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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
城護盾バスティオン編

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第十二話 その剣を、振るな

「セラ!」


ヴァルガルドが床を蹴った。


頭を落とされ、再構築を終えたばかりとは思えない踏み込みだった。


巨体が沈んだ――そう見えた次の瞬間には、もうセラとの距離が半分以上消えている。


セラは真正面から迎えなかった。


左へ二歩。


そのままヴァルガルドの進行方向から外れようとする。


だが。


一歩目を置いた場所のさらに先へ、青白い雷が落ちた。


床が()ぜる。


逃げ道が潰れた。


セラの足が止まる。


そこへ。


ヴァルガルドの前脚が横から振り抜かれた。


巨大な爪が空気を裂き、セラの腰ほどの高さを()ぐ。


セラは後ろへ跳ばなかった。


身体を深く沈め、前へ滑り込む。


爪が銀髪の上を通過した。


抜けた。


そう思った直後。


ヴァルガルドが振り抜いた前脚を、その場で床へ叩きつけた。


轟音(ごうおん)


石床が割れる。


亀裂がセラの足元まで走り、踏み込もうとした場所が斜めに沈んだ。


「……っ」


姿勢が崩れる。


そこへ大角。


今度は横からではない。


下から(えぐ)り上げる軌道だった。


セラは剣の腹を角へ合わせる。


受け止めるのではなく、触れた瞬間に身体を浮かせた。


角に押し上げられる力を殺さず、そのまま後方へ飛ぶ。


着地した場所へ。


もう雷が待っていた。


セラが右へ身体を倒す。


雷が肩のすぐ横を通り、背後の石柱を砕いた。


柱の上部が崩れる。


大きな石材が落ちてくる。


セラは視線だけを上へ動かし、落下地点から外れた。


だが。


その先には、またヴァルガルドがいる。


「……そういうことか」


セラが(つぶや)いた。


ヴァルガルドはただセラを追っているんじゃない。


雷で道を塞ぐ。


床を壊す。


瓦礫(がれき)を落とす。


そこへ巨体を置く。


セラが自由に使える場所を、少しずつ消している。


広かった地下空洞が。


戦うたびに。


狭くなっていく。


黄色い目がセラを追う。


「カギ……」


ヴァルガルドの口が開いた。


さっきは、それだけだった。


けれど、今は続いた。


「ヒト……守ル、カ」


途切れ途切れ。


文法も崩れている。


それでも意味がある。


俺だけじゃない。


セラにも聞こえた。


「悪いか」


「カギ……」


ヴァルガルドの喉から雷が漏れる。


「ナゼ……ヒトの、側」


セラの表情がわずかに変わった。


「お前」


剣先を向ける。


「何を知っている?」


「カギ……ヒト……違ウ」


そこから先は、言葉にならなかった。


ヴァルガルドが咆哮(ほうこう)する。


空気が震える。


そして、再び動いた。


今度は。


正面から来ない。


右前脚を大きく外へ置き、その爪を床へ深く食い込ませる。


そこを支点に、巨大な身体を一気に回した。


「――!」


長い胴体が旋回する。


後脚が。


セラへ横から迫った。


剣を立てる。


衝突。


セラの身体が押される。


完全には止められない。


片足を後ろへ。


石床を滑る。


もう一歩。


それでも押される。


三歩目。


セラが剣の角度を変えた。


後脚の力を真正面から受けず、刃の腹へ沿わせて外へ逃がす。


巨体の脚が横へ流れた。


一瞬。


胸元が空く。


斬れる。


セラが踏み込む。


剣が黒い皮膚へ向かう。


だが。


その刃は。


途中で止まった。


わずかな傷。


それだけだ。


セラは深追いせず、自分から距離を取った。


「……?」


俺は目を細める。


さっきまでなら切っていた。


ヴァルガルドがセラを見る。


「ナゼ……斬ラヌ」


「お前に教える必要はない」


「斬レ」


「命令するな」


短いやり取り。


その間にも、銀灰色のたてがみへ光が集まっていく。


セラが横へ走った。


雷が一条。


前。


進路変更。


二条目。


今度は後ろ。


セラが行ける場所を挟む。


そこへ。


