↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
城護盾バスティオン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/35

第十一話 斬るたび、災厄は学ぶ


「……カギ」


(かす)れた声だった。


それでも、聞き間違いではない。


六十八年前に死んだはずの灰角王(かいかくおう)ヴァルガルドが、セラだけを見て、確かにそう呼んだ。


「なら、なぜあいつは私を知っている」


セラが剣を構える。


返事の代わりに、ヴァルガルドの銀灰色のたてがみを青白い光が這った。


巨大な右前脚が石床を掴む。爪が沈んだだけで、その周囲へ細かな亀裂が伸びていく。


「セラ」


「ああ」


「来ます」


「見えている」


次の瞬間、巨体が前へ出た。


左右で脚の長さが違い、片方の肩だけが異様に膨れている。胸元からは肋骨まで覗き、二本の角も形が揃っていない。


どう見ても、まともな身体じゃない。


それでも速かった。


身体を動かし始めるまでにはわずかな鈍さがある。だが、一度動き始めてしまえば、その巨大な質量すべてが攻撃になる。


ヴァルガルドの前脚が持ち上がった。


広がった影だけで、セラの姿がすっぽり消える。


小さな家なら、屋根までまとめて潰してしまいそうな足裏が落ちてきた。


セラが動いたのは、直前だった。


後ろではない。


斜め前へ踏み込み、爪と爪の間をすり抜ける。


直後、ヴァルガルドの足が床を打った。


地下空洞を揺らす轟音(ごうおん)。砕けた石が跳ね上がり、衝撃だけで俺の服まで震えた。


その頃には、セラはもうヴァルガルドの懐にいた。


俺の視界に、右肩へ集まる負荷が浮かぶ。


《荷重集中――右前肢基部》


「右肩!」


「分かった」


セラの剣が走る。


一撃目は黒い皮膚を裂いただけだった。


ヴァルガルドが首を振り、大角が横から迫る。


倒れた城壁を、そのまま振り回しているような一撃だ。


セラは受け止めなかった。


剣の腹を角へ触れさせ、その表面を滑らせる。


軌道を変えたのは、ほんのわずか。


人ひとりが通れる隙間だけだった。


それで十分だった。


灰角がセラの背中すれすれを通り過ぎ、そのまま石壁へ突き刺さる。


巨獣の首が一瞬止まった。


セラは、その角へ足をかけた。


一歩。


二歩。


角の根元から頬へ移り、そのまま肩へ駆け上がる。


ヴァルガルドの身体は大きい。肩まで上がったセラを見上げると、地上から見張り台の上を見る時と大して変わらない高さがあった。


巨体そのものが、一つの地形だ。


ヴァルガルドが激しく身体を振った。


セラは肩に残る最初の傷へ剣先を浅く噛ませ、両手で(つか)を支える。


身体が外側へ大きく引かれた。


それでも、すぐには剣を抜かない。


肩が最も大きく振り切られる、その直前。


セラは自分から刃を引き抜いた。


ヴァルガルドが生み出した横向きの勢いだけを受け取り、身体が大きく宙へ飛ぶ。


次の瞬間、一瞬前までセラがいた肩へ雷が落ちた。


「……人間業なのか」


城主が(つぶや)いた。


俺も同じことを思っていた。


空中へ投げ出されたセラの下では、崩れた壁の石塊がいくつも落下している。


その一つへ片足を置いた。


石はすぐに砕けた。


だが、その一瞬だけで落下方向は変わる。


セラは再びヴァルガルドの右肩へ向かった。


狙うのは、さっきの傷。


一撃目が肉へ入る。


ヴァルガルドが前脚を引いた。


今度、セラは剣を抜かなかった。


脚が引かれる方向へ自分の身体も流し、ヴァルガルド自身の力を使って傷口を横へ広げていく。


肉が裂け、その奥から白い骨が覗いた。


ヴァルガルドが前脚を床へ叩きつける。


その衝撃が来る直前、セラは剣を引き抜いた。


身体がわずかに浮く。


そこから二撃目。


