木村碧 2話
タバコに火をつけ、吸い込む。先がチリチリと燃える。口から吐き出す紫煙が、星も見えない空に消えていった。
「みんなー! 二次会行くぞー!」と声が聞こえた。
もう一度タバコを吸い、灰皿に押し付け火を消した。
みんなの元へ行くと鈴菜の姿はなかった。
「碧は鈴菜を送って帰って」と幹事から言われた。
「はい?」
「鈴菜今日やばいから、もう二次会連れて行かない」と一人の女子が言う。
「何で俺が送って帰らないといけないんだよ」
みんながニヤニヤと笑いながら顔を合わせている。
「まっ頑張れ」
「鈴菜、彼氏と別れたらしいよ」
「男を忘れるには男」
「じゃ頼んだぞ。好青年」
色んなところから飛んでくる言葉に脳が追いつかない。
「は? 鈴菜は?」
「トイレだって。いいかげん勇気出せ。頑張れ」と大輝が言った。
俺は、はぁ、とため息をついた。
何で今。いやいつも先送りにしてたのは俺だ。
いいかげんか。
みんなはすぐに夜の街に消えていった。
またタバコに火をつけ、吸った。
ただ送るだけ、送るだけでいいんだ。
タバコの先から立ち上る紫煙がゆらゆら揺れている。ずっと見ていると酔いが回りそうだ。もう一度吸うと、灰が落ちた。コンクリートの上に落ちている灰を足で踏んだ。
いつの間にか、指に挟んでいたタバコが無い。
「路上喫煙禁止」
声が聞こえ隣を見ると、鈴菜がタバコを咥えていた。
「ちょっとお前!」
鈴菜は思い切り吸っていた。
「ごほっごほっ。なんか味わかんない。ごほっ。やばい。涙出てきた」
「お前吸ったことないだろ! 何してんだよ」
「はい返す」
返されたタバコの吸い口に、赤いリップの跡がついていた。
「何? 私が口つけたから汚いとか思ってんでしょ!」
「思ってねーよ」
タバコに口をつけた。いつもはしない甘い味がした。
鈴菜はまだむせている。
「大丈夫か?」
鈴菜の顔を覗き込むと涙が流れていた。
「だいじょーぶ!」と言って、鈴菜は泣きながら笑っている。
こんな鈴菜は見たことがなかった。
「ごめん拭くものないや」
俺は自分のTシャツ裾を伸ばし、鈴菜の頬を拭いた。
「あはは。Tシャツ汚れちゃうよ〜」
「洗えば大丈夫」
「碧は本当優しいね〜私の癒しだよ」
「癒しってなんだよ」
鈴菜が周りを見渡している。
「あれ〜みんなは〜?」
「あ……帰った」
「置いてかれた〜ひど〜」
「送る」
タバコを灰皿に押し付け、火を消した。
「いい、一人で帰る」
鈴菜がふらふらしながら歩き出した。
「そんなふらふらで一人とか心配」
「いいって」
鈴菜はふらふら歩きながら、まだ鼻をすすっている。
俺は鈴菜の手を見つめた。
この手を取ったらどうなるのだろう。
拳を握って、しばらく鈴菜の後ろを歩いた。
「あらら、鼻水が止まんない」とか、「見て〜星綺麗」とか一人で喋っている。
俺はゆっくり近づいて鈴菜の手を取った。空を見上げ、「今日一つも星見えねぇぞ」と言った。
鈴菜の手がもぞもぞしている。俺はぎゅっと握った。
鈴菜が、「あったかいね」と言って握り返してくれた。
家に着くまで鈴菜は、「あったかい」と何度も言っていた。
玄関の前に着くと、「碧、ありがとう、ごめんね」と言って鈴菜は笑っていた。泣きながら。
「じゃあね」と言って家に入っていく鈴菜に何も言えなかった。
手には温もりだけが残っていた。
*
ベランダに出てタバコに火をつけた。
スマホを取り出し、鈴菜に電話をかける。
「もしもし」
「碧、おはよ……」
鈴菜はまだ眠そうな声をしている。
「もう昼だけどな」
「うーん」
「昨日あのあと大丈夫だった?」
「大丈夫だったよ〜」
「昨日のこと全部覚えてる?」
「う〜ん。まぁまぁ」
「ふーん」
「ふーんて」
「あの、さ」
「何?」
タバコを思いっきり吸って吐いた。
「今度、二人で飲みに行こう。いや、二人でどっか行こう」
「えっと……ごめん。彼氏いるから」
は? 彼氏? 別れたって聞いたのに。
「えっ? 彼氏とは……」
そっか、そういうことか。
「分かった。またみんなで飲みにいこうな。じゃあ」
最後、鈴菜の声も聞かずに電話を切った。
嘘をつかれた。
まだ吸えそうなタバコを灰皿に何度も強く押し付けた。
新しいタバコを一本取り出し、火をつける。
思いっきり吸って、思いっきり吐いてやった。
「タバコ、うま」




