神さま、動く。
転移方陣を起動させたのにスムーズに出られなかったせいで、村人がミックスされて出て来られても困る。
壁沿いに階段を幾つか用意し、ソコから上へ上がるように指示をした。
転移して来た村人は顔を見合せ、ノロノロと周囲の様子を伺いながら行動はしてくれる。
だがその動きは鈍い。
俺の言葉に従って良いのか、判断つかないのは当然の事だ。
致し方ないとは思うが、少人数ながらも次々に転移して来ている。
退かないと困るのは、同じ釜の飯を食った仲間だろうに。
俺と顔を合わせた事がある人も中にはいるが、それだけでは唯唯諾諾と指示を従う理由にはならない。
看護の時にちょっと会話をした程度の部外者だもの。
命令を快く聞き入れるだけの信頼関係が築けていないのだ。
こういう時に瑞基がいてくれれば、次から次へと送られて来る人達も、その姿を見るだけで安心し、素直に行動出来るだろうに。
ソレでも先に転移して来た人が、新たに転移して来た人達に、上の方から「コッチにおいで!」と声をかけてくれる事で、次第に人の流れがスムーズになってきた。
声を掛けてくれたのは、転移して来た時、真っ先に俺に声を掛けてきたオバチャンだ。
俺の視線に気付いた彼女は、手を振ってウィンクまで送ってきた。
こういう緊急時にキモが座っているのって、どの世界であろうとオバチャンという生き物なのだなと思う。
颯茉にその女性の元まで運んで貰い、傍に降り立つ。
「は〜……、あんた、精霊の恩恵が使えるんだねえ」
「えぇ。
精霊様のお導きに従い、瘴気に満ちたオプスクリスの土地を浄化するための、一時的な避難場所を用意しておりました。
村長さんの暴挙も瘴気によるものかもしれないと思い、連れのカノンは村に残り、村長さんと瑞基様と話し合いの場を設けると言っていたので、別れて行動をしていたのです。
そのため私は一足先に、コチラに来ていたのですが……
その村長さんが、暴れているとか」
颯茉のような精霊の説明では、次第の重大さがイマイチ伝わって来ない。
なにせ精霊神となった今、燼霊と戦う事になっても、彼女達には脅威にすらならないだろう。
燼霊の過小評価をされ過ぎて、ソレを真に受けてしまった結果舐めプして、痛い目を見るのは嫌だ。
なので村人その一、その二に聞く方が良い。
当事者目線で話してくれた方が、分かる事もあるだろう。
それに少しでも話して情報共有をすれば、混乱も落ち着くだろうし。
「瘴気って、魔物が出してる、あのモヤかい?」
「はい。
ヒトの体力を奪うため、病気にかかりやすくなったり、精神的に不安定になったり……瘴気の濃度により影響は様々ですが、人体には確実に毒になります。
オプスクリスは、どんな状況なのでしょうか」
「俺らもあんたの連れに急かされて、気がついたらここにいたって感じだしなあ」
「おれも含めた新しい薬が効いたやつに、賢者様とツイキさんが、効果の聞き取りをしていたんだよ。
その最中に村長が……あれ、村長でいいんだよな?
声は間違いなく村長なんだけど、もう、見た目が違うんだ。
村長は樹化病になってないのに、目に花が咲いてたり、背中から木が生えてたりしてさ。
戸を壊しながら入ってきて、周りの樹化病に罹ってる人達を木でできた腕で締め上げたり殴ったりして暴れ出したんだ。
んで、あんたのお連れさんが、この紙の上に立てって叫んで、なんか書かれた紙の上に近くにいる人を無理矢理乗せていって、おれも腕を引っ張られて、気が付いたらここにいたんだ」
何度目かの転移でコチラに送られて来た青年が、経緯と詳細を教えてくれた。
周りに村長で本当に合っているのか聞いているあたり、見た目はかなり変貌していたという事なのだろう。
粉媒楢に侵された人達と似たような見た目をしていたのは、何を意味するのだろうか。
俺が見た事のある燼霊は、皆ヒトガタだった。
地球での知り合いは精霊の皆と同じく、だいたい記憶通りの姿をしているという感想を抱く。
他の燼霊も、人間の姿と変わりなかったし、燼霊はヒトガタなのだと思い込んでいた。
だが木の姿となると……実は燼霊ではなく、寄生型の魔物だったとか、そういうオチなのだろうか。
粉媒楢は確かに魔物だが、人としての自我を失い、最終的には完全に魔木に肉体を作り替えられる。
脳が無くなるのでソコに意思は存在しないし、思考もしない。
喋らないし動きもしない。
村長が 粉媒楢の親玉って事は無いだろう。
そうなると、燼霊にも色んな種類がいるんだよって事なのかな。
……もしそうだとしたら、カノンに事前に教えておけと、後で説教をしておかなければならないな。
「――輝光球!
