神さま、打ち拉がれる。
俺が水魔蚱をミキサーにかけたのも理由の一端程度にはなるとは思う。
だがどちらかと言うと、主な原因は水魔蚱が氷の至る所に穴を空けたせいだと思うんだ。
しっちゃかめっちゃか、という表現がしっくりくるような惨状を見渡しながら、心の中で言い訳をした。
綺麗な一枚の板が乗っかっているような、繋ぎ目の無い氷に覆われていた湖は、今はその様相がだいぶ異なっている。
どこまでも静寂が続いているかのように思えた氷湖は、水魔蚱の触手によって穿孔され、波立った水によって砕かれた。
その波が徐々に落ち着いてくると、賑やかになっていた湖面は外気によって冷やされ、再び静けさだけは取り戻した。
氷はみるみるうちに張られたが、厚さはまだそこまでないようだ。
デコボコになった氷の出っ張った部分を踏むと、若干沈み込む。
そのまま踏み抜いて、なんの対処もしないまま湖中へダイブしたら、心臓が止まりかねない。
大人しく宙に浮いていよう。
既に再び氷湖の一部になった氷塊は、物によっては何mも高さがあるように見える。
もっと細かく砕いておくべきだったかな。
湖面を歩いたら、登山とまではいかないにしても、氷で出来たアスレチックの気分は味わえそうだ。
一歩間違えたら、障害物と一体化しかねない危険が潜んでいるので、命懸けのアトラクションになるな。
皮膚が露出している部分が氷とくっついたら、あっという間に一体化してしまうだろうからなぁ。
死ぬよりはマシ、と瞬時に判断して自ら生皮を剥げるような胆力の持ち主は、早々いない。
あぁ、だからラクサリス村の人達は皆、そこまでする必要はないだろうと思うレベルで着込んでいるのか。
狩りをするとなると、ジッと動かず静かにしていなければならないタイミングがある。
その際に地面の氷と身体がくっついてしまった時、魔物の毛皮ならば頑丈だから、乱暴に剥がしたとしても破れる心配がいらないもんね。
ヒトの皮膚は柔らかい。
水分保持量も高いから、どうしたって外気の影響を受けやすい。
オッサンがブルカや二カーブのように、傍から見たら目すら出てるか微妙な怪しい格好をしていたのは、防寒以外にも凍結防止のためもあったんだろうな。
カノンのマントの方が、俺の物より幾段か性能が落ちるため、つくづく思う。
コレは動き続けていないと、死ぬ寒さだ。
青年達が集団行動を取らなかった理由は、若さ故にイキがっていたのもあるのだろう。
しかしオッサン達よりも機能性に劣る装備をしていた所を見ると、歩みを止めたら足元が凍りつくか、身体が動かせなくなるか、いずれかの行動不能状態を本能的に避けた結果だったのかもしれない。
大物を獲るぞ〜!なんて宣言していた手前、引き返す勇気も持てなかったのだろう。
蛮勇は身を滅ぼすと言うのに。
ソレに巻き込まれて、急かされ足元を疎かにした結果、湖に落ちたトシが哀れすぎる。
自然の脅威を甘く見た、自業自得と切り捨てても良いだろうけれど。
運良く助かって良かったよね。
どうやって暇潰しをしようか考えていたら、ノンビリとしたスピードで、空飛ぶ石版に乗ったカノン達がコチラに近付いて来ているようだ。
まだ豆粒くらいの大きさにしか見えないのに、なんか、ムダにうるさい。
回復薬作りや精霊術談義以外では、基本的に無口で静寂を尊ぶ傾向にあるカノンが、よくガマン出来ているな。
俺に対しても甘いし、妹もいる。
意外と面倒見が良く、我慢強いのだろうか。
「派手に、やったな……」
しかし忍耐強さと打たれ強さは比例しないらしい。
溜息と共に苦言を漏らされるのはいつもの事だが、そのいつもよりも溜息が深くて長い。
疲労が明らさまに顔に出ている。
俺の行動に対して呆れる事は日常茶飯事なので、既に慣れっ子のカノンだ。
この氷湖を見ても「あ〜ぁ、またやってらぁ」程度の認識でしかないだろう。
なのにこの、覇気の無さ。
三徹していた時並に酷い顔だ。
青年達が何かしたに違いない。
「見た目が歳相応に老け込んでんぞ」
「お前!
