神さま、助け出す。
白から水色、青から紺へと目まぐるしく色を変化させる氷湖の下の世界は、遠くに見える水魔蚱の触手や傘の光を受けて、更にその色を複雑なものとしている。
一瞬だが人命が掛かっている事すら忘れてしまう程に、その極彩色の光景は酷く美しく、魅入られた。
是非ともこのまま堪能したい所だが、当たり前のように水魔蚱は毒を持っている。
悠長な事をしていたら、今はまだ距離が開いているが、水魔蚱がコチラまで来てしまう。
そうなれば、俺まで巻き添えを喰らいかねない。
風の精霊の作る風球は、防御力が颯茉の作るソレよりも低い。
どれだけの耐久性があるのか水魔蚱で試してみても良いのだが、テストをするならもっと安全が保証された場所で行いたい。
この場所で割れたら、冷たいわ呼吸が出来ないわで最悪だからね。
風球には風で出来た管が地上へと伸びており、常に新鮮な空気が供給されている。
長く潜水しても大丈夫なようにしたけれど、もたもたしていたら、トシとやらが死んでしまう。
さっさと回収して、地上へ戻ろう。
水魔蚱のお陰なのか、意外と明るい水の中を、気配を頼りにグングン進む。
魔物の動きによるものなのか、氷の厚みや湖底の地形によるものなのか、湖の中でも水の流れが早い。
その上氷点下何十度かの地上よりは暖かいが、当然のように水の中も冷たい。
コレだけの厚みの氷が張っているのだから、零度以下だろうな。
氷上から落ちたら、普通は助からないものだと思わねばならない。
オッサン達は若者連中に、足元に気を付けるようにと注意しなかったのだろうか。
それとも、言ったけれど聞かなかったのか。
暫く進むと、力なく流されるまま、水の中を漂っている人影を見付けた。
まだ辛うじて死んではいないが、体温がかなり低くなっている。
すぐに保護して身体を温めてやらねば。
風球から触手を伸ばすように空気を操り、頭部をヘルメットを被せるように、酸素の球体で包み込んだ。
しかし自発的に呼吸する様子は見られない。
息を止めた事による低酸素失神状態か、もしくは肺に水が入り込んだか。
どっちにしても、呼吸が完全に止まっているとなると、一分一秒を争う事態という事だ。
冷水中の方が潜水反射が起こり心拍数が自然と下がるから、脳や臓器が省エネモードへと勝手に移行する。
そのため溺れた時の臓器への損傷が少なくて済むし、溺死を避けられる確率が上がると言うけれど、如何程のものなのだろうか。
こんな所で人体実験をするつもりなんて毛頭無い。
サッサと引き上げよう。
だが急いでいると言うのに、俺とトシを繋ぐ空気の紐が、何かに引きちぎられた。
そのせいでコチラに引き寄せていたトシが、また波に攫われてしまい遠くへ進もうとする。
何かにぶつかったのだろうか。
よくよく目を凝らして見ると、先端が尖っている半透明のロープが、うねうねと動いている。
水魔蚱の触手だ。
光っていないから気付けなかった。
照明のON/OFF機能があるのか。
てっきり光を反射するタイプだと思っていたのに。
しかも、氷上で感知した気配よりも、だいぶ希薄な気がする。
集団でいないと、こんなにも微弱なのか。
もしかして、滅茶苦茶弱かったりする?
しかし油断したのも束の間。
やはりクラゲの生態に近いのだろう。
触手の先端でトシをプスリとぶっ刺した後、傘の部分を大きく開き、その身体を丸呑みにしてしまった。
……イヤ、「してしまった」じゃないよ!
何を呆けているんだ、俺は!!?
慌てて水の精霊にお願いをして、水を圧縮したウォーターカッターを水魔蚱に放つ。
威力はかなり落とした。
トシの身体をウッカリ貫通させるワケにはいかないからな。
身体の一部や触手を傷付ければ、もしくは衝撃で吐き出すと思っての事だ。
実際飲み込まれた後にトシを包んでいるように見えた、半透明の膜が消えた。
水魔蚱が無事に吐き出してくれたのだろう。
ウッカリちょっと消化されて、溶けていないと良いのだけれど。
だが水魔蚱は驚異的なスピードで、破けた肉体を修復し、千切れた触手を再生させた。
安堵する間もなく、再びトシへと襲いかかる。
面白いのが、千切れた破片の行方だ。
他の近付いてきた水魔蚱が、ソレを食べた。
半透明なので見えにくいけれど、確かに傘の内側に、破片が入っている。
しかもみるみる内に、溶けて消えてしまった。
クラゲって確かに共食いする種類もあるけどさ。
まさかお前らもそうなんだ?
