未来が見えるなら。


おかしい。


変えた先の未来だって。


見えるはずだ。


「違う」


声が出た。


男が俺を見る。


「何がや」


「未来じゃない」


セラも俺を見る。


「未来を見てるんじゃない」


一度見たもの。


それを次の動きへ重ねている。


今だけを見ているんじゃない。


今と。


前に見たものを。


比べている。


「こいつが見てるのは」


俺は言った。


「過去だ」


男から。


笑みが消えた。


ほんの一瞬。


それから、小さく息を吐く。


「……よう見とるな」


「仕事なんで」


「二回目や」


やっぱり。


覚えている。


セラが剣を向けたまま聞く。


「一度見た動きを記憶しているのか」


「記憶だけやったら」


男が答える。


「誰でもできるやろ」


「では何だ」


男は少しだけ考えた。


「見たことは」


静かな声。


「証言になる」


証言。


この街では。


妙に重い言葉だった。


「異能か」


セラが聞く。


「せや」


「名は」


男が俺を見る。


もう隠しても意味がないと思ったのか。


「《証言》」


攻撃でも。


防御でも。


未来を見る力でもない。


《証言》。


直接見た事実を。


次に使う。


まだ、それ以上は分からない。


「そして貴様の名は」


「まだ聞くん?」


「答えろ」


男は少し笑った。


「ゼイン」


初めて。


名前を口にする。


「ゼインや」


セラは名前を繰り返さなかった。


俺は証拠保全官を見る。


「一人、上へ報告をお願いします」


「内容は」


「通常停止が成立していないこと。それと、この男の名前と異能名を」


証拠保全官が頷く。


一人が階段へ向かった。


ゼインは止めない。


追いもしない。


「報告させていいのか」


セラが聞く。


「好きにしたらええ」


「随分余裕だな」


「別に」


ゼインが見るのは。


停止装置じゃない。


背後の古い通路だった。


―――


地上。


《保全停止》の命令が出てから、予定された時間を過ぎていた。


リゼットは法廷に残っていた。


裁定そのものは中断されたまま。


被告人は通常拘束へ移され、主鎖も外れている。


机の上にあるのは。


すでに提出された記録だけ。


三つの遮断操作。


三つの焼け跡。


旧い非常時執行路(ひじょうじしっこうろ)