露出した骨へ刃が食い込む。


着地と同時に剣を返し、三撃目。


骨が断たれた。


巨大な右前脚が肩口から落ちる。


轟音とともに床が揺れた。


切り落とされた脚一本だけで、地下回廊の半分以上が塞がっている。


「グァァァァァッ!」


ヴァルガルドが吠えた。


セラはすぐに追撃せず、少し距離を取った。


呼吸は乱れていない。


「頭は?」


俺が尋ねる。


「まだだ」


「話を聞くためですか」


「あれだけ喋れた。もう一度くらい喋るかもしれない」


「意外と慎重ですね」


「お前に言われたくない」


言い返す余裕まである。


少なくとも、ここまでは。


明確にセラが上だった。


その時。


ドクン、と低い脈動が響いた。


俺の視線が、ヴァルガルドの切断面へ引かれる。


外から何かが集まっていた。


《外部流入――増加》


切断面から骨が伸びる。


そこへ血管が絡み、筋肉が(まと)わりつき、その上から黒い皮膚が形成されていく。


「再生……?」


盾守(たてもり)(うめ)いた。


「いや」


俺は目を細めた。


《再構築――不整合》


元と同じ脚ではない。


新しく作られた脚は、さっきより少し細い。


だがその分、肩の奥深くまで接続され、胴体との繋がりが明らかに安定している。


「直したんじゃない」


セラも新しい脚を見ていた。


「作り替えたのか」


「たぶん」


ヴァルガルドが、新しい前脚を床へ置いた。


巨体が一度沈む。


そして。


次の踏み込みは、先ほどより明らかに速かった。


「――っ」


セラが二歩下がる。


最初は必要なかった距離だ。


大角が迫る。


かわした直後、新しい前脚が続く。


その攻撃を抜けきる前に、首が戻ってきた。


再び角。


さっきまであった、動作と動作の間の鈍さが短くなっている。


「……なるほど」


セラが剣を握り直した。


「使いやすい身体になったらしい」


ヴァルガルドが突っ込む。


今度は、セラも真正面から迎えた。



―――



ラグナ西方。


城壁を見下ろせる丘に、灰色の外套をまとった男が一人立っていた。


男の眼下には、魔物の大群が広がっていた。


数を数えられるような規模ではない。


街道を埋め、乾いた川床を黒く染め、林の向こうからも次々と影が続いている。


もともとラグナ方面へ向かっていた群れだった。


男が操っているのは、そのすべてではない。


群れの先頭近くにいる大型の四足獣。


その首の後ろに、一本の黒い杭が打ち込まれている。


少し右を走る牙獣にも。


さらに中央付近、周囲より一回り大きな個体にも。


杭を打たれているのは、大群の中のほんの数匹だけだった。


男が指をわずかに曲げる。


先頭の大型個体が速度を落とした。


すぐ後ろを走っていた魔物が詰まり、衝突を避けて左右へ流れる。


そのさらに後ろも速度を落とす。


わずかな減速が、波紋のように大群全体へ伝わった。


「まだ早い」


男はラグナの城壁を見る。


ただ魔物を城へぶつけるだけなら簡単だ。


黒杭の抑制を解けばいい。


だが、それでは意味がなかった。


狙いはラグナを滅ぼすことじゃない。


地下で行われている仕事へ、兵を近づけないこと。


城壁へ守備兵を張りつける。


救護も、伝令も、可能な限り地上へ引きつける。


さらに城外へこれだけの魔物が迫れば、城護盾バスティオンそのものを停止する決断も難しくなる。


内部ではキオが偽命令を流す。


城内側に入り込んだ仲間が、それを本物の命令らしく補強する。


守備隊が最も混乱した、その瞬間。


大群を到達させる。


早すぎれば城は警戒を強める。


遅すぎれば内部工作が露見する。


だから男の役目は、魔物を操ることそのものではない。


大群がラグナへ届く時間を、可能な限り調整することだった。


右側の黒杭へ魔力を送る。


大型個体がゆっくり左へ寄った。


