神さま、甘受する。
※人によっては不快と思われる表現が御座います。ご注意下さい※
暴漢に襲われた時にどうするのが正解か。
火事だと叫ぶ?
路上で人気があるような場所でなら、注目を集める事が出来るし、それなりに有効と言える。
だが密室では、意味が無い。
口を塞がれたら、そもそも声を上げられないし。
相手を怯ませてみる??
手首を掴まれたら、一歩相手に踏み出したじろいだ所で思いっ切り腕を振り下ろしたり。
後ろから抱きつかれたら、踵で相手の爪先を踏んずけたり、尻を思い切り突き出して相手の腹部に一撃入れたり。
怯みこそするだろうから、ある程度は有効と言える。
しかし追いかけられたら、大抵アウトだ。
捕まったら、今度こそ逃れられないようにと、より一層拘束は酷くなる。
では、てこの原理を利用し拘束から逃れるのはどうだろう???
力が無くても力学を味方に付ければ、力任せに組み敷かれたとしても、振りほどいて逃げる事は可能だ。
床に押し倒されたら自分の腰を支点、踵を地面につけた状態で立てた膝を力点、その立膝で相手の腰を浮かせた部分を作用点とし、両手を組んだ状態で相手の横腹や肩を横に薙ぐように殴れば、相手はバランスを崩して倒れてくれる。
倒れた勢いに任せて腕を乱暴に背中側に回して肩を外したり、思い切り腹を蹴り飛ばせば、逃げるだけの時間は稼げるだろう。
しかし恐怖故、イメージトレーニングをどれだけ重ねていたとしても、シュミレーション通りに咄嗟に身体を動かせる人なんて、早々居ない。
そう。
慣れない事は、実行に移す事が難しい。
日常的に人を殴り慣れている人なんて、早々いないだろう。
もしいたとしたら、世に出してはいけない人だ。
是非とも高い塀の中で、臭いメシでも食っててくれ。
それ以上に隔離して欲しいのは、そもそも欲望のままに襲いかかってくる、理性のないお猿さん達だが。
……俺の場合、こういう状況に慣れているが故に、コマンド選択が、非常に難しい。
受け入れるか。
殺すか。
究極の二者択一だ。
受け入れたら、セリアの言葉が事実ならば、汚ぇオッサンに手篭めにされる事になる。
全部脱がせた時、パッと見が野郎だからといって、萎えてはくれなさそうだ。
魔王の特徴とされる胸や首の傷を見て、恐怖してくれれば良いけれど、この状況だと難しいだろう。
いちいち服を全部、律儀に脱がせるような事はしないだろうし、興奮した状態だと、そういう些末な事は視界に入らなさそうだ。
しかし殺してしまったら、どこに瑞基が奪われた物が隠されているのか、永遠に分からなくなってしまう。
彼女は村長の不在時に家探しをしたと言っていた。
ならば分かりにくい所に隠してある可能性が、非常に高い。
持ち歩いているのかも、とも言っていたが、ソレは無いだろう。
紙は濡れたら使い物にならなくなる。
コレは世界は違えど、数少ない共通の常識だ。
理解不能な言葉の羅列しか書いていない紙の束が、村長の目にどう映っているのかによっては、ぞんざいな扱いをされる可能性はある。
そう思って肌身離さず持っているのでは?と勘繰ったのだろう。
しかしソレは、ただの紙ではない。
その日記帳は、村長が瑞基を自分の好いように操るための道具だ。
適当には扱わないだろうし、価値の無い状態にするとも思えない。
村長の話がウソではないのなら、しかも複数冊、瑞基から奪ったという事だ。
尚更、そんな嵩張る物を持ち歩いている可能性あるは低くなる。
全てバラバラに隠されていたら、見つける難易度は更に跳ね上が。
機嫌を損ねてはいけない。
そう思って、ヨイショをしながらホイホイ部屋について行ったワケだ。
最悪暴力に訴えれば、どうとでも対処出来るのだし。
しかしだからといって、まさか即行押し倒されるとは思わなかった。
村長のイカれっぷりを、甘く見ていた。
事前に打ち合わせでもしていたのだろう。
取り巻き達は、村長が俺を部屋に招き入れると同時に、直ぐに部屋の扉を閉めた。
凄いよね。
村長様ともなると、部屋に鍵をつけて貰えるらしい。
しかも、外側から掛けられるんだよ?
普段幽閉でもされてるのだろうか??
「あの……村長様?
