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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
真実鎖アレーテイア編

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第二十五話 まだ動いていないのに


中央裁定院へ戻ると、リゼットは俺たちの服を見た瞬間に眉を寄せた。


「崩落に巻き込まれましたね」


「巻き込まれてはいない」


隣でセラが即答した。


俺は思わず横を見る。


「本当に本人の前で言った……」


「事実だからな」


リゼットの視線が俺へ移る。


「トーマさん」


「はい」


「何があったのか、順番にお願いします」


やっぱり少し怒っている気がする。


俺は小会議室の椅子に座り、聖律記録院の地下で確認したことを最初から説明した。


火災後、主要な魔力経路は遮断されていたこと。


それでも《接続状態――休止》と表示される経路に、微量の負荷が残っていたこと。


地下へ降りた時点で、左壁の奥に負荷が集中しているのを先に確認したこと。


その直後、同じ場所で崩落が起きたこと。


そして崩落後。


《残留負荷――微量》


だった表示が、


《残留負荷――増加》


へ変わったこと。


リゼットは俺の説明を聞きながら、ほとんど顔を上げなかった。


「崩落の原因は?」


「分かりません」


「負荷増加との因果は?」


「確認できてません」


「火災との関係は?」


「それもまだです」


筆が止まる。


「では、確認できたのは――火災後に主要経路が遮断された建物内で、休止状態の経路に負荷が残存していた」


「はい」


「その負荷が観察中に増加した」


「はい」


「負荷を確認した壁付近で崩落が発生した。ただし両者の因果は未確認」


「その通りです」


リゼットが一行加えた。


同行していた証拠保全担当者が口を挟む。


「現場側の記録とも一致しています。負荷そのものは我々には確認できませんが、技術観察者が崩落前に左壁を指したことは記録しました」


リゼットが顔を上げた。


「崩落前ですね?」


「はい」


「ありがとうございます。そこは分けて残します」


俺は少しだけ胸を()で下ろした。


事故が起きたあとで「あそこが怪しかった」と言ったわけじゃない。


その違いは、小さいようで大きい。


「もう一つ、気になってることがあります」


リゼットの筆が止まる。


「何です?」


「今もアレーテイアで使われ続けてるものです」


「現在も?」


「はい」


聖律記録院側の主要経路は、火災後に遮断された。


証言枝も、記録院側の設備も止まっている。


それでも、一つだけ火事のあとも切られていないものがある。


「被告人につながってる主鎖です」


リゼットの目が少し細くなった。


「中央裁定院の裁定系統ですね」


「はい」


被告人は休廷(きゅうてい)中も正式な裁定対象だ。


だから、主鎖につながれたままになっている。


「ただし、主鎖が原因だとは言えません」


「はい」


「今分かってるのは、記録院側を止めても負荷が残っていて、しかも今日、その負荷が増えたってことだけです」


リゼットは少し考えたあと、紙へ視線を落とした。


「でしたら、次に確認すべきなのは負荷が増える条件ですね」


俺は頷いた。


死んだ主任の声が浮かぶ。


――使った後だけ、ほんの少し数字が合わない時がある。


被告人も、同じことを言っていた。


使用前。


使用中。


使用後。


どの時点で数字がずれるのか。


そこが分かれば、一つ先へ進める。


「記録が見たいです」


「ちょうど、その件です」


リゼットが別の紙を取り出した。


俺たちが提出した閲覧(えつらん)申請。


その下に、裁定院の印が増えている。


「一部について、閲覧許可が出ました」


「本当ですか?」


「ただし原本への接触は禁止です。証拠保全担当者立会いのもと、すでに搬出(はんしゅつ)された記録のみ閲覧できます」


十分だ。


「どこです?」


「西棟の仮保管室です」


俺は立ち上がった。


セラも立つ。


リゼットだけは動かない。


扉へ向かいかけて、俺は気づいた。


「リゼットさんは?」


「行けません」


「あ」


まただ。


今の彼女は被告人の弁論補佐人(べんろんほさにん)


