神さま、ぶすくれる。
朝ごはんが出来たとカノンに声を掛けられるまで、モノの見事に熟睡していた。
揺さぶられ何度か頬を叩かれ、ようやく覚醒したら、「布団に入っているお前の寝姿は心臓に悪い」と寝起き早々に文句を言われた。
そんな事を言われても、意識が無い時の事なんてどう足掻いたって改善のしようがないのだ。
どうしようも無い事にいちいち苦言を漏らさないで頂きたい。
『――確かに君が寝ていると、本当に生きているのか確認するために、顔にティッシュを置きたくなる衝動に駆られるよ。
不謹慎な見た目になるから、もうやらないけど』
‘’もう‘’……?
「つまり、やった事があるんだな??」
『――ふふふ』
笑って誤魔化しやがった。
俺が琥珀を問い詰める前に、ティッシュとはなんぞやとカノンが質問してしまった。
そのため琥珀がこれに答える事で、完全に有耶無耶にされてしまった。
俺は寝ている間は、起きている時とは打って変わって死んだように大人しく、寝返りすら全然打たない。
しかも両手を胸の位置で組んで寝るクセがあるせいで、パッと見、死んでいるように見えてしまうらしい。
そんな人間の顔に打ち覆いに見える白い紙を置いたら、確かに死人に見えるわな。
面布は文字通り、白い布を使うのが一般的だけれど。
しかし生存確認をするためとは言え、だ。
ティッシュみたいな軽い物で顔を覆ったら、その途端鼻息で遥か彼方に吹き飛んでしまい、心配が一転。
抱腹絶倒の大笑いになる気がするのだけれど。
ティッシュをどれだけの距離、鼻息で飛ばせるのかの大会が始まったりしちゃわない?
カノンの場合は、俺を保護した時の事が思い出されるから嫌なんだって。
あの時はどれだけの時間浮かんでいたのかは知らないが、海で身体が冷やされた上、かなり失血もしていた。
ガチで死にかけていたし、そんな状態が何日か続いたと聞いている。
顔色も悪かっただろうし、その時の事を想起するなら、気が気じゃなくなるのも仕方ないか。
心配性さんめ、と溜息は吐いてしまうが。
でも紙を置かれるのは気分的に嫌だから、別の方法で生きてるかその都度確認すれば良いさ。
鼻をつまむのは禁止だけれど。
安眠妨害は辞めれ。
「親とする会話か?
俺の場合は……幼い頃、かなりの聞きたがりだったらしい。
色々と質問をして、答えてもらうことが多かった覚えがある。
他には、その日あったことを報告したり……?」
俺が質問したのに、何で後半疑問形なの?
聞かれても分からないのだから、疑問符を浮かべないでくれ。
精霊の皆に聞いた所で、施設では一定の年齢になるまで、大抵の赤ん坊や子供は子育てを専門とする児童福祉士に育てられている。
当然のように、親子の会話なんてした事ないだろう。
だって自分の親が誰か知らずに一生を終える人も、珍しくないのだし。
尋ねたところで無意味だ。
聞くだけ時間の無駄になる。
そう思い朝食がてら、カノンに親子間における会話において、一体どんな内容を話していたのかを聞いた。
そうしたら、子供の頃にどんな話をしていたのか、かなりふんわりとした答えをハテナ付きで言われた。
もしかして、イヤイヤ期後のなぜなぜ期の事をさして言ってる??
それとも、それ以降もそうだったって話をしているの???
どうなのさ?????
……あぁ、そうか。
コイツ、何百歳と生きているから、未成年時の記憶が全部一緒くたに‘’子供時代‘’と分類されているのか。
イヤ、もしかしたら親から独立する前後の年齢で、年代を分けて覚えてるいるのかもしれない。
ろくに親と話した事のない、思春期の子供が何を話せば良いのかを相談するのに、全く参考にならないヤツしか俺の周りにはいないのか!
