表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

第一九話「要塞攻略」

 ホントはロノウェ航路に関してはもっと描写したいことが多いんだけど、それやってるとつまらんくなるんだよね。なのでほぼ割愛です。

 ロノウェ星の特定という偉業を為したという実感が、当時のパーシヴァル艦隊にあったかどうか。後にフェルディナンド・ムラタは振り返る。


「あの時は誰も、そう、誰もそんな実感なんざなかったよ。むしろ、全員、ここからが正念場だと言って気を引き締めていたな。特に、参謀長は怖くなった。兵たちはもう二カ月も家に帰っていないから、士気モラルが低下し始めていたんだ。参謀長は、常に周囲に目を配って、叱咤したり励ましたりする場面が増えたな。だからあの作戦の一番の功労者は、参謀長だったんだよ」


 事実、エルネスト・シュタインメッツ大佐は未探索航路の往路の後半に於いて、しきりに各艦を回って視察していたことが記録されている。シュタインメッツはかつて、著名な地上部隊の指揮官として勇名を馳せていたこともあって、兵たちは彼の姿を見る度に勇気づけられたという。


 この時期、ミュラーには一切の仕事が存在しなかった。パーシヴァル艦隊が航行する未探索航路は連盟軍の通信圏から大きく逸脱しており、また、帝国軍の通信圏でもないので、通信傍受と情報解析という、情報参謀の仕事が全く存在しない。ここに、情報参謀という役職の中途半端さがある。補給物資の確認などの仕事は主計参謀マリオ・バドリオの専門分野だし、艦隊内の連絡などは通信参謀ドーギー・トートのものだ。作戦立案などは作戦参謀フェルディナンド・ムラタが行っているし、艦隊運動データの取り扱いでは航法参謀フュリアス・マゼランという大道芸人がいる。艦隊司令官ユウリ・パーシヴァルの補佐をしようにも、そちらは副官ステファニー・クレマンソーがより有能であるために実る事は無かった。参謀長シュタインメッツのように名前が広まっているたちでもないので、士気の向上に貢献することは全く出来ない。実戦周りに関しては完全に門外漢である。


 結局、ミュラーのすることと言えば、艦橋に上がって適当に雑談をするか、仕事を手伝ったり、あるいは時々二〇名ばかりの部下がコーヒーを燻らせるだけの情報部室に顔を出しては、“知的サボタージュ”と称して回顧録じみた自伝を執筆してみたりするのである。パーシヴァル艦隊の航跡は確実に歴史に残る。その時、それを証言する者の記録は必要だろう、と考えてのことだったが、「闇の中を黒鉄くろがねが歩んでいる。赤目の女提督が率いる探検隊である」などという、素質センスの皆無な冒頭第一文を綴ってしまう。


 部下たちには「インクと紙が勿体ない」と酷評され、意気消沈して大人しく帝国軍の暗号解析の反復をしていた。尤も、それも過去に解読した暗号で、現在は使用されていないパターンの暗号なので、それの解析作業と云うのは“仕事をしているフリ”でしかなかった。焦慮の末の開き直りである。

 焦慮とは、ティアマトを出立する前にヴィンソンと会話した時に感じた、自分の異様な無謬性である。ミュラーの内奥には、三浦丈二という人間が存在している。彼は傍観者のつもりであるし、この銀河世界の歴史に介入しようという意思がない。だが、ジョージ・ミュラーという人間の行く末という点に思いを馳せた時、自分が想像するよりも、明日を生きるのに必死であり、元来の目的(何故この時代へ来たのか)や、ジョージ・ミュラーの妹探し以上の、自分自身に宿るべき目標を一切持っていなかった。

 真に宙ぶらりんなのは今は仕事を持たぬ情報参謀という役職ではなく、自分自身の存在の空白性に来するものではないか…………。自分が、想像より無責任な生き物に思えて仕方なく、その癖に社会への識見を一定量保有して批判的になっている様が滑稽に感じられる。エヴァ・エルメンドルフという養女を得たにも拘わらず、だ。