ヴァルガルド自身が前へ出る。


セラは追い込まれる前に、自分から崩れた石壁の近くへ寄った。


壁を背負う。


普通なら悪手だ。


逃げ道が一つ減る。


だが。


ヴァルガルドが前脚を振り下ろした瞬間。


セラは足元に転がっていた大きな石板へ剣の(つか)を差し込んだ。


梃子(てこ)のように持ち上げる。


石板が立つ。


前脚がそこへぶつかった。


石が粉々に砕ける。


一瞬だけ視界が塞がった。


その間に。


セラはヴァルガルドの正面ではなく、前脚の外側へ抜けていた。


「……自分で逃げ道を作った」


城主が呟く。


しかし、ヴァルガルドもそれを見ていた。


二度目はない。


そんな目だった。


その時。


操作盤から甲高い音が鳴った。


盾守(たてもり)が振り返る。


「何だ?」


城護盾バスティオンの外周表示。


西側。


そこだけ。


光が不安定に揺れている。


「障壁出力が落ちている」


城主が操作盤へ近づく。


「ヴァルガルドの攻撃か?」


「違います」


盾守がすぐ否定した。


「障壁自体には破損がない。送られている量が減っている」


俺はヴァルガルドから伸びる流れを見る。


そこから、後付けされた補助系統。


さらに、城護盾バスティオンへ向かう流れ。


二つ。


いや。


途中までは同じだ。


そして。


ヴァルガルドへ向かう側だけが。


さっきより太くなっている。


「……取ってる」


「何?」


城主が俺を見る。


「バスティオンへ回るはずの力まで」


視線をヴァルガルドへ戻す。


「こいつに流れてます」


ちょうどその瞬間。


ヴァルガルドが雷を放った。


セラが走る。


青白い光が地下を横切る。


同時に西側障壁の表示が。


さらに薄くなった。


盾守の顔が強張(こわば)る。


「補助系統への供給要求が、外周障壁より優先されている……?」


「止められますか」


「ここから補助系だけを切ることはできない!」


嫌な答えだった。


その時、俺はようやく。


別の違和感にも気づいた。


戦闘へ意識を取られすぎていた。


マレク。


城主。


盾守。


セラ。


そこに、いたはずの人間が。


足りない。


「……あの女は?」


マレクが俺を見る。


「何?」


黒杭を使っていた女。


いない。


いつ消えた。


ヴァルガルドが頭を再構築している間か。


その前か。


分からない。


さらに。


もう一人。


「ユーリクもいない」


城主の顔が変わった。


「何だと?」


振り返る。


確かにいない。


追う。


一瞬。


そう考えた。


だが。


地下空洞を雷が走った。


セラのすぐ横で床が爆ぜる。


「……今は無理だ」


どこへ行った。


何をするつもりだ。


気になる。


でも。


ヴァルガルドから目を離せば、次に死ぬのが誰か分からない。



―――



地上。


西側の外周障壁へ、魔物の大群が押し寄せていた。


普段なら城壁まで届かない。


一頭目が透明な障壁へ衝突する。


淡い光が広がり、巨体を押し返す。


二頭目。


三頭目。


同じだった。


だが。


西側の古い区画だけ。


光が薄い。


そこへ、首の後ろに黒い杭を打ち込まれた大型個体が押し込まれた。


自分から走っているようには見えない。


脚が震えている。


呼吸も荒い。


それでも。


止まれない。


後ろから。


何十頭もの魔物が押している。


大型個体が薄い障壁へ叩きつけられた。


光の膜が大きく歪む。


その後ろから。


さらに一頭。


また。


押す。


地下で。


ヴァルガルドが雷を放つ。


ほんの一瞬。


西側障壁への供給が落ちた。


光が。


途切れた。


「障壁が消えた!」


城壁上の兵が叫ぶ。


大群の先頭が一気に城壁直下まで押し込まれる。


その先には、家畜や物資を通すための西側通用門。


しかも。


守備は。


偽の命令によって一部が移動させられていた。


大型の魔物が門へ衝突する。


鉄枠が大きく歪む。


二度目。


後ろから押された別の個体まで重なった。


片側の扉が内側へ折れた。


開いた隙間へ。


群れの圧力で押し出された小型の魔物が滑り込む。


一頭。


二頭。


三頭。


そこで外周障壁が戻った。


後続が弾かれる。


