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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
真実鎖アレーテイア編

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第二十二話 嘘をついたことは、本当だ

夜が明ける前。


聖律記録院の火は消えたが、街から焦げた匂いは消えていなかった。


現場の周囲には赤い封札が張られ、警備兵が交代で立っている。


焼けた建物へ入れるのは、消火確認と証拠保全を担当する者だけになっていた。


俺たちは中央裁定院へ戻っていた。


宿へ帰って寝ろと言われても、眠れたとは思えない。


事情を聞くと言われて連れていかれた保守担当の男も、同じ建物の中にいる。


三つの焼け跡。


三系統の遮断作業。


主任との口論。


鎖脂。


そして。


東の壁が熱くなった時刻と、男が記録院へ入った時刻。


まだ順番が決まっていない。


それだけが、ずっと頭に残っていた。


「トーマさん」


前を歩くリゼットが振り返る。


「さっきから同じ顔をしています」


「どんな顔です?」


「考えている顔です」


「普通ですね」


「考えすぎている方です」


違いが分からない。


横ではカイが欠伸(あくび)を噛み殺していた。


「リゼットさんも、人のこと言えないと思いますけどね」


「私は仕事です」


「便利ですね、その言葉」


「便利だから使っています」


眠っていないせいか、少しだけ返しが速い。


セラは最後尾を歩いていた。


「カイ」


「はい?」


「宿へ戻れ」


「まだ言います?」


「顔色が悪い」


「トーマさんよりは」


俺を見る。


「何で俺が基準なんですか」


「分かりやすいので」


二人とも酷い。


ただ。


カイが右胸へ手を添える回数は、火災現場へ走った時より増えていた。


笑っていても。


治ったわけじゃない。


それだけは忘れないようにした。


―――


案内されたのは、大法廷ではなかった。


細長い聴取室。


中央に机が一つ。


壁際には記録官の席。


そして部屋の奥には、証言枝につなぐための銀色の支柱が一本だけ立っていた。


昨日見た大法廷より、ずっと小さい。


それでも。


アレーテイアへつながっている。


保守担当の男は、まだ主鎖につながれていなかった。


椅子へ座り、両手を膝の上に置いている。


昨夜の(すす)は落とされていた。


それでも袖や髪には、焦げた匂いが残っているように見えた。


目の前には二人の聴取官。


男の横には警備兵が一人。


俺たちは後方へ案内された。


「どうしてリゼットさんまで?」


小声で聞く。


「今回焼けた記録院には、国家間裁定で使用する資料も保管されています」


リゼットも声を落とす。


「当事国以外の立会記録が必要になった場合に備えて、私も残るよう求められました」


「アルヴェリアの記録官だから?」


「それもあります」


それ以上は言わなかった。


机の向こうで、一人の聴取官が告げる。


「現時点では、あなたを正式な裁定対象には指定していない」


男が顔を上げる。


「そのため、証言枝への接続が可能だ」


俺は昨日見た小法廷を思い出した。


主鎖につながれた被告人本人は、証言枝へ同時接続できない。


逆に言えば。


今なら。


この男の発言は、まだ真実鎖で確認できる。


係官が証言枝を男の左手首へ巻いた。


銀鎖がわずかに張る。


「質問には、分かる範囲で事実のみを答えてください」


男が頷いた。


最初に確認されたのは、昨夜の行動だった。


「火災警鐘が鳴る前、聖律記録院へ入りましたか」


「はい」


白く光る。


「東側補助路、中央記録路、南側補助路の三系統を操作しましたか」


「はい」


また光った。


「遮断操作でしたか」


「はい」


白い光。


「その三系統の操作は、昨夜予定されていた定例保守に含まれていましたか」


「含まれていました」


光った。


俺は少しだけ息を吐いた。


少なくとも。


予定外の操作ではない。


聴取官が続ける。


「規定された確認作業を行いましたか」


「はい」


光った。


「確認記録に残された値は、すべて規定の範囲内でしたか」


「はい」


また白く光る。


規定の範囲内。


だから。


正常だった。


そう考えかけて。


止める。


違う。


記録された値が、規定の範囲内だった。


確認されたのは、そこまでだ。


「確認作業を終えた時点で、あなた自身は異常があると認識していましたか」


「……いいえ」