なんという事だ。
……まぁ、ソレならソレで良いや。
闇の精霊に会ったとしても、最低限の業務連絡だけすれば良い。
あとは必要そうなら楔を打ち直して、核の更新もして。
適当に名前を付けて、そのまま未来永劫オサラバしたところで、何の問題も無いだろう。
『――アタシ個人としては、お話して欲しいんだけど〜』
お馴染みの大きい鳥の姿を象っている稜霓が、頭の上に留まって俺の顔を逆さに覗き込んだ。
普段は気付かなかったが、オプリタス大陸は全体的に暗いせいか、薄ら光を放っているように見える。
流石は光の精霊神様だ。
「……アレ?
稜霓、若干小さくね??」
『――この大陸は闇の精霊の影響が強いからね〜
この姿でも結構シンドいのよ〜』
「んじゃ別に出て来なくても良いよ。
日中はまだ、比較的明るいんだし」
『――契約者であるアナタがいる状態でなら、アタシでも闇の精霊に逢いに行けると思ったのだけれど……
慣れられないものね』
はぁ〜と大きな溜息を吐いて、完全に気配が消えた。
意外と発光していたようで、稜霓の姿が無くなった途端、部屋が暗く感じる。
仕方が無いのでライトを一つ、創って点けた。
正反対の属性とはいえ、琥珀と颯茉なんかは、会話も対面も普通にしている。
辛そうにしている様子も見受けられない。
隠しているって事も無さそうだ。
だけど今の口振りからすると、稜霓は闇の精霊と全然会えていないようだ。
省エネモードの鳥の姿ですら、顕現するのが辛いと言っていたし、会えていない、と言うよりは、会えないって言う方が正しい気がするな。
名付けをして俺と契約を交わし、霊力が大幅に増大した。
その上闇の精霊がらいる場所からは、まだだいぶ離れている。
それでも姿を保てないとなれば、闇の精霊の前に姿を現す事は、確かに難しそうだな。
俺の代わりに会話をして場を持たせてくれたなら、どれだけ有難いか……
「稜霓はヤケに闇の精霊との対話を推すよね」
「お前と闇の精霊様は父子関係にあるのだろう?
なら、光の精霊様が仲違いをしたままでいて欲しくないと願うのは、母親として当然なのではないか?
あくまで一般論として、だがな」
その親子という関係性が社会全体で希薄な環境で育つと、イマイチ理解し難いんだよなぁ。
この世界の一般的は、地球では普通じゃ無かったんだもの。
「母子関係が最悪だった家族の父親として、ソレは同意する?」
『――ええ……私に話題を振るの?
私の場合は、君の家庭とは随分と仮定が違うから、何の参考にもならないでしょう?
……その上で言うのなら、当時の瑞基は幼かったし、自分の身を自分で守る術が無かった。
母親だから無条件に愛さなければならないと周りに言われていたせいもあって、辛い思いをしても、それが母親の愛情なのだと思い込むことで、自分の心をなんとか守っていたような状態だった。
だから引き離したあと、母親と対話するどころか、顔を合わせるのすら辛いようなら、辞めておくように言ったし、母親の方には会わないよう、注意したよ』
そんな分かりきった前提は話さない理由にはならない。
そう目で訴えたら、自分が実際何をしたのかを話してくれた。
片親から虐待を受けていた、という点においては、俺と瑞基の幼少期の共通項がある。
しかしその理由や過程は全然違う。
確かに、参考にはならないようだ。
氷の精霊の前世は、琥珀の前世をそりゃあもう盲目的に愛していた。
だけど残念ながら琥珀の方は番、つまりは施設から命令されて子作りをしなければならない相手としか、彼女を見ていなかった。
それ以上でも、それ以下でもない。
なのにしつこく付きまとい過ぎたせいで、他人以下に思われるまでになってしまった。
どれだけ嫌われて居たか、残念ながらその感情をしたためたノートがつい先日、氷の精霊と一緒に遥か地中に埋もれてしまったため、俺には永遠に分からない。
自分は毛ほども想われていない、むしろ嫌われているのに、娘である瑞基は琥珀に愛されていた。
そのせいで氷の精霊は嫉妬の炎に狂いまくって、瑞基の事を隠れて虐待していたんだよね。