……こんなに早く移動して来られるとは思っていなかったので、照明の類をまだ設置していないのです。
コチラをご使用下さい。
それと、厨房には飲み物や食べ物が用意してあります。
適当に使って下さい」
稜霓の力によって、幾つかの光源を作る。
照火球のような松明代わりの炎でもないし、蛍光燈のように指定したものを淡く光らせるだけの精霊術とは違う。
触れるとホッと落ち着くような温かさを持っている、優しい光の球体だ。
任意で明るさは変更出来るが、今回はそこまで明るいものにはしていない。
こんな薄暗い空間で、そんな明るいものを出したら、目が潰れてしまうじゃない。
「ああ、ありがとう。
あ、あんた!
どこに行くんだい!?」
ワサッと両手いっぱいに輝光球を渡されたオバサンは、惚けながらも俺の行先を尋ねた。
そりゃ当然、決まってる。
「オプスクリス開拓村へ」
振り返り微笑みで答えると、次の質問が飛んでくる前に、瑞基の元へと瞬間移動をした。
彼女には、転移先に指定出来る目印を持たせてある。
状況説明を受けるためにカノンの所へ飛ぶ事も考えたが、万が一二人が別行動をしていた時、ピンチに陥っている確率が高いのは、圧倒的に瑞基の方だろう。
魔物も燼霊も相手にして、何百年も活動しているカノンと、地下に引きこもってせっせと開拓を続けていた瑞基では、戦闘経験に雲泥の差がある。
俺とて戦った回数なんて、カノンの足元にも及ばない。
しかし瑞基の場合は俺と違い、長年戦いの現場に身を置く状況になかった可能性が非常に高い。
燼霊と戦った経験があったとしても、ブランクがあったら咄嗟の判断は鈍るだろうし、燼霊の怖さだけは知っているから身体がすくんで動けなくなっている可能性すら考えられる。
その上、瑞基とセリアはセットで考えるべきだろう。
となると、セリアという足手まといがいたら、瑞基自身は十分に動けたとしても、枷が嵌められた状態に等しい。
何より、二人は女性だからね。
どうせ助けるなら、野郎よりも女だろ。
転移すると同時に、文字通り飛び込んで来たのは、無数の木の枝だった。
「おわっ!?」
変な声を上げるが、防護壁のおかげで俺に攻撃は届かない。
瘴気を含んでいるのか、霊力の壁にぶつかると同時に枝は全て霧散した。
……良かった、避けなくて。
「アーク様っ!」
瑞基の近くに転移したら、予想通りセリアが近くにいた。
咄嗟に避けていたら、彼女に今の攻撃が当たっている所だった。
余程怖かったのだろう。
目に涙を浮かべて……
「瑞基!?」
思わずかつてのように呼び捨てになってしまったが、どうせ彼女には聞こえていないだろうから、見逃して欲しい。
床にへたりこんで泣きじゃくるセリアの腕の中には、意識が無いのか、ぐったりと横たわる瑞基の姿があった。
しかもその姿は、別れた時と大きく変貌している。
「賢者様、わたしを庇って……」
瑞基のその身体は、 粉媒楢に侵されたように身体の一部が木になっていた。
しかし他の罹患者達の様相とは、まるで違う。
猛スピードで樹木が蔓延り侵食を続けている。
樹皮と化した肌からは、天に向かって幾つも枝が伸びていた。