白く光った。


男は手順通りに確認した。


記録上の値も規定内。


本人も異常だとは認識していない。


なら。


本当に何もなかったのか。


まだ分からない。


むしろ。


昨夜聞いた話とは、噛み合っていない。


東の壁は。


すでに熱かった。


―――


次に呼ばれたのは、昨夜、東の壁が熱かったと話した若い職員だった。


首元にはまだ(すす)の跡が残っている。


証言枝が付け替えられた。


聴取官が尋ねる。


「火災警鐘が鳴る前、聖律記録院の東側内壁に触れましたか」


「はい」


白く光った。


「その時、東側内壁は、通常時より明らかに高い熱を持っていましたか」


若い職員が頷く。


「はい」


銀鎖が白く光った。


部屋が静かになった。


俺は鎖を見る。


今のは。


本人が熱いと思った、だけじゃない。


東の壁そのものが。


通常より高い熱を持っていた。


火災警鐘より前に。


実際に。


異常はあった。


でも。


保守担当の男が確認した記録値は、規定の範囲内だった。


「……記録に出てない」


声が漏れた。


リゼットがこちらを見る。


俺は声を落とす。


「現場では異常が起きてるのに、確認記録は規定内です」


リゼットはすぐには答えなかった。


一度、手元の記録へ目を落とす。


「今確認されたのは、東側内壁の異常発熱と、確認記録の値です」


「はい」


「二つが同じ原因かどうかは?」


「……まだです」


そうだ。


またつなげようとしていた。


異常発熱があった。


確認値は規定内だった。


そこまでは真実。


だから保守方法が間違っていた。


だから計器が壊れていた。


だから火災が始まっていた。


どれも。


まだ言えない。


聴取官は質問を続ける。


「その時、炎を見ましたか」


「いいえ」


光った。


「煙を見ませんでしたか」


若い職員が考える。


「……分かりません」


鎖は動かない。


「東側内壁の発熱を確認した後、保守担当者へ知らせようとしましたか」


「はい」


白い光。


俺は身を乗り出しかけた。


そこだ。


聴取官は次に、記録院の入口を担当していた夜勤職員を呼んだ。


証言枝がまた付け替えられる。


「東側内壁が異常に熱いとの報告を受けましたか」


「受けました」


光る。


「その報告を受けた時点で、こちらの保守担当者は聖律記録院内にいましたか」


夜勤職員が男を見る。


そして答えた。


「いませんでした」


白く。


鎖が光った。


俺は息を止めた。


横でリゼットの筆が動く。


一行。


もう一行。


昨夜。


俺が気にしていた順番が、一つ決まった。


東の壁に異常な発熱があった。


その時点では、保守担当の男はまだ記録院に来ていない。


その後。


男が来た。


三系統を操作した。


なら。


少なくとも最初の異常発熱は、この男の遮断作業より前から存在していた。


「やっぱり――」


声が漏れそうになった。


でも。


聴取官の次の言葉で止まった。


「東側内壁の異常発熱と、後の火災が同一原因によるものだと確認できますか」


夜勤職員は首を振った。


「分かりません」


当然だった。


俺も分からない。


壁が熱かった。


その後、火災が起きた。


その順番は分かった。


同じ原因かどうかは別だ。


保守担当の男が来る前に、火災の原因まで成立していたとは言えない。


分かったのは。


火災警鐘より前。


そして男の遮断作業より前に。


東側内壁では、すでに異常な発熱が起きていた。


そこまでだ。


「トーマさん」


リゼットが小さく呼ぶ。


「はい」


「今、安心しかけました?」


「……しました」


昨日から顔に出すぎている。


「でも、まだですね」


「はい」


彼女は記録へ視線を戻した。


「まだです」


―――


事情聴取は続いた。


被害者。


あの古参保守官との関係へ移る。


証言枝は再び保守担当の男へつながれた。


「死亡した主任と、火災当日に口論しましたか」


「しました」


白い光。


「原因は、あなたの保守記録についてですか」


「はい」


光る。


男の顔が固くなる。


「主任は、あなたの保守記録に問題があると指摘しましたか」


「はい」


光る。


「どのような問題です」


今度は真実鎖が答えを限定できる質問じゃない。


男自身が説明するしかない。


しばらく沈黙した。


「昔の記録だ」


「いつのものです?」


「数か月前」


「内容は?」


男の手が膝の上で握られる。


「……俺がミスした」


部屋が静かになる。


「何のミスです?」