 グシオン星系を出発する前、ヴァン・フューリーの元を単身で訪れたことがある。三浦丈二としての経歴は当然ながら伏せつつ、両親の犯した罪とそれに連なる自分の無謬性を告白した。ヴァン・フューリーはミュラーを興味深そうに見詰めながら「面白い経歴だね」とまず感想を述べた。


「つまるところ君は、妹を探し出した後の目標が無いんだね。軍人としての欲望がない、と」


 欲望がない、というのは初めて言われた事だった。だが、そう言われてみれば、ミュラーは欲と言えるものは三大欲求か、それと同質と言えるレベルの、貪欲と言える知識欲くらいしかない。それ以外は、はっきり言ってしまえば、どうでも良かったのである。


「安心したまえ、実は私もだ。私も本当は、家を買って年金暮らしが出来る程度の階級になったら退役しようと思っていたんだ。それが何を間違ってか、今や提督だ。面白いように出世してしまうものだから、今はどこまで上がれるかを楽しみにしている」

「軍人としての時分を愉しんでいる、と」

「聞こえは悪いが、そういう事だね」


 ヴァンは云う。自分も食う為に軍人になった、と。目的も特になく、軍人を辞めた後のみちも特に考えていない。しかし取り敢えず、何故か過分な役割と責任と能力を与えられてしまっているので、目の前の仕事をこなして、出来ればこの不毛で無駄な戦争を片付け、それから遅きに失した自分探しがしたい…………。


 ミュラーは此処に、自分の生き方に改めて一定の方向性ベクトルを得た。自分が何者かを探究することも、実はそう大したことではない、とヴァンは運命論をやんわりと否定したのだ。その代わり、敢えて造語するなら使命論的な考え方も提示した。その使命論にミュラーも一定の共感を得たのであるが、その思考形態の変遷がつい最近であったために、高まったモチベーションを持て余していたのである…………。



 一一月二〇日、パーシヴァル艦隊はフェネクス星系を目視可能な位置にまで進出していた。三角航法による未探索航路の突破は、此処に達成されたのである。その前日に、連盟軍は史上最悪の敗北を喫したマルコシアス会戦が終局したことを考えると、何とも間の悪い話であるが、この時、連盟軍の通信圏におらず、また帝国軍の通信圏にも入っていなかったため、それらの情報の一切は伝わっていなかった。伝わっていたところで、ユウリは作戦を決行したことに変わりはないだろう。

 パーシヴァル艦隊は、過去に何度となく行われた連盟軍によるアルス・パウリナ要塞攻略戦の戦訓から、要塞の持つ光子力レーダーの探知範囲と出力を大まかに把握していた。そして、アルス・パウリナ要塞はそのレーダーに頼り切った偵察計画をしており、その怠惰こそが最大の弱点である。しかし、その弱点も要塞それ自体の堅牢さによって殆ど文脈的な意味合いを持っていなかった。


「そこに付け入る余地がある」


 ユウリ・パーシヴァル中将は、フェネクス星系の二連恒星を眺めながらそう云った。航路哨戒のみしかやってこない以上、探知範囲外から星系に進入した吾が艦隊は敵の目を逃れながら活動する事が出来る。不可視とは、最大の機動力となって敵を襲うのだ、と。

 赤目の女提督は、二〇〇〇個の氷塊を引き連れた艦艇群を加速させたと同時に、ミュラーとドーギーに命令を下した。


「発・帝国軍軍令参謀本部。敵艦隊は未探索航路を通過し、フェネクス星系へ迫りつつあり。要塞駐留部隊で対処せよ」


 その一文を、アルス・パウリナ要塞へ送信したのだ。これはミュラーの得意分野であった。膨大な敵通信を解読し、最新の暗号法則を予測して作成した通信である。果たして、要塞の側では動揺が広がった。


