神さま、介護する。
鑑定眼は確かに便利な能力だ。
俺固有の能力ではあったが、「スキル」ではない。
ましてや、異世界転移の特典物でもない。
闇の精霊の力を借りた精霊術の一種である。
影が持つ情報を読み取る。
そんなイメージだろうか。
俺の目に宿った能力で、その複製がカノンの右目にも宿っている。
闇の精霊が守護するオプリタス大陸では、彼の能力が増大する。
つまり、普段は視えない情報まで、霊力を消耗せず手軽に視られる。
……そのハズなのに、地中深くで生活しているオプスクリス開拓村では、光源が少なく、影が生じにくい。
出来ても燦々と輝く太陽の下で浮かび上がるような、クッキリとした色にはならない。
そのせいか、いつもより鑑定眼の精度が落ちている。
俺でこの状態ならば、カノンはかなり霊力を込めないと、情報が読めないのではなかろうか。
吹き抜け部分の少ない明り取りの窓から、差し込む月明かりを鏡によって反射させ、なるべく広い空間を照らすように工夫はされている。
しかし元の光源が弱いため、拡散された光は更に弱々しいものになっている。
その小さな光を受け取って輝きを発してくれる、コケやキノコがアチコチに植え付けられているが、蛍光色のソレは十分な明るさを担保出来てるとは言えない。
とても幻想的ではあるけどね。
光の精霊石は希少だし、なかなか地中で生活するとなると、光の問題は出てくるよね。
限られた物資でなんとかやつまているとは思うけれど、十分とは言えない。
マジでどうやってビタミンDを生成しているんだろう。
作物も普通に育っていたし。
疑問だらけな世界だな。
だがココで住む人達には、こんな環境が快適らしい。
瑞基に対する信頼が厚いからなのかな?
病気が蔓延しているというのに、恐怖による瘴気がさほど生じていない。
環境的に 粉媒楢の光合成が進んでいない上、成長に必要な要素が欠落している。
そのため、発熱から何日も経過していても、助けられる段階の人が意外と多い。
助からない判定をされた者は、極小数だ。
それでもまだ、ヒトとしての外見を保っており、正常な意識があるのがシンドいな。
しかも彼等は、俺のよく知る地球人の子孫かもしれないのだ。
カノンや瑞基達のように。
そう考えると、余計に辛い。
「……カノンは、よく平然としていられますね」
「?
何がだ?」
そうやって返せる位には、この生死の境界線を決定する役目に、慣れているという事か。
賢者として、人対魔物、ひと対ひとの争いにも、伝染病が蔓延している現場にも、数え切れない位足を運んだのだろう。
救えた命以上に、救えなかった命を見送る場面も、多かったに違いない。
全く、頭が下がる。
検病分類を終えて、 粉媒楢による侵食度合いも確かに気になる。
だがそれ以上に、すぐにでも対処せねばならない事が見付かった。
寝かせられている全員が、慢性的な栄養失調と脱水状態になっている。
ろくに看護もされず、気が向いた時にだけ水を飲ませて貰ったり、あの油ギトギトのスープを飲ませられたりするだけだったんだもんな。
当たり前と言う他ない。
だからといって、高栄養食を食べさせようとすれば、突然の固形物に胃が驚いてしまうだろう。
ならば飲み物一択か。
通常ならばフルーツジュースやスムージーのような、食物繊維がほとんど摂取出来ない飲み物は、小腸でダイレクトに糖質を吸収し、血糖値の急上昇を招いてしまうため、オススメは出来ない。
しかしココにいるのは、熱で食欲不振になっている人ばかりだ。
血糖値スパイクは懸念すべき事だが、それ以上にこの黄疸が出ているガリガリをどうにかしなければならない。
なるべくノドに引っかからないよう、舌触りが滑らかになるまで粉砕した果物を摂らせるのは有効と言えるだろう。
ビタミンが不足していたら、免疫機能が落ちるからね。
特にCとB十二!
