神さま、凹む。
村の中を好き勝手に歩いて良いと、村長からは言質を取っている。
なのでお次は、オプスクリス開拓村の食糧事情を覗かせて貰う事にした。
畑の広大さや、土が設定された水分保持量になるよう、自動的に浄水器から水が供給される仕組みなんかの自慢は散々されたが、肝心のソコで育てている作物の種類や収穫量は把握していないようで、村長からは聞けていなかったのだ。
それと備蓄してある穀物の量や、倉庫の大きさなんかも把握したい。
収穫する量が多いに越した事はない。
食べきれなかった分は、土に混ぜてしまえば良いしね。
だが逆に、知識や土壌、種や苗を提供した上で足りなかったら、意味が無いからね。
不足しないよう、現状を把握するのは大切だ。
上層から下層に移動するのに、いちいち階段なんて使っていられないので、風の精霊神:颯茉の力を使い宙に浮かび、二人で目的地まで移動する。
「……瑞基は、樹化病の感染者は前よりも減ってるって言ってなかったっけ?」
「地球人は罹患しても多くが回復傾向にあり、女よりも男、大人よりも子供の方が進行が早いと言っていたな」
「ソレは食う量が違うんだから、当然だろうけど……
コレ見ると、罹患者が減ってるって、ウソだろ?って言いたくなるんだけど」
先ずは厨房と思い向かったら、ちょうど夕飯を作るタイミングだったようだ。
食事を作っていた女性陣に挨拶をしたら、流石に作っている最中はジャマだからと、語気を強めに追い出されてしまった。
朝ごはんの残りのスープが思っていたよりも少ないから、仕込みからしなければならないのだそうだ。
仕方ないよね。
厨房は戦場だもの。
スープの残りが少ないのは、俺が食べちゃったせいだとは分かっているが、ココで謝ったら火に油を注ぐのと同じだ。
黙って退散しよう。
その時に、ザッと見ただけでも汚染されている材料が見えたので、浅葱には残って貰う事にした。
使う水を全て聖水に変えたら、無害化されないかを試してみたい。
もしそうなら、中央にそびえ立つ浄水器の、RO膜の間にでも、幾つか高純度の霊玉を噛ませれば、これ以上 粉媒楢の犠牲者が出なくなるのだが……
まぁ、そんな簡単には解決しないだろうな。
細菌やウイルスが原因ではないので、感染、と言って良いのかが少々疑問であるが……
粉媒楢の種子を食べていないのに、未だに罹患者が増え続けている理由は、この開拓村の下層、つまり田畑と厨房が汚染されてしまっているからだ。
食に繋がる部分のことごとくが汚染されているとなれば、そりゃ治ったとしても、罹患者が多くて当然だろう。
角骸鯨は 粉媒楢の若木の皮を食べるらしいのだが、その成分は体内で分解されず、特定の部位に蓄積する。
粉媒楢を食んだ角骸鯨自身にも、害はある。
だが魔物だからなのか、解熱・解毒効果のある角の効果なのか、発症までに一〇年近い時間を要する。
そのため、弱肉強食の世界では、角骸鯨が 粉媒楢になるまで生きている事が、まずない。
そんな 粉媒楢に汚染された角骸鯨を日常的に食べていれば、汚染された部位も、少なからず食べる機会があるだろう。
いくら嫌いだと言ってもね。
そして自己免疫によって次第に対処し切れなくなり、 粉媒楢に寄生され、最終的には肉体を乗っ取られ、 粉媒楢そのものになってしまう。
蓄積する代表的な部位は、脳や骨髄を中心に、神経系統と硬骨だと言うのだから、困ったもんだ。
脳は食べているのか聞いていないが、骨はスープのダシとして日常的に使われている。
そして骨髄は、嫌いな人が多いから残されがちだとは言っていたけれど、お腹が減り過ぎて、ソレしか食べる物が無ければ、水を飲んで空腹を凌ぐよりはマシだと、食べる人も中にはいる。
女より男。
大人より子供の感染率が高いのは、分かりやすく体重に対する摂取量の違いだろう。
特に狩りに出る大人と子供達は、いつでもお腹が減った時に食事を取れる環境にあるのだから。
遠慮をしない人程、 粉媒楢に侵食される。
そういうワケだ。
だがそう考えると、あの村長が 粉媒楢になっていないのが不思議だな。
食欲よりも、性欲の方が勝っているからなのかな。
まさかの助平心によって危険を回避するとは。
驚きである。
しかもタチの悪い事に、食事に使った骨は鱗魔猪に与えるか、直接畑に砕いて撒いてると話していた。
そして 粉媒楢 の骨髄を食べた鱗魔猪の糞尿を堆肥にしているとも言っていた。
粉媒楢の汚染物質は、糞便にも微量だが含まれている。
つまり畑自体が結構な濃度で汚染されている。
そんな場所で育った野菜達も、例に漏れず 粉媒楢に汚染されている。
なんてこったい!
