第十九話 消えた半月
月牙山へ向かうパトカーの中。
ハンドルを握っていたのは、ジュンヒョクだった。
その隣で、ジュンは腕を組んだまま、固く口を閉ざしていた。
顔は歪んでいた。
怒りのせいだけではなかった。
恐怖のせいだけでもなかった。
それよりももっと複雑な感情が、彼の中で静かに煮え立っていた。
ジュンは、散らばったパズルの欠片を頭の中で組み合わせていた。
チョンゴク寺。
月牙山。
二つの腕輪。
ハナとナラの能力。
感情が読めなかった男。
そして彼女たちを見張り、試し、記録していた者たち。
ハナとナラへ手を伸ばす機会なら、これまでにも何度もあった。
それなのに、なぜ今なのか。
なぜナラだったのか。
なぜ月牙山なのか。
ジュンは窓の外を流れていく暗い山道を見つめた。
街灯は、少しずつ減っていった。
街のざわめきも、遠ざかっていった。
残っているのは、濡れた道路をタイヤが切り裂く音と、ジュンの頭の中で少しずつ輪郭を持ち始める、不吉な予感だけだった。
彼らは待っていたんだ。
ジュンの目が細くなった。
場所が整うまで。
そのとき、ジュンヒョクが低く言った。
「チーム長」
ジュンは答えなかった。
ジュンヒョクはハンドルを強く握ったまま、言葉を続けた。
「奴らが言っていた場所が本当に月牙山なら……ただの拉致じゃありません」
「わかってる」
ジュンの声は低かった。
「招待状だろうな」
ジュンヒョクの指が、ハンドルの上で固まった。
パトカーがチョンゴク寺の駐車場に入ったとき、ハナはすでにそこに立っていた。
冷たい夜気の中で、彼女は何度も携帯を確認していた。
ナラにかけた電話は、ずっと繋がらなかった。
メッセージも読まれない。
幻視も見えない。
何も。
それが、なおさら怖かった。
ハナは手首の腕輪を見下ろした。
かすかな熱が残っていた。
まるでどこかから、自分を呼んでいるような熱。
けれど、見えなかった。
ナラが危険なときなら、いつもぼんやりとでも見えていた断片が、今回は完全に塞がれていた。
未来が閉じていた。
「どうして……どうして見えないの」
ハナは歯を食いしばった。
そのときだった。
遠くから、黒い高級セダンが一台、駐車場へ勢いよく入ってきた。
ヘッドライトが闇を裂いた。
車が急停車し、ドアが開いた。
ソ・ジヌだった。
彼は車から降りるなり、周囲を見回した。
そしてハナを見つけた。
表情が固まった。
「ハナさん」
ジヌは走るように近づいてきた。
「どうして一人でいるんですか?」
彼の視線が、ハナの背後を慌ただしく探った。
「ナラさんは?」
ハナは彼を見つめた。
「ジヌさんこそ……どうしてここがわかったんですか?」
ジヌは答える前に、一度息を飲んだ。
いつものように落ち着こうとしていた。
それでも、その顔にはすでに不安がにじんでいた。
「嫌な周波数が、ずっと聞こえていました」
「周波数……?」
「はい」
ジヌは月牙山のほうを見た。
「撮影現場で感じたものより、もっと深くて、もっと暗いものでした。体の内側を引っかかれるような音でした。無視しようとしたんですが……」
彼は再びハナを見た。
「だんだん鮮明になったんです。こちらへ来い、と」
ハナの唇が震えた。
ジヌの目が、さらに暗く沈んだ。
「ナラさんはどこですか?」
ハナは答えようとした。
けれど、すぐには声が出なかった。
喉の奥に、何かが引っかかった。
泣いてはいけない。
今、崩れてはいけない。
それでもナラの名前を思い浮かべた瞬間、視界が滲んだ。
「ナラが……」
ハナは手を強く握った。
「ナラが、消えたんです」
ジヌの顔から血の気が引いた。
「連絡がつかないんです。幻視も見えません。何も見えないんです」
ハナの声は、今にも崩れそうに揺れていた。
「私……私にできることが、何もないんです」
ジヌは何も言えなかった。
その一言が、彼の胸をそのまま突き刺した。
ナラが消えた。