お戯れは辞めて下さい」
「君もこうなることを望んでいたのだろう!?」
鼻息荒く、血走った目でコッチを睨んで来る。
超絶至近距離なせいで、とっても口が臭いのが分かる。
食後に歯くらい磨けよ。
まったく、どこをどう勘違いをしたらそうなるのだろうか。
いつ俺が押し倒してくれと頼んだ?
欲求不満ですなんて言った事もねぇぞ??
えぇい、匂いを嗅ぐな、気色悪い!!!
胸をまさぐられてもニセモノなので何も感じないが、夢中になっているハゲが、ただただ気持ち悪い。
拘束自体は、直ぐに解ける。
頭の上で、手首がバッテンになるように押さえつけられているのだが、この程度の力ならば、俺を女と侮っている相手だ。
身体強化を使わずとも、抜け出せる。
むしろ使ってしまったら、勢い余って指を吹き飛ばしてしまいそうだから、やってはいけない。
何なら出っ張ってる局部を蹴り上げても良いし。
不能になろうが、俺の知ったこっちゃないからな。
ただこの世界に来てから、こういう状況になる事が無かったから、平和ボケしていた思考が、暴走しだした。
地球にいた頃の事を、思い出してしまう。
その、脳裏を次々と過ぎ去っていく、フラッシュバックが少々辛い。
頭は、冷静なのだ。
なのに身体が、慄然としている。
さすがに同じ事や、似たような事はされないだろう。
そんな道具も知識も無いだろうから。
しかし無知だからこそ、残酷になれる事も世の中にはある。
特にこの世界は、「スキル」以上に優秀な回復薬や治癒術がある。
拷問による自白を促している所を、チラリと見た事があるが、えげつなかった。
もしコイツがそういう加虐的な嗜好の持ち主だったら。
そう思うと、当時の恐怖が蘇ってしまう。
身体が自分の意思とは裏腹に、強ばってしまう。
なんともまぁ、情けない。
勝手に滲んでくる涙の不甲斐なさに、更に視界が歪む。
まさか自分が、こんなに弱い生き物だとは思わなかった。
精霊の皆を、待機から外したのは悪手だったな。
粉媒楢に侵された人達の容態が急変しないか、看てて欲しいとお願いしたのは、他でもない俺なのに。
こんな事で後悔するとか、バカじゃなかろうか。
他力本願にも程がある。
「……私は、こんな事を望んだ事は一度もありません。
それに……私の不興を買えば、貴方の村民を救う手立てが無くなりますよ」
「脅すつもりか?
その他大勢のために、効きもしない薬のために、なぜ儂が遠慮をせねばならんのだ?
大人しくしていれば、賢者の書物くらい、くれてやるぞ?ん?」
脅し文句だと分かっていながら。
村民の命が掛かっていると理解していながら。
それでも辞めようとはしないのか。
「私は望んでいない」の言葉に対して何の返答もしないという事は、自分の性欲を暴走させているだけだと自覚がある。
なのに己の欲望のままに、人を性処理の道具に利用しようと言うのか。
なんと自分勝手で傲慢なのだろう。
対話による解決は、難しそうだ。
……少なくとも、日記は無事だという言質は取れた。
どうする。
殺したら村から出ていかなければならなくなる。
レイプされかけたなんて理由を言った所で、無罪になるような場所なのか?
ここは??
そうじゃないのなら、リスクの方が大き過ぎる。
粉媒楢に侵された人達の治療は、確実に出来なくなる。
瑞基への罪滅ぼしも、不可能になる。
それにオプリタス大陸の村は、横に繋がっているという話だ。
指名手配なんてされてしまったら、他の村に立ち寄れない。
そうなれば、精霊信仰の布教活動も無理になる。
神への信仰心を削ぎ、弱体化させる事も。
何より一番の目的である、闇の精霊の行方を探せなくなる。
闇の精霊は世界に仇成す存在である燼霊がいる、ニブルヘイムへと続く‘’時空の扉‘’を護っているとされている。
だがその場所は、誰も知らない。
守護しているオプリタス大陸の何処かだろう。
そう言われている程度だ。
闇の精霊を探し出して、世界との繋がりを強化するための楔を打たなければ、世界を巡る霊力の均衡が崩れてしまう。
そうなれば、燼霊がコチラの世界に来やすい状況が解消されず、人類が滅亡する危険性が増す。
こんな卑俗な、取るに足らない人間一人のせいで、そして俺個人の感情のせいで、頓挫させるワケにはいかない。
……諦めるのには、慣れている。
人形のように。
何も感じないように。
ただ、心を切り離して一歩引いて、終わるのを待つ。
それだけで良い。
溜息をひとつ吐いて、抵抗する、その力を抜いた。