「総員戦闘配置だ!ぬくぬくと、惰眠を貪っておる暇はない!」


 大将の階級章を着けたオークが司令室へ怒鳴り込んだ。要塞司令官ワージム・エジョフ大将は、官僚型の軍人としては有能であったが、この場合はその紋切り型の固定化した指導が全てを悪い方向へと転がした。要塞の光子レーダーを最大稼働させ、火器管制システムと連動させる。想定外の方位から来る敵に対し、よく考えもせずにマニュアル通りの動きをしてしまったのだ。

 しかしそれも無理は無いだろう。一カ月も前に、愚かにも未探索航路へ進入し消息を絶った半個艦隊が、今になって出現する────予測して対策を立てろと云う方がまた難しい話だった。

 そして、要塞を守備する宇宙艦隊────イワン・バカーチン大将は、オーク特有の大きな鼻から息を荒々しく吐きながら「蹴散らしてくれるわ」と意気軒高に、一万隻の艦隊を率いて出撃していった。

 その様子は四光時も離れた位置に在ったパーシヴァル艦隊にも観測された。目に見えて要塞は活性化し、光子力レーダーの最大出力発揮の兆候と火器管制システム群の起動を確認。また、要塞駐留艦隊が俄かに軍港部分から出撃し始めたのである。


 掛かったな、とミュラーは考えた。連盟軍宇宙艦隊総司令部は、パーシヴァル艦隊を囮に使った。小勢の彼らを大々的に送り出し、自分たちは史上稀に見る大艦隊の波状攻撃でマルコシアス星系のアルス・ノヴァ要塞を陥落させようとしたのだ。その裏を読み、ユウリ・パーシヴァルは未探索航路を選び自らの生存を帝国軍、そして連盟軍にも絶望視させることで、陽動の役割を奇襲の本懐へとすり替えたのだ。


 奇襲は成功しつつある。


 氷塊を引き連れた二〇〇〇隻が、数十分の加速の末、亜空間跳躍ワープ・ドライブ以外で発揮し得る最高速度に到達した時、ユウリは氷塊群を切り離させた。

 果たして、小惑星かそれ以上に匹敵する巨大氷塊の群れは、スリングショットのように打ち出され、光速の五〇パーセントにも匹敵する速度で星系最外縁から一挙に要塞へ肉薄する。氷塊群は二つの恒星の太陽風に晒され、まるで飛行機雲にも似た尾を引いた。半人工的な彗星の群れである。彗星弾とユウリは名付けていた。

 その派手な彗星群に気が付いた要塞と艦隊が、氷塊群に猛射を浴びせた。しかし、全ては遅かった。艦船砲程度のビーム出力では、彗星を溶かすどころか、蒸発した分が彗星をコーティングし、熱への耐性を高めている。これは望外のことであったが、それが大変有効に作用し、すぐに結果を齎した。彗星弾は艦隊を引き裂き、要塞を直撃────することはなく、そのすぐ後背のフェネクスを照らすふたつの太陽へ突入したのである。

 その二連星は、星としての最盛期を過ぎつつあり、それに伴い温度の低下が始まっていた。彗星弾の質量であれば、少なくとも蒸発しきることなく恒星表面に到達できるほど、その熱は喪われていた。


 ところで、ユウリは彗星にあるものを仕込んでいた。それは、ひとたび炸裂すれば惑星ひとつを粉みじんにしてしまうほどの極大出力の水爆である。


 それが二連星の表面で、何百個も炸裂したのである。


 恒星風が嵐の如く激しく荒れ狂った。過剰に供給された莫大なエネルギーを処理しきれず、恒星はそのエネルギーをいちどきに大量に放出し、至近にあった帝国艦隊と要塞を酷く打ちのめした。次いで、莫大な量の電磁波が両者を襲い────最大稼働していた数万種の電子機器が、小型爆弾となって無数に破裂した。


