神さま、包囲される。
風球の中で、不安そうに周囲を伺う瑞基の姿が、ソコにはあった。
何故よりにもよって、彼女が転移さていないんだ!?
カノンに文句を言うべく再び斬りかかれば、彼も混乱しているようだ。
首を小刻みに左右に振っている。
俺は無実だから本気で怒るなと言いたいのだろうか。
今まで避難所に送り付けたオプスクリス開拓村の人達の中には、転移させる時に、非常に抵抗感を覚えた人が何人かいたそうだ。
通常ならば出口側の方陣に十分霊力を込めて来たため、紙の方陣に触れた途端転移をする。
だがソレだけでは転移させられない人が、中にはいたのだとか。
そういう人達はどうしたのかと聞けば、入口側となる紙の方陣に直接触れて霊力を多めに込めれば、半ば無理矢理にはなるが送り付けられたんだって。
瑞基もそういう例外に当てはまったのだろうと言われた。
つまり、方陣に込めた霊力が足りなくて転移させられないって事か。
そりゃカノンも霊力不足を危惧するワケだ。
転移方陣も時の精霊の権能の一つなので、霊力をバカみたいに消耗するからね。
あと何人そうやって強制転移させなければならないのか判断が出来ない以上は、なるべく霊力を多めに温存しておきたいと思うのは当然だ。
移動距離が結構あるので、転移方陣に込める消費霊力は、方陣の再生とは比べものにならないくらいに多くなる。
例外と言っているし、然程補助を必要とするヒトは居なかったのだとしても、そのたびに結構消耗してしまったという事になる。
しかし俺はココに来る前に、かなりの霊力を出口側に込めて来たんだぞ。
ソレが枯渇するレベルって、どんだけだよ。
転移させる距離や物量によって消費霊力が変わるのは知っていたが、他にも条件があるという事か。
「もしかして、地球人って転移方陣を使う時の消費霊力量が多かったりする?」
「ああ、地球人や術師は多い傾向にあるな。
……なるほど、失念していた」
地球人も精霊術師も、体内に宿している霊力量が一般人と比較すると多い。
霊力は他人のモノと反発する性質があるから、そのせいで抵抗力が強まるのか。
あるいは霊力の量も重さ換算されるために、重量物と判断されて転移時の霊力消費量が増えてしまうのか。
あるいはその両方か。
正確に言うのならば地球人の場合は霊力ではなく、霊力に変換可能な生命エネルギーと、体内に蓄積してしまっている霊力の二つの要素があるのだが。
生命エネルギーは霊力に換算すると何百、何千倍もの量に変化する。
そりゃ純粋な地球人である瑞基は、簡単には転移させられなくて当然だ。
そして彼女を含め、オプリタス大陸の開拓に名乗りを上げた人達の中には、多数の地球人がいたと言う。
ソコから何世代も下っているとはいえ、地球人の血を濃く受け継ぐ者がいたという事なのだろう。
何十人とそんな人がいたのなら、確かに出口側に込めてきた霊力が足りなくなっていてもおかしくない。
その上せいぜい三〜五人程度しか一度に移動させられない大きさの方陣に霊力を最大限に込めたとしても、送る事は出来ない。
出口側の霊力をまた完全に充填して来れば、転移させられるだろうが……
俺がこの場から姿を消しても、大丈夫なものだろうか。
村長は未だ地面にめり込んだままだが、いつ復活するのか皆目見当もつかない。
俺が離席した途端、疲弊している状態のカノンと村長が対峙する事になり、瑞基を守りながら戦う事になっても、平気だろうか。
今分かるのは、カノンがピンチと見ているのか、風球の中で、どうにか外に出られないものかと、中を叩いて蹴ってとしているジャジャ馬を、この場に残すのは非常にマズイという事くらいだ。
魔王の格好ではなく、アークの姿に早着替えしてから向かえば、村人達の混乱も最小限で済むだろう。
パッと行ってくるか。
……イヤ、出口側にはセリアがいる。
彼女に捕まったら説明を求められ、面倒な事になりそうだ。
瑞基の前で、魔王の正体をバラそうとしていたくらいだし、多数の村人がいる前でも同じ事をされかねない。
だが魔王を直接知っている瑞基に気を遣いながら戦わねばならないストレスと比べれば、多少のリスクを負う覚悟で出口側の方陣に霊力を注いで来るべきだと判断出来る。
「カノン、五分程……」
席を外す。
そう言いかけた俺とカノンの真横に、人影が差した。
村長かと思ったが、そうではない。
『――戻ったよ』
位置としては、俺達を中心として、二時方向に瑞基、七時方向に村長がいる。
そして今、複数冊のノートを片手に肉体を顕現した状態で現れた琥珀は、九時方向、俺とカノンの真横に出現をした。
瑞基のいる位置からだと俺達の間に開いた空間からシッカリとその姿を確認する事が出来る。
「お父さん!?」
風球の中にいるから聞こえないはずの瑞基の声が、周囲にこだました気がした。
『ちょっと!?
