神さま、いぶかる。
呆気にとられた時って、ホントに口を開けたままボケ〜っとしちゃうものなんだな。
そして呆けていても、美人は美人なままなのだと学んだ。
キレイな人ってなんとなく、取っ付きにくそうなイメージがあるけれど、こういう間の抜けた一面を見ると親しみが湧いて、むしろ好感度が上がるらしい。
肩口で真っ直ぐに切り揃えられた黒髪から、委員長タイプというか。
瑞基は真面目でお堅い印象を受けるから、中身を知らないと近寄り難い雰囲気がある。
恐らく彼女もソレを望んで演じているのだろう。
けれどもっと、こうやって素を全面に出せば良いのにと、思わずにはいられない。
だって素の瑞基は、感情豊かで笑顔がとても可愛らしい、ただの女の子なのだから。
そうすれば村人達も、血が繋がっているにも関わらず、‘’賢者様‘’なんて他人行儀に一線引いた距離感で接する事なんて無いだろう。
中身が父親と一緒で、俺に対して頭のネジが吹き飛んでいる変人だと知っていれば、村長の未来も少しは変わっていただろうにと、思わずにはいられない。
言っても詮無い事だけどね。
アレは瑞基の表面に飾られた、周囲から与えられた評価しか見ておらず、どれだけ瑞基が今まで努力を積み重ねてきたか、心労に胃を痛めてきたのかを知ろうとしなかった、その結果だもんな。
根性からねじ曲がっていたのだから、どうにもならないのだ。
「……はっ、失礼致しました。
神の如きスキルとは伺ってましたが……目の当たりにすると、言葉を失いますね……」
ようやく口から飛び出た魂が戻ってきた瑞基は、再び眼下に広がる村を見下ろした。
地下に避難した人達は問題無いよと口で説明するよりも、誰もいないのだし、実際に見て貰った方が早いと判断して地下へと移動したのだ。
トレーラーハウスから転移方陣に乗り移動したフロアは、方陣の仕様をどうするか話し合いで決めようと思っていたので、まだ他の階と行き来出来ないようになっている。
誤作動を起こしたらいけないから、誰も近寄らないようにしておいたのだ。
話し合いの結果、やはり誰でも自由に行き来出来るようにしたら、今回のセリアのように、子供達が大人の預かり知らぬ所で外へ出てしまう危険性がある。
なので方陣を作動させる際、身長と体重の制限を持たせる事にした。
それと瑞基か、新たな村長が管理する事になるであろう、通行許可証の役割を持つ紋様具が無ければ作動しないように設定をした。
大人がついている時に、安全が担保された状態で危険な目に遭うのは大いに結構だが、子供だけで外に行くとなると命に関わるからね。
俺達と遭遇したセリアは、ただ運が良かっただけだもの。
……漏らす前に助けてやれれば、もっと良かったのだろうけど。
「仕様書に書かれてた、ココとココの階。
往復の頻度が高いクセに、動線的に遠回りするの手間過ぎるだろって思ったから、濾過装置の周囲をグルっと囲むような仕様で渡り廊下を創ったんだよ。
もし不都合があるようなら、元の仕様に戻すけど」
「いえ、助かります。
私では強度を万全にしようとすると重くなり過ぎてしまい、設置出来なかっただけなので……」
「……瑞基ってさ、計算苦手?