未提出の証拠を、自分で探し回る立場ではない。


「見つけたものは、正式な手続きを通して提出してください」


「分かりました」


「それと」


「はい」


「崩落には巻き込まれないでください」


「だから巻き込まれては――」


セラが言いかけた。


リゼットが見る。


セラが黙った。


リゼットの勝利だ。


―――


西棟の仮保管室は、裁定院の端にある狭い部屋だった。


長机と棚。


火災現場から運び出された記録箱には、一つずつ赤い保全札が結ばれている。


閲覧を許されたのは五箱。


アレーテイアの保守記録。


魔力入出力記録。


異常報告。


対応記録。


そして旧設備関係。


「まず、どれを見る」


セラが聞いた。


「入出力記録です」


「旧系統図ではないのか」


「図は後です」


「なぜだ」


「被告人と主任が、同じことを言ってましたから」


使った後だけ。


数字が合わない。


なら最初に確認するべきなのは、本当にそうなのかどうかだ。


最初から旧系統図だけを見ると、


「古い経路に原因がある」


という答えを、先に作ってしまう。


「なるほど」


セラが椅子を引く。


「では私は?」


「……見張り?」


「誰をだ」


「俺を」


「それなら得意だ」


否定できなかった。


証拠保全担当者が一冊目の帳簿を開く。


紙の端が(すす)で黒くなっている。


日付。


使用種別。


投入量。


帰還量。


補正値。


俺は順番に追った。


一件目はほぼ一致。


二件目も一致。


三件目も問題なし。


四件目。


ほんの少しだけ違う。


ただし、許容範囲内。


五件目は一致。


六件目。


また、少しだけ足りない。


「……これ」


俺は指を止めた。


「使用後か?」


セラが聞く。


「はい」


次。


差がある。


その次はない。


さらに次。


また。


全部ではない。


でも、偏っている。


「別の時期も見せてください」


次の帳簿。


十数年前。


同じ。


小さな差。


許容範囲。


補正済み。


経過観察。


さらに古い帳簿にも、同じ方向のずれがあった。


「ずっとある……」


声が漏れた。


一件だけなら誤差。


二件でも、たまたま。


だが。


違う年。


違う担当者。


違う使用日。


それでも同じ方向に、少しだけ数字がずれている。


前世で一番嫌だった言葉を思い出した。


――前も大丈夫だった。


――今まで問題なかった。


だから今回も大丈夫。


それで安全が証明できるなら、事故調査なんて仕事は存在しない。


「異常報告をお願いします」


証拠保全担当者が別の箱を開いた。


数冊の()じ紙。


その中に、薄い一冊があった。


表題。


魔力収支差異に関する継続観測報告。


喉が鳴った。


作成者欄を見る。


名前がある。


昨日。


俺が聞かなかった名前。


今、紙の上で初めて知った。


少しだけ目が止まる。


それでも読む。


複数回のアレーテイア運用後。


投入魔力量と帰還量に軽微な差異。


通常許容値内。


設備機能への明確な影響なし。


再現条件不明。


ただし。


同一方向への偏りが複数回確認されたため、継続観測を提案する。


「……ちゃんと残してる」


危険だとは書いていない。


故障だとも断定していない。


分からない。


だから、次に同じことが起きた時のために残した。


ページの最後。


受領欄。


審査欄。


対応判断。


《経過観察》


《現時点で追加対応不要》


俺はそこで止まった。


報告は出ていた。


届いていた。


読まれていた。


そのうえで、止めないという判断がされた。


「署名があります」


証拠保全担当者が言う。


役職を見る。


当時、副院長。


その横の名前。


現在の聖律記録院院長だった。


「今の院長……」


「当時、副院長として審査に加わっています」


だからといって。


悪いとは言えない。


当時の数値は規定内。


設備は動いていた。


事故も起きていない。


原因も分からない。


経過観察。


追加対応なし。


その時点の判断として、異常だったとは言い切れない。


むしろ。


俺が前世の職場で同じ報告を見ていたら、同じ判断をしていた可能性だってある。


それが嫌だった。


「トーマ」


セラが呼ぶ。


「はい」


「顔が怖い」


「……すみません」


「誰に怒っている」


俺は答えられなかった。


院長?