「定例の保守作業で、戻す順番を一つ間違えた」


男は床へ視線を落とす。


「すぐ気づいた。事故にもならなかった。異常も残らなかった」


そこで一度、息を吐いた。


「だから」


声が小さくなる。


「書かなかった」


聴取官の目が細くなる。


「書かなかっただけですか」


男は答えない。


「記録へ手を加えましたか」


長い沈黙。


横でリゼットの筆も止まっていた。


男が目を閉じる。


「……はい」


白い光が走った。


俺の胸が重くなる。


真実。


男は。


過去に記録を変えた。


聴取官が確認する。


「事実と異なる内容へ、保守記録を書き換えたことがありますか」


男の喉が動く。


「一度だけ」


鎖が白く光った。


誰も声を出さない。


それなのに。


さっきより部屋がうるさくなった気がした。


視線。


空気。


疑い。


全部が、この男へ集まっていく。


火災が起きた。


主任が死んだ。


その直前に口論した。


原因は記録。


そして。


本人は以前、保守記録を書き換えていた。


真実鎖まで、それを保証した。


昨日の門前なら。


たぶん。


もう誰かが言っている。


やっぱりこいつだ。


と。


俺はリゼットを見る。


彼女は。


書いていた。


一文字も消さず。


男が以前、一度だけ保守記録を書き換えた。


真実鎖が発光した。


その事実を。


「リゼットさん」


俺が小声で呼ぶ。


「はい」


「それも、残すんですね」


筆を止めずに答える。


「残します」


「今回の火事と関係あるか、まだ分からないのに」


「はい」


「なら――」


言いかける。


リゼットが顔を上げた。


「関係があるとは書いていません」


「……」


「以前、保守記録を書き換えたと本人が認めた。その発言に証言枝が反応した」


彼女は紙を指した。


「私が記録したのは、そこまでです」


また。


分けている。


不利な事実。


有利な事実。


そんな区別をしない。


「これが後で、この人を不利にしても?」


「するでしょうね」


迷わなかった。


「それでも?」


「それでもです」


リゼットは男を見る。


「隠した事実で(かば)うなら、私はここにいる意味がありません」


痛い言葉だった。


俺にも。


―――


聴取官は男へ向き直った。


「主任は、その記録改変を知っていましたか」


「昨日、見つかった」


白い光。


「主任は、それを公にすると言いましたか」


男は少し考える。


「院長へ報告すると言った」


光った。


「処分を求めると?」


「そこまでは聞いていない」


鎖は光らない。


聴取官が質問を変える。


「主任は、あなたへ『明日、院長のところへ来い』と言いましたか」


男の顔が歪んだ。


「……はい」


白い光。


俺は昼の保守官を思い出す。


――朝に来い。


俺には記録を見せると言った。


この男には。


院長のところへ来い。


あの人は。


明日も生きているつもりだった。


当たり前だ。


誰だってそうだ。


男が(うつむ)いたまま言う。


「怒鳴られた」


誰も質問していない。


「主任に?」


「『何で直したなら、直したって書かない』って」


握った拳が震えている。


「事故になってないって言った。元に戻したって。誰にも迷惑かけてないって」


男は笑った。


笑えていなかった。


「そしたら、余計怒られた」


昼の声が耳に戻る。


――俺も分からないから残してる。


あの人が、どうして記録を残し続けていたのか。


少し分かった気がした。


「何と言われたんです?」


リゼットが聞いた。


聴取官が彼女を見る。


リゼットは一度頭を下げる。


「立会記録上、確認しておきたいです」


許可が出た。


男はしばらく黙っていた。


「直ったかどうかを、お前一人で決めるなって」


胸の奥に刺さった。


「記録を残せ。次に同じことが起きた時、前にもあったって分かるようにしろって」


二階回廊の金髪の男が言った言葉まで重なる。


――そこ、前も直したやろ。


同じ場所。


同じ異常。


繰り返し。


残さなければ。


次の人間には、最初の一回に見える。


男は続けた。


「明日、自分で訂正記録を出せって言われた」


「それで口論になった?」


「……はい」


鎖が光った。


主任は。


男を(かば)って、改変を隠そうとしたんじゃない。


すぐに告発して切り捨てようとしたわけでもない。


自分で訂正させようとしていた。


責任を取らせるために。


そして。


やり直させるために。


そんな人だった。


俺は名前さえ知らない。