大群が全部入ったわけじゃない。


だが。


もう三頭。


城内にいる。



―――



「西側守備を第二線へ下げて!」


役所側の人間に混じっていた女が叫んでいた。


「城主命令です!」


兵たちが顔を見合わせる。


その前へネネが飛び出した。


「待って!」


女が振り返る。


「何?」


「その命令、どこを通ったの!」


「緊急回線よ」


「だから、どれ!」


「今はそんなことを言っている場合じゃ――」


「第四塔を通ってない!」


ネネが言い切った。


周囲が静まる。


「第四塔を通ったなら、あの遅れが入る。でも、その命令にはなかった!」


女の目がわずかに細くなる。


「さっき、通信室から流された偽の命令と同じ!」


その時、人混みを押し分けて。


若い臨時受信員が走ってきた。


後ろからアルト。


「待て!」


若い男は振り返らない。


混乱へ紛れれば逃げられる。


そのはずだった。


だが、前方の通りへ。


魔物が飛び込んできた。


馬が暴れる。


荷車が横倒しになる。


道が塞がった。


若い男が止まる。


その刹那。


アルトが背中から飛びついた。


二人が地面へ転がる。


男が肘を振る。


アルトが腕を取る。


起き上がろうとしたところをさらに押さえ込む。


「離せ!」


「誰が離すか!」


男の胸元から認証板が地面へ落ちた。


アルトがそれを拾う。


だが、読む暇はない。


魔物が入っている。


兵が走る。


悲鳴。


その混乱の中。


役所側の女が。


ゆっくり後ろへ下がった。


ネネが気づく。


「どこ行くの!」


「魔物対応よ!」


「その前に答えて!」


女が止まる。


「城主命令なら、誰から受けたの!」


「今は――」


「どの回線!」


答えられない。


兵二人が。


左右から女の腕を取った。


「確認が済むまで、ここに」


「離しなさい!」


内部の工作は崩れ始めた。


でも。


城内へ入った魔物は。


まだ止まっていない。



―――



地下。


ヴァルガルドが今までより大きく前脚を振り上げた。


セラは左へ。


雷。


先回り。


右へ切り返す。


そこへ大角。


避ける。


さらにヴァルガルドが前へ出る。


セラが少しずつ。


こちらへ近づいてくる。


違う。


近づいているんじゃない。


追い込まれている。


「セラ!」


「分かっている!」


後ろには俺たち。


しかも、さっきの崩落で。


逃げ道が狭くなっている。


ヴァルガルドの前脚が床へ落ちた。


衝撃。


俺の足元。


亀裂。


「うわっ!」


石床の端が割れた。


右足が。


一段下へ落ちる。


下には。


補助管が通る深い空間。


身体が傾いた。


「トーマ!」


マレクが腕を掴んだ。


片足が宙に浮く。


床の端がさらに崩れる。


マレクが引く。


でも、足場ごと。


ひびが広がっている。


「動くな!」


「無理言わないでください!」


なんとか膝をつく。


その時、頭上から石が落ちた。


マレクが俺を引き寄せる。


石塊が背後へ落ちる。


退路が塞がった。


前。


ヴァルガルド。


後ろ。


崩落。


横。


割れた床。


「……まずい」


俺の声をセラが聞いた。


ヴァルガルドの角を流しながら。


一瞬こちらを見る。


俺。


崩れた床。


マレク。


塞がった退路。


青灰色の瞳が明らかに変わった。


「セラ、こっちはいい!」


次の瞬間。


ヴァルガルドのたてがみが。


大きく逆立つ。


「来る!」


広域。


俺にも分かる。


マレクが俺を引き起こす。


でも、逃げる場所がない。


ヴァルガルドはセラを見ている。


俺を狙っているわけじゃない。


それでもセラへ放つ雷が広がれば、こっちまで来る。


セラも同じことを理解した。


一度俺を見る。


それからヴァルガルドへ。


表情が変わる。


それまでどう耐えるかを考えていた顔。


そこからどう終わらせるかを決めた顔へ。


セラが自分から大きく距離を取った。


「……セラ?」


剣の持ち方が変わった。


右手の中で刃を返す。


逆手。


足も。


それまでの戦闘姿勢より。


わずかに広い。


もう片方の手が右手の柄へ向かう。


何をする?