賢者様に対してなんだ、その物言いは!?」
精神的な疲れから、年寄りじみた雰囲気を漂わせていたので、思ったままの事を口にしたら、聞き覚えのない声がソレを咎める。
視線を向ければ、トシが目を覚ましていた。
ちゃんと血色も良いし、呂律も回っている。
俺が離席した後、カノンが滞りなく処置をしてくれたようだ。
さすがである。
だがよくもまぁ、トシは命の恩人に対してそんな口がきけるよなと思わずにはいられない。
まぁ、それ以上にツッコミを入れたい事があるのだが。
「マントの下フルチンの変態にとやかく言われる筋合いねぇよ」
しかもそのマント、俺のだぞ?
今この場で即返して貰っても良いんだぞ??
つまり立場としては、俺が上だ。
カノンが敬い慕うべき賢者様としての地位を確立したのは喜ばしい事だが、俺を蔑ろにして良い理由にはならない。
むしろ俺も尊べ。
賢者様と同様にその名を世に轟かせる予定の精霊の御使い様だぞ。
この辺の魔物を一掃したのも俺だ。
守られるだけの立場の人間が、偉そうに俺を見下ろすな。
……ふむ。
空飛ぶ石版のせいで、視線が自然と俺を見下ろす形になっている。
物理的に上から目線になっているせいで、自分の方が立場が上だと勘違いをしてしまっているのかもしれないな。
「颯茉、下ろせ」
ニッコリ微笑み、頼むのではなく、命令をした。
恐らくカノンが空飛ぶ石版の制御をするのに助力を願ったのは、颯茉だろう。
彼が使える風の精霊の中で、最も位が高く、その上直接契約をしているから消費霊力が少なくて済むからね。
だが俺も颯茉と契約をしている。
なので俺とカノンの二人を単純に比較した時に、颯茉から見れば術者としては同格と言える。
なのでお願いをしようが命令しようが、本来なら颯茉は先にお願い事をしたカノンの指示を優先させる。
しかし俺は彼女に乞われ、名前を与えた命名者だ。
魂レベルの結び付きとしては、俺の方が上になる。
それに俺は彼女の前世の名前を知っているので、弱味を握っているとも言える。
もっと言うなら、俺の方がカノンよりも霊力量が上だ。
霊力にモノを言わせて、カノンから颯茉を使用する権利を無理矢理奪う事も可能なのだ。
つまり、カノンに勝ち目はない。
ソレが分かっているので、カノンは早々に空飛ぶ石版の制御を手放した。
その途端、石版は重力に逆らう事を辞めた。
ズドンッと本来の重さに見合った力に引き寄せられ、氷塊を砕きながら着氷した。
カノンはひらりと石版からすぐに降りたが、成人男性五人分の重量が乗っかったままだ。
落下した勢いはソコソコのもので、ハデな音と氷の粒を撒き散らして氷上に落下する事となった。
油断して座っていた五人は、ケツを強かに打ち付けたに違いない。
俺が作った石版なので、二m程度の高さから落下しただけでは砕けなかったな。
我ながら、ムダに頑丈に作ってしまったようだ。
石の破片でも氷の破片でも、落ちた拍子にケツ穴にでも入り込んでくれれば溜飲も下がったというのに。
残念ながら大したダメージを与えられずスッキリしなかったので、更に時の精霊の力を借りて空間を操り、石版が下へ引っ張られる力を増幅させた。
ミシミシ、ビキビキと音を立てながら氷にめり込み、冷たい水がタライ型の石版に流れ込む。
……そうなったらパニックに陥って、さぞかし滑稽な様子が見られるだろうと思ったのだが、ミシッと氷にメリ込み始めた時点で俺の思惑に気付いたカノンが、側頭部チョップによって制止をかけた。
「魔王の宣伝をしたいなら止めない」と耳元で言われ、我に返った。
そうだった!
俺は今は品行方正な精霊の御使い様にならねばならんのだ。
恐怖で縛るような事はしちゃいけないな。
……。
だけどさ〜。
せっかく助けた相手に指さされて罵られってしたら、腹立つじゃん?
別にお礼を言われるために助けたワケじゃなくてもさ、「この恩知らず!」って言いたくもなるじゃない??