つまり、肉食って事??
水魔蚱の光に反応したように、地上では他の魔物も大移動を始めていた。
俺の霊力に追いやられた時は岸の反対側へ、そして今はコチラへと向かっている。
……もしかして、陸に住む魔物の光走性を利用して、水魔蚱は狩りをしていたのだろうか。
触手の先端がドリルのような形状をしているし、颯茉と比較した時に劣るとは言え、風の精霊の作った、決して強度が低いとは言えない空気の紐を破壊した。
ソレだけの威力を出せるのならば、氷に出来た不自然な穴も、もしかしたら水魔蚱が空けたものなのかもしれない。
てっきり、ワカサギ釣りのようなものをした跡なのかと思っていたのだが。
魔物って基本的にデカいし、この世界のワカサギも大きいなら、あれくらいの大きい穴も必要なのかなって。
狩りが出来ないような、鈍臭いヒトは釣りをする予定なのかなとか考えたのだ。
そしてトシは誤って穴に転落をしてしまったのかと思ったのだ。
だがもしそうなら、ソレに応じた釣り竿が必要になる。
考えてみれば、そんな目立つ物を若者連中が誰一人として持っていないのは、おかしいじゃないか。
アホか、俺は。
単に下手な鉄砲数打ちゃ当たる精神で、水魔蚱がアチコチ見境なく空けていただけなのか。
おぉ、さすが冬の湖だ!なんてワクワクしていたのに。
裏切られた気分である。
ヤツ等は水の中に棲んでいるのだし、氷湖が崩れたとしても何の痛手にもならない。
そりゃ色んな場所に空いているよな。
獲物が穴から落ちて来たらラッキー。
そうじゃなくても氷が崩れれば、その上にいた生物がどっちみち水の中に落ちて来る。
しかも今日は比較的暖かく氷が薄いと言うのだから、後者の確率が飛躍的に上がる。
……一度湖の端まで追いやったけれど、今はトシを目掛けて水魔蚱は大移動をしている。
ココまで来るその道中にも、水魔蚱が穴あけ作業をしていたら、近いうちに氷が全て崩壊してしまうのではなかろうか。
有り得る。
だって何百と居るはずの水魔蚱が、今この近辺には数匹しかいないのだ。
気配が希薄すぎて正確な数が数えられなくなっているとしても、確実に全ての水魔蚱が既に集結している、なんて事は無い。
基本的に波に漂うしか移動方法がないクラゲが、ここまで波に逆らった進路をとっている。
その理由を考えた時に真っ先に思い浮かぶのは、コイツ等は動物の類ではなく、獰猛な魔物だという事実だ。
地球基準で考えてはいけないと、俺は何度痛い目を見れば学ぶのだろうか。
学習能力の低い自分に溜息を吐き、そのまま一つ、深呼吸をして気持ちを切り替え、すぐに「スキル」と精霊術を発動させる。
本来ならば水の精霊に願ってトシをコチラに引き寄せる。
風の精霊に俺の風球の空気を使って良いからトシを俺と同じように風球で全身を包むように言う。
時の精霊に俺達二人を、地上に置いて来た四人がいる場所に転移して貰う。
ソレ等の精霊術は同時進行では使えない。
使えないと断言すると、少し違うか。
幾つもの精霊術を同時に発動させるのは、極めて困難とされている。
術者の霊力量の問題であったり、発動の規模やタイミングを術者が逐一指定しなければならなかったりと、理由は色々ある。
総じて言うなら、イメージした結果を過不足なく出力するために、同時に脳が処理出来る内容では無いからだ。
精霊術って、結構決まり事が多いからね。
カノン程の手練になれば、使い慣れた術なら鼻歌混じりでほぼ無意識に発動させられるので、複数の術を一度に発動させる事は可能だ。
逆に言えば、何百年と経験を詰んだ者しか辿り着けないような極地に至らなければ、同時に幾つもの術、しかも全く別の属性の術は使えないと言える。
