神さま、向かう。
……気配が、消えた。
一つ、一三〇〇m程後方にあった、ヒトの気配だ。
そちらの方角に、魔物の気配は無い。
あるとしたら、陸地の上の何kmも向こうの、カノン達が向かった先の話だ。
俺が会った事のない魔物らしく、気配の正体が何なのかは不明だが、さすがにそんな遠方の魔物が何かを仕掛けてきたとは思えない。
転移術を使える魔物は見た事が無いし、聞いた事もないし。
そもそも、そんな遠隔から人一人の気配を消す方法を持っていたら、とうに俺も、俺よりも近くにいるカノン達も犠牲になっている。
ならば凍った湖面に所々空いている、穴に落ちたと見るのが自然か。
氷の下、水の中を気配探知で探れば、猛スピードで生命力が下がり続けている気配を見つけた。
毒の沼を歩いたとしても、こんな一気に瀕死状態にはならないだろう。
呼吸が出来ないためか、体温が下がっているせいか、あるいはその両方か。
助けなければ、瀕死では済まない事になる。
数分もしないうちに、死んでしまうだろう。
しかもマズイ事に、俺の気配探知のために広げた霊力にビビって逃げていた水魔蚱が、湖中に落ちた音を聞き付けたのか、ソチラへと四方から凄い勢いで迫って来ている。
冷静になれば、俺のナワバリ状態になっている探知範囲内に侵入すれば、痛い目を見る事になると判断出来そうなものなのに。
余程飢えているらしい。
……イヤ、そうではないのか?
イカやクラゲのようだと思ったが、こうなるとまだ見ぬ水魔蚱とやらは、クラゲなのだろう。
イカには脳ミソがあって、タコには劣るものの、ちゃんと知性がある。
しかしクラゲには脳が無いからね。
危険と考えるための器官がないのだから、俺を避けようとは思い感じられないのも当然だ。
クラゲは身体の九五%が水分で出来ている。
脳は無く、その代わりに散在神経が通っていて、ソコに与えられる刺激によって、反射的に動いている。
熱い物に触れた時、離さなきゃと思う前に咄嗟に手を引っこめる、あの動作と一緒だね。
人間も命に危険が及ぶような時は、脳を通さずに神経だけの反射作用によって、行動をする時がある。
クラゲは、常にソレが行われているって事だ。
神経が霊力に触れたら逃げる。
音や波が神経を刺激したら寄る。
その程度のものなのだろう。
再び霊力を放出すれば逃げる個体もあるだろう。
しかし青年の一人が今も水中でもがき続けているなら、水魔蚱は場合によっては、そちらの捕食を優先させる。
ソッチの刺激の方が単純に強いだろうし、食事は生命活動に欠かせない行為だからね。
原始的な生物だからこそ、何よりも優先させるだろう。
まぁ、理知的な生物だとしてもお腹が減っていたら、食事を優先させるか。
空腹のままであれば飢えて死ぬ。
しかし狩りに挑んで勝てば、生き延びられる。
ならばワンチャン挑んでみようとなるものだ。
あ〜あ。
浅葱が寝ていなければ、こき使ったのに。
ちょこっとだけだが、瑞基を恨みたくなる。
水魔蚱の短時間の大移動によって、湖上の魔物も浮き足立っている。
色んな意味で時間がない。
仕方がないので、とりあえず目視もした、俺の前を通り過ぎた青年の所に移動する。
「え!?
ェ、あ……?
んん!?」
今度こそ無視されないように、眼前に転移をしたので、思いっ切り混乱させてしまったようだ。
滅茶苦茶挙動不審になっている。
だが猶予が無いので有無を言わさず、構えられる事もなく手袋に握られたままの槍ごと腕を掴んで、強引に腕を引っ張る。
体勢を崩して抱きかかえて、立て続けに転移をした。
俺は腕が二本しかないので、一度に抱えられるのは二人までだ。
最初の青年と同じように、二人目も声掛けすらせずに引っ掴み、三人目の所へと転移する。
「ソコで待ってろ」
混乱している三人に一方的に命令し、ノロイながらも駆けて移動している最後尾にいた青年の近くに転移する。
落ちたのは、後ろから二人目の青年だ。
遠く離れた位置からだが、最後尾のこのヒトは、青年が氷の中に吸い込まれるのを目撃したのだろう。
「う”ぇっ!?」
突然、気が付いたら音もなく並走をしている俺を認識して、ビビった青年――というよりも、俺とそう変わらない年頃の少年は、変な声を上げた。
「どの辺で落ちたかとか分かる!?」
「え、ぁ、トシが落ちたの、君も見たの!?
もう少し先……ぃえ!?」
少年が指さした方へ、彼を抱えて飛んだ。
颯茉はカノンに付いているだろうから、そこら辺にいる風の精霊に願ったのだが、やはりこの大陸では闇の精霊の力が強く影響を及ぼすのだろう。
生前彼と確執のあった颯茉の配下にある風の精霊達の力も、思うように振るえないらしい。
いつもより霊力を込めないと、高度を保てない。
「あ、あれ!
あの穴だと思う!」
混乱しながらも、ちゃんと自分の仕事を見極め報せてくれるあたり、この少年はなかなか有能なようである。
置いてけぼりを喰らっていたので、運動神経は悪いようだが。
指さされた穴を確認し、「スキル」で創ったナイフを投げてマーキングをした。
そしてそのまま先程の三人の所へ転移する。
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
視界が一面真っ白といっても、突然見知った顔、しかも自分を置いてサッサと先に進んだはずの三人が目の前に現れた事で、少年の混乱がピークに達したようだ。
変な奇声を上げている。
「ソコで大人しくしてろ」
再び一方的に告げて、適当に創ったナイフを一本渡し、マーキングした穴へと転移で戻る。
氷の下には魔物がいる事もあり、海流のような波が発生している。
その水理現象によって、トシとやらは穴の真下にはおらず、流されている。
釣り上げるのは無理だな。
知ってたけど。
ならば何故俺がこの穴に戻って来たかと言うと、彼が流された近くに他の穴が空いていなかった場合、俺が新たな穴を氷に空けなければならなくなるからだ。
ソレ自体は簡単だし、どうにでもなる。
どうにもならないのは、氷の強度だ。
穴をアチコチに空ける事で、全体が脆くなったり、無理矢理空けた穴から亀裂が生じたりしてしまう可能性が非常に高い。
他にも氷同士に掛かっていた圧力の拮抗が崩れて隆起したり、崩落したりする危険性がある。
そうならないためにも、氷にはなるべく衝撃を与えたくない。
俺は風の精霊にお遣いを頼み、更に風の膜を円形に作り、穴から湖中へと入った。
今日(5月17日)は‘’くぁwせdrftgyふじこlp‘’が生まれた日だそうです。
ネタがぶっ込めてちょっと満足。