なんで来たの!!?』
念話で文句を言えば、琥珀は酷く困惑した表情をしている。
決して瑞基と目を合わせようとはしないが、やはり目の前にいるとなると、気になるのだろう。
視線をそちらにやろうとしては、思い止まり再びコチラに視線を戻す動作を何度も繰り返している。
そんなに気になるなら、もう「パパだよ〜」くらい言ってやれよ。
『――あれは、颯茉が作った保護膜、かな?
あんな強力なもので気配ごと封じ込められてしまったら、私には感知できないよ』
あ、なるほど。
俺のせいだったか。
そうなると琥珀に文句を言うのはお門違いだな。
ノートはとりあえず四次元ポシェットの中に入れて貰うとして……どうしようか。
落ち着いた状態でなければ、「闇のスキル」による記憶改竄は出来ない。
この数分の記憶を消せば良いだけなので、時間は掛からない。
だが集中力を必要とするのだ。
余所事をチラリと考えただけで、村長の感情に汚染されそうになったんだもの。
他の事を一切考え無いで良い状況を作ってからでない限りはやりたくない。
瑞基の場合は、父親を奪い家庭を崩壊させた俺への恨みがある。
俺の姿を見て、その恨みが前面に出てしまっていて、万が一にでもソコに触れてしまったら……
俺は、暫く立ち直れない位にヘコむ自信がある。
それくらい昔は可愛かったんだって!
琥珀が親バカになるのも全面的に頷くしか出来ない位に理解してしまえる程に愛らしかったのだ。
そんな彼女に直接怨嗟をぶつけられてみろ。
ショックのあまり、村長如きにやられてしまいかねない。
そうなると、瑞基の保護を続けながらサッサと村長をぶっ飛ばす。
もう俺の姿も琥珀も見られてしまっているから内緒にするのは諦めて、セリアにやったように瑞基に触れて直接避難所へ転移させ、後日記憶をイジる。
この二つのどちらかかな。
うぅむと頭を悩ませていたら、琥珀のいる位置の逆方向から、何かが向かってきた。
「……チッ。
どっちが良いかな?」
「共闘して貰う、という手もあるぞ」
『――おっと。
本気で言ってる?』
地面から突如現れた木の根が暴れ回り横薙ぎの攻撃を受け、琥珀ごと大きく後方に飛ばされた。
難無く受け止めて貰ったので、当然のように無傷だが。
カノンは村長と戦っていた事で前兆が分かったのか、華麗にヒラリと躱していて腹が立つ。
保護対象である瑞基から、大きく離されてしまったな。
風球で守られているから、木の根に叩かれても破れる心配はしなくて良いけれど。
「父達と同様、燼霊と彼女は戦ったことがあるのでしょう?
地球人ならば、十分な戦力になるかと思ったのですが」
『――女の子を率先して戦わせようなんて正気かって聞いているのだけれど?』
ズモモとカノンに至近距離で詰め寄る琥珀。
圧。
圧が酷い。
「そんなに心配なら、お前が守ってやれよ。
……もう、悠長に転移させてる余裕なんてねぇもん」
木の根が飛び出てきた地面だけに留まらず、壁や天井からも 粉媒楢の枝や根が生えてきた。
伏していたのは気絶していたからではなく、この包囲網を完成させるためか。
孤軍奮闘な危機的状況って感じだね。




