神さま、圧倒される。
俺は聖徳太子のような特技は持ち合わせていない。
なので一〇人の話を一度に聞いて理解するなんて芸当は出来ない。
まぁ、科学的に考えた時に、この逸話は誇張表現だと言われているけどね。
天皇制の神聖化を促進し、人の話を良く聞く事の重要さを教えるために作られたエピソードだとみるのが有力だ。
だがこの逸話は、可能か不可能か。
その部分を重視するのではない。
民衆の話にそれだけ耳を傾けてくれる心優しい人物で、卓越した能力を持つ為政者だったと、聖徳太子の人徳や偉大さが後世まで語り継がれている、その事実こそが着目すべき点なのだ。
いつの世も、トップに求める重要な要素は変わらないって話だね。
そして俺は非凡な「スキル」こそ持っているが、優しさも聡明さも、ましてや人徳なんて欠片も無い。
そのため精々出来る事なんて言ったら、瑞基の話を聞きながら、念話で琥珀と簡単な単語による会話をする程度のものだ。
適当に瑞基とカノンのする話を聞き流しながら、今後の瑞基の処遇を裏で決めよう。
そう思っての事だ。
ソレも、瑞基の語りがヒートアップした事により、不可能になってしまったが。
「……なんて?」
琥珀の話を傾聴していたために、瑞基が発した言葉の意味を一瞬、理解する事が出来なかった。
イヤ、一瞬どころか、改めて彼女が口にした言葉を反芻して考えてみたが、やはり理解に及ぶ事が出来なかった。
そのため手間をかける事は非常に申し訳ないと思いつつ、聞き返す事になった。
俺の、聞き間違いかもしれないし。
「ですから、明夜様は私の推し!なのでございます!」
……聞き間違えじゃなかった。
ググッと握り拳を作って熱の籠った、所ではない。
炎そのものでも宿しているかのような瞳で熱弁が始まった。
「見る美容液なんて生ぬるい、その場にいるだけで空気を浄化し酸素濃度を上げ心も身体も充たされる。そんな心身の点滴とも言えるべき尊き存在であると聞き及んでいたと言うのに!それなのに私ときたらそうと確信が持てなかったとは言え無礼万っ々な態度を取り、その際は大変申し訳ありませんしでした。混乱していたとは言え改めてそのお姿を拝見すればお父さんの遺してくれた日記帳に書かれていた特徴そのものですし私の古い記憶にある通りの御姿だと言うのに、私は何を失念していたのでしょう。長く生き過ぎたせいでアミロイドβやタウが蓄積され過ぎてドーパミン量が減少しているのでしょうか。せっかく神のごとき、いえ、神以上に神々しき清廉たる御姿を拝見出来たと言うのに、今日この日を忘却の彼方に置き去りにしなければならないとなれば、私は腹を切る以外の選択肢が無くなってしまいます。しかし嘆かわしいことに記憶力向上のためによいとされる食材がこの世界においては非常に入手困難でありまして、魚は無理だからせめてと思いビタミンBを含んでいそうな鱗魔猪と、レシチンを摂るために鶏卵っぽい卵を産む妖鶏を家畜としたのですが、これが大量に繁殖させるのがなかなか困難で、お父さんのノートを参考に日々精進して参りましたが奮った効果が得られず、結局歳老いた私よりも子供たちを優先させなければならないと思い、動物性タンパク質を摂る機会が本当に少なかったのです。言いわけにしかなりませんが、明夜様のことを故意に忘れたのではないことを明言した上で、伏してお詫び申し上げます。
しかし勝手にその御手に触れてしまった無礼には、大変申し訳ないことに微塵も後悔はしておりません!
久方ぶりのこの穴という穴から溢れかえりそうな喜び、この感動はかけがえのない私の宝とも言えるべき僥倖でございまして、私はこの先一生この両手を洗わないと誓いましょう。出来ることならば掌の皮をひん剥いて永久保存しておきたい衝動に駆られますが、こたびのお父様の遺品のように第三者の手に渡ってしまったとあれば、私は犯人を村ごと滅ぼさねばならなくなります。それは本意ではないので私の腕ごと守ると今この場で誓いを立てましょう。
ああ……なんて今日は欣喜雀躍する幸運に満ちた日なのでしょう……
心が震え胸の高鳴りが抑えられず興奮によってアドレナリンが絶賛大放出中でありまして、動悸息切れ目眩を起こしこの熱を発散しなければ脳味噌がそのうちオーバーヒートによって熱暴走でも起こしかねないような気になってきておりまして、今こうして座り続けるのもなかなか困難でございますが故、狂喜乱舞し有頂天外のままこの歓喜を発散させるべく……
……ちょっと外を走って来てもよろしいでしょうか!?」
突然語りを辞めるな。
リアクションに困るわ。
色々ツッコミたい所があるけれど……無礼千万って言葉はあるけど、バンバンなんて言葉は無いよ。
勝手に作るな。
漢字を知らないと、ワケが分からない言葉になるだろうが。
ってか君、肺活量凄いね。
息吸いながら喋ってるの?ソレ??
