市川鈴菜(いちかわすずな) 1話
遮光カーテンの隙間から光が漏れている。電気もつけずに、買ってきた炭酸水、烏龍茶、氷、オレンジジュースをテーブルの上に無造作に置いた。
冷蔵庫から、カシスリキュール、梅酒、ウイスキーを取り出し、お気に入りの底がキラキラしたグラスを手に取った。暗い部屋の中でも、少しだけ煌びやかなグラス。いつまででも眺められそうだけれど、テーブルの上に置いた。
「よ〜し、飲むぞ〜何から飲もうかなぁ」
カシスリキュールとオレンジジュースをグラスに注ぎ、一気に口に流し込んだ。
「甘っ、うま」
スマホの通知音が鳴った。香奈美から、『今どこ!?』とラインが届いている。
香奈美に電話をかけた。
「鈴菜、あんた今どこにいんの!?」
あまりの声の大きさに、思わず耳からスマホを離す。
「家」
「はっ? 午後の授業は?」
「さぼる! そして、今0次会してるから、香奈美も来て飲もうよ!」
「行くわけないでしょ! こんな昼間から飲んで、あんた単位大丈夫なの?」
「全然余裕〜香奈美来てくれないなら一人で楽しんでやるから!」
「はーい。ご自由にどーぞー。じゃあまた飲み会でね〜」
電話が切れた。
さっきまで気にならなかった部屋の静けさがやけに気になる。
テレビをつけた。チャンネルを変えるけれど、どれも面白くなさそうで消した。
また部屋中が静かになった。
「もう何で来てくれないの〜」
グラスに氷を入れ、ウイスキーを半分くらい入れた。
深呼吸をし、ゴクゴクと飲んだ。
喉が焼けるように痛い。顔をしかめて息を止めた。喉の痛みがなくなり、息を吐くと、ウイスキーの香りが鼻を抜けた。
「やば。すんごいんだけど、誰が私の家にウイスキーなんて置いて帰ったの。もう梅酒飲もう」
まだウイスキーが入っているグラスに、梅酒と炭酸水を入れた。一口飲むと、なんとも言えない味がした。
「よし。この勢いで消してやる!」
テーブルに頬をつけ、スマホの写真アプリを開いた。
スクロールすると、元彼の伊織との写真が数え切れないほどある。
一気に消してやる。
伊織の写真を選択し、削除ボタンを押そうとしてやめた。
別れる前の日の写真を見ると、伊織も私も笑っていた。
もし、私があんなこと言わなかったら今頃笑っていたのかな。
————
「ねぇ、明日会える?」
伊織はスマホでゲームをしていた。
「あ〜無理」
「何で?」
「友達と遊びに行く」
私は唇を噛み締めた。喉の奥に何かが引っかかっていた。それが出てこようとするので、口を必死に閉じた。でも無理だった。
「最近友達と遊ぶの多くない?」
「は?」と言って、伊織が私を見た。
「友達と遊ぶのはいいよ。でも、たまには私のこと優先してくれたっていいじゃん」
「は? 今優先してるだろ」
「一週間か二週間に一回、私が会いたいって言ったら、ため息ついてしょうがないなみたいなオーラ出して会ってくれる。伊織の家で二時間だけ。私は会えるなら二時間でも嬉しかった。でも、私も一緒に出かけたりしたい」
伊織が深くため息をついた。
「じゃあ今からどっか行く?」
「そういうことじゃない!」
「めんどくせぇ」
もう止まらない。
「めんどくせぇって何!? だいたい付き合う前は連絡すごいくれたのにさ、付き合ったとたん連絡くれなくなって、私ばっかりが連絡して、会いたいって言って、私ばっかりが好きで、何で私に付き合おうって言ったの? 何で付き合ってるの?」
視界が歪んで、伊織が今どんな表情をしているのか分からない。
俯くと、自分の膝の上が濡れた。
伊織のため息が聞こえた。
「あのさ、前から思ってたんだけど、鈴菜との将来のこと考えられないんだよね。結婚とか。だから別れよう」
膝の上が濡れて、それが膝を伝って下に落ちていく。
「やだ」
「もう無理」
「私のこと嫌いになったの?」
「好きでも、将来のこと考えられないなら一緒にいても意味ないって」
「そんなの分かんないじゃん! 将来のことなんて誰も分かんないよ!」
「あ〜めんどくせぇ。もう嫌いになったわ。もう帰ってくれる?」
動けない。何も言えない。言いたいことは山ほどあるのに。
この半年なんだったの。
————
目を開けると、遮光カーテンの隙間から茜色の光が見えていた。
テーブルから顔を離すと、頬が濡れていた。テーブルも濡れていた。
いつになったら涙が出なくなるんだろう。
グラスには、氷がとけて薄まった梅酒が入っている。それを手に取り、一気に飲む。
「まず。次」
ウイスキーを烏龍茶で割って飲んだ。
「なんか美味しくない」
着信音が鳴った。香奈美からだ。
「もしも〜し」
「もしもし? ねぇもしかしてまだ家?」
「へ? うん」
「うん、じゃないよ! 飲み会あと十分で始まるよ!」
「マジか……寝てた」
「寝てた? 昼から飲むからだよ! 先始めるからね! じゃあね」
スマホを置き、またテーブルに頬をつけた。
「ほっぺびしょびしょじゃん」
遮光カーテンから漏れている茜色の光が揺らめいて見えた。




