神さま、呆れる。
指定された時間に厨房に行くと、夕飯を提供してくれると申し出があった。
しかし今回は、手持ちの食料があるからと辞退させて貰った。
村人全員が集まり、仲良しこよしで食事を共にする場所になんていたら、質問攻めにあってボロが出てしまうじゃないか。
何より、そんな時間があるなら、厨房の汚染度合いを調べたいし。
俺が昼飯を要求したのは、あくまでオプスクリス開拓村の食糧事情を把握するためだ。
食糧なら年単位分四次元ポシェットに突っ込んである。
貧しい村から奪わずとも、腹が減ればソコから適当に調理して食べるさ。
何より、無害化出来るとは分かっていても、率先して魔物の種子を体内に入れたいとは思えない。
混乱を避けるため、村民にはまだ、その事実を伝えていない。
発芽していないだけで、既に 粉媒楢の因子は全員の体内にある。
今更一食程度追加で食べた程度で、事態が加速度的に悪化するような事はない。
伝えた所で不安にさせるだけなのだ。
ならば伝えないでおくのがベターな選択だろう。
戻って来た浅葱に確認をしたが、やはり他の精霊達と同様、 粉媒楢の因子を無害化させる事は、彼にも出来なかったそうだ。
何のための‘’神‘’の称号だよ。
そう嫌味のひとつも言いたくなるが、ソレを言い出したら、他の精霊神達にも被弾してしまう。
繊細なお年頃の子達もいるし、辞めておこう。
まぁ、崩れないギリギリのラインまで霊力をたっぷり含ませたお陰で、食べれば代謝が向上し、活力が漲る。
それに素材を取り巻く瘴気を祓う事も出来た。
直接の原因は取り除けなかったが、ソレに対抗する肉体の強化が出来るのだし、良しとしよう。
もうこのまま、共存の道を選ばせるという方法が、一番楽なのかもしれないな。
霊玉の加工方法だけ教えて、浄水器に設置するだけじゃない。
とってもカンタンだ。
現状は角骸鯨の生息地がオプスクリス開拓村から離れているせいで、稀にしか獲れない。
そのせいで薬となる角が手に入らず、重症化する人が出てきてしまっている。
……そもそも、角骸鯨の汚染部位を食べなければ、 粉媒楢化する頻度も下がるのだけれど。
確かに頻度は下がる。
けれど村全体が既に 粉媒楢に汚染されているのだから、問題を先延ばしにする効果しか無いんだよね。
何もしないよりはマシだから、進言くらいはするけどさ。
ヒトの肉体は六割が水分で出来ている。
その体液を構成する水を全て聖水に置換すれば、軽症のうちに 粉媒楢の因子を代謝して体外へ排出する事が可能になるだろう。
ソレが当たり前になれば、そのうち肉体が適応して、何をせずとも 粉媒楢の毒素を排泄出来るようになる。
もしくは、そもそも害にならない肉体に変化するのではなかろうか。
人間の進化って、そんな早かったっけ?とは思うけれど、なにせ霊力が溢れている世界だもの。
近いうちに肉体が作り替えられてくれるのでは無いだろうか。
……そんな未来への希望を夢見るのも良いけれど、目下今いる人達が、現状の問題に対処出来るようにはしておかなきゃダメなんだけどね。
ゴリゴリと薬研車を動かしながら、思案する。
イヤ、薬なら「スキル」で作れるから、こんな前時代的な物を使わなくても良いんだけどさ。
パフォーマンスも、時には必要でしょう?
「……理解が、追いつけません」
「樹化病は病気じゃない?
