神さま、許可を得る。
オプスクリス開拓村と同様、オプリタス大陸にある村は全て地下にある。
村は地中奥深くに「スキル」で造られ、地上へ出入りするための扉は、だいぶ古い型の転移方陣になる。
しかもその転移方陣は認識阻害の術式が刻まれているため、‘’ソコに確かにある‘’と認識していなければ、景色に溶け込み目視する事が叶わない。
認識阻害の術式を無効化する方法もあるにはあるのだが、残念ながら俺達が知っている術式では、無力化させられない。
精霊術の術式化の研究が進み、効力の精度自体は上がっているのだろう。
しかし昔のものとは互換性が無いために、最新の知識では解けないようだ。
生き字引とも言えるカノンの知識でも解けないとなると、もうお手上げである。
地中は自然の霊力に満ちているため、自分の霊力を巡らせるのが少々難儀する。
そのため、気配探知で村を探すのも難しい。
アレコレ頭を悩ませるくらいなら、外に出て来た住民を捕まえるのが一番手っ取り早い。
なので狩りの時間を目掛けて、魔物が出没しやすそうな所をうろつく事にした。
村人が見付からなかったとしても、植生の観察や、この辺にしか棲息していない魔物の調査が出来る。
時間の無駄遣いにはならないので、何日か適当に過ごすつもりでいた。
だがまさか、向こうから近付いて来るとは思わなかった。
「いやぁ、驚いた!
昨日まで一面真っ白な視界に、急に真っ赤な建物がポツンと見えるんだもの!」
「しかも地上にあるのにこんなに中があったかいなんて……」
「出迎えてくれたのがエラいべっぴんさんばっかだし!
エデンってあるんだなぁ」
「オレぁお迎えが来たのかと思っちまった!」
「お前にこんな美人の知り合いなんているのかよ」
ガッハッハッ!とオッサン特有の豪快な笑い声が部屋に響く。
集まるのが女性じゃなくても、人数が増えれば姦しくなるものなんだな。
どうやら小屋を建てた場所が、ラクサリス村から近い位置にあったようだ。
目視出来る場所に、昨日まで無かったド派手な大型の建物が突然見えたら、そりゃ驚きもするわな。
イヤ、遭難しかけた冒険者が見付けやすいようにと思って、ココ等辺の自然界にはない、遠くからも見やすい目立つ色ってなったら赤かな?と思って。
屋根から壁から、紅赤色にしたんだよね。
鮮やかな色だから、ソレはソレは目立った事だろう。
村人達も驚いたのだろうが、それ以上に俺達を驚かせたのが、警戒もせずにその足で突撃して来た所だよ。
中にいるのが悪人だったらどうするんだか。
オッサン達――ラクサリス村の狩猟隊が扉を叩いたのが、朝食が終わった後のタイミングで良かった。
ノンビリと朝から雑穀ごはんに、人参と甘藍の巣籠、厚揚げと舞茸と炒め物を食べた上、ジジ臭い食べ物ばかりで育ち盛りには足りないだろうからと琥珀が作ってくれたプリンまで頂いた。
この大陸では食べられないものばかりである。
そんな贅沢品を食べている所を目撃されたら、欲に目が眩んで襲われかねない。
例に漏れず、オッサン達も着膨れしてはいるが、細身だからね。
栄養足りてなさそう。
オプリタス大陸に上陸してからというもの、一日中暗いか薄暗いかの変化しかないために、体内時計が狂いまくっている。
そろそろ外に出ようとカノンに声を掛けられはしたので、一般的な活動時間なのだろうと予想はしていたが、俺では今が何時なのかが分からない。
腕時計欲しいな。
そうすればもう少し早く小屋を出立して、ろくに出かける支度もしていない、マヌケな姿を見られずに済んだのに。
イヤ、この世界の社会には時計が普及していない。
他の大陸では鐘の鳴った回数や太陽の位置で、なんとなくの時間の中、皆生活をしている。
体内時計も太陽の光で調整されるため、おおよその感覚で過ごし、ソレに合わせていれば問題が無かった。
だがこの大陸の場合は、どうやって活動時間を決めているのだろうか。
オプスクリス開拓村もそうだったが、こうやって朝起きて仕事をしているのだから、ある程度の時間の概念があり、秩序が保たれていると言える。
