神さま、創る。
大人が、しかも自分が全幅の信頼を寄せる師匠である瑞基が声を荒らげる所なんて、初めて見たのだろう。
驚いの余りか、単純に怖かったのか。
それともその両方か。
セリアがホロホロと泣き出してしまった。
先程カノンを怒鳴った口調とは違い、やや演技がかった軽い調子で「ごめんね、大丈夫よ」と何度も繰り返し、瑞基はその頭と背を撫で続けた。
セリアが泣き疲れて眠るまで、ずっと。
カノンはセリアが落ち着くのを待った。
どうすれば良いのか、単純に判らないという理由もあっただろうが、その頃には、荒波立っていた瑞基の心情も落ち着くと考えたからだろう。
事実セリアが眠る頃には、眉間に薄く刻まれていたシワが消えていた。
代わりに、その表情は現実を受け止めた結果、悲愴なものへと変わっていたが。
居た堪れなくなったのか、ソレを見てカノンは「新薬の実験体として使って良いなら」と言って、本来もう助からない状態になっている、軽症者達と同じ部屋に押し込められていた人達を、別室に移す許可を貰っていた。
そうなると階層を増やす事は出来ないから、部屋の中に壁を作り、区切りを設けなければならない。
もう遅い時間だし、うるさくしてはいけない。
なので明日、皆が行動を始める時間になったら直ぐに着工するから、少し待って欲しいと言われて、了承を返していた。
さすがに表面だけはヒトの姿を保っている、時折呻き声だけを上げるような 粉媒楢と、手遅れだが肉体の一部だけが変化しているグループとを同じ部屋にするのは避けた方が良いものね。
後者はまだ、ヒトとしての自我が残っているからだ。
会話も朧気だが出来るし、固形物は食べられなくても、水分なら飲めると言って、作ったフルーツジュースも少量だが飲んでいた。
助からないからと言って一箇所に集めたら、自分もいつか同じ状態になってしまうのかと、絶望しながら死ぬ事になってしまう。
ソレはいくらなんでも酷というものだ。
カノンの進言を聞いて、明らさまに、瑞基はホッとしている。
死刑宣告をする、猶予が与えられただけなのに。
世界的に有名な賢者様なら、どうにかしてくれると、希望にすがって現実逃避をしているのかな。
とは言え、なんだかんだ言って、カノンは身内に甘い。
俺の「スキル」を使うのか、自分で時の精霊の力を借りるのか。
いずれにせよ、ある程度のラインまでは助けるのだろう。
それだけの力があるのだ。
行動する理由もあるのだ。
そうなれば、この優しいお人好しは、助からない命を棄てるなんて、冷たく割り切る事なんて、出来やしない。
コイツが善良で寛容だから、俺も助けられた事は多い。
泣きついて来たら、手を貸す以外の選択肢が、俺には無い。
なんだかんだと言うのなら、俺も身内には甘いからね。
イヤ、泣きつくなんて無様なマネは、彼の矜恃が許さないか。
プライドが高いワケでは無いのだが、格好付けたがるフシはあるからね。
男というものは、年齢問わずそういう生物なのだから、仕方ない。
せいぜい、カノンと瑞基が後悔しない結果になると良いのだけれど。
そのためのサポートなら、喜んでしますよ。
どれだけ年齢を重ねていても、羞恥心というものを捨ててはいなかったようだ。
瑞基は野郎二人の部屋で一晩明かすような、不良娘では無かった。
話が終わると早々に、セリアを背に担ぎ、お土産を持って部屋から出て行った。
表面上樹化病に罹っていない人でも、 粉媒楢の因子は取り込んでいる。
そういう人達に明日の朝、食事の後に飲ませる薬を人数分、渡したのだ。
暫く飲み続けた方が良いから、とりあえず今出来た分だけ先に渡すと言って。
もちろん、瑞基にも飲ませてある。
ゴリゴリ混ぜ混ぜして作った物ではなく、俺が「スキル」で創った方を。
コレで万が一にも、彼女が 粉媒楢に殺される事は無い。
この先、一生涯ね。
