神さま、空頼みする。
そういえば、新しい村の名前をどうするのか、聞いていなかったな。
その事実に気付いたのは、名残惜しむ気持ちも後ろ髪を引かれるような感慨深さも無く、瑞基とグダグダな別れをして暫く経ってからの事だった。
「この辺だったか」
「随分地形が変わってるけど、多分そうだろ」
今俺達が立っている場所は、前のオプスクリス開拓村があった場所の、地上部だ。
セリアと会った森からの距離と方角からして、大体この辺だったと記憶している。
だがその様相は、数日前と比較すると、随分変わってしまっていた。
濾過装置から漏れ出た水と、燼霊が暴れ回って地下の居住区が崩落したせいで、かなり広範囲に渡って地盤沈下が起きているのだ。
街道が通っていたり、周囲に民家があったりすれば、盛土でもした方が良いのかとも思うのだが、ここら辺にいる生物は魔物くらいしかいない。
整地をする必要が無いのなら、このままでも良い気はするが……
「精霊が宿る‘’核‘’って、物理的に人目に付かない方が良いの?」
『――発見者が好奇心旺盛なヒトで、破壊されてしまったらただでは済まないからね。
その方が良いと思うよ』
なるほど。
浅葱の核は異次元に、 紅曜の核は火山の内部にそれぞれ置いて来たから、設置し直す必要は無さそうだな。
「そんじゃ、琥珀の愛憎がた〜っぷり詰まった愚痴ノート。
予定通り氷の精霊の核にするぞ」
『――ぜひこの先一生涯露呈しないよう、地中奥深くに封印して欲しいな』
キラキラと背景を輝かせながら、いい笑顔で言うなよ。
どんな事が書いてあるのか気になるじゃんか。
一度後にしたこの場所に再び訪れた理由は、二つある。
一つは村長の身体を乗っ取っていた燼霊がバラ蒔いた 粉媒楢の浄化のため。
もう一つは、氷の精霊の存在を明瞭にし強化をするために、この場所に‘’楔‘’を打つためだ。
生前の名前を呼ばれただけで弱体化してしまう程、精霊の皆はこの世界との結び付きが弱い。
地球人は肉体があるのでこの世界に問題なく定着したが、精霊は魂だけの存在のためそう簡単にはいかない。
随分昔、カノンの両親が皆の遺品を使って、その結び付きを強化するための‘’楔‘’を打ってくれたのだが、経年劣化したためか、綻びが生じ始めた。
そのせいもあって、精霊全体の力が弱まり、燼霊がコチラに来やすくなってしまっている。
なのでその‘’楔‘’を打ち直さなければならない。
既に‘’楔‘’を打った浅葱ですら、瑞基に一度名前を呼ばれただけで、寝に帰ってしまった位だ。
氷の精霊みたいな、まだ信者もいない新参者の精霊は、ヘタをしたらそのたった一度の過ちで消滅しかねない。
なのでなるべく早く打つべきとして、霊力が流れる地脈が交差する、地脈点であるこの場所を再び訪れたというワケだ。
残念ながら氷の精霊の遺品は、例外なく施設に没収されてしまったため、全く無い。
だからと言って、‘’楔‘’を打たない選択肢はない。
ソコで目をつけたのが、基の嫁の悪口日記帳だ。
整然の氷の精霊は一切関わっていないが、瑞基以外に彼女にまつわる物といったらコレしかない。
瑞基を‘’核‘’にするワケにはいかないからね。
そう言ったら、琥珀が許可を出したので、こうして瑞基に返却される事なく、俺の手の中にある。
俺には悪意のあの字も向けない琥珀が、一体どんな罵詈雑言を書き込んだと言うのか……
チラッとちょこっとだけでも見れないものかと、コッソリページの端を捲ったら、バンッ!と指ごとノートを閉じられそうになった。
即座に手を離したので、挟まれはしなかったけれど。
そんなにイヤか。
琥珀はいつもニコニコと穏やかな笑顔を浮かべている。
そんなヒトの腹の中に、どれだけの悪口が詰まっているのか、気になるだけなのに。
悪口って語彙力が無いと、バカだのキモいだの、一辺倒で面白味が無いじゃない。
琥珀は生前色んな研究をして、結果も出していたくらいだし、頭は良いだろう。
そういう意味でも、何が書かれているのか興味を惹かれるのだが……うん、ダメなのね。
目で制されてしまったよ。
ちょっと怖かった。
紙なんて脆いものを核にして大丈夫なのかと、少々不安になるが、基の超個人的な持ち物ならば、ソレだけで氷の精霊の思い入れは強くなる。