ならば時間感覚もあると思うのだけれど、しかし時計の類は一切無かった。
「カレンダエなんかは、砂時計で時間管理をしているってぇ話だよ」
「オレらぁそんな面倒なことはしねぇなぁ?」
「腹が減ったら動くが基本だぁな」
「子供にひもじい思いさせちゃならんだろうが。
オレはストックを見て動いてるぞ」
「あとは天気だぁな。
吹雪の日に外出たら死んじまう」
ンダンダとオッサンは一同に頷き、琥珀が淹れてくれた温かいお茶を啜って相好を崩した。
せっかく俺の分も淹れてくれたので、一緒にカップを傾ける。
……なんか、行動がリンクでもしているのかと思うくらい、全員似たような動きをするんだけど。
行動パターンや思考が似ている人同士でチームを組んだ方が狩りをしやすいとか、そういう事なのだろうか。
五つ子か?と思う程に似ている。
イヤ、帽子や装備品を着けたままだから、顔の対比は余り出来ないのだけれど。
質問をするとその五人が一斉に口々に喋るものだから、情報量が多い。
カレンダエは、オプリタス大陸の北東に位置する、最初にこの大陸で拓かれた村の名前だそうだ。
別大陸から最も冒険者が立ち寄る村のため、外部との交流を積極的にするために、約十二時間の砂時計を使って、午前と午後を管理しているらしい。
地球と同じく二三時間五六分四秒程でこの世界も一回転をしている事と、ひっくり返す時にどうしても誤差が出てしまうため、数年に一度、閏日を設けて管理しているそうだ。
観光名所にするために運用するのならまだしも、そんな面倒臭い事を今もしているのなら、是非とも立ち寄った際には時計を贈らせて貰おう。
その際は、王都と時差がどれだけあるのか、把握しなければならないが。
どうやって活動時間を決めているかと言えば、なんとなくの習慣と、腹の減り具合で決めているそうだ。
エラい大らかというか、適当というか。
なのに無秩序にならないのは凄いな。
オプスクリス開拓村と同様、月明かりを入れるための窓がラクサリス村にも設置されており、ソコから現地民ならではの朝昼夜の明るさの確認が、これまたなんとなくだが出来るのだそうだ。
今は朝早いので、薄明るい程度。
薄く明るみ始めた気がしたから、軽く食事を摂って、村の外に出てみたのだとか。
ホント、なんとなくなんだね。
昨日の湖の様子からして、今日は一日を通して風は穏やかな晴れ模様なので、絶好の狩り日和となる。
そのため彼等を含めた幾つかのグループが、一斉に狩りへと出掛けている。
村の守りが手薄になるのは大丈夫なのか聞けば、今日なら大丈夫なのだと言われた。
何の根拠があって断言しているのだろう。
彼等は年嵩もある熟練チームで、この後暫く続くであろう猛吹雪に備えて、沢山の獲物を狩って帰らなければならないのだと、呑気に茶を飲みながら言われた。
全く言葉と行動が一致していない。
こんな所で油売ってて良いんかい。
「異常がないか確認するのも仕事のうちだ。
この小屋は賢者と、精霊の使者から冒険者へのプレゼントって話だが、オレら村のモンも使わせてもらっていいのか?」
ゲラゲラ笑いながら会話をしていたオッサン達だが、その内の一人が不意に俺へと視線を向け、口元だけはヘラヘラとしたまま、真面目な目をして質問をして来た。
「設置するまでが賢者と使者の仕事です。
誰がいつどんな風に使い、活かすのか殺すのか、我々はノータッチですよ」
「へぇ……
使者さんも地球人にゆかりがある人なのかい?」
「あぁ、皆様、他の大陸では聞き慣れない言葉を話されると思っていましたが……
やはり、ワザと会話に混ぜてましたね?」
この世界においてどう言って良いのか判断が付かなかったので、遠回しな言い方になってしまったが、他所ではあまり聞く機会がない、カタカナ言葉が単語として出てくるなとは思っていたんだよね。
故意に使っていたのか。
瑞基が漢字で名前を書けなきゃ地球人じゃない、‘’基‘’の字が入っていない名前は基未の血族じゃない、と断じて来たけれど、漢字が書けるか否か、カタカナ言葉の意味が通じるか否かしか、地球人かどうかの判断が出来ないのか?
