神さま、拝まれる。
「お父さんの日記には幾つか種類がありました。
何冊目、とかじゃなくて、ジャンルごとに分けていたって感じ、と言えばいいのでしょうか……」
話を聞く分には、日記と言うよりも報告書に近い形式の物の印象を受けた。
村長の所から俺が奪還した「地のスキル」で育てた作物の観察記録も、その中の一つだ。
何号棟に赴きどんな作業を手伝ったのかを記した業務内容。
食堂で出す新メニューの草案や栄養価の計算、実際に試作品を口にした人の評価を記した業務日誌。
それ等はvol.一〜ナンバリングされて複数冊、順番に並べられて家族共用で使用していたA舎の部屋、琥珀の前世である基の書斎から出て来たそうだ。
両親共に亡くなった後、瑞基はその部屋から出て行く必要があった。
彼女一人では特別待遇を受けられる程、施設に貢献が出来なかったからだ。
基本的に個人が所有していたものは、亡くなったら施設の物となる。
施設としては、備品は全て働きに応じて貸し出している、という事らしい。
故人のものは基本的に、返却をしなければならないのだ。
それでも両親の貢献度が高かった事と、瑞基が幼かった事。
何より本来、施設において有り得ない殺人事件によって突然、仲の良かった父親が奪われたという同情的な目もあった。
そのため一箱だけという制限はあれど、その箱に詰められる分だけは、転居先に持って行く許可が出た。
決して大きくはないその箱に、可能な限りの荷物を詰め込み、野菜詰め放題に訪れたハンターの如く上に上にと荷物を積み上げ、新しい部屋へと向かった。
その先は、基が個人で使っていた部屋だ。
階級に見合わないとても小さな部屋で、しかしそのお陰で父親の匂いに包まれながら眠る事が出来て、とても嬉しかったのだと言って、瑞基は顔を綻ばせた。
だが日に日に自分の部屋として馴染んでいくにつれて、基の気配はどんどん失われていった。
施設の共同保育で育まれる期間が短く、実の親に育てられた年月が長かった瑞基は、同期の横の繋がりが希薄で、親に対する執着が強かった。
特に優しく懐いていた父親に対しては、依存に近いものがあった。
持ち運んだ遺品の他に、なんでも良い。
些細な物でも、ほんの少しでも良かった。
何かが欲しかった。
部屋中をひっくり返して、父親の痕跡を探した。
そこで見付けたのが、二冊の日記と書かれたノートだった。
琥珀が、出来る事なら瑞基に返さず処分したいと言っていたものだね。
一冊には、母親の事が書いてあった。
瑞基本人には一切伝えられる事が無かった、いわゆる、嫁へのグチ日記だ。
薄らとしか母親から虐待を受けていた記憶を覚えていなかった瑞基だが、ソレを見た事で記憶のフタがこじ開けられ、なかなかに大変な思いをしたのだと懐古した。
好きと断言は出来ないけれど、結局は嫌いにもなれず、既に亡くなっているため恨む事も出来なかった。
死者を愚弄するような発言をすれば、どんな人物だったか知りすらしない人から、咎められ窘められた。
だから長年、ハッキリとマイナスの感情を母親に向ける事が出来なかった。
だが基が遺した怨念のこもったノートを読んで、「私が大好きなお父さんが、他でもないお母さんの旦那様であるお父さんがコレだけ恨んでいるのだから、私も恨んで良いのだ!」と開き直るキッカケにもなってくれた。
実の母親だろうと、憎んで良いのだと許しを貰えた気持ちになれた。
配偶者という、最も自分に近い人間を嫌っても良いのならば、それよりも一段遠くなる一親等の自分ならば、更に問題は無くなる。
夫婦間は血の繋がりが無いとされてた時期もあったけれど、子供を宿した場合、子を通じて母体には父親の遺伝子が入り込む。
ならば父親にとって、母親は自分よりも近い関係にあったのだから、一切の問題は無いじゃないか。
そう考えられるようになってからは、無意識に縛られていた母親からの洗脳が解けたように、心が晴れやかになった。
それと同時に、今まで使えなかった「水のスキル」が使えるようになったと言う。
母親から受け継いだ、自分を構成する要素を否定してしまっていたせいで使えなかったのだろう。
しかし母親の存在を否定や拒否をするのではなく、嫌いな感情ごと受け入れた事で、そのストッパーが解除されのではないだろうか。
……ソレを考えると、俺も過去と向き合い、後ろめたさを感じる事が無くなれば、皆から奪った「スキル」をもっと効率良く使えるようになるのだろうか。
精霊術があるからそれぞれの属性の「スキル」を使う機会は早々無い。
だから敢えて皆の「スキル」は使わずに来た。
だがもしその仮説が正しければ、、更なるパワーアップが可能になるかもしれない。
しかし、皆を殺した過去は消せない。
直接許しを得ていても、俺は自分が許せない。
瑞基のように生きて、再会出来たかもしれない。
そんな未来を自分の手で奪ってしまったのだ。
後悔は、どうやったって消す事は出来ない。
そう考えると、難しいかもしれないな。
皮肉な事に、闇の精霊の「闇のスキル」に関しては、死んだのは本人の自業自得としか言えないため、全く罪の意識を感じずに使っていた。
そのために精度を高く使えたのかもしれない。
読むつもりの無かった部分まで、村長の記憶をかなり読めてしまったもんな。
鑑定眼はカノンも使える以上、精霊術に分類されるのだろう。
しかしカノンよりも俺の眼の方が、対象を読む事に長けている。
カノンの眼が通常仕様で、俺の方が特殊なのだとしたら、「闇のスキル」の補助が入っているからなのではなかろうか。
そういう諸々を考えると、燼霊を殲滅し神と戦おうとしている現状、向き合うべき過去なのかもしれないな。
……まぁ、ソレはまた今度、ね。
そしてもう一冊はと言うと、コチラが、琥珀が絶対に瑞基に渡さず、俺も読む事なく処分したいと言っていたノートらしい。
「私はそのノートから、天啓を得ました」
陶酔、とでも言えば良いのだろうか。
瑞基は天を仰ぎ、ツウと一筋の涙を流し、祈るようなポーズをしだした。
酒の一滴すら飲んでいないのに、なぜこうも正気を失う事が出来るのだろう?