俺には分からない。


初めて見る構えだ。


それだけは見て分かった。


ヴァルガルドも動きを止める。


「カ…ギィ…?」


セラの周囲で、床の砂がほんの少し外へ流れた。


その目は、一点だけを見つめている。


まだ構えとして完成しているのかどうかも、俺には分からない。


俺の服の裾が。


わずかに。


後ろへ引かれた。


何か起きる。


そう思った。


その瞬間、頭の中で別のものが繋がった。


右前脚を落とした時、流入が増えた。


後脚を落とした時も、また増えた。


頭を落とした時は……。


ネネが言っていた。


井戸。


人。


馬。


障壁。


頭を落とした直後。


全部。


悪化した。


「……待って」


欠損。


再構築。


必要な力。


壊れた分だけ。


埋める。


なら、大きく壊せば。


もっと。


「セラ!」


自分でも何をするつもりだったのか分からない。


ただ、ヴァルガルドへ攻撃しようとしている。


それだけ。


だから。


反射的に。


叫んだ。


「斬らないで!」


セラの動きが止まった。


柄へ向かっていた左手が。


ほんの一瞬。


宙に残る。


「何?」


その一拍。


ヴァルガルドは見逃さなかった。


前脚が床を蹴る。


「セラ!」


セラは構えを保っていた。


それでも、普段の戦闘姿勢からは外れていた。


戻す。


遅れる。


ヴァルガルドの肩が。


まともに入った。


鈍い音。


セラの身体が宙へ浮く。


そのまま。


横の石壁へ叩きつけられた。


壁面が砕ける。


土煙が上がる。


「セラ!」


ヴァルガルドがセラを追う。


煙の中へ大角。


そこから剣が伸びた。


斬らない。


刃の腹を。


角へ当てる。


大角の向きがわずかに変わり、壁ではなく床へ突き刺さった。


その横からセラが転がり出る。


片膝。


立つ。


すぐに。


ヴァルガルドとの距離を見る。


口元には血。


「……トーマ」


「はい!」


理由(わけ)だ」


ヴァルガルドが角を床から引き抜く。


セラが剣を構える。


もう、さっきの構えじゃない。


普段の剣。


「簡潔に言え!」


ヴァルガルドの前脚が飛ぶ。


セラが内側へ。


剣の腹で関節を押し、落下位置だけを変える。


「壊した直後に!」


前脚が横へ落ちる。


轟音。


セラが抜ける。


「外から入る量が増えてます!」


「続けろ」


雷。


セラが床の亀裂を(また)ぐ。


ヴァルガルドの胸側へ。


「前脚より後脚!」


大角が返る。


セラが刃を沿わせ。


軌道を流す。


「後脚より、頭を落とした時の方が多かった!」


「外も!」


前脚。


避ける。


「井戸が減った! 人も馬も倒れてます!」


ヴァルガルドが低く唸る。


「バスティオンの……」


「障壁への分まで取られてる!」


セラの目が一瞬だけ操作盤へ動く。


また、ヴァルガルドへ。


「つまり」


前脚が来る。


セラは切らない。


柄頭(つかがしら)を関節の内側へ叩き込む。


巨大な脚そのものは止まらない。


でも、わずかに向きが変わる。


爪が。


セラの脇へ落ちた。


「壊せば」


セラが抜ける。


「外から奪って」


雷。


ヴァルガルド自身の前脚を間へ置く。


光が黒い皮膚へ走る。


「戻る」


「はい!」


「戻るたび」


大角。


剣の腹。


受け流す。


「前より強くなる」


「……はい!」


セラが。


短く息を吐いた。


「なるほど」


ヴァルガルドが口を開く。


「ナゼ……斬ラヌ」


セラがその黄色い目を見る。


「お前を斬ると」


前脚。


避ける。


「お前が得をするらしい」


「斬レ……カギ」