しかも樹化人間の正体が、 粉媒、楢……?」
俺がちゃんとお薬を作っていますよ、のパフォーマンスをしているのは、部屋に戻ったらいた二人に対してだ。
村長が侵入して来ないか、見張ってくれていたそうだ。
……村長の代わりに、二人が居座るのなら、どっちみち俺等は気が抜けないんだけどね。
イヤ、あのオッサンよりは、比べるのも失礼な位にマシだけど。
セリアの言葉通り、説明をしたものの、頭が理解を拒んでいるようだ。
突拍子も無い事を言われれば、そりゃ思考も停止してしまうよね。
仕方ない。
仕方ない、が。
役立たずな村長に変わって、オプスクリス開拓村の実権を握っている、言わば裏番長的存在の瑞基とその弟子であるセリアには、最低限の部分は把握しておいて貰わなければ困る。
畑の土で試したように、ヒトの体内に巣食っている 粉媒楢を無害化させるのは、不可能に近い。
一番有効だったのは、闇の精霊の力を借りて作り出した、外部との接触を一切断った暗闇の中に放り込む事だ。
時の精霊の力も借りて、幾つかのパターンに分けて、時の経過を加速させて実験した。
その結果分かったのは、最も手っ取り早く 粉媒楢の因子を殺せる方法は、闇の中を霊力で満たし、光の一切を遮断し、かつ酸素の供給も断つ事だった。
その状態でも、丸一日掛かる。
人間でやろうとすると、 粉媒楢と共に死ぬ事になるね。
酸素が全くのゼロの状態だと、ヒトは簡単に死んでしまうから。
生命維持に必要な最低限の酸素を残した場合は一五〇時間以上――約一週間を要する。
その場合でも、かなり息苦しいと感じる状態で、眼前に自分の手を持って来ても認識出来ない、真っ暗闇の中で一週間も活動する事となる。
そんな事をしていたら、狂い死ぬ事が確定している。
一週間となると、俺でも正気を保っていられる自信は無い。
目さえ慣れれば、自分の輪郭位は認識出来る闇の中なら、「スキル」もあるし、シンドい程度で済む。
けれど、純度一〇〇%の暗闇でしょ?
ムリ、ムリ。
光吸収率九九.九九五%の黒色が、人類が作り出せた最も黒い色となるが、それ以上だもんね。
余りにも光を吸収してしまうから、塗料を塗った立体物を、平面と認識してしまうような塗料だよ?
目の前に、一箇所あるだけで脳ミソがバグるような代物に、全身を包まれるのだ。
ハッキリ言って、無理。
感覚遮断は歴とした拷問のひとつだ。
健常な被験者を光と音が完全に排除した感覚遮断室に入れた結果、たった十五分で幻覚や妄想に取り憑かれ、抑鬱感を経験した、なんて実験結果もある。
絶えず外部刺激が与えられる事が当然な世界で生きているため、ソレが感じられなくなると、脳が異常事態だと認識し、普段から身の回りにある刺激が、今もソコにあるのだと、錯覚を生み出してしまう。
普段通りだよ。
大丈夫。
問題無い、ってね。
実際にはソコにない、色や物体、音や匂いを体験する事になるのだ。
脳がそうやって感覚器官を騙せているうちはまだ良いのだろうけれど、そのうち脳が現実を誤魔化し切れなくなって、狂ってしまう。
十五分でそうなるのだ。
一週間なんて、とてもじゃないが、どんな訓練をした所でムリである。
では光あり、空気ありの、霊力で満たしただけの、外部との接触を一切許されない空間ならどうか、という話だが……
ソレは、人によるよね。
ぼっちが全然平気な人なら、ワンチャン可能だろう。
慣らし期間を設けて、シッカリと脂肪を蓄えた後であれば、そして浅葱が生み出した高純度の聖水だけその空間に持ち込んで断食を決行すれば。
……三ヶ月ならば、何とか生きられる、と、思う。
出来れば塩分も欲しい所だけれど……
一〇〇%霊力で作られた塩なんてものは存在しないので、塩も持ち込みは禁止だ。
今以上に骨と皮だけの体格になってしまうけれど、魔物になってしまうよりはマシだもの。
糞尿が垂れ流し状態になるから人間としての尊厳を失う事にはなるけれど。
外部との接触が一切無くなるから、陽キャや寂しがり屋さんなんかは、いっそ殺してくれと思うかもしれないな。
……まぁ、どれも現実的では無いよね。
角骸鯨の角を使えば、治療に要する期間は短縮出来る。
それでも多く見積もったとしても、半分までしか短縮出来ない。
なので闇の精霊は、今回も無能の烙印を押される事になるね。
他の精霊達と違って、普段使いしやすい精霊術も無いし、見せ場も全然無い。
全く、困ったオッサンである。




