神さま、巧言する。
「この右も左も分からない厳しい大地でセリアさんと巡り会えた事は、精霊様のお導きに違いありません。
見ず知らずの私達を快く受け入れて下さり、心から感謝致します。
村長様は、懐の広いお方なのですね。
助かりました」
「いやあ〜……困った時は、お互いさまというやつですよ。
ええ、ええ。
……なんでも、角骸鯨の角をお持ちだとか」
「ええ。
我々も角骸鯨を始めとした素材を求めてオプリタス大陸まで来たので、全てをお渡しすることは無理ですが……
安全な寝床を提供していただけるのであれば、命を救われたも同然。
融通させていただきます」
無償提供させるつもりであったらしい村長の表情筋と、握手を交わした指先が、ピクリと動いた。
既に片方握っているその手を、もう片方の手で包み込んで、ニコリと微笑めば、途端にデレッと表情を崩したが。
しかもその手を強く握り返し、「何日でも居て下さい」だの「勿論相応のお支払いをします」だの、自分一人では決められない事を適当に述べている。
ダメな代表の見本みたいなヤツだな。
更には「美しい奥方で羨ましい限りですなあ〜。私もあと十歳若かったら」なんて調子の良い事をほざいている。
セリアが言っていた通り、確かに色ボケしたタヌキジジィである。
タヌキと言うにはスリムだが。
しかしハゲ散らかしている頭頂部は、謎にテカっている。
そして口も予想通り臭い。
想像していた姿と違っていたのは、太さだけだ。
考えてみれば、食べている物が基本的に皆共通で、ソレに限りがあるのだから、太れるワケが無いんだよな。
だがそれ以外は、分かりやすく三Kを体現している。
汚い、臭い、気持ち悪い。
全て当てはまるのだから、見事と言う他ない。
出来れば薄めるタイプの消臭剤を、原液で頭から被せたい。
それが無理なら純度九九.五%のアルコールを、バケツで横から思いっ切りぶちまけてやりたい。
ニギニギとしてくる手つきも、離す時に手のひらをなぞってくる指の動きも、何もかもがグロテスクだ。
目付きが嫌らしいとか、そういう次元ではない。
もう、反射的に吐き気を催す。
胃液を何度飲み下した事か。
生理的嫌悪とは、この事を言うのだろう。
鳥肌が立って、背筋がザワザワとする。
こんな状態でも、笑顔を崩さない俺を、誰か褒めてくれ。
全ての準備を終えた後、セリアに確認したら、村長には命を救ってくれた客人を招きたい、としか言っていなかったそうだ。
ならばと、詳細はセリアには明かさない事にした。
なにせ聡い子だし、情も深そうだ。
いつも世話になっている賢者様である瑞基の大切な物を、村長が奪って隠し持っているなんて事実を知ってしまったら、正義感からどんな行動に出るかが読めない。
ただでさえ、子供って突拍子もない事をしでかすからね。
何かを聞かれても、最初から俺達の目的を知らなければ、演技をする必要もないのだ。
彼女に負担を掛けるべきではない。
幸い、村長が普段から人の話をろくに聞かない人らしく、子供の相手も面倒臭がるタチだからと、どのように助けて貰ったか、どんな出で立ちの人なのか。
そういう細かい所も伝えて居なかったそうなので、俺達の都合の良いように、どのように出会ったのかのストーリーを組み立てられる。
村長がクズで良かった。
そもそもクズじゃなかったら、こんな芝居を打つ必要も無かったんだけれどね!
事前にセリアにした打ち合わせは、魔物に襲われた所をカノンが弓で倒したと偽る事。
それとカノンの名前を呼んではいけない事。
それくらいだ。
カノンはツイキと呼ぶように言っておいた。
何故って、彼の父親の苗字だからである。
だから、嘘はついていない。
カノンも初めて知ったようだけれど。
ついでに瑞基も。
平民は苗字を持たないようだが、一時期一緒に旅をしていた元貴族なんかは、長ったらしい名前と苗字を持っていた。
カノンも一応王族なのだから、長くは無くても苗字を持っていると思ったのだが。
必要ないからと、残さなかったのだろうか。
しかしカノンの叔父である灯は、フルネームで柴灯と名乗っていたんだよな。
……漢字が面倒臭いから、教えなかっただけかもしれないけれど。
アイツ、そういう所あるし。
瑞基は何で知らなかったんだろうな。
奥さんの方の苗字にはしていなかったと思うのだけれど。
教えて欲しそうに目を輝かせていたけれど、ココで俺が漢字を知っていたらおかしいだろう。
なのでこの村を出立したら教えてやる事になった。
それまで俺が約束した事を覚えていると良いね。
俺は薬師の設定になった。
知識があるのか、ボロが出ないのか瑞基に心配されたが、日々カノンの回復薬の研究に付き合わされているのだ。
嫌でも知識は身に付いている。
なんなら、調合するフリをして「スキル」でそれっぽい薬を創っても良いし。
チート能力バンザイ。
俺が薬を作れる知識と腕があると思い込ませておけば、村長とて俺を無理矢理従わせようなんて思わないだろう。
余程のバカじゃなければ。
……そう思っていたのだけれど、もしかしたらこのタヌキ、余程のバカかもしれない。
今の俺は十代後半、もしくは化粧効果により二十代前半に見える、セリアが拍手して褒め称える程の美女だぞ?
ソレが余裕で四〇代、なんなら五〇代に乗っていそうなオッサンを通り越したジジィに、社交辞令無く笑いかけ、頬を染めてくれると本気で思っているのだろうか??
普通に考えて、有り得ないだろ???
初対面の手汗がひどいハゲに、こんな無遠慮に手を撫で回されて、喜ぶ女性がいると勘違い出来る神経って、ある意味スゴいよね。
どんな自分に都合の良い、夢見がちな世界で生きているのだろうか。
そんなストレスフリーな精神で居られるなんて、ある意味羨ましい。
ハゲ以外の悩みが無さそうだ。
打ち合わせの時、名前はそのままで良いのか聞かれたから、素直に偽名ですから、と答えておいた。
これでカノンが俺の名前を呼び間違えても、問題あるまい。
何故偽名を名乗っているのかは、当然聞かれたが。
久方ぶりに、カノンに拾われる前の記憶が曖昧で、よく覚えていないから、という設定を持ち出しておいた。
実際、地球で死んでからカノンに拾われるまで、自分がどのような状態だったのか、どうやって過ごしていたのか。
またどんな理由があって、死ぬ直前の状態で、他の地球人達が転移してから何百年も遅れてこの世界に来る事となったのかは不明瞭なままだ。
色々誤魔化してはいるが、ウソは吐いていない。
お陰でウソを吐く時独特の視線の動きや、心拍の上昇なんかも無く、言葉を発せられる。
地球出身の瑞基は、そういう心理学の勉強をしていないとも限らないからね。
気を使うのも一苦労だよ。
俺の頭部こそハゲてしまいそうだ。
……その時こそ、「万物創造」の使い時だよな!
どんな毛生え薬を作るよりも、確実だもの!!