「嫌だ」


セラが踏み込む。


ヴァルガルドの胸。


完全に斬れる位置。


剣を振る。


でも、刃先は。


黒い皮膚へ入らない。


横へ返し。


柄を叩きつける。


ヴァルガルドの上体がわずかに揺れる。


その隙にセラが距離を取る。


戦い方が変わった。


今までは相手の身体を壊して、そこに道を作っていた。


今は壊さない。


ただ角は流す。


ただ脚はずらす。


雷はヴァルガルド自身の巨体へ当てさせる。


床の亀裂さえ、敵の踏み込みを狂わせるために使う。


明らかに。


こっちの方が難しい。


切ればいい場面でも。


切らない。


ヴァルガルドの前脚が大きく振り下ろされる。


セラは後ろへ逃げず内側へ入った。


落ちてくる脚の関節へ両手で剣の腹を押し当てる。


力で止めるんじゃない。


ヴァルガルド自身の重みが。


ほんのわずか外側へ流れる角度へ。


押す。


前脚が。


予定していた場所より半歩外へ落ちた。


その半歩。


セラにとっては。


十分だった。


身体を抜く。


反撃できる。


でもしない。


「……トーマ」


「はい」


「どうすればいいか死ぬ気で考えろ」


ヴァルガルドを見ながら。


セラが言う。


俺は唇を()み締め、伝声管へ手を伸ばした。


その時。


「トーマ!」


伝声管からネネの声が響いた。


「聞こえてます!」


「障壁、一回消えた! 三頭入った!」


「今は!」


「戻ってる! でも西だけ薄い!」


「井戸は?」


「まだ下がってる!」


その背後で。


悲鳴。


「ネネ?」


返事がない。


「ネネ!」



―――



通信棟の前。


城内へ入り込んだ魔物の一頭が、建物の角を曲がって姿を現した。首の後ろには折れかけた黒い杭が残っており、呼吸は荒く、脚取りも明らかにふらついている。


それでも止まらない。


身体が限界に近いことなど無視するように、その魔物は前へ進み続けていた。


伝声管を握っていたネネが、気配に気づいて振り返る。


目が合った。


次の瞬間、魔物が地面を蹴った。


「ネネ!」


アルトの声が飛ぶ。


だが、距離がある。


間に合わない。


ネネは反射的に腕で顔を(かば)った。


その直前だった。


横から誰かが飛び込み、ネネと魔物の間へ身体を差し込んだ。


鋭い爪が男の右肩へ深く食い込む。


「……え?」


ネネが恐る恐る腕を下ろした。


そこに立っていたのは、カイだった。


「カイ!?」


「喋るな」


魔物の爪を肩に受けたまま、カイは身体ごと後ろへ押されていた。


靴底が石畳を削る。


それでも踏ん張りながら、足元へ視線を落とす。


すぐ近くに、兵が落とした短槍が転がっていた。


カイがそれを拾う。


爪はまだ肩へ食い込んでいる。


なのに、傷口から血は出ていない。


少なくとも、今は。


カイは魔物そのものを刺そうとはしなかった。


狙ったのは、首の後ろに残る黒い杭だった。


短槍を逆に持ち、石突(いしづ)きを叩き込む。


鈍い音とともに、杭の表面へ細い亀裂が走った。


魔物が激しく首を振る。


肩を掴まれているカイの身体まで引きずられ、足元が大きく崩れる。


それでも手を離さない。


歯を食いしばり、もう一度、同じ場所へ石突きを叩き込んだ。


今度は、乾いた音がした。


黒い杭が砕ける。


その瞬間、それまで無理やり張りつめていた魔物の身体から、一気に力が抜けた。


前脚が折れ、その場へ崩れ落ちる。


「なんでここに――」


ネネが聞こうとする。


「あと」


カイは伝声管を(あご)で示した。


「先に連絡しろ」


「でも肩!」


「先だ」


そこで、十秒が経った。


次の瞬間。


カイの右肩が突然裂けた。


一拍遅れて押し寄せた傷が、まとめて現れる。