とりあえず無礼な口をきいたトシを、他の四人、特に最後尾にいた少年が諌めてくれたお陰で、俺の反抗心も落ち着いた。
トシが「マント返せ」の一言で、土下座をしたのも理由として挙げられる。
「スンマセン……溺れたのも、賢者様が助けてくれたもんだと思ってて……」
「オレちゃんと言ったじゃん!?」
「ダイちゃんが賢者様スゲー!ってしきりに言うから……」
「俺らのせいかよ!」
「凄かったんだから仕方ねぇじゃんか!」
「そうだそうだ!」
やはり女三人じゃなくても、それなりの人数が集まりゃ姦しいな。
この勢いでずっと喋り続けていたのなら、カノンが短時間でやつれていたのも頷ける。
この五人、全員血縁関係にあるそうだ。
どうりで仲が宜しい事で。
先頭を歩いていたリーダー格のダイキと、最後尾を歩いていたハジメが兄弟。
この二人には上にもう一人、兄がいる。
前から二番目を歩いていたタカノリと三番目を歩いていたモトヤが双子。
湖に落ちたトシキは、成人しておらず村から出られない弟妹がいる。
ハジメとトシキ、ダイキとタカノリ・モトヤがそれぞれ同じ歳で、幼い頃から従兄弟ではあるが兄弟のように育ったため、気の置けない間柄のようだ。
俺が魔物を倒しに場を離れた後、カノンはやはりすぐにトシキの処置に取り掛かってくれたそうだ。
その際に、賢者様認知度アップ推進委員会の事を思い出し、彼等の目の前で颯茉と神依をしたのだとか。
視覚から得られる情報が及ぼす影響力が高い事は、散々カノンに説いているし、カノン自身も長年の経験則で分かっているためだろう。
だがまさか、精霊様と敬愛している颯茉を使ってまで、パフォーマンスのために神依をするとは思わなかった。
俺は全身タイツ姿に指をさして爆笑するタイプだが、一般的には精霊の姿を彷彿とさせるその姿は、非常に神々しく見えるものだ。
青年達はその姿を見た余韻で興奮して、やかましくしていたのだね。
颯茉は前世の「スキル」の名残から、稜霓には劣るものの治癒術も使える。
またカノン自身の薬の知識も相まって、脈と呼吸は戻れども気絶状態だったトシキは、後遺症も自覚する範囲では特に思い当たらない状態で、意識を取り戻したというワケだ。
後光がさしたように淡く光って見える、神依をしたカノンの姿は、神の使いかと思う程に神々しかったそうだよ。
本人が目の前にいるのに、天を拝みながら呼吸してる?ってレベルで捲し立てながら、トシキが熱弁してくれた。
……この語り口調には、覚えがあるな。
そして、コイツ等の名前的にも、何か共通項がみえる。
「お前等さ、もしかしなくても、瑞基の血縁?」
「そうですが……賢者様の知り合いなんですか?」
「バッチャンって、曾祖母だっけ?」
「高祖母だろ」
「なんかとりあえず、ご先祖さまなんだよな」
「賢者様から見て、七代目がオレたちになります」
えぇと……子、孫、曾孫、玄孫、来孫、昆孫、礽孫……と指折り数えて気付いた。
つまりコイツ等は、オプスクリス開拓村のセリアと同じ立ち位置にいるのか。
とはいえ、家系図の位置によっては、辛うじて繋がっているだけの、ほぼ他人と言っても良い位の関係性でしかないだろうが。
場合によっては、血は繋がっていないかもね。
妹や親戚の子のような感覚で可愛がっていた瑞基に、コレだけ沢山の子孫がいる事実が、なかなか胸にくるものがあるな。
この感情って、何て名前を付ければ良いのだろうな。
基未と徹の間にカノンとアリアが居るように、地続きにアイツ等の面影を残している子や孫がいる程度なら、一足先に大人になってしまったんだなぁ、程度で受け入れられる。
その理由もあり、セリアもまぁ、同性という事もあり、繋がりを感じられた。
しかし目の前の五人からは、言われなければ全く瑞基との関係性を見出だせない程に、外見の共通項がない。
そのせいなのか、俺だけ一人、置いていかれてしまったような気になってしまう。
特に基未達は何だかんだいって歳上だったし、受け入れられ易かったんだろうな。
瑞基なんて、あんなに小さかったのに。
俺の中では、一年も経過していないんだもの。
月日の流れって、残酷だなぁ。




