木村碧(きむらあお)1話
目の前に、グラスが置かれた。グラスからこぼれそうな泡が揺れている。黄金色の液体の中で、小さな泡が列をなして登っていく。
「じゃあ、みんな酒行き渡ったー?」
幹事が立ち上がって言った。
幹事の声に耳を傾けているやつもいれば、お構いなしに喋り続けているやつもいる。
今日集まったのは、ざっと十人くらいだろうか。二つのテーブルに五人ずつ座っている。
端から端まで見渡すが、鈴菜はまだ来ていない。
「一番うるさいやつは、寝坊して遅刻するらしいでーす」
「寝坊て」
みんながクスクスと笑う。
「鈴菜、もう酔っ払ってたらしいぞ」
「は? 昼間っから飲んでたの?」
一人の女子が言った。
「さぁ? とにかく、先に始めまーす。今日は〇〇高校、3年D組の陽キャ会にお集まりいただきありがとうございます! あ、一人陰キャいたわ」
俺のほうに視線が一斉に集まった。
一瞬どこに視線をやったら良いか迷ったが、とりあえず幹事を睨んでやった。
「うるせぇよ。俺は静かなだけ。お前は陽キャじゃないからな! 寂しがり屋のお喋りなだけだからな!」
「はーい。喧嘩しなーい」
隣にいる大輝が言った。
幹事が咳払いをし、俺を睨む。
「じゃあ気を取り直して、今年の陽キャ会は二回目ですかね。いやぁ、高校卒業してもこうやって毎年集まれるのが本当に……」
「もう話長ーい。カンパーイ!!」
女子一人が立ち上がり、グラスを掲げる。
みんなもそれを見て立ち上がり、グラスを鳴らした。
俺は座ったままグラスだけ掲げた。
黄金色の中で踊る小さな泡が輝いていた。
グラスを口につけ、ゴクリと飲んだ。泡が喉で弾け、息を吐くと香ばしさが鼻を抜けた。苦味が口に残る。
「おい、鈴菜早く来たらいいな」
大輝がにやけ笑いを浮かべ、俺を小突いてきた。
「べ、別に」
俺はまたグラスに口をつけ、半分ほど一気に流し込んだ。液体が喉を刺激して、思わず顔をしかめる。
「待ってるくせに〜」
「鈴菜が来たってうるさいだけだろ」
「そんなこと言って〜まだ好きなんだろ?」
「俺、一応一ヶ月前まで彼女いたから」
「は? 聞いてねぇぞ」
「言ってないからな」
俺は目の前にあった鶏の唐揚げ一つを丸々口に入れた。かなり大きい唐揚げだったので、頬が膨れるくらい口の中が唐揚げでいっぱいになった。
「えっ? いつ付き合って別れた? お前から告ったの?」
口の中が唐揚げに支配されて喋ることができない。というか、喋ることができないようにした。
告白されて、付き合って、やっぱなんか違って二週間で別れた、なんて誰にも話さない。
「みんなー! お待たせー!」
馬鹿でかくて、高い声が部屋に響いた。
鈴菜が手を振りながら部屋に入ってきた。
「待ってねぇぞ」
「うるせぇぞ」
と誰かが言った。
「ひど! さぁみんな飲んでるかぁい?」
鈴菜がそう言って周りを見渡している。
目が合った気がした。俺は咄嗟に口を隠し、目を逸らした。
口の中の唐揚げを急いで食べ、鈴菜を見た。鈴菜は俺から一番離れた席に座り、楽しそうにお酒を飲んでいる。
「お前教えろよ。元カノこと」
「うーん」
「大輝ー! こっち来てー!」
鈴菜の前に座っている男子が大輝を呼んでいる。
「待ってー! あ、碧も行く? 鈴菜いるぞ」
「いや、俺はいい。いってらっしゃい」
大輝は呼ばれた男子と鈴菜の間に座り、楽しそうに笑っている。