そこに書かれていたのは、基の……、なんと言えば良いのかね。
瑞基の言葉を借りるなら、そのノートは基が崇拝していた‘’神‘’を崇め奉るたの手引書と言うべき、神聖なる聖典だったのだそうだ。
字面がクドい。
神をおもねるための手段、ようはゴマのすり方が記されていたのだそうだよ。
その崇拝対象である人物を甘言蜜語に装飾した美辞麗句ばかりが並ぶ文章と、併せて書かれていた内容の数々に、瑞基も発見した時はドン引きしていたそうだ。
なにせ母親のストーカー気質なヤンデレな態度には辟易しグチを書き連ねていた人物が、ストーカーも真っ青な対象人物の観察データが詳細に書き記していたのだから。
なんと付属物も同封されて。
…… 紅曜が俺との思い出の品だからと言って、初めて会った時に奢った飲み物の容器を、後生大事にとっていたと聞いて引いたけれど、やはり、兄弟なんだな。
琥珀はその更に上をいく。
ぶっちゃけ、怖い。
琥珀を見る目が、変わってしまいそうだ。
「お父さんはとても優しかったけれど、私を見ていないなって、子供心に感じる時があったのです。
あの時はなんでなのか分からなかったのですが、そのノートを見て、長年の疑問が腑に落ちました。
お父さんは、明夜様という絶対無二の唯一の存在を常に考えていたから、心ここに在らずな状態だったのだと!」
イヤ、ソコは納得しちゃいけない所だろ。
父親に対して妻や愛娘よりも大切な存在なんて作るなと、怒るべき所だぞ。
施設では宗教が無かった。
宗教は時に人を救う、心の支えになる教えではあるが、時に人を狂わせる、厄介な側面も持っている。
なので崇拝や信仰の自由が無く、人と人の繋がりが希薄な傾向にあるのも、個人に深入りしのめり込んでしまう事を恐れたせいだろう。
そのため恋愛に溺れた人は、粛清の対象となっていた。
氷の精霊だって、例外ではない。
琥珀への入れ込みようが酷過ぎたために、優秀な「氷のスキル」の使い手じゃなかったら生存権が剥奪される寸前までいっていたのだもの。
毎回生存権没収の会議に名前は挙がるけれど、毎回彼女よりも先に処理すべき人がいると後回しにされて来たから、辛うじて生かされていただけだ。
なので琥珀もバレた所で、優秀さ故に処刑や処罰をされる事は無かっただろう。
しかし琥珀のそのお相手は、氷の精霊の場合の琥珀のように、夫婦のような血縁関係を持っていない。
バレれば接触禁止令が出されただろうから、隠れてコソコソ、誰の目に触れる事も無い自室で、募る想いをしたためていたのだ。
健気だねぇ……
……なんて言うとでも思ったか!?
「お前、なんてモンを後世に遺してるんだ!?」
『――まさか発見されるとは思わなかったんだもの。
不可抗力だよ』
「簡単に見つかる所にあれば、きっと明夜様の世間的な評価もありましたし、処分されてしまっていたことでしょう。
私は遺して貰えた事が、とても喜ばしいです。
心の支えがお父さんと明夜様の二人になってくれたお陰で、今まで生きてこられたのですから。
しかも神に直接御目文字叶うだなんて……!
これ程の僥倖、誰に感謝を伝えればいいのでしょう!?」
『――当然、この子にでしょう』
またもやスイッチが入りそうになった瑞基の問いにアッサリと答えた琥珀の指さす先は、当然のように俺だった。
五体投地とか、マジで辞めて。
リアクションに困るから。