もっと何かないのかよ。
純粋な地球人なのにも関わらず、カノンはどっちも怪しいぞ。
「賢者――そこの兄ちゃんじゃなくて、ラクサリスを含めたこの大陸の開拓をしてくれた、西の賢者な。
彼女みたいに精霊語を話せはしないが、地球人特有の言葉だから、外部のモンか判断する時に使うんだ。
地球人の大半は、オプリタスに来たって話だからなぁ。
身内かどうかで、歓迎の仕方が変わるのは当然だろ?」
ある種の敵意のようなものを感じていたが……そうか。
この人達は狩りをするために村の外に出たのは事実なのだろうが、最も優秀な狩人、つまり戦闘員だからこそ、俺達が村に危険を及ぼす人かどうか、見定めるためにワザと突撃をして来たのか。
大抵のヒトは、早朝の寒いうちから行動はしない。
怪しそうなら、寝込みを襲うつもりでいたのかもしれないね。
今まで訪れた集落は、大抵カノンの二つ名を出せば歓待をしてくれるのが当たり前だった。
カノンを見た事がある人がいれば、そういう人物は大抵長生きで、その集落では偉い立場にあったから、やはり手厚くもてなして貰えた。
そうじゃなくても、精霊の使者として精霊の恩恵を直接授ける旅をしていますと言えば、精霊教会が独占販売している聖水や治癒術、また回復薬に日々お世話になっているヒトばかりなので、精霊の有り難さを身に染みて理解している。
無条件で滞在中は上げ膳据え膳で、至れり尽くせりな生活を提供して貰える事が多かった。
もちろんそれ相応、イヤ、それ以上の見返りを物としても知恵としても渡した。
ソレが当たり前だった。
しかしオプスクリス開拓村の騒動もそうだったが、ラクサリス村も、なかなか一筋縄ではいかなさそうで面白い。
精霊信仰が全く根付いていないからこその対応だよな。
その上、この土地では賢者と言えば瑞基をさす。
同じ賢者を名乗るカノンは、どうやら歓迎されにくいようだね。
だがわざわざ‘’西の賢者‘’と言い直したって事は、このオッサン、かなりいい歳なのだろうか。
東西南北それぞれの方角の賢者が全員揃っていたのって、もう何百年も前の話なんでしょ。
賢者とは、基本的にカノンの事をさす言葉だ。
しかしオプリタス大陸限定で、無条件に瑞基の事を示す言葉になる。
ソレを知っていなければ、言い変える理由がない。
ラクサリス村は、オプスクリス開拓村の次に外部との接触の少ない村だ。
排他的で冒険者の立ち入りお断り、という事なら、無理に立ち寄るつもりはない。
日常を脅かしてまで、アレコレと押し付けられても有難迷惑となるだけだ。
危険人物と判断されたら、植物と魔物の調査を最低限したら、また北へと向かえば良い。
それだけの話だ。
「へぇ……東の賢者御一行様歓迎のパーティーでもしてくれんの?」
だがもしも、言葉の通り俺を身内と認識して饗応してくれるのであれば、俺も誠心誠意、望むがままの援助をしようではないか。
イヤなに。
見返りに、この大陸に沢山いたという地球人達の話を聞かせて貰えればそれで良い。
地球から転移した後……イヤ、俺が死んだ後の事を語ってくれる地球人が全然いないから、いつ、どうやってこの世界に招かれたのかとか、全然知らないんだもの。
俺が知っている地球からの移民組である地球人は、瑞基も含めて当時幼かった事もあり、全然話を聞けていないからな。
この世界の神に繋がる情報がないか、 少しでもその糸口になりそうな話が聞けたら嬉しいのだが。
「はっ!
酒は振る舞えないし、今日の狩り成果によっては、土しか出せないがそれでもいいならな!」
「妖蚯蚓じゃあるまいし、それはご遠慮したいな」
膝を叩いて笑い出したオッサンが、握手を求めて来た。
純血地球人のクセに、全然カタカナ言葉が分からないために黙って話を聞いていたカノンだが、目の前の村人達が狩りさえ終われば村に案内してくれると理解したようだ。
軽口を叩いて、差し出された手を握り返した。
確かに、巨大ミミズの魔物と一緒にされちゃ困るよね。
うんうんと頷きながら、カノンに続き、俺もマントを手に取った。
「んじゃ、俺等も一狩り行きますか」
飲み終わったカップを水精霊術でサッと洗い、外へ出る支度をした。
キッチリ装備品に霊力を込めておかないと、寒くていられないからね。