それを避けた周囲の魔物も進路を変え、その後ろもさらに左へ流れる。


数匹しか直接動かしていない。


それでも、大群全体がわずかに向きを変えた。


男は、群れそのものを操舵(そうだ)している。


「あと少しだ」


その時。


先頭を走る一頭が、わずかに脚をもつれさせた。


男の眉が寄った。



―――



地下。


今度は、ヴァルガルドの左後脚が落ちた。


ただし、右前脚を切った時ほど簡単ではなかった。


セラが懐へ入ろうとするたび、再構築された前脚が進路を塞ぐ。


大角をかわしたところへ前脚が続き、それを潜れば首が戻ってくる。


攻撃同士が繋がり始めていた。


それでも、まだセラの方が速い。


巨体が旋回した一瞬、腹の下にだけ死角ができる。


セラは身体を低くし、その隙間へ飛び込んだ。


左後脚へ一撃。


深い。


だが、まだ切れない。


ヴァルガルドが身体を回した。


あれだけ巨大なのに、旋回まで速くなっている。


セラは立ち上がらなかった。


低い姿勢のまま床を蹴り、腹の下を滑るように反対側へ抜ける。


二撃目。


骨まで届いた。


すぐに後脚が蹴り上げられる。


セラが身体を(ひね)った。


爪が鎧の前を掠める。


着地。


三撃目。


左後脚が落ちた。


ヴァルガルドの巨体が大きく傾く。


セラは即座に離れた。


その判断は正しかった。


たてがみから、雷が床を走る。


一本目をかわす。


だが、二本目はその移動先へ来た。


「……狙ってる」


俺が呟く。


最初とは違う。


漏れているんじゃない。


明確に当てようとしている。


ヴァルガルドの首元では、さっきより銀灰色のたてがみが増えていた。


とはいえ、見た目が綺麗になったわけじゃない。


片側にはまだ毛がなく、皮膚も骨も露出している。


むしろ異形さは増している。


それなのに、雷の流れだけは確実に整っていた。


ドクン。


失った後脚へ、また外から何かが流れ込む。


《外部流入――増加》


新しい後脚が形成される。


今度は元より長い。


しかも途中に、本来ならないはずの関節が一つ増えていた。


「……なんだ、あれ」


城主が呻く。


セラも眉を寄せる。


新しい後脚が深く沈んだ。


次の瞬間。


ヴァルガルドの巨体が宙へ浮いた。


「え?」


思わず声が出た。


城壁の一角が、丸ごと宙へ跳ね上がったように見えた。


ヴァルガルドが着地した瞬間、地下空洞全体が大きく揺れた。亀裂が床を走り、砕けた石片が跳ねる。


セラは横へ逃れる。


だが、ヴァルガルドは着地の勢いを殺さないまま前脚を振り抜いた。


それをかわした先には大角。


さらに、セラが次に身体を逃がす方向へ雷が走る。


三つの攻撃が、もはや別々ではなかった。


前脚で動かし、角で進路を限定し、最後に雷を置く。


「……っ」


完全には抜けきれない。


セラは身体の前へ剣を立て、大角を受けた。


轟音。


刃と角が噛み合った瞬間、靴底が石床を削る。


一歩押される。


さらにもう一歩。


三歩目でようやく、セラは剣先をわずかに傾けて力を横へ逃がした。


大角が脇を抜ける。


「セラ!」


「平気だ」


返事は早い。


しかし、さっきまでとは違っていた。


口元に残っていた余裕は消え、セラは一度だけ剣を握る指を開くと、感触を確かめるようにもう一度強く柄を握った。


「再構築すると」


ヴァルガルドから目を離さないまま、セラが言う。


「前より、動ける身体になる」


「俺もそう見えます」


「厄介だな」


「セラがそれ言うんですね」


「事実は事実だ」


ヴァルガルドが再び後脚を沈める。


今度はセラも、跳ぶ前から身体を低くした。



―――



丘の上では、灰衣の男が黒杭へ力を送っていた。


狙うのは、群れの先頭を走る大型個体。


速度を落とせ。


そう命じる。


だが、反応が遅い。


「止まれ」