血が噴き出し、カイの膝が石畳へ落ちた。


「カイ!」


ネネが駆け寄ろうとする。


それでもカイは、痛みに顔を歪めながら伝声管を指した。


「……先」


ネネは一瞬だけ迷った。


唇を噛む。


そして、伝声管へ戻った。


「トーマ!」



―――



「聞いてます!」


すぐに返す。


「こっちは大丈夫! それより魔物も変! 外で急に倒れたり、ふらついたりしてる!」


「分かりました!」


地上で起きていることを、頭の中で並べる。


井戸の水。


倒れる人。


弱る馬。


城壁へ迫る魔物。


そして、出力が薄くなった障壁。


全部が別々の異常に見えていた。


でも。


ヴァルガルドが身体を再構築するたびに、そのどれもが悪化している。


なら、やることはまず二つだ。


普通に考えれば、それしかない。


俺は操作盤へ向き直った。


「盾守!」


「何だ!」


「ヴァルガルドへの供給を止めます!」


一番単純な方法だ。


力が流れ込むから、失った身体を作り直せる。


なら、その流れ自体を切ればいい。


「補助系だけ切り離せませんか!」


盾守が慌ただしく操作盤を確認する。


いくつかの光点を追い、すぐに首を振った。


「ここからは無理だ! 補助系統だけを単独で停止する操作がない!」


「バスティオン全部なら?」


「それなら停止できる!」


城主が反応した。


「なら、今すぐ――」


「駄目です!」


俺は反射的に止めた。


城主がこちらを見る。


「なぜだ」


「外です」


もう説明するまでもない。


障壁が一度弱くなっただけで、三頭が城内へ入った。


今、バスティオン全体を止めれば、残っている大群がそのまま城壁まで押し寄せる。


「今全部止めたら、外の魔物を防げません」


城主の口が閉じる。


第一案は使えない。


なら。


もう一つ。


俺はヴァルガルドを見る。


「……魔核」


六十八年前に倒されたヴァルガルドの魔核。


それが、後から追加された補助系統の動力源になっている。


なら、今動いているこのヴァルガルドにも。


どこかに中心があるはずだ。


そこだけを壊せれば。


再構築の根そのものを断てるかもしれない。


俺は《不具合鑑定》を使った。


ヴァルガルドの胸。


腹。


背。


首。


流れる魔力。


負荷の集中。


崩壊しやすい場所。


再構築へ繋がっている経路。


見えるものは多い。


けれど。


欲しい答えだけがない。


「……駄目だ」


「どうした」


マレクが訊く。


「魔核がどこにあるか分からない」


「探せないのか」


「俺の能力は、隠された物を見つける能力じゃない」


壊れ方は見える。


壊れる条件も見える。


でも、どこに魔核があるかまで教えてくれるわけじゃない。


探すなら。


胸を斬る。


なければ次は腹。


さらに背。


けれど、外すたびにヴァルガルドへ新しい欠損を作ることになる。


そのたびに再構築が始まる。


そのたびに外から力を奪う。


そして、前より強くなる。


探すための攻撃そのものが、相手を強化する。


「闇雲に探すのは無理です」


第二案も潰れた。


その間も、ヴァルガルドとセラの戦いは続いている。


大角が振られる。


セラは刃で受けず、剣の腹を沿わせて軌道を流す。


すぐに雷。


身体を捻って避ける。


続く前脚。


一歩内側へ踏み込み、柄頭を関節へ当てて落下位置をずらす。


壊さない。


ただ、攻撃を成立させない。


だが、その戦い方では。


セラ自身へかかる負担が大きい。


一度。


ほんのわずかに遅れた。


大角の先端が肩を(かす)め、セラの身体が横へ流される。


着地と同時に足を踏み直し、すぐ構えを戻す。


まだ立っている。


でも、同じことを、あと何度繰り返せる?