俺が精霊術を使い始めたのは、この世界に来てからだ。
つまりまだ、一年も経っていない。
本来なら使えるはずが無いのだが……俺の場合は少々特殊なので、普通の枠からは外れる。
‘’地球再生計画‘’のため、想像する物に具体的な特徴を足す訓練を、嫌になる程に、物心ついた頃から散々受けて来た。
リンゴと聞いて思い浮かべる項目が、一般的には果物・皮が赤い・中身が白い・甘酸っぱい程度のものだとしよう。
抽象的だし、その挙げた特徴だけでリンゴを思い浮かべるのは無理がある。
俺の場合は訓練でソレを「万物創造」で実際に創り出さねばならない。
その情報だけでは具体性にかけるため、ライチが出てきてしまいかねない。
着色不良を起こさないために、第九染色体上に座乗するMdMYB一〇遺伝子に気を付けながら、七億四三二〇万塩基対もの塩基配列を思い浮かべ、更に赤いだの白いだのの条件付けもしなければならない。
全て同時進行で、短時間の間に行なわれる。
そういう訓練を、幼少期から闇の精霊を筆頭とした施設の上層部の面々にさせられていたのだ。
今思い出してもアホかと思う。
精神的・肉体的な虐待が無かったとしても、こんな意味不明な事をさせられ続けていれば、誰だってグレるし反発もするし、嫌いにもなるだろう!?
まぁまぁ、ソレは今は関係ないから横に置いておこう。
そういう訓練を通して、並列思考や短時間での膨大な情報処理能力、また具体性を伴った想像力が養われたワケだ。
その全てが、精霊術に応用が効く。
しかも俺は大半の精霊神と直接契約を結んでいるため、彼等彼女等の力を、我が物のように扱える。
オーバーキルになるし、霊力を世界中に巡らせて瘴気を取り除くためにも、契約の指輪は使わず、なるべく皆やそこら辺にいる精霊達にお願いをするようにしているけどね。
だが今はそんな悠長な事をしていたら、五人の若者の命が危ない。
こういう時は、遠慮も自重も丸めてポイッと捨てて、好きなように精霊術と「スキル」を使う。
浅葱の力を使い、水流を人工的に起こしてトシをコチラに運びつつ、俺もソチラへと向かう。
そして颯茉の力でトシを空気の球体で包み込んだ。
コレでトシ自身が濡れていても十分な空気の膜があるので、余程の高電圧を流さない限りは感電しない。
空気は自由に動く電荷が少ないから、電気を通さないんだよね。
雷のように強い電圧がかかると、空気中の分子が電離して、電子やイオンが暴れ回るから電気が流れるようになってしまうけれど。
そんな事になれば、俺にも当然被害が及ぶ。
なにせココは海に生息する水魔蚱がいるのだ。
海と繋がっているのか、塩湖なのかは不明だが、湖の水は塩水である。
水は電気を通しにくいけれど、塩水になった途端、とってもよく電気を通すようになるからね!
しかもかなり分厚い氷が張っている事を考えると、かなり塩分濃度の高い水が湖を満たしている事だろう。
気を付けながら「雷のスキル」を発動させた。
バチバチと稲光が走るように、「スキル」は水の中を駆け抜け、次々と水魔蚱を貫き絶命させる。
しかし相手はクラゲの特徴を持つ魔物だ。
油断は禁物である。
ヘタをしたら、生き返りかねない。
電圧を調整したから、どれだけの数の魔物を倒せたかも分からない。
だって元々の数が多いし、気配が希薄だから集中しないと具体的な数が分からないんだもの。
そんな事をしている時間があるのなら、サッサと戻ってトシの蘇生措置をするべきである。
そして魔物の大群が押し寄せる前に、湖上から離脱しなければ。
昨日に引き続き、今日(5月18日)は‘’エターナルフォースブリザード‘’の二十歳の誕生日だそうです。
さすがにネタぶっ込めなかったです。
残念。