酸味は蜂蜜を 入れれば解決するのだ。
蜜柑も檸檬も皮ごと入れる。
林檎に法蓮草、 玫瑰の果実も含めた諸々をぶち込んで、全部ミキサーにかけてやる。
……いくら滋養強壮に良いと言っても、大蒜は入れたら臭くなるし、不味くなりそうだから辞めておこう。
こういう時って、本当は点滴が最適解なんだよね。
だが全員分の点滴を、コッソリ用意する事までは出来ても、点滴って一気に体内に入れたらいけないものだから。
無理矢理短時間で済ませようとすると、心臓に負担が掛かったり、動悸や呼吸障害を起こす危険性がある。
最悪、 粉媒楢化をする前にご臨終してしまう。
だからどうしても時間をかけなければいけない。
そうなると、他の住民に見られる危険性が増す。
コッソリ栄養補給をさせる事が出来ないのだ。
針を体内に入れるとなると、暴れる人も出るだろう。
ソレでいらん誤解を招いたり、最悪、医療行為によって瑞基に俺の身バレをしてしまったら最悪だ。
この世界は治癒の精霊術があるから、医学が殆ど発展していないからね。
ならば患者に多少の負担をかける事になっても、コッブでぐびぐびと、用意したビタミン爆弾スムージーを飲み干して頂きたい。
……まぁ、色々入れすぎて、凄い色にはなってしまったけれど。
お約束ってヤツだね。
味は問題無いから。
むしろ美味しいから。
気にせず風呂上がりの如く、腰に手を当ててグイッと飲み干して頂きたい。
出来上がったジュースを見たカノンに、「患者にトドメを刺す気か?」と眉を顰められたが。
そんなつもり、毛頭ないから。
「お薬ではないですが、病に効く飲み物です。
貴方も飲んではいかがですか?
薬師である私が直々に作ったのです。
効果は抜群ですよ」
笑顔でズズいと勧める副音声は、「テメェのせいで患者に不審に思われただろうが。責任もってその不安を払拭しろ」である。
色を見て、嫌そうな顔をされたが、カノンは青臭い回復薬を平気な顔をして飲める男だ。
男らしく、一気にコップの中身を飲み干した。
「……美味いな」
「何ですか、その意外そうな声は!」
「この見た目で美味いとか、詐欺だろう」
「マズくする事も可能ですよ?
貴方のオカワリの分だけそうしましょうか??」
先程入れるのを辞めた大蒜を取り出し、頬にグイグイと押し付けてやる。
ニンニクを押し付けられたドラキュラの如く、心底嫌そうな顔をして謝罪をされた。
周囲から、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
図らずも、漫才をしてしまった。
笑うのは免疫を強めるからね。
良い事だよ。
笑い続けていれば、ガンすら治る可能性があるのだから。
笑い者にされるのも、失笑されるのも腹が立つが、こういう時にお役に立てる笑いならば、悪くはない。
「飲めますか?」
「ふふっ……久しぶりに笑ったわ。
ありがとぉ。
それにしても、ほんと、すごい色ねぇ」
肺に 粉媒楢の花粉が入り込んだ女性の上体を、支えて起こす。
背中に大きいクッションを挟んだが、まだ少々、辛そうにしている。
なのでその背を一度前屈みにした後、上から下へなぞってから、グラスを渡した。
圧迫感による不快感や突っ張った感覚を取り除くための、背抜きと言われるケア方法だ。
自力で動ける人は、自然と無意識に自分で心地好い体勢に直す事が出来る。
だが病気の人や、看護が必要な人達は、寝返りを含めた体勢変換が難しい。
多少不快に感じても、熱によって身体を動かすのが億劫になっている人が、ココには多い。
余程辛ければ、正すだろうが。
だがそんな辛さを抱えた状態のまま、上半身を起こして水分を摂れだの、食べ物を食えだの言われても、不快感を抱えたままでは、ろくに飲食なんて出来なくても当然だ。
そりゃ衰えていく一方だろう。
息苦しさが解消されなかったら、唾すら飲み込む事が困難になるからね。
そうして誤嚥性肺炎なんて起こそうものなら、棺桶まっしぐらだ。
せっかく治ったとしても、拘縮によって身体を動かしにくくなってしまうと、予後経過が悪くなってまた寝たきり生活に逆戻りになってしまう危険性もある。
背中を撫でるだけの、ちょっとした気遣いでそういうリスクが減るのだから、やらない手はない。
医療や介護の現場にいる人は、今俺がやった簡単な背抜きではなく、衣服のシワを伸ばしたり、シーツの乱れを直したり、細かなケアもしている。
他にも、尻抜きやかかと抜き。
上体を再び横にした時に、頭が下がり過ぎている感覚に陥るため、背下げ後の背抜きなんかも気を配ってしてくれている事だろう。
まぁこの部屋に居るのは幸い、そこまでしなければならないような重病な人は居ない。
自分でどうにか対処出来る人ばかりだから、寝かせた後の事は知らん。
寝返りくらい、自分で打て。
一人に時間をかけてしまったら、薬の投与が遅れるだろ。
治癒術をかけてどうにか出来るなら、簡単に終わったんだけどね。
多分代謝が促進されて、最悪 粉媒楢の発芽が促進されて、死期が早まるだけなので辞めておこう。
トドメが必要ならさすけれど、今はまだその時ではない人ばかりだからね。




