神さま、浮足立つ。
「どうする?
二手に別れるか?」
「イヤ……カノンもここには来た事が無いんだろ?
何があるか分からないし、一緒に行動しよう」
簡単な地下住居の説明を終えたようで、言葉にひとつ、区切りがついた。
余程罹患者達の状態が悪いのか、瑞基は溜息を吐いて、病人が押し込まれている区域に入ると宣言をした。
ソレを受けて、カノンと短くヒソヒソ話をして、どのように行動するのかを決めた。
分担して行動すれば、片方が治療、もう片方が村の浄化作業が出来る。
効率が良いのは間違いない。
しかしそうなると、俺が何かしでかした時にフォローをしてくれる人がいない。
いつもならカノンと別行動をする時、肉体のON/OFFが出来る琥珀が保護者として付いててくれる。
だが瑞基と琥珀を会わせるのは、よろしくない気がする。
琥珀は、瑞基の父親ではない。
見た目が殆ど同じでも、その頃の記憶を持っていたとしても、あくまで、琥珀の前世が瑞基の父親なだけだ。
今の彼の立場は地の精霊を統括する、精霊神という立場にある。
幼い頃に死別した父の面影を追って、神に不敬を働いてみろ。
精霊なんて不可思議な存在が当たり前にいる世界なのだ。
どんな天罰が下るか分からんぞ。
瑞基には申し訳無いが、俺は琥珀の味方だ。
恩返しや罪の償いも理由だけれど、何より、友人だからね。
彼自身が会いたくないと言っている以上、会わせないように心掛けはしておくべきだろう。
そういう意味でも、カノンと離れるのは得策ではない。
作業効率は悪くなるが、重篤な症状を持っている人達は上層に集められているというのだ。
優先すべき人から診るのは基本だろう。
別れて行動しなくても、怪しまれはしないさ。
魔物を媒介とした感染症は、山ほどある。
解体する時にウッカリ怪我をしたのにも関わらず、そのまま解体を継続したら、傷口から細菌やウイルスが入り込んで感染する敗血症のようなものが、報告例が多い。
発熱や食欲不振程度の軽症ならば、聖水によって浄化出来る。
痙攣や不整脈のような症状が出たら、聖水の効果だけでは追い付かなくなり、回復薬の投与が必須となる。
更に意識を喪失していたり、多臓器不全を起こしたりすると、使い手の少ない治癒術を使わなければ治せない。
治癒術は先天的な素質の問題らしく、カノンは使えない。
妹のアリアは使えるが。
ちなみに、俺も使える。
稜霓の力を借りれば良いからね。
そうじゃなくても、俺には「絶対再生」のスキルがある。
大抵の病気もケガも、なんなら魂が輪廻に還ってさえいなければ、自然の摂理を捻じ曲げて死者を復活させることも可能だ。
余程の事がなければしないけどね。
そういう意味でも、重篤患者を見る間だけでも、二人揃って行動した方が良い。
カノンの手に負えなくても、俺なら対処出来る人がいるかもしれないからね。
ソレに俺では、この世界特有の病気が、初見では判らない。
鑑定眼を使えば、仔細まで分かる。
本来ならば分からない事まで分かってしまう。
俺とカノン二人で行動しているのなら、別に良いよ。
全く未知の病原菌に侵されてました、と言ったところで、賢者様が原因を究明・解決して下さりました、と言えばソレで通せるから。
実際そうやって何度も誤魔化して来た。
村の入口に施された精霊方陣の話も、同じようにカノンがやったと丸投げしたばかりだ。
あれで通せてしまう程に、‘’賢者‘’のネームバリューは凄いのだ。
だが未だに‘’賢者‘’か否かの疑惑が拭いきれていないらしい瑞基と、それに付き従う形のセリアが共に行動していると、俺とカノン、どっちが先に対処方法を言い出したかなんて、すぐにバレてしまう。
何より、鑑定眼の存在をバレるのは頂けない。
鑑定眼自体が、他に類を見ない能力だからだ。
鑑定眼は影が出来る対象物の情報を読み取る、闇の精霊の能力だ。
光の精霊:稜霓と同様、その力を使える精霊術師は、かなり限られている。
カノンが知っている範囲で、闇の精霊の精霊術を使えた人間は、俺を除いて一人もいないそうだ。
つまり俺は、激レアさんである。
カノンも右眼が鑑定眼になっているが、コレは元々、彼の持ち物ではない。