 電磁パルスの大渦が星系を一周したあと、もはやフェネクス星系に活動可能な電子機器は残っていなかった。宇宙服の空調から、大型戦艦の火器管制システムまで、全てが破壊し尽くされていた。要塞と艦隊は、ふたつの太陽の活動周期上、充分なEMP対策は施されていたはずであったが、それは通常活動に於いての電磁パルス強度を想定したものであり、理論上発生し得る上限値などは仕様外の事である。

 斯くして、パーシヴァル艦隊は星系内へ悠々と舳先を進めた。要塞はラグランジュ・ポイントにあるのですぐには恒星表面へ落下しないが、要塞駐留艦隊は幽霊船のような様相を呈して漂流しており、その何割かは二連星へ落下する途上にあった。


「発光信号で降伏を呼び掛けろ。あちらも、発光装置程度の機器ならまだ生きているだろう」


 帝国軍艦隊は次々に降伏し、武装解除をしつつパーシヴァル艦隊所属艦に牽引され、安全宙域まで曳航される。間もなく、要塞にも白旗が上がるのが確認された。ここに、何百億もの人命を吸い取りながらも堅壁を誇ったアルス・パウリナ要塞は落城したのである。────ただひとりの犠牲者も出さずに。



 勝利の歓喜は、長くは続かなかった。工作艦部隊の九割を投入してアルス・パウリナ要塞を修復している最中、哨戒中の駆逐艦『ベルトリンゲンⅪ』が、星系外縁のゲーティア要塞方面の航路より来航する複数の艦影を探知したのである。落城直後の一一月二四日の事である。

 この時に至っても、未だパーシヴァル艦隊は連盟軍の通信圏から孤立しており、マルコシアス会戦の顛末を知らされていない。自力での恒星間通信をするには、まだ先日の電磁パルスによる磁気異常の影響が強く残っており、専用の強力な通信設備を備えた通報艦を用意しなければならないが、未探索航路にそのような貴重な艦を連れてはいけないとして、今回は伴っていなかった。

 従って、恒星系内の長距離通信も怪しいので短距離通信のリレーを行い、やや時間を掛けて占拠したばかりのアルス・パウリナ要塞へその報せが届いた。


「どうします、司令官」


 一二時間前まではオーガの大将が座っていた椅子でくつろぎながら通信文を読み込むユウリに、ミュラーは訊いた。この場合の“どうします”という質問は、要塞を棄てて逃げるか、要塞を背に戦うかの二択を意味した。要塞は今や、ただの鉄の塊である。電子機器の一切が崩壊した要塞に、戦術的な価値は乏しく、戦略的には無用と化している。要塞の防御を頼みに戦うことは出来ず、野戦を行うには、こちらの兵力に不安があり過ぎる。何せ、報告される敵の数は、ゆうに一万隻を数えると云うのだから、実数戦力に於いて正規艦隊の半数の戦力価値しか持ち得ない現在のパーシヴァル艦隊には、荷の重すぎる相手であった。


「思ったより、早かったな」


 ユウリは苦笑した。帝国軍の対応の素早さの理由を見抜いたようだった。


「マルコシアスで吾が軍は惨敗したと見える」

「何故、そう思われるのですか」


 冷然と悍ましいことを言い放った司令官に、シュタインメッツは冷静に訊き返した。


「吾が軍が勝てば、敵はゲーティア要塞に兵力を貼り付けねばならんが、負けたのであればその必要はない。敵が逃げたというのに、防御を無駄に固めることなどしないだろうさ。帝国軍の総兵力は二〇万隻前後だろうが、あの国の国力では七万隻前後を動かすのがせいぜいだ。拠点を防御する兵力、巡回警備戦力などを考えれば、無為に動員兵力を動かし続けたがるはずはない」


 連盟の国力は、帝国のそれを遥かに凌駕している。総兵力三〇万隻のうち、緊急時に動員できる最大兵力数で言っても、帝国軍の全軍に並ぶだろう。故に、恒常稼働戦力に限りがある。

