神さま、説明を受ける。
開かれた扉の向こうには、思ったよりも広い空間が広がっていた。
廊下側の扉の数を考えると、部屋が余りにも広過ぎる。
中を区切る壁を、とっぱらってあるのかな。
ワンフロアぶち抜きって感じ。
重病者の看護をするのに、扉を出て入ってと人数分繰り返すのは手間がかかる。
作業効率が上がるし、この方が空気が籠らなくて良い。
「スキル」を使えば壁くらい、すぐに生やせるし、撤去も出来るのだ。
確かにしない手はないよな。
扉をくぐると先ず目に入るのは、沢山の木だ。
背丈は高くないが、幹が結構立派に見える。
樹齢何年だろう。
極寒な上日照時間が殆どない、外から持って来た物ではない、よな。
ここまでの道中見た、針葉樹とは形が全然違うもの。
まさか、開拓する時に持って来たのだろうか。
それとも地下生活に必要だからと、後から持ち込んだのかな?
植物が多いと、空気の浄化を図れるものね。
光合成によって空気を吸収する際、植物はカビを含めた空間中に浮遊する、人体に有害な物質を一緒に吸着してくれる。
しかもソレを分解・除去してくれるのだ。
植物って、マジ有能。
主にシックハウス症候群を引き起こす原因となる、有害物質に対する効果が高いとされる。
あとはフィトンチッドのように、高い殺菌力を持つ揮発性物質も放出する。
森林浴をすると、独特の良い香りが森中に広がっているが、あの香りだね。
殺菌力の他にも、癒しや抗ストレス効果がある。
空気清浄機が無いのだもの。
空気を綺麗にしてくれる植物は、確かに有効だろつ。
こういう気遣いが出来るのって良いね。
やはり瑞基の案だろうか?
それとも経験則で学んで、この世界の病院では当たり前のように取り入れられているのだろうか??
まさか呼吸器が無いから、その代わりに置いている、なんて事は無い……よな?
「患者様は、どちらにいらっしゃるのですか?」
部屋をぐるりと見渡すが、人っ子一人いない。
看病をしている人すらいない。
それはまぁ、重篤者はもう死を待つのみ、という状態なら、放置されていても理解は出来るか。
沢山植えてある木の影になっているのかと思ったが、ベッドもない。
扉が見当たらないだけで、まだ奥に部屋があるのか?
……間違いなく、この壁の奥は土なのだが。
「貴方……本当に賢者の弟子なの?
もしくは、やっぱりこの人が賢者じゃないのかしら?」
え、俺なんか失言した?
もしくは、変な行動を気付かないうちにしてしまったのだろうか。
キョロキョロ周囲を見渡す動作は、カノンもしていたよな。
……思い返しても、特に何もしていないと思うのだけれど。
まさか、一旦は納得したのに、またカノンが賢者を名乗る不届き者だと嫌疑をかけられるとは思わなかった。
俺は一体、何をしでかしたんだ?
「我々はフェニエス大陸からトルリダ諸島を経由し、オプリタス大陸に上陸した。
それにコイツは俺のもとで学び始めてから、半年程度しか経っていない。
成人して間もないし、知らなくても当然だろう」
「ええ!?
アーク様ってわたしと同い年なのですか!?」
「え……セリアって……」
「今年で十五になります!」
十四歳じゃなかったっけ?
そう言おうとした所、即座に言葉を被せられた。
動揺して、墓穴を掘る所だった。
年齢は鑑定眼で見た情報だ。
彼女の口からは、聞いていない。
ウッカリ言っていたら、更に怪しまれてしまっただろう。
意識はしていないのだろうけど、フォローせんきぅ!
「カノン……アナタに会った時こそ十五でしたが、私は誕生日を迎えてます。
既に十六になりましたよ」
「そうだったか?
細かいことは気にするな。
俺が言いたいのはお前の年齢云々ではなく、ここで蔓延している病気が、フェニエス大陸では一般的ではないから、お前が知らなくても当然だ、という事だからな」
同じ歳じゃない、むしろニ歳も上だと聞いて、セリアは安堵の溜息を吐いている。
だがそれでも、年齢差が然程無い事実には、少なからずショックを受けたらしい。
俺の体格や知識、雰囲気が、自分と余りにもかけ離れ過ぎているのだそうで。
俺が年寄り臭いって事?
おじいちゃんと一緒に行動しているせいで、加齢臭に汚染でもされたのだろうか。
ぴっちぴちの十六歳なのに!