男がさらに強く術線を引くと、杭を打ち込まれた魔物が苦しげに首を振り、ようやく脚を緩めた。


遅すぎた。


背後から迫っていた後続が詰まり、衝突を避けようとした魔物が左右へ押し出される。その外側にいた個体まで進路を変え、整えていた群れの前面が少しずつ膨らんでいく。


男は眉を寄せた。


何かがおかしい。


視線を落とすと、足元の草が先ほどより明らかに(しお)れていた。


「……何だ?」


さらに、中央で舵として使っていた杭付きの個体まで身体をふらつかせる。


一頭の乱れが周囲へ伝わり、その乱れがさらに後ろへ押し戻されていく。


大群の流れが、ゆっくりと崩れ始めていた。



―――



地下では、雷がセラの着地点を待ち構えていた。


セラは右へ身体を流す。


そこへ前脚が落ちる。


爪が頭上を通過する寸前まで姿勢を沈め、その勢いのままヴァルガルドの懐へ滑り込むと、立ち上がる力を斬撃へ変えて脇腹を狙った。


だが。


刃先が皮膚を浅く裂いただけで、ヴァルガルドの胴体が後ろへ引かれた。


剣が空を切る。


「……かわした?」


思わず声が漏れた。


黄色い瞳が、セラを追っている。


偶然じゃない。


戦闘直後のヴァルガルドは、セラの動きを認識してから身体がついてくるまでに遅れがあった。


今は違う。


見て。


判断して。


その先へ身体を動かしている。


ヴァルガルドが大角を横へ振る。


セラは角の内側へ入り、その勢いを利用して懐へ抜けようとした。


一度目に使った動きだ。


だが、ヴァルガルドは振り切らなかった。


途中で首を止める。


セラの身体に乗るはずだった勢いが、突然消えた。


「覚えてる……」


俺の声に、セラは答えない。


空中に残された彼女の着地点へ、たてがみの雷が集まる。


セラは止まった大角へ剣先を滑らせた。


火花が散る。


刃と角が擦れる抵抗を使って身体を半回転させ、落ちてくる雷の軌道から外れる。


そのまま角へ足をついた。


二歩。


だが、根元までは走らない。


ヴァルガルドが首を振り始めた瞬間、自分から角を蹴って肩へ移る。


ヴァルガルドも、もう待ってはいなかった。


セラが肩へ乗ったと見るや、巨体そのものを壁へ押しつける。


「セラ!」


石壁とヴァルガルドの身体の隙間が、一気に狭まった。


このままでは潰される。


セラは肩を駆け上がるのをやめ、逆に前脚の付け根へ向かって斜めに走り下りた。


最後は身体を横へ倒し、腹側へ滑り込む。


次の瞬間。


ヴァルガルドの肩が石壁へ激突した。


地下を揺らす轟音とともに、巨大な壁面が崩れ落ちる。


セラは巨体の反対側から抜けた。


だが。


そこまで読まれていた。


後脚が横から迫る。


回避は間に合わない。


セラは剣を両手で構え、爪を受ける。


衝撃に身体ごと弾き飛ばされた。


床へ足をつく。


そのまま勢いを殺せず、靴底が長く石を削った。


一度大きく体勢を崩し、二歩目で踏み直してようやく止まる。


左肩の鎧には、細い亀裂が走っていた。


「……」


セラはその傷を一度だけ見た。


ほんの一瞬。


すぐにヴァルガルドへ視線を戻す。


もう、最初のような余裕は残っていなかった。


「トーマ」


「はい」


「次で頭を落とす」


息をのんだ。


「話は?」


「後回しだ」


ヴァルガルドが喉の奥で低く唸る。


セラは、その巨体から目を離さない。


「これ以上、作り直させる方が危険だ」


合理的だった。


少なくとも。


この時点では、俺もそう思っていた。


セラが静かに剣先を下げる。


「王国騎士セラ・ヴァルク」


銀灰色のたてがみを、青白い雷が這っていく。


「名をここに置く」


一歩。


セラがヴァルガルドとの距離を詰めた。


「――剣の向こう側で、神さえ知らぬ結末を見せてやる」


その言葉を境に、空気が変わった。


ここからは。