なのに。


死んでから少しずつ、その人の形が見えてくる。


それが嫌だった。


―――


事情聴取が終わったのは、窓の外が薄く明るくなり始めた頃だった。


証言枝が男の手首から外される。


白い光は消えた。


男は疲れ切った顔で座っている。


一人の聴取官が、別室から戻ってきた。


手には数枚の書類があった。


「現場検分と現在までの証言を踏まえ、正式な裁定対象指定を請求します」


空気が変わった。


俺はリゼットを見る。


彼女も書類へ目を向けている。


「もう被告人になるんですか」


声を落とす。


「まだ有罪ではありません」


「でも」


「裁定対象として、正式に審理を始めるという意味です」


分かっている。


分かっているけど。


昨夜から集まったものを並べる。


主任との口論。


記録改変。


火災直前の入館。


三つの遮断操作。


三つの焼け跡。


同じ鎖脂。


それだけあれば。


疑う理由はある。


一方で。


男が来る前から、東の壁には異常な発熱があった。


それも真実鎖が確認した。


どちらも。


本当だ。


「異議はありますか」


男へ問われる。


「ない」


疲れた声だった。


「裁定開始後、あなたは主鎖による裁定拘束を受けます。また、弁論補佐人を一名指定できます」


男が顔を上げる。


昨日。


大法廷へ向かう途中で見た光景を思い出す。


資格は必要ない。


被告人本人が一人を選べる。


「誰かいますか」


聴取官が聞く。


男は黙った。


「家族、同僚、知人でも構いません」


同僚。


その言葉で。


男の視線が下がった。


主任はもういない。


他の保守担当たちが今、この男をどう見ているのか。


昨夜の現場を思い出す。


誰も。


近づいてこなかった。


「いない」


男が言った。


聴取官が少し困った顔をする。


「後から指定することもできます」


「……いや」


男が顔を上げた。


こちらを見る。


最初。


俺かと思った。


違った。


視線は俺の横。


リゼットで止まる。


「あんた」


リゼットが(またた)いた。


「私ですか?」


「あんたがいい」


今度は俺たち全員が驚いた。


リゼットだけが、少し遅れて口を開く。


「私はアルヴェリア王国の王室記録官です」


「知ってる」


「あなたの弁護を専門にする人間ではありません」


「それも聞いた」


「それに」


リゼットの視線が、さっき自分で書いた記録へ落ちる。


「私は今、あなたに不利になる可能性のある供述を認証しました」


男が頷いた。


「だからだ」


「……どういう意味です?」


男は疲れた目で、リゼットを見る。


「俺が記録を書き換えたってことを、あんたは消さなかった」


「それは私の仕事です」


「でも」


男は少しだけ口元を歪めた。


「俺が人を殺したとも書かなかった」


リゼットが黙る。


「今の俺には、それで十分だ」


長い沈黙。


やがて。


リゼットは聴取官を見る。


「弁論補佐人として、何が許可されますか」


引き受ける。


その声だった。


―――


正式な裁定対象指定が認められた。


場所は、小法廷へ移された。


俺たちは傍聴席側に立っていた。


中央へ男が連れていかれる。


昨日見たものと同じ。


床から伸びる太い銀鎖。


主鎖。


係官が男の両手首へ接続する。


重い音がした。


鎖が張る。


白くは光らない。


これは証言を確かめるための鎖じゃない。


この人物が。


今から裁定される者だと固定する鎖。


男が一度だけ手首を見る。


そして。


顔を上げた。


聴取の間。


彼は証言枝につながっていた。


火災前に記録院へ入った。


三系統を操作した。


主任と口論した。


以前、一度だけ記録を書き換えた。


真実鎖は。


全部、本当だと示した。


でも。


今からは違う。


「俺は、火をつけてない」


男が言った。


何も起こらない。


鎖は光らない。


「主任を殺してない」


やっぱり。


何も起こらない。


主鎖につながったから。


もう。


その言葉を証言枝で確かめることはできない。


昨日。


俺はこの仕組みを不便だと思った。


今は。


少し違って見えた。


この事件で、一番疑われている人間。


この事件について、一番話を聞きたい人間。


その人だけが。


もう、自分の言葉を真実鎖で証明できない。


男の手首から伸びた太い銀鎖が、床の中へ消えていた。


そして、裁定が始まった。

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