昔から樹化病の原因とされていた、種子にばかり目が行きがちだった。
しかし牛海綿状脳症の原因が、突然変異で生じた感染性蛋白粒子が原因だったように、樹化病はDNAやRNAのような核酸が原因ではなかったのだ。
タンパク質か、全くの別の物質か。
簡単には除染出来ないものが、感染の原因物質となっているようだ。
いわゆる狂牛病もそうだったが、タンパク質が原因物質だと、感染力を消失させにくい。
細菌やウイルスなら、遺伝子情報さえ壊してしまえば、感染を防げる。
熱や紫外線で処理をしたり、アルコールや塩素で処理をしたりすれば、簡単に殺菌・滅菌が可能だ。
しかしタンパク質は、そうはいかない。
脳ミソなんかは四〇度を超えると固まり始めて――ようは変質してしまうけれど、コラーゲンのような、繊維性のタンパク質だと、どうだろうか。
牛のスジ肉とか代表的だよね。
一〇〇度でグツグツ煮込んでも、硬いまま。
なかなか柔らかくなってくれやしない。
元の形から変質させた時に感染力を消失させられると言う事は、牛スジで言うところの柔らかくなる状態まで、毎度持っていかなきゃならないと言う事だ。
物凄い手間と時間がかかる。
だが骨にまで感染力があるとなるとね。
どないせぇってお話なのだ。
ヒトならば、骨が燃え尽きるのに一六〇〇度ほど必要だという。
鉄の融点と同じだね。
……イヤ、正確に言うなら、骨の主成分であるリン酸カルシウムの融点が一六七〇度。
鉄の融点は一五三八度だが。
火葬炉のような特殊な炉ですら、最高温度は一三〇〇度までしか出せない。
無害化させるためと言って、一六〇〇度以上の温度を出せる炉を用意するくらいなら、食べる事を諦めた方が早いし安上がりだ。
そしてそんな高温でしか無害化出来ない 粉媒楢の因子が、そこら中にばら撒かれているのが、現状のオプスクリス開拓村となる。
しかし狂牛病って、骨は無害とされていたよね。
感染の高危険群とされていたのは脳、脊髄、眼の網膜で、中危険群が脳脊髄液や腸の一部等の内臓。
骨髄や肝臓なんかは低危険群。
筋肉、心臓、母乳、血液、腎臓、生殖器官、骨、毛皮は危険性無し。
そういった点でも、タンパク質が原因とは言いきれないのか。
シカの慢性消耗病もヒトのクロイツフェルト=ヤコブ病も、決して別の生物に変貌したりはしなかったもんね。
途中経過は、まぁ、似ている部分もあるが。
歩行障害や認知機能障害とか。
魔物に肉体を乗っ取られているのだから、ソレ等の症状があるからといって、この不思議な異世界で、地球の病気を例えに持ち出すのは、ナンセンスか。
くっそぅ。
鑑定眼がもっとシッカリ機能してくれれば、感染原因まで判ったかもしれないのに。
闇の精霊がポンコツだからなのか、それともその能力を使う、闇の精霊の前世の男の、その子供である俺が、ヘッポコなのか。
はぁ〜。
解決出来ない事があると、ヘコむわぁ。