 ミュラーはユウリの解説を横に、要塞宇宙港に繋留された旗艦『キャメロット』の情報部室と連絡を取っていた。そのうち、あらかたの情報分析を済ませて報告した。


「敵の数は八〇〇〇隻、巡航艦が主体の編成です。小官の推測ですが、要塞からの定期連絡が途絶えたことで、周囲の星系から哨戒部隊が集合した即応部隊かと」

「烏合の衆とも言えるな」

「は…………」


 それ以上の言及をミュラーは避けた。司令官の慢心は危険の兆候であるが、諫めるには些か材料が足りない。だがそれ以上に、実は、この女提督が口ほどに慢心をしていなかったからでもある。


「総員、第一種戦闘配備。ムラタは作戦の策定、シュタインメッツは哨戒部隊を縮小し戦闘部隊の再編制。後は各員の持ち場に就け。

 目の前の敵は烏合の衆だろうが、その後にマルコシアスから敵主力が来援しないとも限らん。すぐに要塞を発進し、即応体制をとれ」


 その命令に従い、慌ただしく艦隊要員たちが活動を再開した。ユウリも席を発ち、今この状況では何ら意味を持たない要塞司令室から住み慣れた『キャメロット』へ戻ろうとした。その時、要員の中で一人だけ、自分に付き従わないものがいた。


「ミュラー」


 ユウリは振り返った。ミュラーが敬礼をして、ユウリたち見送ろうとしていたのだ。


「小官は要塞に残り、作業の指揮を致します」


 その申し出を耳朶に受け止めた時、火星の瞳に、幽かな揺動が生じた。


「ミュラー、それは無謀だ。要塞の復旧はまだ先になる。無防備同然だ。要塞を無視しての機動戦以外に勝機はない。わかるか、守れないんだ」

「判っております。ですが、ただで逃がすには惜しい大魚でしょう。今後の戦略とに鑑みて、維持できぬなら要塞を爆破し、回廊の戦線を安定化せしめるのが、良策とは思いませんか」


 復旧作業と爆破作業を同時に行う。その指揮は、情報参謀として要塞の構造を調べ尽くしたミュラーにしか出来ない。それを誰もが納得させられた。故に、誰も反対しなかった。


 ユウリ・パーシヴァルを除いては。


「だがお前が、お前が犠牲の羊となる必要はないだろう」

「元々、無理のある作戦なのですから、致し方ありますまい」


 僚友に向かって、肩を竦めて見せる。ミュラーは死ぬつもりなどなかった。だが、死ぬ気で生きてきた。命を捨てるつもりなどなかったが、命を擲つ気概は、この時充分に在った。俺はこの時代の傍観者でいるつもりはない、と、ジョージ・ミュラーは訴えていた。

 ここに、不思議な情感がある。ジョージ・ミュラーとしても、三浦丈二としても、ここは命の使いどころである、と叫んでいたのだ。普段、この二者は二律背反的に意見を異にする場合の方が多かったのだが、二五年余の人生のうちで、恐らくこの時初めて、軸を同じくする意見を唱えていたようだ。まるで意識の布に、信念のハンガーが通ったようであった。

 司令官は、ミュラーに背を向けた。見たくもないものから目を背けるような動作であった。


「…………わかった。爆破作業を最優先しろ。それまで艦隊で要塞を防御する。」

「感謝します、提督」



 それからのユウリの行動は、やや精彩を欠いたものだった、とフェルディナンド・ムラタは記述している。マゼランやムラタと相談して布陣を細々と策定する辺りに、その異様さが出ていた。ユウリ・パーシヴァルの指揮の特徴は、大雑把な指示だけを下して部下に委細を任せきりにする、というものである。人材を重用するという点では、帝国のパーヴェル伯ゲオルギーによく似ているところであったが、あちらは作戦や戦術などは自分でほぼ全て組み立て、その後を現場指揮官に委任するのに較べ、ユウリの場合は戦術策定から指揮のほぼ全てを託してしまう。