その言葉を聞いた瞬間、ジヌの中で何かが激しく跳ね始めた。
心臓なのか。
音なのか。
周波数なのか。
区別がつかなかった。
ただ一つだけ、わかることがあった。
その響きの中心に、ナラがいる。
そしてその響きは、少しずつ弱くなっていた。
そのとき、パトカーが駐車場へ入ってきた。
ドアが開き、ジュンとジュンヒョクが降りた。
ジュンはジヌを見た。
普段なら、まず理由を尋ねていただろう。
なぜここにいるのか。
誰に呼ばれたのか。
けれど今は、そんなことをしている時間はなかった。
ジュンはすぐに言った。
「ナラさんが拉致された可能性が高いです」
ハナの体が固まった。
ジヌの瞳も揺れた。
ジュンは短く、早口で状況を整理した。
ジュンヒョクが聞いた言葉。
月牙山。
寺の前。
水辺。
月がかかる場所。
そして、彼らが双子のどちらか一人を欲しがっていたという事実。
話が終わる前に、ハナの顔は真っ白になっていた。
ジヌは山のほうを見た。
その手が、ゆっくりと拳に変わった。
すべての不吉な感覚が、噛み合っていく。
ジュンヒョクが口を開いた。
「まずは落ち着くべきです。支援部隊と突入班がもうすぐ到着します。捜索範囲を決めて、奴らの位置を確認してから動くべきです」
「そんな時間が、どこにあるんですか」
ジヌの声が低く裂けた。
全員が彼を見た。
いつも穏やかで礼儀正しかった俳優の顔は、今はまるで別人だった。
「その間に、ナラさんに何かあったら?」
ジュンヒョクが彼を止めようとした。
「ソ・ジヌさん、一般人が単独で動くのは危険です」
「わかっています」
ジヌは山のほうへ一歩踏み出した。
「それでも行きます」
ハナもすぐに続いた。
「私も行きます」
ジュンがすぐにハナの腕をつかんだ。
「だめです」
「放してください」
「ハナさんまで捕まったら終わりです」
ハナはジュンを睨んだ。
「終わりなのは今です。ナラが捕まっているのに、私にここで待っていろって言うんですか?」
「彼らが欲しがっているのは双子です」
ジュンの声が硬くなった。
「ハナさんまで入れば、彼らが待っていた条件がそろいます」
ハナは口を閉ざした。
その言葉は、刃のように正確だった。
だからこそ、余計に痛かった。
ジヌが静かに言った。
「ハナさん」
ハナが彼を見た。
ジヌの顔は青ざめていた。
それでも声は、落ち着いていた。
「僕が先に行きます」
「ジヌさん」
「僕が聞きます。ナラさんのいる場所を」
ジヌは捜索用のヘッドランプを額に固定した。
光は一番弱くしてあった。
山道を確認できる程度の、ごく細く、かすかな光だった。
「ですが、僕に何かあったら、ハナさんの幻視が必要です」
ハナの瞳が揺れた。
「最後の砦として、残っていてください」
その言葉に、ハナは何も答えられなかった。
ジュンは短く息を吸った。
そしてジュンヒョクを見た。
「お前が一緒に行け」
ジュンヒョクがうなずいた。
「わかりました」
ジュンはジヌに向かって言った。
「無線は開いたままにしてください。一人で判断せず、位置が確認できたらすぐ報告を」
ジヌは答える代わりに、うなずいた。
しばらくして、ジヌとジュンヒョクは闇の中へ消えた。
二人のヘッドランプの光が、木々の間で低く揺れ、やがて闇に呑まれた。
残されたハナは、その場に釘づけになったように立っていた。
待たなければならない。
頭ではわかっていた。
けれど体はもう、山へ向かって走り出していた。
ナラが捕まっている。
ナラがどこかで、一人で耐えている。
それなのに自分は、何も見えない。
何もできない。
その事実が、ハナを狂わせそうにした。
「このまま待っていられません」
ジュンがハナを見た。
「ハナさん」
「一分一秒が惜しいんです」
ハナの声は低かった。
不思議なほど低く、硬かった。
ジュンはその声に、不吉なものを感じた。
「何を考えているんですか」
ハナはゆっくりと、手首の腕輪を見下ろした。
腕輪はかすかに熱を持っていた。