自分が長生きしてて年齢に無頓着だからって、人の年齢まで適当にならないで頂きたいものだ。
三桁生きてる人間からしてみれば、一、二年の年齢差なんて、気にする余地も無い程度の誤差でしか無いのだろうが。
今回オプスクリス開拓村で猛威を奮っている病気について、セリアが説明してくれる事となった。
復習を兼ねてだそうだ。
確かに、自分の知識として定着させるのに、人に教えるのはとても良い方法だものね。
たどたどしかったとしても、大人しく聞きます。
罹患している病名は‘’バルケモンス‘’。
正確に言うのならば、罹患し手遅れになったモノに対して、その名称を使うそうだ。
セリアの説明に、早速瑞基の補足が入る。
初期症状は発熱と倦怠感。
よくある風邪の諸症状と一緒だね。
五日程度で回復する者もいれば、次の段階に移行する者もいる。
高熱と息苦しさが酷くなり、意識が朦朧とする頻度が増える。
食欲不振になり、手足が思うように動かなくなる。
この頃から、動かし辛くなった手や足の一部に、芒のような鱗片が生えてくる。
はしか。
麻疹、ではない、よな。
発疹ではなく、同時に鱗が出るんだもの。
……ウロコ?
なんで人間の身体に、鱗??
頑張って説明をしようと言葉を探すセリアの言葉が切れたタイミングを見計らって、カノンに尋ねる。
芒は細かい針状の、硬い突起だそうだ。
病気の副作用によって、毛が硬質化してしまったのかと錯覚してしまうような毛が、本来毛が生えないような関節部分から主にはえてくるのだと言われた。
男性ホルモンの影響で、女性や体毛の薄い人でも剛毛化したり、本来生えないような部分にまで毛が生える、多毛症なら聞いた事がある。
ストレスによってスネ毛やヒゲが立派になる、精神的にも、処理をしなければならない手間的にも、主に女性に負担が掛かる病気だ。
だがソレとは違い、この病気はそんな芒と共に、皮膚が鱗のように変貌する。
強皮症や白癬ではなく、文字通り、鱗のような物が皮膚の表面に生えるらしい。
へぇ〜……
ホント、不可解で摩訶不思議な世界だな、ココって。
だがそれでも、この段階で改善すれば、まだ回復の見込みがある。
熱が引き食欲を取り戻し、芒が剥がれ落ちれば問題ない。
寝たきり期間が長いと、リハビリこそ必要になるが、再び日常生活を取り戻せる。
しかし回復しなければ、次第に鱗片の範囲が広がっていき、関節が固まり、身体が動かせなくなってしまう。
こうなるともう、悪化しかしない。
助かった事例は、ゼロだ。
最悪、芒から生えてくる実が落ちれば、ソコから周囲の人達へと広がってしまう。
……はい?
なんのこっちゃとカノンに再び視線で尋ねる。
しかし、いいから話を聞けと言わんばかりに、口をへの字に曲げたまま、セリアに顎を向けた。
疑問を持ったまま説明を聞けって、かなりモニョるんですけど。
この歯痒さを、一刻も早く解決したい。
だが残念ながら鑑定眼は、辞書ではない。
病人がいれば視て、「芒の実って何?」と聞いて、説明を表示させられるのだが。
患者がいないので、ソレは出来ない。
施設のマザーコンピューターにアクセス出来る「知識」も、地球の情報しか載って無いから、接続した所で意味が無い。
精霊の誰かに脳内回線を繋げて尋ねれば、答えてくれるだろう。
だがそうなると、俺は聖徳太子ではない。
複数人の話を一気に処理が出来ないので、せっかく一生懸命説明をしてくれているセリアの努力を、蔑ろにしてしまう。
何も知らない、無知な俺のために話しているのに。
ソレは人として、しちゃいけない行為だろう。
今はカノンの言う通り大人しく聞き、後で質問タイムを設けて貰おう。
鱗状に硬くなった皮膚の範囲は、日に日に広がる。
手足の形が固定されると、その頃には会話は、ほぼ出来なくなる。
水は辛うじて、与えれば口から飲むが、その頃にはもう、人と呼んでも良いのか判らない見た目に変貌している。
足は地面に伸び、腕は天を向く。
目は虚ろで知性は感じられず、意思の疎通も出来ない。
全身に広がりきった芒の樹皮に覆われて、見た目はほぼ、森の樹木と変わらなくなる。
……はい??
樹木???
聞き間違い、ではないらしい。
この部屋にある木々を、見回す。
樹化病。
ソレが、この村を襲っている、病魔の名前だった。




