神さま、喝を入れる。
ヒソヒソと、何かを話す声が聞こえる。
普通の声のボリュームで話してくれれば、特に気にならないのに、眠っているコチラに配慮してくれているが故に、絶妙に気になってしまう声の音量ってあるよね。
しかも一度気になり出すと、ムシして寝ようという気持ちにはなかなかなれない。
まだ寝ていたいとは思うのに。
あぁ、でも。
中途覚醒をした割には、睡眠に対する満足度は高いかも。
纈草のお茶と、アロマのお陰かな。
改めて、カノンにお礼を言わなければ。
瞼の痙攣を見て判断したのか「あ、起きちゃう!?」なんて慌てた小声と共に、近くにあった気配が遠ざかった。
オプスクリス開拓村に招き入れられてからコッチ、魔物とヒトとが融合した気配が気持ち悪くて気配探知をOFFにしておいたのだが、流石にこの近距離だと霊力に頼らずとも、気配くらいなんとなくで分かる。
「……お早う御座います。
先程から、何を人の枕元で話していらっしゃったのですか?」
「おはようございます!
朝食の支度ができたので、起こそうと思ったのですが……」
「あまりにも健やかに寝ていたから、起こすのは忍びないと思って……ねぇ?」
「はい!
とても気持ち良さそうに寝てました!」
人の寝顔をジロジロ観察していたという事ね。
ハレンチな。
二人共目がザッパ〜ンと泳ぎまくっているんだけど。
……額に肉とか書いてねぇだろうな。
琥珀〜?
君の所のお嬢さん、とんでもねぇ悪趣味を持って育ってしまったようですよ〜
どこかで見ているであろう精霊神様に、心の中で告げ口をしながら、伸びをする。
あくびも同時に漏れるが、副交感神経が優位な証拠だ。
シッカリ深く眠れたのだろう。
あの後は夢を見る事もなく、今の今まで寝れたもんな。
出来る事なら、外部からの刺激無く、自然と目を覚ましたかった。
まぁ、朝まで眠れたのだし、良いけれど。
昨晩と同様、朝食は辞退させて貰った。
理由は以下略。
セリアには、朝食ついでに昨日瑞基に持たせた薬を皆が間違いなく飲むか、その見張りをお願いした。
飲まずにいて 粉媒楢が発芽すれば、自己責任だけでは済まない。
悪化して完全に 粉媒楢になった時、花粉や種子によって被害が周囲に広がってしまう。
そうならないために、体内の因子を全て排除し、同時に村に巣食っている要因も全て取り除かなければ、解決はしない。
苦いので食事には混ぜられない。
しかし世話になるからという理由を付けて、食後のデザートの受け渡しの際に、飲んだ者から渡すとすれば、皆飲んでくれるだろう。
嗜好品がとても貴重な土地だからね。
部屋に残った瑞基とは、この後の予定を擦り合わせる。
朝食の準備で村民が起き出す時間に合わせて、既に軽症者がいた部屋に寝かせられていた、手遅れと判断した人達は別室に移したそうだ。
人数は少ないとは言え、まさか一人でやったのか?
そう質問すると、病人が寝ているベッドごと、地面を動かして他の患者と距離を取った後、間に壁を作ったので、大した手間は掛かっていないのだと、アッサリ言われた。
確かにその方法なら、非力な女性の細腕でも、大の大人、しかも男性を移動させる事が可能になる。
発想が凄い。
村の全部が土で出来ている、オプスクリス開拓村だからこそ出来る技だな。
カノンはアロマのせいで完徹は出来ず、夜中に少し眠ったそうだ。
やはりあの香りは、俺への気遣いだったか。
思い遣りのベクトルがおかしいとか思ってゴメン。
良い夢が見れたとは言えないが、おかげで悪夢を見ずに済んだよ。
少しの仮眠でスッキリした頭で、再度「スキル」で作った薬を解析した結果、劣化版にはなるが、ある程度の効果が担保された薬を作る事に成功したそうだ。
この短時間でソコまで作れたのか。
流石である。
塗り薬よりも、水薬の方が効果が高い結果となった。
そのため、まだ水が飲める段階の 粉媒楢に侵された人達ならば、救えるかもしれない。
そう言って瑞基に、自分が作った薬を手渡した。
カノンは俺の創った方の薬ならば、確実に樹木と化した人々も救えると知っている。
しかしソレは現段階では、カノンの力を以てしても、再現が出来ない事が分かった。
人類最強にして、最高峰の知識と素材を持つカノンですら、それなのだ。
つまり俺が創った薬は、世に出回るには、まだ早いという事になる。
そちらは、使ってはいけない。
そう判断したが故に、カノンは自分が作った薬を瑞基に渡したのだ。
効力の劣る塗り薬では、どれだけ症状が軽くなるのか、また救えるのかは、やってみないと分からない。
内部から喰われるのだ。
体表がヒトの姿に戻れても、内臓が樹木の状態から戻らなければ、何の意味も成さない。
だが、もしかしたら。
皮膚から吸収された薬の効果が、少しずつ内部に浸透し、症状が緩和されていくかもしれない。
仮定だ。
やってみなければ、分からない。
だが既に手遅れで、処分するしかないと素気無く言われた時よりも、幾分かは希望が持てる。
瑞基は深く頭を下げて、早速患者に試すため、慌ただしく部屋を出て行った。
「症状がどれだけ落ち着くのか、使っている所を見たい」
そう言ってカノンもその後について行った。
そうなると、俺は手持ち無沙汰だな。
ヘタについて行って、あともう少しで 粉媒楢を無害化出来そうなのに!
……なんて状態になっている人を見たら、ちょちょいと弄って助けてしまいそうだ。
昨日、カノンが作った薬で助けられるか否かで、命の線引きをすると決めたのだ。
ソレを覆してしまったら、もう少し、もうちょっと、と救う方に気持ちが片寄ってしまう。
ココのラインと決めたのだ。
揺らいではいけない。
それなら最初から、全員助けると決めれば良かったのだから。
理不尽や不条理の全てを飲み込めなくても、自然の理に背く、その範囲を設けるのだと決めたのは、他でもない、俺だ。
大団円で終わる喜劇のスパイスに、ほんの少しの悲しみや辛さを加える。
そうやって明暗を付ける事で、精霊が起こす奇跡や、賢者の能力の高さが浮き彫りになる。
そういう打算的で、人の命を軽んじるような行いをしてでも、この世界の神が奪った物を取り戻すのだと、誓ったのだ。
その誓いを、立てた端から変えてしまっては、俺が自分自身を信じられなくなる。
自分の卑劣さも、低俗さも知っている。
どれだけ汚いかを嫌という程把握しているというのに、これ以上自分の嫌いな所を作り出したら、自暴自棄になってしまって、全てを放り出しかねない。
これ以上、自分を嫌いになりたくない。
自分を大切に思えるようになると、精霊の皆と約束したのだ。
その誓いも、反故にしたくない。
俺の事を大切だと言ってくれている、俺が大切だと思う人達の、その気持ちを、蔑ろになんてしたくないからね。
……夜中の夢見が悪かったのを、まだ引きずってしまっているのだろうか。
ナーバスになっている。
せっかくカノンが気を遣ってくれたのだ。
気持ちを切り替えていこう。
両頬を叩いて、気合いを入れ直した。