けれど、やはり見えなかった。
ならば。
見えるようにしなければならない。
「幻視は」
ハナが言った。
「私の命が危険になるほど、鮮明になります」
ジュンの顔が固まった。
「だめです」
「まだ何も言ってません」
「何を考えているのか、わかります」
「なら、もっと急がないといけませんね」
ハナはジュンをまっすぐに見た。
「もし私が三分以内に出てこなかったら」
「ハナさん」
「そのときは、助けに来てください」
ジュンの目が揺れた。
「正気ですか?」
「はい」
ハナの口元に、かすかな笑みが過ぎた。
笑みと呼ぶには、あまりに青白かった。
「今は少し、正気じゃないくらいでないと」
ジュンがつかもうとした瞬間だった。
ハナが全力で走り出した。
「ハナさん!」
チョンゴク寺の下。
闇に沈んだ、小さな貯水池があった。
貯水池の脇に並ぶ古い街灯が、淡い光を落としていた。
風に揺れる灯りは、今にも消えそうに震えていた。
その姿は、どこか泣いているようにも見えた。
月明かりは雲に遮られて薄く、水は黒い硝子のように沈んでいた。
ハナは迷わなかった。
水辺へ向かって走り、最後の瞬間、靴が濡れた土を蹴る音がした。
どぼん。
黒い水が、彼女を呑み込んだ。
ジュンの心臓が止まるかと思った。
「ハナ!」
彼はすぐに飛び込もうとした。
けれど、ハナの言葉が頭を打った。
三分。
三分以内に出てこなかったら。
ジュンは腕時計を見た。
秒針が動き始めた。
一秒。
二秒。
三秒。
水面には、何も浮かんでこなかった。
ジュンは歯を食いしばった。
指が震えていた。
耐えなければならなかった。
ハナが命を懸けた理由を、知らなければならなかった。
けれど一秒ごとに、刃で喉を切られるようだった。
一分。
水は静かだった。
二分。
ジュンの息が荒くなった。
「頼む」
彼は低く呟いた。
「頼むから、上がってこい」
二分三十秒。
ジュンはもう、時計を見ていられなかった。
三分。
その瞬間、ジュンは迷わなかった。
彼はそのまま貯水池へ飛び込んだ。
冷たい水が全身を打った。
息が詰まった。
視界が闇に覆われた。
ジュンは手を伸ばした。
何もつかめない。
さらに下へ潜った。
水が耳を塞ぎ、心臓の音だけが狂ったように響いた。
そのときだった。
指先に何かが触れた。
布。
腕。
力なく沈んだ体。
ジュンはハナを抱き寄せ、ありったけの力で水面へ上がった。
水から出るなり、彼はハナを引きずるようにして岸へ這い上がった。
「ハナさん!」
ハナはぐったりしていた。
息をしていなかった。
ジュンの顔から血の気が消えた。
「ハナ」
彼はハナの肩を揺さぶった。
反応はなかった。
「ハナ!」
ジュンはすぐに、彼女の胸の上に手を置いた。
両手を重ね、強く押した。
一回。
二回。
三回。
濡れた髪が、ハナの顔を覆っていた。
唇は青ざめていた。
ジュンは震える手でハナの顎を持ち上げた。
そして、自分の唇を彼女の冷たい唇に重ね、息を吹き込んだ。
再び胸を押した。
「息をして」
声が裂けた。
「頼むから、息をして」
もう一度。
もう一度。
もう一度。
「ハナ!」
その叫びは、命令ではなかった。
絶叫だった。
「目を開けろ」
ジュンの手が震えた。
「頼む……」
その瞬間、ハナの体が大きく跳ねた。
げほっ。
水が口元からこぼれ落ちた。
ハナは激しく咳き込みながら、空気を吸い込んだ。
ジュンは彼女を抱えたまま、しばらく何も言えなかった。
ハナは苦しげに目を開けた。
霞む視界の中に、ジュンの顔が見えた。
崩れた顔。
怒っているようにも、泣き出しそうにも見える顔。
ジュンが低く言った。
「正気ですか」
ハナは答えられず、また咳き込んだ。
「これは何の真似ですか」
ジュンの声は、少しずつ震えていた。
「俺が……」
言葉が途切れた。
彼は歯を食いしばった。
けれどもう遅かった。
押し込めていた感情が、水のようにあふれ出した。