しかも悪口とはいえ、生前自分に見向きもしなかった愛しの君が、自分に関する事を延々としたためたブツだ。
彼女の核にする素材としては、これ以上の物はあるまい。
楔を打った直後、霊力が不安定になる事によって精霊は休息を必要とする。
大抵は短時間で済ますために、眠りにつく事が多い。
しかし彼女は精霊になって日が浅い。
精霊としての自覚も薄いし、時間をかけて良いだろうと、眠らずノートの中身を眺めて過ごしそうな気がするんだよね……
……後でコッソリ、内容聞かせて貰おうかな。
「氷の精霊、始めんぞ」
『――はぁい』
ノートをパタパタと振れば、ソレを取り上げるように引っ張りながら氷の精霊が俺の背後から現れた。
渡したらそのまま懐に入れてしまいかねないので、指に力を入れて全力で阻止する。
物質を掴める程の安定した膨大な霊力をまだ扱えない彼女は、長時間肉体を物質化させられない。
抵抗されたらどうにもならず、詰まらなさそうに口を尖らせた後、俺の頭に肘を置いて頬杖をついた。
若干ながらも全身を物質化させようとしているのか、ズッシリと首に負荷がかかる。
重い。
嫌がらせにしては気合と根性が必要な事をしやがる。
『――核を作って楔を設置するのは聞いたけどぉ、地下の瘴気を無害化させるのはぁ、ちょぉっと一人でするのは大変よぉ?』
毛先を弄びながら、イヤそうに不平不満を口にする。
ホント、精霊としての自覚が無さすぎる。
こんなやる気の無い状態では、いつまで経っても人々からの信仰が増えず、恩恵を与え自分の霊力を増やす事が出来ないままになる。
するとどうなるかと言えば、召喚出来る人間がいないと、何処にも出掛けられず自由度が低いままになる。
氷の精霊は精霊神の皆からは一段落ちるが、大精霊の位にいる。
そんな精霊を召喚出来るのなんて、世界を探しても両手分の人数分しかいないだろう。
しかも生まれたばかりでマイナーな精霊だ。
実質、俺とカノン位しか喚び出せない。
そうなると基本的に、楔が打ち込まれた土地から離れられないという事になる。
今から楔を打ち込む場所は、前オプスクリス開拓村跡地だ。
人里からはかなり遠い。
琥珀の守護する土地からも離れているし、俺も暫くはこの土地に来る用事がない。
つまり氷の精霊は、愛しの琥珀に会えなくなる。
そうなって困るのは、彼女自身だろうに。
「ちょっとで済むならガンバレ。
ソレが精霊の仕事だろ。
何より場所的にお前が守護するのに適してるんだから、霊力の回復も早くなる。
頑張れば皆みたいに、自分の意思でアチコチ行けるようになるだろ。
何より、瘴気の変換を効率良く出来るのは、氷の精霊と元素の精霊しかいないんだから」
オプリタス大陸の北側には現在闇の精霊がいるが、大陸が広過ぎて南側、つまりこの辺は守護の恩恵が与えられにくくなっている。
太陽が昇らない大陸の特性上、年がら年中気温が低く、厳しい寒さのため人が住みにくい。
そんな中、瑞基達は頑張って地下に村を作っているのだ。
生前虐待をしまくったんだから、その罪滅ぼしくらいしろと言う話である。
瑞基には精霊信仰の大切さを説いておいたし、カノンの活躍の目撃者も多い。
今後は精霊全体の信仰心も集まるはず。
その心に報いるためにも、同じ大陸だけど恩恵を与える精霊がもう一柱いても良いよね、という話になった。
ソコで年中氷に閉ざされた大地だし、丁度良いよねって事で、氷の精霊に白羽の矢が立ったのだ。
元素の精霊にする案も一応はあったのだが、彼女も俺と同様闇の精霊を毛嫌いしている。
その気持ちは嫌という程分かるので、土地の特性も相まって、氷の精霊が適任だと言う事になった。
北と南だと、恩恵によるものなのか、気温が五〇度以上違うそうだから。
そのせいで開拓が進まなかったと言うのなら、恩恵を与えて温度差を無くすのも手だろう。
そうすれば更に信仰心も増えるに違いない。
氷の精霊ならその気温の差を縮める事くらい容易に出来るし、天候も操れる。
名前も与えて神格を上げて、好い守護神となれれば、瑞基と母娘二人三脚で、オプリタス大陸を発展に導けるのではなかろうか。