何年も続いた魔力収支差。


裁定再開後に進行した熱変性。


どれも事実。


でも。


まだ答えではない。


法廷の扉が開いた。


地下へ同行した証拠保全官が入ってくる。


「報告します」


裁定官が顔を上げる。


「停止は」


「成立していません」


傍聴席がざわついた。


リゼットの筆が止まる。


「妨害されたのですか」


証拠保全官は少し迷った。


「いいえ」


その答えに。


裁定官が眉を寄せた。


「では、なぜ止まらない」


「通常の停止操作自体は実行されています。しかし、技術観察者によれば司法制御系の停止が成立していないとのことです」


「原因は」


「現在調査中です」


カルドが口を開く。


「ならば、《保全停止》の命令は未達成のままだな」


「はい」


裁定官が答える。


リゼットが証拠保全官を見る。


「地下にいた第三者は?」


「現在もいます。王国騎士セラ・ヴァルクが対応中です」


「名前は」


「ゼインと名乗りました」


リゼットの筆が止まった。


一呼吸。


名前だけを書く。


「所属は」


「不明です」


「停止装置へ何かしましたか」


「確認できていません。本人は停止そのものを妨害していません」


カルドが眉を寄せる。


「では、何をしている」


証拠保全官が答えに詰まる。


「……セラ・ヴァルクを見ています」


法廷に。


妙な沈黙が落ちた。


「異能名は《証言》と名乗りました」


リゼットの視線が上がる。


「《証言》」


「はい」


カルドの親指が。


短く逆へ回った。


一度。


リゼットはそれを見たが、何も言わない。


「裁定官」


「何か」


「ゼインという名前を、旧記録から照会してください」


「理由は」


「現行の司法設備では停止できない構造を知っている可能性があります」


リゼットは答える。


「聖律記録院の現行職員だけでなく、旧裁定院職員、保守関係者、それから刑執行関係の記録も含めてください」


カルドが彼女を見る。


「なぜ刑執行まで広げる」


「《非常時執行路》があります」


リゼットは淡々と答えた。


「今の用途だけを前提に調べる理由がありません」


裁定官が書記官へ指示を出す。


リゼットは再び紙へ視線を落とした。


ゼイン。


《証言》。


二つ。


新しい事実が増えた。


まだ。


つながない。


―――


地下。


俺はセラを見る。


「《完全適合》を使うと、たぶんもっと読まれます」


ゼインの目が細くなる。


セラは答えない。


「同じ条件なら、《完全適合》は一番いい答えを選ぶ」


敵との距離。


壁。


味方。


使える空間。


自分の身体。


条件が近ければ。


一番良い答えも近くなる。


最善なら。


わざわざ毎回、大きく形を変える理由がない。


だから。


こいつに見せた過去が増える。


「同じ答えを選んだら駄目です」


俺は言った。


「《完全適合》が出した答えを、そのまま使わないでください」


ゼインが笑った。


「無茶言うなあ」


セラは答えなかった。


右手を見る。


剣を見る。


それから、自分の足元へ視線を落とした。


敵がいる。


距離がある。


地形がある。


守るものがある。


条件が揃えば。


一番良い答えが出る。


それに従う。


十九年間。


たぶん。


それはセラにとって。


考えるより前のことだった。


間違った動きを選ばなくていい。


わざと遅い動きをする必要もない。


最善が分かるなら。


最善を選ぶ。


当たり前だ。


「トーマ」


「はい」


セラの声が、いつもより低かった。


「私は」


そこで言葉が止まる。


初めて。


セラが戦い方について答えを探している。


「一番良い動きが分かっていて」


セラが自分の剣を見る。


「それを選ばない方法を知らない」


俺はすぐに答えられなかった。


できない。


セラが。


そう言っている。


剣が使えないわけじゃない。


身体が動かないわけでもない。


正解を知っているのに。


それを選ばない方法が分からない。


一度。


俺はセラに。


斬らないでほしいと頼んだことがある。


一番簡単な勝ち方を。


自分から捨ててほしいと。


そして今度は。


もっとひどい。


最善そのものから。


自分で外れろと言っている。


遠く離れた聖律記録院の壁が頭をよぎる。


止まっていない。


今この瞬間も。


証拠が変わっているかもしれない。


だからといって。


セラに「早くしろ」とは言えない。


これを急がせたら。


結局。


別の正解を押しつけるだけになる。


「全部変えなくていいです」


俺は言った。


セラが顔を上げる。


「全部?」


「《完全適合》が出した答えから、一つだけ外してください」


「一つ」


「最初の足でもいい。剣の角度でも。半呼吸遅らせてもいい」


「それでは最善ではない」


「はい」


「失敗するぞ」


「するかもしれません」


「負けるかもしれない」


怖い。


でも。


答える。


「だから俺が見ます」


セラが俺を見る。


長い。


一呼吸。


二呼吸。


「お前は」


小さく息を吐いた。


「私に変なことばかりさせるな」


「すみません」


「謝るな」


《完全適合》は。


たぶん。


もう答えを出している。


セラの右足が動く。


いつもの位置へ行きかけて。


止まった。


半歩。


外。


たったそれだけ。


俺から見れば。


何が違うのか分からないほどの差。


でも。


セラ自身には、気持ちが悪いほど違うはずだ。


ゼインの目が。


その足へ落ちる。


腰。


肩。


次を探している。


「これでいいか」


セラが聞く。


「はい」


「遅いぞ」


「はい」


「無駄もある」


「あります」


「気に入らん」


「慣れてください」


「簡単に言うな」


セラが踏み込んだ。


四度目。


ゼインの身体が。


すぐには動かなかった。


動けないんじゃない。


待っている。


どの過去に一致するのか。


探している。


半呼吸。


初めて。


セラの方が先になった。


剣が走る。


ゼインはぎりぎりで身を退く。


刃が白い上着を裂いた。


浅く。


布だけ。


沈黙。


セラが剣を戻す。


ゼインは裂けた服を見る。


それから。


笑った。


「……おもろいな」


「私は面白くない」


「せやろな」


ゼインが一歩下がる。


古い通路の中へ。


「逃げるのか」


セラが言った。


ゼインが振り返る。


「逆や」


暗い通路。


長く使われていない石の階段が、その先へ続いている。


「戻るんや」


「どこへ」


ゼインは答えない。


さらに奥へ下がる。


俺は床に広げていた旧系統図を掴んだ。


停止室。


非常時執行路。


今いる位置。


古い通路。


指で追う。


線の先に。


小さな文字がある。


「……セラ」


「何だ」


俺は読む。


刑執行場(けいしっこうじょう)


セラの視線が。


暗い通路へ戻る。


その先から。


ゼインの声がした。


「止めたいんやろ」


静かな声。


「ほな」


暗闇の奥で。


古い鎖が一度だけ鳴った。


「最後まで来いや」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。