神さま、粧う。
コンコン、と響く扉をノックする音。
瑞基の「スキル」で作った物なのだから、土製の扉だろうに、よくこんな音を出せるな。
残念ながら、俺は口を動かせないため、返事が出来ない。
無言で居たら、入室の断りを入れる声が続いた。
「賢者様、入ってもよろしいですか?
……入りますよ?
失礼しま……、……〜〜〜っ!!?」
誰の返事も返って来ない事を、不審に思ったのだろう。
対話による問題解決が出来ず、何か良くない事が起きたのかもしれない。
そう不穏な事を考えたようで、おずおずと、眉を八の字にしたセリアが、ゆっくり扉を開く。
そして俺と目を合わせた途端、驚嘆による声にならない悲鳴を上げた。
ノドの奥で、しかもすぐに口を塞いだので、悲鳴自体は響いていない。
だが動揺したせいで、彼女は手に持っていたお盆の存在を、忘れてしまった。
口を両手で覆ってしまい、取りに行って貰った骨達が、見事に地面の上にひっくり返ってしまった。
あ〜あ、勿体ない。
セリアがお盆をひっくり返した瞬間に、思わず口を開いてしまったせいではみ出た赤い色を、指の背でグイッと拭った。
そして入口でもたついているセリアの手を取り、颯爽と中へと招き入れた。
今はまだ、準備中なのだ。
扉を開けっ放しにして、誰かが部屋を覗き込んだら困る。
お盆を拾い上げるためにしゃがもうとしたら、サラリと長い髪が前へと流れてくる。
あぁ、もう、鬱陶しい。
背中にペイッと流して、あらためて御盆を拾う。
そして空間を指定して、時間を少し、巻き戻す。
術が十分に行使されたのを確認した後、音を立てないように、扉を閉めた。
「え?えっ?」
混乱しまくっているセリアに、お盆を手渡す。
ソコには扉を開ける前の状態の、中身入りの皿が乗っかっていた。
余程余っていたのか、デカイ骨が五つも乗っている。
重かっただろうにムダになってしまったら、彼女に申し訳がない。
こんな事に力を使うなと、時の精霊にお小言を言われそうだけれど。
まぁ、食べ物をムダにしないため、女の子の笑顔を守るためだ。
文句程度で済むだろう。
「もう、落とさないで下さいね」
ニコリと微笑む唇は、不自然の無い程度の紅を引いて、赤くなっている。
拭ったから、はみ出している箇所は無いはずだ。
それ以外のパーツも、おかしくないハズなのだが……
なのにセリアは、角骸鯨を前にした時のように、目を見開き固まってしまった。
カノンの装いを整えた後。
俺も外見を弄った方が良いよなと思った。
前情報から遠ざかった方が、賢者御一行様ではないか?なんて疑問を持たれずに済むからね。
だからと言って、俺の外見でもカノンと同様、力が必要な戦士タイプの格好をしたら、違和感の塊になってしまう。
しかしパワータイプでは無い冒険者なんて、あとは術師くらいしかいない。
ならばそもそもの性別を偽ろうと思い至った。
賢者と精霊の使者は、野郎二人組だからね。
いつもより目を大きく見せるため、中央から目尻・目頭にかけてグラデーションになるように色を置き、アイライナーで隠しラインを入れた。
柔らかな印象にするため、眉を下がり気味に、目尻のラインは下へと向ける。
血色をよく見せるために、チークはピンクを。
通り過ぎている鼻筋は、ボカすために鼻全体にシェーディングを入れ、てっぺんには更に重い色を乗せた。
鼻筋の横には逆にハイライトを入れ、なるべく鼻を目立たせないメイクを心がけた。
女性らしい丸顔は作れないが、パーツを少しずつ女性っぽく装えば、なんとか女に見えなくも無いだろう。
なにせ半分は女なんだし。
一応。
この世界でも、化粧は普通にある。
どちらかと言うと精霊信仰による宗教的な意味合いが強いが。
それぞれの属性を現す色で、色々な紋様を精霊教徒が手の甲や額に描いている。
平民にはそんな金銭的にも時間的にも余裕が無いので、化粧自体は一般的ではない。
夏に日焼け止めの意味で粘土質の土と油を混ぜた物を顔に塗ったり、日焼けして熱を持った肌に香油を塗ったりはしているそうだが。
フェイスメイクだけで下地、ファンデーション、コンシーラー、フェイスカラー、チーク。
アイメイクだけでアイブロー、アイライナー、アイシャドウ、マスカラ。
……なんて細かく別れていたりはしない。
ここに口元のコスメも加え、更にそれぞれ使う道具が事細かに別れているのだから、女性諸君はホント大変だったんだなと、拍手を送りたくなる。
とは言え、化けるためにはそれくらい細分化して、顔を塗ったくる必要がある。
嫌疑を掛けられないために、この世界でも用意出来る道具を使い、奮闘する事一〇分。
セリアが扉を叩くのとほぼ同じタイミングで、ようやく化粧が完成した。
俺がメイクをしている間、カノンと瑞基はお喋りをしていたのに、途中から、今のセリアのように固まってしまった。
余程変な仕上がりになっているのだろうか。
鏡を見るが、特に変な所はない。
……と、思う。
違和感を抱かれる事は無いと思いたい。
だが途中経過を見ていない、完成状態しか知らないセリアですら、絶句しているしなぁ。
そもそも俺のセンスが無くって、ポリゴンメイクみたいに見えてしまっているとか?