本気で仕留めるつもりだ。


ヴァルガルドが後脚を深く沈め、巨体を跳ね上げた。


今までで最も高い。


セラの頭上を覆う影が広がるより早く、二条の雷が床を走り、逃げ道を先に潰す。


さらに、その中央へ大角が落ちてくる。


二条の雷と、大角。


三つの攻撃が、同じ一点へ重なった。


セラは退かなかった。


真正面へ踏み込む。


最初の雷へ剣の腹を触れさせる。


完全に受けるのではなく、わずかに軌道を変える。


二条目には、自分からヴァルガルドの大角を挟んだ。


雷が角へ直撃する。


爆発。


灰色の破片が周囲へ弾け、セラの身体も爆風に押される。


だが。


セラは押し戻されなかった。


その力が進行方向と重なるよう、自分からさらに踏み込んだ。


ヴァルガルドの頬へ片足をかける。


そこから眉間。


さらに頭頂へ。


人ひとりが駆けるには巨大すぎる顔を、一気に上へ駆け抜ける。


ヴァルガルドが頭を激しく振る。


セラは逆らわなかった。


振られる方向へ足を運び、巨獣の首が生み出す勢いを、そのまま自分の踏み込みへ変える。


大角が横薙(よこな)ぎに戻ってくる。


自分の頭ごと、セラを払うつもりだ。


セラは姿勢を深く沈めた。


灰角が銀髪のすぐ上を通過する。


その下から。


剣が喉へ入った。


深い。


ヴァルガルドが咆哮(ほうこう)とともに首を持ち上げる。


セラの身体も、傷へ残した刃ごと上へ運ばれた。


それでも剣を抜かない。


巨獣自身が首を起こす力を利用して、裂け目を下から上へ広げていく。


至近距離で雷が弾けた。


さすがに刃を抜く。


セラは巨体から落下した。


眼下には、さっき崩れた石柱が斜めに残っている。


片足を置いた瞬間、柱は折れた。


だが、壊れる直前に返ってきた反発だけを使い、セラは再び上へ跳ぶ。


目の前にヴァルガルドの顔。


前脚が追ってくる。


セラは横へ逃げない。


持ち上がった足の甲へ着地した。


ヴァルガルドが前脚を振り上げる。


その上昇まで使って跳び、ついにヴァルガルドの頭より高い位置へ出る。


そこで初めて。


セラは剣を両手で握った。


ヴァルガルドが首を振る。


空中のセラも、その力に引かれて横へ流される。


まだ斬らない。


待つ。


首が最も速く振られた瞬間。


セラ自身も同じ方向へ身体を回した。


ヴァルガルドの巨体が生んだ勢いと、セラ自身の回転が重なる。


刃が首へ食い込んだ。


一撃目で、半ばまで。


ヴァルガルドの全身から雷が噴き出した。


セラの袖が焼け、銀髪が激しく逆立つ。


それでも手を離さない。


剣を引く。


もう一度。


二撃目が、さらに深く入った。


「グァァァァァァッ!」


ヴァルガルドが自分の前脚を振り上げる。


首ごとセラを叩き潰す気だ。


セラは傷へ刃を残したまま、首の反対側へ一歩だけ走った。


踏み位置を変える。


身体を返す。


そして。


三撃目。


刃が反対側まで抜けた。


その瞬間だけ。


地下から音が消えたように感じた。


ヴァルガルドの頭がわずかに傾く。


そのまま。


ゆっくりとずれた。


落ちる。


次の瞬間、地下広間を揺らす轟音が響いた。


頭部だけで、広間の一角が塞がる。


首を失った胴体は惰性のまま一歩だけ進み、さらにもう一歩踏み出したところで前脚が折れた。


巨体が崩れ落ちる。


たてがみに残っていた雷も、ようやく消えた。


静かになった。


セラは倒れたヴァルガルドの身体から床へ降りる。


着地すると、すぐには何も言わなかった。


肩がわずかに上下している。


俺は初めて見た。


戦闘を終えたセラが、明確に息を整えているところを。


「……終わったか」


城主が呟いた。


誰も、すぐには答えなかった。


俺は倒れたヴァルガルドではなく、その周囲へ伸びている流れを見る。


《不具合鑑定》では、生きているか死んでいるかは分からない。


