神さま、興奮する。
エレベーターが無い時点で、オプスクリス開拓村の文化レベルはたかが知れていると思っていた。
正直、舐めていたと言っても良い。
なにせその原理はアルキメデスによって、紀元前二三六年に考えられたとされているのだ。
この世界の文化レベルでも、十分に作る事が出来る代物である。
なのに無いという事は、地球人が伝えなかったから。
そしてそれを発明する天啓とも言えるべき閃きを持つような頭を持つ賢人がいなかったから。
その両方の理由が挙げられる。
この世界には施設で使っていた電気のような動力が無くても、それ以上に自由な霊力が溢れている世界だ。
自分自身が精霊術を使えずとも、霊力が籠っている霊玉や精霊石といった霊力の塊が、そこら辺に落ちている。
地中に村を造っている間に、幾らでも出土しているだろう。
いくらでも研究して利用する事は出来る。
だから何十階とあるこの縦長の集落で、階段しかないとなると、期待なんて出来るワケが無いだろ。
階段でえっちらおっちらと三十階も降りる頃には、グルコサミンやコンドロイチンのお世話にならねばならないだろうかと、本気で思うくらいには膝への負担が酷かった。
明日は筋肉痛確定だ。
そんな階段昇降を毎日繰り返していたら、村の住民は総じてカロリー不足にもなるさ。
基本的に上げ膳据え膳で部屋に籠っていると聞いていた村長ですら、この体型だもんな。
子供達なんてガリガリの骨と皮だけになっているのではなかろうか。
そうならないために、優遇されていつでもご飯を食べて良いよ、と言われているのだろうけれど。
それでも十分とは言えないだろうね。
開拓村に住んでいる人達は大変だ。
そんな日常生活における動線ですら、苦労満載な暮らしをしているのだ。
劣悪な環境なのだろうと、思い込んでいた。
「こちらは全て、賢者様が……?」
「すごいでしょう!
我らの英智の集大成ですよ!」
なして村長がドヤっているんだい??
そして我々って言うけれど、コレ等の機構を組んだのって全部、瑞基って話じゃ無かったかい???
アンタ等はその瑞基が用意した場所に移り住んで、利用しているだけでしょうが。
友人の娘の手柄を、汚いオッサンに横取りされている事実に、腸が煮えくり返る。
正座をさせて何時間でも説教をしてやりたいが、今はガマンだ、ガマン。
……それにしても、本当に、凄い。
改めて見上げて、そう思う。
ムダが無いとは言わない。
しかし「万物創造」を使わずして、この世界で造れるなんて思ってもみなかった機械が、目の前にそびえ立っているのだ。
感動しないワケが無い。
オプスクリス開拓村は、缶詰入のパイナップルのような形、ようは円筒状に居住区や商業区が複数階設けられている。
下層には田畑等の労働をする区画がある。
円筒の中央には、円柱型の機構が下層まで伸びていた。
最上階にいた時は、エレベーターか何かかなと思っていた。
しかし村長の案内で最下層まで足を伸ばすと、その円柱の正体が明らかになった。
巨大な、濾過装置だ。
イヤ、濾過よりも、高度な技術を要するRO装置だ。
外の氷や雪を溶かすための熱源を生み出す装置が上層部にに取り付けられており、その放射熱で居住区全体が温められている。
居住人数を考えると、海水も引いているかもしれない。
飲水を確保するための不純物や重金属イオンを取り除くためのフィルターや逆浸透膜が何層にもなっており、最下層に届く頃には飲料水として利用出来るようになっている。
逆浸透膜とは、二nm以下の孔を持つ透過膜の事だ。
水の分子のみを透過し、不純物を阻止してくれる。
水以外の物質の除去率は、RO膜の種類や数によるが、最大九九.九%。
高純度の水を作り出せる。
俺もかつて、海水が入り込んだ井戸水を、RO膜に通して浄水する装置を取り付けた事はあった。
しかしアレは「スキル」で創り出したものだった。
逆浸透を起こすためには、加圧する必要がある。
その部分の機械は緻密かつ高度な技術を要するものだ。
機構を理解していない素人が作れるものではない。
高ナトリウム血症に悩まされていた人達への救済処置だった事もあり、「知識」から機械の仕様書を引っ張り出してきて、再現をした。
俺も全ての仕組みを理解しているワケではない。
だがコレは、仕組みを理解した上で、逆浸透を起こすための圧力を加える装置を備えるのは放棄したらしい。