「俺が、怖かったんだ」
ハナの瞳が揺れた。
ジュンは濡れたハナを両腕で抱きしめた。
その腕は荒かった。
けれど、手を離せばまた消えてしまうものを必死でつなぎ止めるようだった。
「あなたを失うかと思って」
声が低く砕けた。
「二度と会えなくなるかと思って」
ハナは何も言えなかった。
ジュンの心臓の音が、すぐ近くで聞こえた。
速く、荒く、生きていた。
そのとき初めて、ハナは自分が本当に死にかけていたのだと知った。
「ありがとう」
ハナがようやく言った。
「助けてくれて」
ジュンは答えなかった。
ただ、もう少し強く彼女を抱きしめた。
けれど、いつまでもそうしてはいられなかった。
ハナは苦しげに、ジュンの肩を押した。
「見えました」
ジュンの目が変わった。
「何を見たんですか」
ハナは濡れた息を整えながら、山のほうを見た。
「ナラがいる場所」
ジュンの手が固まった。
ハナは震える声で言った。
「山の中腹……古い洞窟みたいな場所です」
「洞窟?」
「お坊さんたちが修行に使っていた場所みたいでした。長く捨てられていた場所なのに……奴らがそこを使っています」
ハナは目を閉じた。
幻視の断片が、まだ瞼の裏に残っていた。
土壁。
古い蝋燭。
湿った石の床。
手首を縛られたナラ。
そして、黒い服を着た人々。
「ナラはそこにいます」
ハナの声が震えた。
「それから……銃が見えました」
ジュンの顔が冷たく固まった。
「銃?」
「武装した人たちがいました。誰かと対峙していて……」
ハナは息を飲んだ。
耳の奥に、まだあの音が残っていた。
パン。
パン。
パン。
「銃声も聞こえました」
そのときだった。
チョンゴク寺の駐車場へ、複数の車両が入ってきた。
支援部隊と突入班だった。
車のドアが一斉に開き、防弾ベストを持った隊員たちが素早く動き始めた。
だがジュンはすぐに手を上げ、彼らを止めた。
「全員待機。山の下の進入路から押さえる」
突入班長がジュンを見た。
「すぐに突入しませんか?」
「しない」
ジュンの声は冷たかった。
「相手は人質を取っている。無理に入れば、ナラさんが先に危険になる」
ジュンは素早く指示を出した。
「後方遮断班は山の反対側へ回る。退路から塞げ。支援部隊は山の下の進入路を統制」
突入班長がうなずいた。
「突入班はどうしますか?」
ジュンは山のほうを見た。
「俺とハナさんが先に位置を確認する。突入班は俺たちの後方についてこい」
「距離を維持します」
「そうだ。無線待機。俺の指示なしに先に動くな」
ジュンの声が低くなった。
「ただし、無線が途切れた場合、銃声、悲鳴、爆発音を確認した場合は即時突入。人質確保を最優先にする」
突入班長の表情が固まった。
「了解しました」
「無線は最小限にする。照明も落とせ。奴らに気づかれたら、人質が先に危ない」
ジュンは濡れた体のまま立ち上がった。
ついさっきまでハナを抱きしめていた男は、もういなかった。
再び、現場を指揮する刑事だった。
けれどその目は、以前よりもはるかに冷たかった。
ハナも濡れた体で、ふらつきながら立ち上がった。
ジュンがすぐに振り返った。
「ハナさんは、ここにいてください」
ハナは何も言わずに彼を見た。
顔は青白く、唇はまだ震えていた。
それでもその目だけは、少しも引いていなかった。
ジュンはその目を見て、短く息を吐いた。
もうわかっていた。
彼女は残らない。
ナラのいる場所を見た人だった。
道を覚えている人だった。
そして何より。
ナラの双子だった。
ジュンはついに、防弾ベストを一つ手に取った。
「着てください」
ハナは防弾ベストを受け取った。
ジュンが近づき、ベルトを締めた。
その指先は速く、正確だった。
けれどほんの一瞬、ハナの肩の上で止まった。
「私の後ろから離れないでください」
ハナは小さくうなずいた。
「はい」
「今度は命令です」
ハナがかすかに笑った。
「わかりました」