「他に」


俺は盾守を見る。


「何かないんですか」


盾守は答えない。


「昔の機能でも、封鎖された区画でも何でもいい!」


それでも沈黙が続く。


「盾守?」


そこで気づいた。


知らないから黙っている顔じゃない。


知っている。


でも。


言うべきか迷っている。


「……一つだけ」


盾守が低く言った。


「言い伝えがある」


城主が振り返る。


「言い伝え?」


盾守は操作盤ではなく、足元へ視線を落とした。


この区画より。


さらに地下へ。


「この管理区画よりもっと深い場所に、バスティオンの機構が残っていると伝えられています」


「何をする装置です?」


「分からない」


「分からない?」


「私は見たことがない。操作方法も知らない。今も動くのか、それすら確かじゃない」


「じゃあ、何があるんです」


盾守が一度言葉を飲み込んだ。


それから。


「先代の盾守が言っていた」


俺を見る。


「バスティオンが、誰から力を吸うのか」


そこで一度言葉を切った。


「その対象を選べたと伝えられている」


俺はすぐには意味を理解できなかった。


今のバスティオンは外から無差別に奪っている。


水。


土地。


人。


家畜。


生きているもの。


そこから吸い上げる対象を選べる。


「場所は?」


「案内できる」


「使い方は?」


「知らない」


「動く保証は?」


「ない」


「故障している可能性は?」


「ある」


盾守の返事は、どれも最悪だった。


でも、最初の二つとは違う。


まだ。


不可能と決まったわけじゃない。


その時。


ヴァルガルドがまた踏み込んだ。


セラが大角を受け流す。


直後に雷。


身体を反らす。


完全には避けきれず、肩口が焼けた。


焦げた布が散る。


それでもセラは、剣を身体へ入れない。


「……行きます」


城主が俺を見る。


「本気か」


「ここにいても答えは増えません」


セラを見る。


大角。


前脚。


雷。


一つずつ。


壊さずに。


流している。


でも。


彼女があと何回あの攻撃を受けられるか。


俺には分からない。


「時間がない」


盾守が、ゆっくり頷いた。


「分かった」


「案内してください」


俺たちは管理区画の奥へ走り出した。


背後では、ヴァルガルドの咆哮と、石の砕ける音が響き続けている。


古い階段へ差しかかったところで。


「トーマ!」


セラの声が飛んだ。


振り返る。


彼女はヴァルガルドの前脚を剣の腹で流しながら、こちらを見ていた。


「何です!」


大角が迫る。


セラは姿勢を低くし、その下を抜ける。


「そっちは任せる」


「お前を信じる」


雷が走る。


セラが横へ抜ける。


俺は声を張った。


「セラ! そっちは任せました!」


一瞬。


セラの動きがわずかに鈍る。


「ああ」


「……早く行け!」


「はい!」


俺は盾守を追う。


管理区画よりさらに地下。


階段を下りるにつれ。


壁の造りが変わっていく。


石の色も違う。


積み方も。


作りが明らかに古い。


やがて灯りさえなくなった。


盾守が小さな魔導灯を灯す。


薄い光が。


湿った石壁を照らした。


空気も違う。


湿気。


(ほこり)


長い年月、人が入っていない場所特有の匂い。


「本当に、この先なんですね」


俺が訊く。


「言い伝えでは」


盾守が階段を下りながら答える。


「昔の盾守だけが使った区画だと」


「今の盾守には、そこまで伝わってない?」


「全てが残ったわけではない」


その言葉が妙に引っかかった。


やがて階段が終わる。


正面には古い扉があった。


今の城護盾バスティオンで使われているものとは違う紋章が刻まれている。


盾守が足を止めた。


「ここだ」


俺も立ち止まる。


でも、見ていたのは扉じゃなかった。


床。


薄く積もった埃の上に。


足跡がある。


新しい。


俺たちのものではない。


一人分。


扉の向こうへ。


真っ直ぐ続いている。


「誰か……」


盾守の顔色が変わった。


「先に来ている?」


頭に二人浮かぶ。


黒杭を使っていた女。


そして。


ユーリク。


でも。


この場所を知っているとすれば。


「……まさか」


扉へ手をかける。


重い。


押す。


古い蝶番(ちょうつがい)が、低く(きし)んだ。


その向こう。


暗い部屋の中で。


一つだけ魔導灯が点いている。


その前に。


男が立っていた。


ユーリク。


こちらを振り返る。


驚いていない。


むしろ。


俺たちが来ることを知っていたような顔だった。


盾守が息をのむ。


「なぜ、お前がここを知っている」


ユーリクはすぐに答えなかった。


古い装置へ片手を置く。


その指は。


すでに何本か。


まともに曲がらなくなっている。


「知っているとも」


静かな声だった。


「ここは」


ユーリクが俺を見る。


「私の一族が守っていた場所だ」



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