嬉しい事は、とりあえず分かった。
胸焼けしそうなくらいに分かった。
だから落ち着け。
「死ぬから待て、ウェイト。
お座り」
ハスハスして言うや否や飛び出そうとする瑞基の服の裾を掴み、制止する。
犬に命じるみたいになってしまったが、座るように言えば、大人しくソファに座り直した。
その直後から、ゼンマイじかけのオモチャみたいに、忙しなく小刻みに上下に震えているが。
遠足前日の小学生のようにソワソワと落ち着きがない。
それはそれはもう、心底幸せそうに満面の笑みを浮かべているので、呆れるしか出来ない。
余りの今まで見てきた言動との変わりように呆けているカノンに、リラックス効果のある薬草が欲しいとお願いをする。
だが、反応がない。
ペチペチ太ももを叩きながらもう一度お願いをすると、数秒遅れて反応した。
どうやら処理落ちしていたらしい。
それでも未だ動揺が残る震える手で、 加密爾列を出してくれた。
相変わらず律儀なヤツだ。
コチラの 加密爾列はいわゆるカモミールと似た花で、強い鎮静効果がある。
乾燥させた花をお湯に入れて蒸らして成分を抽出するだけで良い、お手軽な薬草だ。
俺は少しこの花臭さが苦手なのだが、女性には好まれる傾向にあるという。
コレを飲めば、彼女も少しは落ち着くだろう。
琥珀が牛乳と蜂蜜をブレンドして飲みやすくしてくれたので、普通に淹れるよりも、飲みやすくなっているはずだ。
俺も気持ちを整理するために、頂いた。
コクリと一口飲んだ後、一度深く深呼吸をする。
……うん、なんか、悪い夢でも見ていたような気分は抜けないが、それでも瑞基が言っていた事の要約は辛うじて出来たぞ。
彼女は俺に好意?厚意??を抱いている。
なので再会出来た事が非常に嬉しい。
そう言っているんだよな。
とりあえず痛そうだから手の皮を剥ぐ事も、不衛生だから手を洗わない事も辞めておきなさいと言っておこう。
「……ちょいちょい話に出てくるんだけどさ。
何、その、モト……君のお父さんが遺した日記?ノートの方??に、俺の事が書いてあんの???」
「あ、先程少尉の名を呼んだ時に思ったのですが、やはり本名を呼んではいけない、縛りか何かがあるのでしょうか」
うわぁ、突然理知的になった。
落差が酷くて同じ人間に思えない。
狂喜乱舞とか言ってたけど、ガチで狂っているのか、この子。
狂うとしたら、俺にか。
ヤダな。
俺な中で瑞基は、自分の手を必死に伸ばして俺の指を握ってヨチヨチと歩く、可愛い可愛い子供のままなのに。
「精霊様に対して、生前の名を呼んではならないのだ。
弱体化し、最悪死ぬのだそうだぞ。
親族呼称は特に問題ないようだが」
「あら、そ」
「お前なあ……」
両手で顔を押さえてさめざめとしている俺の代弁をカノンがしてくれた。
だと言うのに、素っ気ない態度を取られたら、カノンも文句の一つくらい言いたくなるだろう。
ここまで明らさまに態度を変えるのは、ある意味清々しいが。
「でも……そう。
この人は間違いなく私の父さんで、その前に見たのは母さん、なのね」
琥珀が淹れてくれたハーブティーを一口飲んで、溜息と共に独り言のように呟いた。
その瞳は、先程とはうって変わって仄暗い雰囲気が漂っている。
……あれ?
推し、とは言われたけれど、親を殺した恨みはまた別の話だとか言われたら、どうしよう。
今日の記憶を消したら切腹するみたいな事を言っていたけど、その場合は消すしかない、よね??
イヤな汗が一筋、背中を流れた。