ジュンはそれ以上、何も言わなかった。
口にすれば、揺らいでしまいそうだった。
彼は顔を上げ、山を見た。
月牙山は闇の中に沈んでいた。
その闇は山ではなく、口を開けた獣のように見えた。
一方、ジヌは山道の奥へ深く入っていた。
ヘッドランプの光は、最小限に落としてある。
隣にはジュンヒョクがついていた。
二人は無言で進んだ。
足元の落ち葉が踏まれるたび、ジヌの神経は鋭く張りつめた。
風の音。
木の葉が擦れる音。
遠くで鳴く山鳥の声。
そのすべての音の下に、ごく低い振動が敷かれていた。
ナラの響き。
かすかだった。
途切れそうに続いていた。
まるで深い水の底で、誰かが壁を叩いているような音だった。
ジヌは立ち止まった。
ジュンヒョクが低く尋ねた。
「どうして止まったんですか?」
ジヌは答えなかった。
ゆっくりと顔を向けた。
右。
さらに暗い森の奥。
道と呼ぶには、あまりにも頼りない方向だった。
「あちらです」
ジュンヒョクはヘッドランプの光を、そちらへ低く向けた。
木々と藪が密に生い茂っていた。
人が通る道には見えなかった。
「確かですか?」
ジヌは静かに答えた。
「聞こえます」
ジュンヒョクはしばらく彼を見た。
理解できない言葉だった。
けれど今は、信じるしかなかった。
二人は身を低くし、藪の中へ入った。
枝が服を引っかき、湿った土が靴底にまとわりついた。
闇は、さらに深くなっていった。
足元で枝が折れた。
ぱきり。
二人の体が同時に固まった。
ジュンヒョクは手を上げ、止まれと合図した。
息の音さえ抑えた。
遠くから、ひどくかすかな声が聞こえた。
男の声。
そして。
金属がぶつかる音。
ジヌの顔が固まった。
振動が近づいていた。
いや。
彼らが、その振動の中へ入っていっていた。
藪の向こうに、闇に隠された入口が見えた。
古い石垣。
湿った土壁。
半ば崩れた木の扉。
洞窟だった。
入口は、ずっと昔から捨てられていたように見えた。
けれど奥からは、かすかな光が漏れていた。
蝋燭なのか。
電灯なのか。
それとも別の何かなのか、わからない光。
ジヌは息を飲んだ。
その光の奥から、ナラの響きが聞こえた。
小さく。
痛く。
今にも途切れてしまいそうな響き。
「ナラさん……」
彼がとても低く呟いた。
ジュンヒョクは無線を握った。
「チーム長」
雑音混じりの息の向こうから、ジュンの声が返ってきた。
――話せ。
ジュンヒョクは洞窟の入口から目を離さずに言った。
「見つけました」
短い沈黙。
――位置を送れ。
「山の中腹、東側の尾根の下。廃洞窟です。奥に明かりがあります。人数不明。武装の可能性あり」
ジヌは洞窟の奥を見つめた。
入らなければならなかった。
今すぐに。
けれど、中に何人いるのか、どんな武器を持っているのか、わからない。
無闇に飛び込めば、ナラが先に危険になるかもしれなかった。
ジヌの手が震えた。
そのとき、洞窟の奥から、ひどくかすかな音が聞こえた。
悲鳴ではなかった。
声でもなかった。
まるで古い石壁の隙間から、誰かの息が漏れてくるような音だった。
ジヌの顔が固まった。
「中にいます」
ジュンヒョクが彼を見た。
「確かですか?」
ジヌは答える代わりに、洞窟の奥から目を離さなかった。
その中に、ナラがいた。
そして、まだ生きていた。
今この闇の中で、ナラに一番近い場所にいるのは、ジヌとジュンヒョクだけだった。
月牙山の夜は、息を止めたように静かだった。
けれどその静けさの中で、長いあいだ閉ざされていた扉が、少しずつ震え始めていた。
洞窟の奥から、再びかすかな響きが広がった。
今度は音というより、闇が内側からほんの少し裂ける感覚に近かった。
その瞬間、ナラの白い腕輪が、闇の中でかすかに光った。
そして山道を上っていたハナの青い腕輪も、同時に熱を帯びた。
二つの半月が。
ついに、同じ闇へ向かって動き始めた。
著:ジンファ・ジンギョン
(姉妹による共著)