違う。


主任でもない。


被告人でもない。


たぶん。


誰か一人を悪者にすれば終わる話じゃないことに、腹が立っている。


「まだ、誰にも怒れません」


セラが少し目を細めた。


「なら、怒る相手が分かるまで調べろ」


「怒る前提なんですね」


「お前はたぶん怒る」


否定できなかった。


―――


記録を返却した頃には、外が少し暗くなり始めていた。


俺たちは西棟を出る。


裁定院の裏側。


一般の立会人(たちあいにん)がほとんど通らない細い回廊を抜ければ、宿へ戻れる。


そのはずだった。


セラが足を止めた。


「トーマ」


俺も止まる。


回廊の先。


赤い保全札が貼られた扉の前に、一人の男が立っていた。


金髪に、いくつかの銀色の耳飾り。


白い上着の下には、黒い袖なしの服。


中央裁定院の二階で見た男だ。


あの時、三番枝の張りすぎを一目で言い当てた。


「……また会いましたね」


俺が言うと、男はこちらを見た。


「縁あるなあ」


「そこ、立入制限区域ですよ」


「知っとる」


「だったら離れてください」


答えはない。


男の手が、扉に貼られた赤い保全札へ伸びる。


セラの声が低くなった。


「手を離せ」


男の指が止まる。


「嫌や言うたら?」


「拘束する」


「怖いなあ」


言いながら、手を離さない。


セラが俺の前へ半歩出た。


まだ剣には触れない。


男と俺の間へ、自分の身体を置いただけだった。


男の視線が動く。


顔ではない。


セラの足元。


腰。


肩。


ほんの一瞬、それだけを順番に見た。


「三歩目」


男が言った。


「右手や」


意味が分からなかった。


セラが進む。


一歩。


二歩。


三歩目。


右手が伸びる。


剣ではない。


男の腕を取るための手だ。


だが、その手が届く前に男は半歩だけ横へずれていた。


セラの指が空を掴む。


「……」


男が笑う。


「ほらな」


俺の背中が冷たくなった。


速かった?


違う。


セラが手を伸ばすより前に動いていた。


セラが男を見る。


「異能か」


「どう思う?」


「質問に答えろ」


男が少し笑った。


「律儀やなあ」


セラの目が細くなる。


男は赤い保全札から、ようやく手を離した。


だが、逃げる様子はない。


「拘束する」


「やってみ」


今度のセラは速かった。


踏み込む。


まだ剣は抜かない。


左から回り、逃げ道を塞ぎながら腕を取る。


その動きが完成する前に、男は反対側へ身体をずらしていた。


セラの手が、また届かない。


二度。


まだ動き切る前に、避けた。


「……未来が見えてる?」


思わず声が出た。


男が俺を見る。


「そう見える?」


否定しない。


セラも動きを止めた。


「私が動く前に分かっているな」


「せやな」


「未来視か」


男が少し笑う。


「次に何するか、分かっとるだけや」


同じじゃないのか。


次に何をするか分かる。


それを未来を見ると言うんじゃないのか。


セラの右手が、わずかに剣の柄へ近づく。


男の目が細くなる。


だが。


セラは抜かなかった。


右へ踏み出す。


男が先に外れる。


その瞬間。


セラの踏み込みが止まった。


重心が反対へ移る。


動きが変わる。


男の肩が、ほんの半呼吸だけ遅れた。


セラの手が白い上着を(かす)める。


布が揺れた。


それだけ。


男はすぐに距離を取った。


俺は息を止める。


今の。


何が違った。


男の顔から余裕が消えたのは、本当に一瞬だった。


「未来が見える割には」


セラが言った。


「今のは危なかったな」


男がまた笑う。


「全部見えるなんて、言うた?」


確かに。


言っていない。


「なら何が見える」


「なんやろな」


「答えろ」


「嫌や」


セラは剣を抜かなかった。


その代わり、男から視線を外さない。


「そうか」


「もう、しまいか?」


「今は証拠の方が重要だ」


男が赤い保全札を見る。


それから、セラを見る。


「強いくせに、妙なところで真面目やな」


「騎士だからな」


男の目が、またセラの足元へ落ちた。


「そういうとこも変わらへんな」


セラの目が細くなる。


「以前から私を見ていたのか」


返事はない。


男は俺を見る。


「兄ちゃん」


「何です?」


「よう見とるな」


「仕事なんで」


「嫌な仕事やなあ」


「俺もそう思います」


男が小さく笑った。


そして回廊の奥へ下がる。


「待て」


セラが呼ぶ。


男は止まった。


「名を名乗れ」


数呼吸。


「まだええやろ」


「なぜだ」


「次会う時まで、考える楽しみ残しといたる」


「必要ない。今答えろ」


「嫌や」


男はそれだけ言って、回廊の角へ消えた。


セラは追わなかった。


俺もしばらく何も言わなかった。


先に口を開いたのはセラだった。


「未来視」


「そう見えました」


「だが、最後は避け損ねた」


「はい」


俺の頭には、さっきの一瞬だけが残っていた。


男の肩。


セラが途中で動きを変えたあと。


わずかに遅れた。


偶然か。


距離の問題か。


それとも、別の理由か。


今は分からない。


一度だけだ。


「理由は?」


セラが聞く。


「まだ分かりません」


「そうか」


セラはそれ以上聞かなかった。


俺も答えを作らなかった。


未来視。


予測。


読心。


身体の癖。


視線。


異能。


候補なら、いくらでも作れる。


でも。


候補を増やすだけなら、調査じゃない。


必要なのは、次に同じことが起きた時。


何が同じで。


何が違ったのかを比べることだ。


歩き出した俺の頭には、今日見た二つの異常が残っていた。


何年も前から続いていた。


使うたびに、少しだけ合わなくなる魔力収支。


そして。


まだ動いていないはずのセラを、先に避けた男。


どちらも。


一度見ただけでは、何が起きているのか分からない。


だから。


次を見る必要がある。


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