 この点をして、後の歴史研究家は「ゲオルギー・パーヴェルは戦略家の感覚を持った戦術家であり、ユウリ・パーシヴァルは戦術家の感覚を持った戦略家である」という対比がされることが多い。

 しかしユウリ・パーシヴァルは決して戦術に暗いということはなく、むしろそれを得手とすればこそ、戦術の限界と戦略の重要性を理解している。即ち、戦略の不利は戦術で覆し得ないという絶対的事実。それを完全に理解する、徹底的な現実主義者だった。

 この時、パーシヴァル艦隊の戦略上の優位性とは、要塞を占拠していることにあった。少なくとも、要塞を破壊してしまえばフェネクス星系はただの通り道となり、バエル星系ゲーティア要塞を直接脅かす通路が開通する。帝国軍はその通路の守備が為に、拠点なき宙域への兵力の集積を迫られ、経済体力の消耗を強いることが出来よう。

 機能しない要塞などただの土くれだが、孤軍たるパーシヴァル艦隊はそれを守る兵力さえない。なので破壊してしまいたいが、爆破装置の設置などに時間を要するので、ある程度の時間稼ぎが出来なくてはいけなかった。


(とはいえ、だ)


 ムラタは、職務に精励するユウリを冷静に観察した。

 ユウリは帝国軍の旗艦とおぼしき艦に対し、『キャメロット』から呼び掛けた。


「帝国軍に告ぐ。我が艦隊はアルス・パウリナ要塞を奪取せり。要塞司令官、駐留軍司令官の両名を始めとする、二四〇万名の貴軍将兵を捕縛している。当方はこれら捕虜を返還する意思がある」


 小細工だ、とムラタは考えた。だが妙手でもある。パーシヴァル艦隊の擁する物資では、二四〇万の兵を追加で養うことは出来ない。そもそも、ただでさえ物資の欠乏が目立ち始めていたのだ。後送しようにも、フェネクス星系は未だ通信回線の混乱の影響が酷い。なので、帝国軍に捕虜を返してしまおうというのだ。捕虜を押し付け、その保護に艦数を割かせれば、ある程度の優位には立てるだろう。


 間もなく、ユウリの申し出は承け入れられた。帝国軍即応部隊が、何とか機関だけ復旧した帝国艦に満載された捕虜たちを保護している間、パーシヴァル艦隊は戦隊ごとに僅かに間隔を空けた扇形陣形を展開していて、開戦と同時に数に勝る帝国艦隊に強烈な一撃を入れられる体制を整えた。だがそれ以上の事はせず、戦う意思がないことを示した。弾薬は最低限量しか持って来ていなかったため、一会戦出来るかどうかも怪しかったのだ。


 その寂しい台所事情を見抜かれてか、その動きが新たな困難の呼び水となったようである。


「新たな敵艦隊を確認」


 翌日の昼に飛び込んだ報告で、艦橋の空気が氷河期の如く冷え込んだ。数は、といつにない勢いでユウリは食いついた。

 やがてその新手の敵艦隊が八〇〇〇隻前後の陣容であり、合わせて敵は一万六〇〇〇隻近い兵力に膨れ上がったと知るに、ユウリ・パーシヴァルは軍帽を置いて髪を梳き上げた。


「敵旗艦が、通信を求めています」


 ドーギーがそう報告して、数瞬。ユウリはその求めに応じる。通信スクリーンに、見事な敬礼で身を正した精悍なオーガが現れた。


「私は、帝国軍中将ウラジミール・チャスチェフスキー。歴戦の勇将たるユウリ・パーシヴァル提督と相見え、光栄の至り…………」


 きざな微笑を湛えたその男を、ユウリ・パーシヴァルは火星の瞳で凛と見据えた。


要塞攻略あっさりし過ぎだろと思ったそこの貴方。実は歴史上、鉄壁の要塞ってのはだいたいすんごい奇策で落ちてます。正攻法で落とせるならみんなそうしてます。大事なのはその搦め手を用意する手間暇をどう捻出するかなんですよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