だが。


外から何かが入り続けていることだけは見える。


「……何だ?」


赤い流れが細くなるどころか、急速に太くなっていく。


《外部流入――急増》


「盾守!」


城主の声に、盾守が操作盤へ駆け寄った。


「外部徴収が……また上がっています!」


さっきまでとは比べものにならない。


その直後。


ドクン――と。


ヴァルガルドではなく、地下そのものが脈を打ったような振動が足元から伝わってきた。



―――



地上。


共同井戸のそばを通りかかったネネは、水面を見て足を止めた。


「……え?」


下がっている。


ゆっくりではない。


まるで井戸の底から巨大な何かに吸われているように、水面が目の前で落ちていく。


近くに繋がれていた馬が突然よろめいた。


前脚が折れ、その場に膝をつく。


「何!?」


ネネが駆け寄ろうとした、その頃。


城壁の外でも。


同じ異変が起きていた。



―――



丘の男が、黒杭へ繋がる術線を強く引く。


「止まれ!」


先頭を抑えるはずだった大型個体が、命令に従うより先に膝から崩れた。


その直後。


後ろから押し寄せていた魔物が左右へ分かれる。


片方は別の群れへぶつかり、押された個体がさらに外側へ逃げる。


中央では、もう一頭の杭付き個体まで急激に速度を失った。


後続は止まれない。


後ろから押す。


押された群れが膨らむ。


一つにまとめていた大群の先端が、みるみる複数の流れへ裂けていく。


「違う。そこへ流れるな!」


男が術線を操る。


だが。


黒杭で動かせる一頭より、その背後から押し寄せる何十頭もの力の方が強い。


先導個体が命令通りに動けない。


それを避ける周囲が、また別の流れを作る。


男が初めて顔色を変えた。


「まだ早い……!」


調整していた魔物の波が。


予定より早く。


しかも予定していた形を失ったまま、ラグナへ向かい始めた。



―――



地下。


ミシ――。


嫌な音がした。


俺はヴァルガルドへ振り返る。


首を失った身体。


その切断面から、白い骨が伸びていた。


「……セラ」


一本。


さらに一本。


頸骨(けいこつ)が形を作り、その周囲へ血管が絡みつく。


筋肉が覆う。


再構築の速度が、今までとは明らかに違っていた。


「トーマ」


セラも気づいた。


剣を構え直す。


「これでも再生するのか」


俺は答えられなかった。


首が作られていく。


(あご)の骨格が組み上がり、そこへ牙が生える。


銀灰色のたてがみが首筋を覆い始める。


最後に。


黄色い眼球。


その形成を見ながら。


俺の頭の中で、それまでの戦いが繋がった。


右前脚を落とした後。


踏み込みが速くなった。


後脚を落とした後には、あの巨体で跳躍できるようになった。


たてがみが増えてからは、ただ漏れていた雷を狙って撃つようになった。


そして。


セラが一度使った入り方まで覚え、次にはその動きを潰してきた。


再構築するたび。


ただ元へ戻っているんじゃない。


壊された身体を、もっと戦いやすい形へ。


作り替えている。


そして今、セラは頭を落とした。


「……次は」


自分でも分かるほど、声が掠れた。


「何を覚えて戻るんだ」


新しく作られた(まぶた)が開いた。


黄色い眼が現れる。


その視線は、一瞬も迷わなかった。


最初から。


セラを捉えていた。


再構築されたばかりの身体とは思えない。


ヴァルガルドが前脚を床へ沈める。


セラの目が細くなる。


次の瞬間。


巨体が弾けるように前へ出た。


さっきまでの踏み込みとは比較にならない。


「セラ!」


俺が叫んだ時には。


もう。


ヴァルガルドは彼女の眼前まで迫っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。