第2話 危機と一発
辺りを見渡すと、ここが森の中であることはすぐわかった。都心にある高校からは、かけ離れたような景色だ。
手には杖と、片手でギリ収まるくらいの厚さの、分厚い本を一冊持っていた。
服は制服ではなく、現代ではまず見ない服装をしていた。魔法使いだからか、大きなとんがり帽子に長いローブを身につけていた。
どういうことだ?何があった?告白は?失敗か?いや、実行すらできてない。
早く戻らないと。
ここがゲームの中なら、さっきみたいに画面の一つや二つ出て、ログアウトとかできないのかよ。
そう思い、あらゆる動きを試したり、身体中を探すも何も出てこない。
まずいな。そもそもここはどこで今はいつだ。帰れるのか?ここは日本なのか?海外ならパスポートがない。そもそも金がない。こんな状況では、告白どころではない。
そんな現実的な焦りが襲ってくる中、新たに俺を襲ったのは、圧倒的な非現実だった。
目の前に、濃い緑色の小柄だか恐ろしい形相をした何かが立っている。人ではない何か。
小さくうねり声をあげ、こちらの様子を伺っている。相手の手には何も持っていない。
なんだこいつは。RPGでいうゴブリンってやつか?
それならば味方ではないだろうな。
そして、やっぱここはゲームの中なのか?
「……グゥアァ!!!!」
冷静に思考をしている場合ではなかった。
ゴブリンらしき何かが、森の中の静寂を切り裂き、襲いかかってきた。
「うおっ!」
ヤツの動きは遅いが、突然の出来事に戸惑った俺は体勢を崩し、地面に倒れる。
ヤツは大きな爪で俺を切り裂こうとする。
俺は咄嗟に倒れた体を横に回転させてずらし、回避するも、
ヤツはもう一度こちら目掛けて爪を向け、力一杯に振り下ろそうとする。
俺は急いで立ち上がり、走った。だが、ヤツの足は俺のダッシュと同じくらいのスピードを持っていた。
まずいまずいまずい。
逃げきれない。
森の中だし、何か建物も見えない。
「誰か!いないのか!助けてくれ!」
大声をあげてみる。
返事はない。
これは俺がどうにかしなきゃいけない。
一度でも攻撃を喰らったらどうなる?
あの仰々しい爪で裂かれたらどんな痛みが?
そう思うと、まだ走り始めなのに大粒の汗が止まらなかった。
一つ思い出した。今、手には杖と本がある。俺は今魔法使いのはずだ。これらで何かできるはず。
走りながら、本を開く。
適当に開いたページには左ページに絵が描かれ、右ぺージには知らない言語で説明らしきものが書かれてた。
おいまじかよ。日本語版で渡してくれよ。それか都合のいい翻訳能力も授けといてくれよ。
もう一度そのページを見る。
書かれている絵は、炎に見えるのでおそらく発動される魔法のことだろう。
そして、説明文の1番上に「」と、太字で強調された短いフレーズが書いてあった。
これは、おそらく呪文だろう。これを唱えれば発動できるはず。しかし読めない。
説明文の部分もうっすら英語っぽい単語がいくつかあるが、文章を通しての意味を把握することはできない。
俺はページをめくり呪文の部分が読めそうなページを探す。
!ここならいける。
二つの単語が並んだ呪文が書かれたページを見つけた。
一つ目の単語の頭文字にFのような文字が見える。
俺は炎属性を選んだはずだから、この単語はファイアかフレイムと読むのだろうだろう。
二つ目の単語は頭文字から見知らぬ文字とスペルで書かれてるためわからないが、
絵が丸まった炎であるから、後半のフレーズは、ボールとか、サークルと読むんじゃないか?
俺は振り返り、試しにこう叫んだ。
「ファイアーボール!」
途端、杖の先から炎がジリジリと現れるも、すぐに消えていった。呪文を間違えたか?
そして、フレイムや、サークルに言い替えて、何度も呪文を唱えてみるも、炎が一瞬現れるだけだった。
まずい。もう体力も限界だ。登下校以外の運動をしてこなかったせいか。
一か八か、この分厚い本でゴブリンをぶん殴るか?
いや、この本を失ってはまずい気がする。
だが、ヤツはすぐそこまできてる。やるしかない。
俺は走るのをやめ、ヤツが追いついてきた瞬間、
俺は、本ではなく、地面にあった拳サイズくらいの岩を拾って振り下ろした。
バキィッ!!!
岩をヤツの頭にぶつけたとき、砕けたのは岩だった。
「なッ…!」
ヤツはそのまま俺の腹に突進してきた。
「うぐぉっ…!」
俺は吹き飛び、背後にあった茂みに背中から突っ込んだ。
嘘だろ…。まずい。いやこれはまずいぞ。
口から血が少し垂れてくるのを感じる。同時に腹に受けた衝撃からの痛みが伝わってくる。
苦しい。動けない。
ヤツは、茂みに浮かび倒れてる俺に気付き、再度走り出してきた。
動け動け動け。
恐怖と、痛みと、焦り苦しみが強く襲う。
それでも身体は動くことを拒む。
ヤツが目の前に迫る。仰々しい爪を構えた。
そのとき、
ビュンッ…
ザクッ!!!!
ヤツの胸に何かが刺さり、付近から血が噴き出る。
「ウグォォゥ……」
ドサッ…
ヤツが俺の目前に倒れると、ヤツの腹に刺さっているのが矢だということに気づく。
そしてもう一つ気づいた。
ヤツの後ろから誰かが歩いてくる。
「大丈夫……?」
そこには中野さんが立っていた。手には弓を携えてる。
屋上にいた彼女もまた転移させられていたのだ。
グローブ、マントを着用して、矢筒も背負っており、なんとも弓使いらしい格好をしている。
彼女は弓使いを選んだのか。
彼女は、俺に心配の言葉をかけると、走ってこっちに向かってきた。
「まずい血が……動ける?」
彼女は弓を置いて、そう声をかけてくれた。
「ゴホッ…うんうん大丈夫だよ、多分」
俺は身の安全が確保されたことに安堵しつつ、彼女が弓矢でゴブリンを射止めたことにも驚きつつ、そして助けてくれたことへの感謝が込み上げてきた。
「ありがとう!ん、ゴホッ!」
ついでに血も込み上げてきた。
「大丈夫じゃないよね…?口と、特にお腹の出血がひどいよ。病院いかなきゃっ」
突進を喰らったことに加え、茂みや木の枝に突き刺さったことで、俺の服の腹の部分が赤く染まっていた。
それを彼女は心配そうに見ている。
彼女は何かを考えたあと、せっせと動き始め、
「えっと、とりあえずこれで…」
そう言うと彼女は着ていたフードのついたマントを脱ぎ、俺の腹に当てた。
「あ、ありがとう。」
そして、肩を貸してくれた。
「とりあえず、町とか、探そっか。ここがどこかはわからないけど、さっきみたいな怪物もいるのにここに居続けるのは危険だよね。怪我も診てくれるとこを探そう。」
俺は頷いた。
2人で森を歩き始めた。