ナチュラルメイクを心掛けたつもりなのだが。
やはり女性とでは着眼点が違いすぎて、違和感しか無い状態になっているのか?
整形メイクの仕方は「知識」から引っ張って来れても、実際にするのは初めてだ。
付け焼き刃じゃ不自然な仕上がりになってしまったのか。
半分女とはいえ、半分は男なのだ。
コレも女装と捉えるなら、気味の悪いものを見せてしまった事になる。
重ねて申し訳ない事をしてしまった。
未だにカノンも瑞基も、な〜んも仕上がりの感想を言ってくれないしさ。
瑞基はまだ分かるよ。
初対面の人にズケズケ言うような、非常識な人じゃないのだから。
だけどカノンは違うじゃない。
似合わないならそうと、ハッキリ言ってくれれば良いのに。
ちなみにフードによって認識阻害が掛かっていた髪色は、魔物の毛で作ったエクステの色に合わせてマット系になっている。
数日経ったら茶色に変色しそうな、緑がかったグレーだ。
施設でこんな色に脱色した時、カラーキープシャンプーをサボったら、見事に新緑色が枯葉色になった経験がある。
まぁあの時とは違い、実際に毛染めをしたのではない。
「スキル」によってそう見せているだけなので、解除しない限りは見た目は保持される。
女性らしさを強調するため、ゆるふわにカールもさせた。
俺の好みでは無いが、鏡を見た限りでは、悪くないと思ったんだけどなぁ。
素材として、女性にしては背が高い。
別人に成りすますためとはいえ、女装をするのは、流石に無謀が過ぎたか。
「アーク様って、女の方だったのですか!?」
ただいまの一言すら言っていなかったのにも関わらず、わなわなと震えながら、ようやくセリアが発した言葉は、突然の質問だった。
俺の粧いに対する、褒め言葉として取っておけば良いのだろうか。
「えぇと……
変装をしようという話になりまして、女装をしてみたのですが、似合いますか?
二人共、難しい顔をして、何も言ってくれなくて」
「すっごくおきれいです!
どこからどう見ても、女の人にしか……あ、でも、声は低いですね。
おばちゃんに比べたら高いですし、大丈夫、かな?」
「ん”っん〜……
コレなら、どうです?」
「わぁ!すごい!
完ぺきじゃないですか!
すごーい!」
男にしては高いが、女にしては低い。
なんとも中途半端な声である事は自覚していたが、やはり第一印象で女に近付けた外見では、低過ぎると判断されてしまった。
声を出すノドの場所を変えて、高めの声を出したらOKを貰えた。
音声通信をする時、女性がやる方法だよね。
ワントーンもツートーンも高い声を、ほぼ無意識で切り替えられるのだから、女ってスゴい。
それにしても、この世界でも齢を重ね、酒焼け、タバコ焼けしたノドの持ち主は、例え女性だろうがしゃがれた声になるのか。
嫌な学びだ。
顔と髪と整えたなら、あとは服だよな。
女性物となると、スカートだ。
「女性の裳裾丈は、私の年齢だとどの長さに……
あの、何故御二方はそのように凝視するのです?」
この世界の女性は基本、皆スカートを身に付けている。
そのスカート丈が年齢によって変わるのは、何となく街の人々を見て理解していた。
しかし具体的に、どの年齢でどれ位の丈を身に付けるのが普通なのかが分からない。
冒険者の女性を見た事が無いのだが、居るは居るらしいし、もしかしたら、冒険者の場合の丈も違う可能性がある。
だから聞こうと思ったのに、カノンも瑞基も、俺が女装メイクをしだしてからコッチ、全く一切言葉を発していない。
セリアのお陰で、余りの出来の悪さに絶句していたのではないと分かったのだが、未だにこの状態なのだ。
何かの病気かと疑いたくなってきた。
再起動のスイッチは何処にあるんだ?
それとも叩けば直るのか??
「ああ、いや……
化けるものだなと」
まぁ、漢字で書くと化けるに粧うだからねぇ。
元々ある形を変えて、飾り立てる事を言うのだ。
変わってくれないと困る。
「似合いますか?」
「いや、全然」
調子に乗って微笑んだら、スッパリ否定された。
どいひ〜。
頑張ったのに!
セリアは絶賛してくれているのに!!
ヨヨヨと嘆いていたら、「元の顔の方が良い」と、顔を背け、ぶっきらぼうに言われた。
その言葉は……ホモ疑惑が浮上するから、辞めた方が良いよ???