しかも瑞基がケガをしたのがバレたらヤベェと、仕出かした後に冷静になって瑞基の手当をしていたら、何があったのか仔細を求めて、氷の精霊に話を聞こうと琥珀が珍しく自ら彼女に会話を求めた。
更に施設では母親が子育てをするのが稀で、余程愛情深い人なのだろうと世間的に言われていたために、その愛娘が不慮のケガをしたとなれば、氷の精霊に同情の目が向けられる。
求めてやまなかった、待望の夫から振られる会話と、自分に向けられる憐憫の眼差しによって充たされる心。
ソコから氷の精霊は代理によるミュンヒハウゼン症候群を患い、瑞基への虐待がエスカレートしていった。
琥珀が気付くまで、瑞基は心身共にかなり深い傷を負った事だろう。
会いたくないと望んでも、誰も咎めはしない。
むしろ琥珀からは、今までよく耐えたと褒め、生きていた事に感謝し、気付かなくて申し訳なかったと、散々謝られたに違いない。
ソコから瑞基に対する親バカっぷりが加速したのだから、琥珀は愛情深いヒトだよね。
なのに何で瑞基と一緒に生きる選択をせず、俺にアッサリと殺されてしまったのか、全くもって理解出来ない。
氷の精霊の場合は、琥珀の言葉は絶対だったから、娘を取り上げられたとしても、何の問題も無かったのだろう。
会うなと命令されれば、自分の心が満たされなくなったとしても、命令遂行によって琥珀との繋がりを持つ事が出来る事実に浸って恍惚としていたに違いない。
つまり琥珀は、なるべく関わりたくない氷の精霊と会話をする苦行を行う事になってでも、子供である瑞基を優先したって事だよな。
それに引きかえ、稜霓は自分のお気持ちを俺に押し付けて来るんだもの。
なんてヤツだ。
「光の精霊様は、闇の精霊様と対話することがお前のためになると考えていらっしゃるのではないのか?」
「あ”ぁ?
散々非人道的な事を山程して来た、顔も見たくねぇ、名前すら聞きたくねぇと思ってるヤツが相手だぞ??
ソレが何で俺のためになると???」
思わず凄んで言ったら、カノンは一歩身を引きたじろいだ。
デザートのプリンを片手に持ってる子供相手に、そんな怖がらなくても良いじゃない。
「お、お前が何をされたのかは知らないが、親心とは子のためと慮ってくれるものなのだと考えれば、そうなるのではないのか?
親になったことがないから、俺には推し量ることしかできないが……庇護欲というものならば、お前に、多少ではあるが感じている。
その上で想像した時に、そうではないのかと思っただけだ」
そんな幾つも言い訳を並べなくても良いのに。
あぁ、俺って霊力に感情を乗せてしまうから、気を付けないと怒りが相手に滅茶苦茶強調して伝わってしまうんだっけ。
そのせいでプリンを頬張りながら、ぶう垂れているだけのつもりだったのに、ここまでビビられているのか。
ただ高圧的に見える程度なら問題無いけれど、相手の言動に影響を及ぼすレベルになると厄介だな。
恫喝されたと訴えられる恐れがあるし、気が弱いヒトだと失禁されかねない。
全く初対面のヒトならば、貯まる一方の金で解決するターンに入れば良いが、そうじゃない場合、人間関係が破綻しかねない。
俺の場合、素性が世界に嫌われている魔王様なので、その事実を知られたら八つ裂きにされかねない。
もしくは泣いて裸足で逃げ出すかされてしまう。
本性を隠さずに交友関係が持てる、カノンのような相手は貴重だ。
ここは素直に謝り、彼の意見も……受け入れ難いとは思うが、こういう考えもあるのだと、心に留めて置くべきだろう。
しかしそうなると、話が振り出しに戻ってしまうな。
今更、闇の精霊と何を話せば良いのだろうか。
‘’地球再生計画‘’における恨み辛みをぶつけるのは違うだろう。
俺も最終的には納得し、受け入れて行動したのだから。
それに闇の精霊からしてみれば、何百年も前の話を持ち出されても、今更感がハンパない。
軽く謝られても腹が立つし、そもそも俺はヤツに謝って欲しいワケじゃない。
……それこそ俺は、闇の精霊に何をして欲しいのだろうか。
ソレが分からないから、何を話して良いのかも分からないのかもしれない。