樹化病と呼ばれる病気の原因になる要素の一切を、無害化するように肉体を作り替える丸薬を渡して、この場で飲ませた。
友人の娘さんを、助けられると分かっていながら、むざむざ殺すようなマネはしませんよ。
この先何があろうとも、徐々に肉体と精神の自由が奪われる、あんな惨い死に方なんて、させたくないし。
それに彼女には、幼少期に父親を奪ってしまった貸しがある。
そうなんだよね〜……
ソレを考えると、瑞基が全員救え!と言ってきたら、応じる他無いんだよね。
誰よりも大切な肉親を殺したのだ。
その他大勢の一〇〇人程度、生き返らせてもなお、その罪は消せない。
だが唯一を奪った罪滅ぼしの、その欠片にでもなるのなら、彼女から言われずとも、俺は率先してそうすべきなのかもしれない。
どの状態の人まで助けるのか悩み過ぎて、カノンがハゲてもいけないし。
だからと言って、瑞基に飲ませた強力な薬を配るのは、違うよね。
自然の理を捻じ曲げる所業だし。
ならばどこまでならやって良いか。
う〜ん……
よし、間を取ろう。
「とりあえず、塗薬のタイプと、水薬のタイプね。
鑑定眼で視て、再現出来るようなら作ってみれば?」
「……聞いた事のない材料も含まれているのだが」
「お前が知らない事を、俺が知るワケないじゃん。
ソレが一〇〇%再現出来るなら、魔物由来の病気何でも治せる万能薬になるみたいだよ。
…… 粉媒楢っていうのは、かなり厄介な魔物みたいだね」
「 粉媒楢に限定しないが、樹化病は発症したら致死率一〇割と言われている。
この薬が作れるのなら、確かに万能薬と言ってもいいだろうな」
俺の「スキル」に頼らず作れたなら良かったのだろうが、ヒトの生死が掛かっているのだ。
格好を付けている場合じゃない。
そう判断したのだろう。
眉間のシワを深くしながら、カノンは両方の薬を受け取った。
俺が悩み過ぎてハゲても困る。
カノンがハゲるのも、どうかと思う。
なので鑑定眼が思うように使えない環境で、万能薬がどこまで手持ちの材料で再現出来るのか。
その運とカノンの実力に天命を任せようではないか。
今までにない、効果の高い回復薬を作ろうと言うのだ。
しかもソレは、長い事生きているカノンですら知らない、足りない材料も山程必要になる薬である。
正直、「スキル」を使わずに量産出来るような物では無い。
出だしからマイナスの位置に立っているのだから、使えるチートは何でも使っておけ。
ずっと鑑定眼を使い続けて、霊力も乏しくなってきている事だろう。
霊力の回復薬をセットで渡した。
今は飲まずとも、この後ほぼ徹夜コースで薬の再現に取り掛かる事を考えれば、あってもムダにはならない。
浅葱の力を使って顔面の厚塗りを全て落とし、先に寝かせて貰う。
育ち盛りに寝不足は大敵なのだよ。
「あ、あー……その、……なんだ」
「……何だって何だよ」
用意して貰ったお布団に潜り込んだ途端、声を掛けられたので起き上がる。
歯切れの悪い物言いをするなよ。
気になって眠れなかったらどうしてくれる。
「……助かる。
ありがとう……明夜」
「ど〜いたしまして。
でも、その名前を呼ぶな。
万が一誰かに聞かれたらどうすんだよ。
よく言うだろ?
壁に耳あり、障子にメアリーって」
「……知らん。
誰だ、メアリーとは」
純粋な日本人相手なのに、お決まりのボケが通じない、この侘しさよ。
お前の家には障子があったじゃん!
ことわざには先人の知恵や教訓が詰まってるんだから、後世のヒトのためにも残しておけよ!!
ソレを言い出したら、地獄への道は善意で舗装されている、なんてことわざもあるか。
アレは日本のことわざではないが。
俺の善意がカノンの悲劇に繋がらない事を祈ろう。
少なくとも、ぶっきらぼうにも珍しくお礼を言ってきたという事は、彼にとっての有難迷惑にはなっていないようなので、一安心だ。
心安らかに眠れそうで良かったよ。