俺の前に座っている女子は、二人でヒソヒソと何か話している。
俺はグラスに残っていた酒を一気に飲み、ドリンクのメニュー表を見た。
一つ一つドリンクの名前を心の中で言っていく。ゆっくりとじっくりと選ぶ。
芋焼酎のロックでいいや。
呼び出しボタンを押し、また意味もなくメニュー表を見る。
「碧〜メニュー貸して」
前に座っている女子に言われ、メニュー表を渡した。
周りを見渡す。喧騒の中にいるのに、なぜか静かだ。みんな笑っているのに、笑い声が聞こえない。どうして俺はいつもこうなんだろう。
店員に注文したあと、俺はスマホを取り出し、意味もなく『芋焼酎とは』とネットで検索する。
サツマイモを原料とする、鹿児島や宮崎などの南九州を中心に造られる「本格焼酎」
独特の甘い香りと芳醇なコクが特徴
そんな甘い香りしたっけ。
「何見てんの?」
石鹸のような香水の香りが鼻に抜けた。香りのせいか、酒のせいか分からないけれど、一瞬眩暈がした。
鈴菜が俺のスマホを覗き込んでいる。鈴菜の髪が手にあたり、くすぐったい。
「えっ? 芋焼酎のこと調べてんの!? おもろ。碧やっぱおもろいわ〜」
鈴菜がケラケラと笑っている。
「うるせぇなぁ」と言って、俺は笑わないように口をぎゅっと閉じた。
「何? 照れてんの? ねぇ照れてんの可愛い〜い」
鈴菜が俺の頬を指先でつつく。つつかれた頬が熱を帯びる。顔全体に熱が行き渡る。
きっと酒のせいだ。
「ちょっとメニュー見たい」と言って、鈴菜がメニュー表を食い入るように見ている。
俺が鈴菜をしばらく見ていると、鈴菜の視線が全く動いていない。
「お前今日めっちゃ酔ってね?」
「へ? あ! お前って言うな!」
「はいはい、鈴菜」
「よろしい。私一人で0次会してたからさぁ」
「一人で?」
「うん。誰も来てくれなかったから」
「ふーん」
「ふーん、じゃないよ! 碧、楽しんでる?」
鈴菜が一瞬真顔になった。
視線をどこにやればいいのか困り、空になったグラスを見た。
「楽しいよ」
鈴菜がいてくれたら、なんて言えない。
「本当? なんかあんまり人多いの好きじゃないでしょ? なのに来てくれるからさぁ」
「それは……鈴菜が電話してきて、お願いだから来てって言うから」
おまたせしました芋ロックです、と店員がテーブルにグラスを置いた。手に取ろうとしたら、横から手が伸びてきた。隣を見ると、鈴菜が俺の芋ロックを半分ほど飲んでいた。
「おい、鈴菜飲み過ぎだって」
「芋ロックやば。今日はいっぱい飲むって決めてるからいいんだよ」
「飲みすぎたら面倒くさくなるからやめてくれ」
「いいじゃん! バカアホ」
「バカアホはそっちだろ!」
「そこ喧嘩しなーい」
前に座っている女子が言ってきた。
「喧嘩じゃないよ〜てゆうか聞いて! 碧さ、芋焼酎のこと調べてんの!」
「は? 何それ詳しく聞かせて?」
「嫌だよ」
鈴菜が持っていた芋ロックを奪い取る。グラスにリップの跡がついていた。俺はそこを避けて一気に酒を口に流し込んだ。酔いが回りそうで深呼吸をした。
「ねぇ、碧」と言って鈴菜が話を振ってくれる。俺のしょーもない話を楽しそうに聞いてくれるし、それをさらに楽しい話に変換して周りを巻き込んでいく。
気づけば周りに人が集まっていた。というか今日飲み会に来た全員が一つのテーブルに集まっている。みんなが俺を見ている気がした。気づけば俺はずっと笑っていた。