そして時間はかかるが、重力によってソレを解決しようとしたのだろう。
その代わりに、膜の数をだいぶ増やしているな。
安全な飲料水を作れるようになるまで、かなり試行錯誤を繰り返した事だろう。
RO膜の材料になる酢酸セルロースやポリビニルアルコールは、合成樹脂の一種だ。
その原料となる石油は鉱物資源の一種だと考えれば、確かに「地のスキル」の持ち主である瑞基の得意分野と言える。
だが当時の施設で最も優れた「地のスキル」の持ち主であった、彼女の父親ですら、ソレは出来ないと結論付けていたんだぞ。
正確に言うと、コストに見合わないのだそうだ。
ゼロから土を生むことすら出来た彼だが、ソレすら比べ物にならない程に、生命エネルギーを消耗しなければ、石油も、ナフサも作れなかった。
そして作れたとしても、ほんの僅かな量で、放っておけば気化して無くなってしまう程の少量しか作れなかったのだ。
化石燃料と言うだけあって、化学繊維の素となる石油は、何百万年という単位で生物遺骸が油母に変わり、更なる時を経て炭化水素へと変化する。
「スキル」は夢のような能力だったが、それでも限界はある。
一個人が、例え少量だとしても生み出せる事実だけでも奇跡とも言える。
まぁ、「万物創造」はそんな奇跡のような事ですら、難なく出来たが。
質量保存の法則なんて、完全無視だもんね。
それこそ、精霊術に通じる部分があるよな。
精霊術も、霊力さえ消耗し、明確な結果をイメージさえ出来れば、文字通り何でも出来る力だからね。
……瑞基はもしかしたら、マジで精霊術が使えるのかもしれないな。
彼女は元々灯よりも若かったとは言え、せいぜい数歳程度の差だ。
この世界で何百年と過ごしているのに、灯のように年齢を重ねた外見になっていない。
霊力には細胞の活性作用があるのか、体内の霊力含有量が多ければ多い程、長生きをする傾向にある。
だがソレはあくまで霊力の貯蔵器官に溜め込んでいる霊力が多ければ、の話だ。
地球人にはその器官が無いせいで、体内の霊力保有量が一定値を超えると、分解されてしまう。
瑞基にはもしかして、俺やカノンのように、体内に霊玉があるのだろうか。
だから他の地球人が死んでしまった今でも、彼女だけ生きているのだろうか。
俺の正体を明かせるならば、アレコレ質問しまくれるのに!
カノンに質問させるか?
イヤ、どんな意図でした質問か、理解していないと次の質問をする事が出来ないよな。
コイツがテレパシーを使えれば良かったのに。
精霊の皆とは出来るのだから、人間同士でも出来て良いと思うのだけれど。
「素晴らしいです。
この技術が普及すると、砂漠地帯や高山地帯のような、水の確保が難しい場所で暮らしている方々も安心して暮らせそうですね」
「え、なんでですか?」
もう一度ヨイショしようとしたら、何故か質問をされた。
え?
むしろ、何故「なんで?」なんて言葉が出て来るのだ??
「海水や雨水のような、飲料水に適さない水にも使えると思ったのです、が……
見当違いな事を申しましたね。
済みません」
理由を述べ始めたら、みるみるうちに機嫌が悪くなった。
この村長、女が自分よりも賢いと腹が立つタイプか。
うぜぇ。
ペラッペラな謝罪の言葉で元の調子に戻ったが、フキハラって言うんだっけ?
不機嫌な態度を取って周囲をコントロールしようとしてくる辺り、マジで人間終わってるなぁ。
処した方が楽だし、皆ハッピーになるのでは?
その後も、村長ご自慢の畑やら鍛冶場やらを見せて貰い、気を使い過ぎて、そろそろ頬がコケそうになる頃。
ようやく樹化病の軽症者が隔離されている部屋に案内をされた。
……長かった。
長距離を歩くのは旅を続ける事で慣れはしたが、階段の移動って平地を歩く時と、登山をする時とは違う筋肉を使うせいか、いつもより距離自体は歩いていないのに、物凄く疲れた。
気疲れが肉体に影響を及ぼしたのかもしれないが。
村長とその取り巻きは、樹化病の患者がいる階層より上には立ち入りたくないようで、この後はどうぞご勝手に、と言わんばかりに階段の途中で引き返して行った。
溜まっている仕事があるからとか言っていたけれど、実際に仕事が立て込んでいるのなら、何時間も悠長に村の見学ツアーなんてしないだろ。
明らさま過ぎる。
あ”〜!
あのクソジジイ共がいなくなったのだし、今すぐ手のひら滅菌消毒したい!!