カノンの頭が半分吹っ飛んだ時、俺が治癒をしたのだが、俺がミスって、眼窩に納まるべき眼球を、彼の目を再生するのではなく、俺の目のコピーを創り、埋め込んでしまったのだ。
そのため俺の劣化版となっている。
なので彼の目は、右が金で左が黒の、非常に目立つオッドアイになっている。
コピー自体は過不足なくしたし、キチンと彼の身体に馴染んでおり、視界に不自然な部分はないそうだ。
しかし元々闇の精霊の適正が乏しかったらしく、使い慣れて来た今でも、俺の視界とは少々異なる景色が見えている。
他の誰も知らない事を、賢者であるカノンが知っているのは、なんら問題無い。
だがそのカノン以上の情報を、表面上彼の弟子という立場である俺が知っているのは、周囲からしてみれば違和感だろう。
口出しをし過ぎないように、注意しなければ。
「ココが最も症状が重い人たちの部屋よ。
セリアは……」
「わたしも、同席させてくだはい。
少しでも、賢者様方の知恵を学びたいです」
「分かったわ。
邪魔をしないようにね」
「はい!」
俺等はフェイクの関係だが、この二人こそ本当に師弟の関係なのだそうだ。
他の村でもそうなのだが、瑞基が村を離れてもそこで暮らす人々がやっていけるように、知識や技術を授けているんだって。
後進を育てているなんて!
カノンよりも余程偉いな。
精霊術は向き不向きがあるので、絶対的に使えない人が多い。
と言うか、使えない人しかいない。
だから「スキル」を精霊術と言い張っていても、問題が無いのか。
地球出身である地球人の瑞基は、科学知識がある。
この世界の常識からはかけ離れていたとしても、外部からの来訪者がほぼいないために、ソレにツッコミを入れる人がいない。
長寿故に地球人なのは周知の事実だが、その知恵が普通じゃない事は、皆知らないようだ。
それでも閉鎖的な地下住居において、実地で使える知識は生存率を左右する。
少しでも多く身に付けるに越した事はない。
限られた資源の中では、効率的に資源を運用出来ないと、文字通り、死あるのみだ。
空気ですら、貴重な資源になるんだもの。
配管による風の通り道を作って、地下の中を満遍なく外から入ってくる新鮮な空気が巡るようになっているが、一箇所でも通気孔に不具合が生じれば、全体の風の流れが止まる。
リスクを分散させるだけの知識が無かったか、現実問題として、外気を取り入れ過ぎてしまうと内部の温度が下がるために不可能だったのか。
かなり綱渡りな事をしている箇所が多い。
それこそ、他の地下住居でも過去に起きたようだが、小火だとしても、火災が発生しようものなら、酸素濃度が一気に下がって、かなり危険な状況になるだろう。
消火をするのに水を使い過ぎてもいけないし、色々と制約が多い、不便な生活を強いられているに違いない。
所々観葉植物のような木々があるけれど、この程度で住民の酸素が全て賄えるとは思えない。
植物とて、呼吸をしているのだ。
二酸化炭素を当たり前のように放出している。
あくまで光合成において、体内に取り込みたい炭素の余りである酸素を体外に放出しているだけだからね。
光合成速度と呼吸速度の比率は、だいたい一〇:一〜二〇:一になるので、光を当てている間は、酸素の放出量の方が多いのは事実だけれど。
だからといって、ずっと光を当て続けているワケにもいかないからね。
人間だって二十四時間不眠不休でフルで働き続けていたら、倒れるし死ぬでしょ?
植物も一緒だ。
光合成をし続けると、葉緑体が減って脱色され、必要なエネルギーが生成出来なくなって死ぬ。
そう考えると、この照明って切ることが出来るのか。
ならば発電機もあったりするのか?
もしくは瑞基以外の地球人がいて、その人が担っているのか。
そういう情報も、説明して貰わなければ、知る機会は無い。
そして教えて貰うキッカケというものは、質問から始まる。
好奇心が旺盛で、学ぶ事に貪欲な人を選び、学ぶ事を苦と思わない。
その上でこういう場面でも挑む度胸がある、肝の据わった人を選んで学ばせているそうだ。
俺等にも協力して欲しい、と言われたけれど……
この世界の、特にこの地下住居の常識に関しては、俺が一番無知だと思うよ。
むしろ、学ばせて下さい。
そう言いそうになって、辞めた。
俺が地球人だってバレちゃダメなんだってば!