桁橋はこの狭い空間では作れないから論外にしても、計算が楽な構造にしなければ良いだけだろ」
指摘をしたら、瑞基は図星だったのか、胸を押えてグッと言葉を詰まらせた。
橋梁には幾つか構造の種類と、特性がある。
ラーメン橋は強度はさほど強くは無いが耐震性に優れ、コストを低く抑えられるのが特徴だ。
決して中華麺のラーメンではない。
ドイツ語で骨組みを意味するRahmenに由来している名称だ。
しかし温度変化の影響を受けやすく二次力が発生する事があるため、ソレを考慮に入れてなければならない。
なのでなかなか計算が難しい。
主構に三角を用いたトラス構造は、他の形式の橋梁にも部分的に用いられる事があるくらい、汎用性の高い構造だ。
しかしその、副材の組み方で強度がだいぶ変わる。
斜材の形がXかKかWか……沢山種類があるのだが、それぞれの形で当然のように計算式も変わる。
木材でも作れる手軽さはあれど、開拓村に設置するとなると、足場の問題も含めて、架設するのがちょっと大変かな。
なのでケーブルによる斜張橋を架設した。
構造解析が滅茶苦茶面倒臭いが、橋がたわみにくく重量物を乗せて移動しても橋が傷みにくい。
複数のワイヤーで支えられているため、見通しが良いし、維持管理もしやすい。
他の橋の構造だと桁に働く圧縮力が、ケーブルに働く引張力と塔の左右でつり合うために、地盤の強度が不安でも問題無く架設出来る。
斜張橋の最大のデメリットは風の影響を受けやすい事だが、地下なのでその心配は不要だ。
垂直不静定力の仮定からケーブル諸元の算定、荷重項の設定、引張力と圧縮力の計算、算出したケーブルの強度etc……
やらねばならない事は多々とあるが、それ相応の利点がある。
「スキル」を使うならば、材料費を考えなくて良い。
ワイヤーの太さも長さも安全性が担保された範囲なら、自由自在に任意で変更可能だ。
賢者と言われているならば、頭を使えよ。
「簡単に言いますが、斜張橋におけるザグ量や斜ベントの計算なんて、人力でするものじゃないでしょう!?
ケーブル一本一本の負荷計算とソレに応じたケーブルの太さの決定をしなくてはならないんですよ!?」
「うん、ガンバレ」
「そんなご無体な!」
別に無体を強いているつもりは無いのだけれど。
現に俺はやっているのだし。
「面白い構造だな。
塔の高さがあれば、長い橋も渡せるのか?」
ほぅ、コチラの賢者様も興味津々のようだ。
お目が高いね。
「あぁ。
主塔の高さが三〇〇mを超えると、全長三〇〇〇mの橋とか架設出来るぞ」
「ほう……
ならばオプリタス大陸とルミエール大陸を繋ぐ橋なら造れそうだな」
「……誰がやんの?」
「お前以外に誰がいる」
デスよね。
まったく。
人使いの荒いタレ目である。
霊玉による水の浄化方法や、今回架設した斜張橋の仕様を教えたり、口頭で説明しても細かい数字が覚えられないと言われ書類にまとめたり。
トレーラーハウスと地下を繋ぐ転移方陣の設定も無事に終え、ソレ等の見返りとして、海水や氷の濾過装置の仕様を情報共有して貰った。
水の精霊の力を使える人が増えれば必要無くなる物かもしれないが、現状世界中で使えない人ばかりなのだ。
コレを使って清潔で安全な飲水を確保出来れば、死なずに済む命もあるだろう。
ホント、橋の一個すら建造出来ないようなヤツが造ったとは思えない程、よく出来ている。
「本当にもう、行ってしまわれるのですか……?」
「長居する理由が無いからね」
「 粉媒楢の浄化を早々にしなければ、どんな悪影響が及ぶか判らないしな」
そう。
埋めてハイ終わり、なら楽で良いのだが、あの変異 粉媒楢は浅葱ですらろくに浄化が出来なかった。
そうなると、自然に宿る霊力によって自浄されるのを待っていたら、周囲が汚染される可能性が高い。
後始末がまだ残っているのだ。
早く対処をしなければならない。
決してセリアを筆頭とした住民達に、アレコレ聞かれたら面倒臭いから早々に立ち去ろうとしているワケではないのだよ。
せっかく懐かしい人物と再会出来たからと言って、一箇所に留まっていてはいけない。
やる事もやらねばならない事も、俺達には多過ぎる。
……長くいれば、その分別れも辛くなるしね。
この先瑞基が辿った道を遡り、オプリタス大陸の全ての村を回って精霊術の普及活動を行う。
そして一番の目的である、ニブルヘイムと繋がっている次元の裂け目であるギンヌンガまで行き、闇の精霊に会わなくてはならない。
会いたくないからと言って、後回しにしていたら、一生会わずに終えてしまいそうなんだもの。
それくらいならば、嫌な事はサッサと終わらせて、またココを訪れる方が気楽で良い。
「そうそう。
俺のお下がりで悪いけど、瑞基に渡したい物があるんだ」
「厳重に保管して末代まで伝え家宝に致します」
「いやいや、身に付けないと意味無いから。
ピアスホールは空いてる?」
「空いてはいますが、父の遺品がはめてあります。
なので明夜様の手で!直接!空けて頂ければ!」
ズズいと迫るな。
圧が怖いって。
一応心の中で琥珀に報告し、見覚えのあるピアスの横に装着した。
「破壊」で空けているので、既に穴は固定されている。
消毒の必要は無い。
「はい、コレで終わり」
「……?
