神さま、失念する。
初期の樹皮が表面に出て来た段階ならまだしも、肉体の半分以上が 粉媒楢の外皮に覆われてしまっていたら、もう救う手立ては無い。
表面上はまだヒトの形を保っている部分があったとしても、内臓が喰われてしまっているからだ。
治療の手立てが無いからといって、鬱屈とした雰囲気のままいるのは良くないよな。
明るく努めていれば事態が好転するとは言わないが、鬱々しい重く暗い空気の中では、頭は働かない。
粉媒楢には花粉による寄生経路もあると分かったのだ。
ならばこれ以上の被害者を増やさないためにも、空気の浄化は必須になる。
すぐに 粉媒楢に喰われた人々を外に出せ、と言ったとしても、さっき来たばかりの余所者の話なんて、聞き入れて貰えないだろう。
助力を得られたとしても、物理的に外に運び出すのも難しい。
重労働だからね。
数も多いから「地のスキル」を使う瑞基か、地の精霊神:琥珀の協力が必要になる。
そして後者は、愛娘に合わせる顔が無いとか言って、オプスクリス開拓村にいる間は、姿を見せる事はないだろう。
「美味しいご飯、作って欲しいな〜」とおねだりをすれば、いつもなら二つ返事で出て来るのに。
むしろいつでも斜め後ろを陣取っているのに。
この世界では、施設で食べていたようなものをそのまま再現出来るワケではない。
味噌や醤油を含めた調味料は伝わっているし、施設で育てていた作物とこの世界の固有種を交配させているから、近いものは作れる。
だがあくまで‘’近い‘’であって、‘’同じ‘’ではない。
自然に発酵させるせいなのかな?
気候や湿度の問題なのかな??
調味料の味は、ちょっと慣れない。
塩とかケチらなくて良い分、むしろ地球で食べていたものよりも美味しいと思う料理も沢山あるけどね。
肉とか魚とか、滅多に食べられなかった物が食べられるから、食に関しては良い事が多い。
自分で作るのは、実験みたいで嫌いではない。
だが前世が料理人である琥珀の味を身体が覚えてしまっているものだから、彼が作ったご飯の方が、満足度がダンチなんだよね。
自分で作った時には気になってしまう、醤油や味噌の、独特の臭気が全く気にならなくなるんだもの。
魔物肉の野性味が、旨味に変わるのとか、どうやっているんだろう。
プロって凄い。
……そんな事を考えていたら、お腹がすいてきたな。
よし、メシにしよう。
「説明が一区切りついたのであれば、食事にしませんか?」
挙手をし提案したら、「何言ってんだコイツ??みたいな顔をされた。
俺の中では当然の流れだったのだが、余程酷い発言をしてしまったらしい。
だってお腹が空いてたら、頭が動かないじゃない。
鬱屈した気持ちって、眠い・寒い・ひもじいの三要素を解消すれば、落ち着く部分があると聞くし。
気分転換にもなるから、良いと思ったのだけれど。
おかしいな。
周りからしてみれば、おかしいのは俺か。
「貴方の年齢を考えれば、食事は確かに大切よね。
うん、それは……分かるけれど……」
「アーク様、オプスクリスは朝夕の二食が基本となってます。
なのでお夕飯まではまだ時間があります。
ですが肉体労働者や、育ち盛りの子供用にと、一応硯水も用意されてます。
お持ちしますか?」
「この極寒の地で、二食、ですか?
脂肪を身に付けないと、耐えられないのでは……」
「だから外へ狩猟に行く人員を絞っているの。
その人たちには、シッカリ三食食べて貰ってるわ。
……この子は遠慮をしがちだから、細身でしょう?