痛みも何も感じませんでしたが……これは?」
指で触れて、間違いなく穴が空いており、ソコに装飾具が貫通しているのを確認した瑞基が、触りながら質問をした。
外して見ようとは思わないんだな。
「時の精霊の力が込められているピアスだよ。
即死回避の効果がある。
肉体に触れている状態じゃないと発動しないから、なるべく外さないで」
「そんな貴重な物を、宜しいのですか?」
「カノンも着けてるし、量産しようと思えば出来る物だし、重く受け止める必要なはないよ。
……まぁ、瑞基の場合は余程のことが無い限り、寿命以外では死なないだろうけど」
俺の苦笑に、意味が分からない彼女は首を捻る。
ずっとオプリタス大陸から出なかったから、比較のしようがないのは分かる。
だけど自分の伴侶も含めて、自分の老いるスピードが遅い事実に、本当に彼女は気付いていないのだろうか。
だって、カノンよりも随分歳上なのに、見た目の年齢殆ど変わらないんだよ?
疑問に思おうよ。
「琥珀のご加護があるって事だよ。
この世界に来てから、スキルが強くなった感覚はない?」
「言われてみれば、確かに……
……私は、果報者ですね」
俺が言わんとしている事を理解したのか、目尻に涙を浮かべながら、父親に良く似た笑みを浮かべた。
琥珀は瑞基も会う気は無い、なんて言っていたけれど、実は陰ながら、ずっと彼女を見守っていたのだ。
親バカだもんね。
しかし琥珀自身が直接手を出せば、他の精霊達からの風当たりが厳しくなるし、何より燼霊に勘付かれる危険性があった。
だから、低位の精霊達にそれとなく彼女の手助けをするように言ってあったようだ。
精霊達は瑞基がこの世界で取り込んだ霊力を消耗し、それでも足りなければ生命エネルギーを霊力に置換し「スキル」と並行して精霊術を使っている状態にしていた。
そのお陰で彼女は、使っている感覚は無くても精霊術を使用し続けていた状態にあった。
だから生命エネルギーが変換された霊力によって他の地球人達よりも老化のスピードが遅く、取り込んだこの世界の霊力が体内に蓄積していないため崩れる事もなく、今日まで生きて来られたのだ。
琥珀がそこまで計算していたかは分からないけどね。
「スキル」を使う感覚と、精霊術を使う感覚の差が分からなかったのは、そのせいなのだろう。
彼女がこの世界に来て、長年使っていたのは「スキル」と精霊術のハイブリッド型だったのだから。
なので同じような感覚で、水の精霊の術も使えるだろう。
浅葱に本名呼びの件で嫌われていなければ、の話だが。
少しずつ違いを覚えれば、適性のある他の属性の術も、そのうち使えるようになるかもしれない。
「あとこれも渡しておこう。
常にいる訳ではないが、王都にある我々の家への転移方陣と、街の見取り図だ。
我々が不在でも、王城に行けばそのピアスでアリアに直接取次ぎして貰える。
何かあれば使え」
サラサラと流れるように、手帳に描いて渡したのは、確かに俺達の家へと繋がる転移方陣の図柄だった。
そんなアチコチに配って歩いていたら、家の方陣に込めてある霊力の底が尽きるのではなかろうか。
「……我々……?」
「同じ家に住んでるからね」
「神と……ひとつ屋根の下……?
そんな羨ま……っん”っん!
なぜそんなけしからん……実にけしからん事になっているのですか!?」
本音が隠し切れていないぞ。
そしてそのセリフは二度言うと、「良いぞもっとやれ」って意味になるから、辞めなさい。
湿っぽい雰囲気になるのは苦手だが、こうも締まらない空気の中別れるのは、ソレはソレでどうなのだろうか。
グダグダ過ぎやしないだろうか?