戻って来られたのは、奇跡だと思ってる。
賢者かどうか疑いはしたけれど、これでも、感謝はしてるのよ」
言って瑞基は、子に対するような優しい眼差しをセリアへ向けた。
自分の知識を伝授するための弟子と位置付けているのなら、接する機会も多いだろうし、情が湧くのも当然か。
感謝をしているのなら、押し問答なんてせずに、もっと早く村に入れてくれれば良かったのに。
この開拓村は、皆でこの集落を維持すべく、村民一丸となって運営をしているのだな。
仕事を持ち回りにはせず固定して、得意な者、向いている者にその役職を専門の生業にさせる。
危険を伴う狩りは、同時に責任も重く付きまとう。
獲物がとれなきゃ、餓死者が出てしまうからね。
その分食事を優遇させて、バランスを取っているのか。
その方法は利点もあるが、組織としては脆弱な部分を生み出してしまうため、本来はオススメ出来ないのだが。
外側を見るだけでは、その仕事の苦労は分からないものだからね。
狩りは危険だと、頭では分かっていても、死んだ魔物しか見た事がない人には、その脅威がどれ程のものなのか、想像するしか出来ない。
なんなら想像すらせずに、自分達より多く食事が配給され、優遇されている狩人に対しての、不平不満ばかりを募らせる人が、一定数いるだろう。
自分達が通ってきた道だとしても、働かずに間食が食べられる子供に八つ当たりをする、理不尽な大人もいそうだ。
持ち回り制にすれば、経験しているからこそ互いの苦労を分かち合えるし、ずっと辛い仕事が続く事に対して憂鬱にならずに済む。
せめて体験入学のように、身体能力的な向き不向きの他に、興味を持てるかどうか、積極的に取り組めるか試す期間を設け、本人の希望選択制にさせられれば良いのだが。
そんな事をしている人的資源の余裕が無いとか言うのなら、最低でも小学校のスタートカリキュラムのような、慣らし期間を設けなければならないだろう。
少々の食糧しか、重労働者の利点が無いんだろ?
少しでも苦手意識を無くし、充足感や達成感を得られるやり甲斐を感じる事が出来なければ、続けられないぞ。
きっと瑞基を含めた地球人が発案者だろうし、そんな気遣いはしていないだろうな。
施設では、決定事項に意を反したら、生存権の没収が基本だった。
同じように、従わない者は死を、なんて暴君な事をしていそうだ。
従わなければ追い出されるとなれば、諦めて受け入れる他ないもの。
そういう強制的な決まり事ばかりなら、彼女に対する鬱憤が溜まっていそうだ。
そのうち爆発したら、どうしよう。
友人の子供がリンチに遭うのなんて、見たくないぞ。
世界的にも飢饉や食糧難を原因として起きた、打ち壊しやクーデターは山程あるもの。
歴史から学ぶのであれば、一次産業を蔑ろにしてはいけない。
人員確保が難しいなら、せめて改善出来る所を見付けなければ。
……ん?
狩猟って、一次産業扱いで良いのか??
農業、林業、鉱業、漁業が該当するとよく言うよな。
正確には‘’自然界に働きかけて直接に富を取得する産業‘’が定義とされるのだから、狩りも一次産業になるか。
カノンが国王から申し付けられている‘’お役目‘’には、長年放置していた集落の発展も含まれる。
ココに住んでいる人達が、瑞基に不満を抱いておらず、生活環境改善も望んでいないのなら、 粉媒楢の問題だけ解決してサクッと発てば良い。
そうではなく、生活の質の向上を図るのであれば、聞き込みもしなければならないな。
そのためには、現状の文化レベルを知る必要がある。
住居や道具、生活必需品なんかは聞き取りをする時に見れば良いか。
後回しにして良いものは後回しにして、今必要なのは……
よし。
「ならば、一食恵んで頂きたい」
「……三食食えない程に慢性的な食糧難だと聞いておきながら、その発言をするのか」
怒りを滲ませた声で、カノンにツッコミを食らってしまった。
え、だって。
食生活のレベルを知らないと、どこまで発展させて良いのか判断出来ないでしょ?
雑穀粥と薄味の野菜とお肉を少々食べる程度の人達に、フレンチのフルコースの作り方を教えたらダメじゃない??
イモを中心に食べている人達に、麺を勧めるのも変じゃない???
まずは普段何を食べているのか、把握しなくちゃ。
なぜ怒られているのか分からず、改めて説明をしたら、「最初からそう言え」と溜息を吐かれた。
精霊の皆と話をする機会が多いと、自分の心で考えている事全部相手にも伝わっていると勘違いしちゃってダメだね。
いやぁ、ウッカリ、ウッカリ。
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伏して御礼申し上げます。




