第二〇話「見えざる攻防」
最近はマイクラにハマってまして、マジで書かないといけない書類とか筋トレとか取り寄せないといけない書類も手についてないんですよね。誰かおれからマイクラを取り上げてくれませんか。
アルス・パウリナ要塞陥落の報が伝えられた時、ウラジミール・チャスチェフスキー中将は同族の愛人とベッドの上に居た。並の将兵であればたじろいでしまう場面だが、ラーザエフ中佐にしてみればもはや慣れたものである。この将官の漁色癖を受け入れて、初めてチャスチェフスキー師団は運営できるというものである。
そのチャスチェフスキーは切れ長の目を苦笑に歪めながら、ラーザエフの通信が終わると共に愛人を吾が身から剥ぎ取って、シャワーを浴びようとベッドを降りた。
「このベッドは、石のように硬くていかんな。俺は、自分に似合いの場所へ征くとしよう」
「待って。私も、お連れくださいまし。閣下がいないと、私、私…………」
ついさっき愛人になったばかりの愛人が、ベッドから手を伸ばしチャスチェフスキーにしがみついた。
「触るな!」
怒号と共に、チャスチェフスキーは女鬼人を殴り飛ばした。その女とて軍人であったはずだが、チャスチェフスキーの鉄拳は女を軽々と数メートルにわたり飛行させた。
「背に触れるなと言ったのをもう忘れたか。この俺の愛を受けたくば、手柄を立てろ。せめて言いつけ程度は守れ。
俺は強い女にしか興味がない。弱者に甘んじ、言いつけさえ守れぬ女なぞ、犬にも劣る。…………はっ、残念だ。俺を随分情熱的に口説くものだから、青田買いのつもりで抱いてやったのだがな」
尤もこの男が、女という生物と比較する対象は、戦場そのものである。戦場に勝る刺激を女性より得た覚えはなく、そして女という生物をこの上なく蔑視していた。にも拘わらず、チャスチェフスキーは女漁りを止めることはない。その二律背反に、本人は敢えて目を逸らしていた。
「ラーザエフ、ご苦労だった。状況を報せてくれ」
旗艦『機銃馬車』に乗り込んだチャスチェフスキーは、待ち構えていた副官に短い敬礼をすると指揮シートに腰を下ろした。要塞士官室のベッドと違い、その柔らかな感触はよく腰に馴染むものだった。
「現在、フェネクス星系とは完全に通信が途絶していますが、脱出した数隻の艦艇から上がった報告に依りますと、連盟軍の少数部隊により陥落させられた、とのことです。兵力は七〇〇〇隻未満であったとされていますが…………」
思わず、温水で僅かに湿気を帯びた頭髪を振ってラーザエフに顔を向けた。
「…………あのアルス・パウリナが、たった七〇〇〇隻程度の艦隊に、か?」
自分で言って、チャスチェフスキーはあることを思い出した。そういえば、マルコシアス会戦の直前に、連盟本土から歓喜を以て大々的に送り出された“小艦隊”があったことを。その小艦隊を指揮していたのは、第三次バルバトス会戦で連盟軍を敗亡の窮地から救った、噂の女提督。
「ユウリ・パーシヴァル、だな」
ラーザエフは肯定するように頷いて、言葉を続けた。
「どうやら敵は、水爆を仕込んだ氷塊を恒星に撃ち込み、電磁パルスを発生させたとか」
「そんなものを引き連れていれば、哨戒網にすぐ引っ掛かるだろう。哨戒部隊は何をしていた」
「それが、敵は未探索領域から侵入したそうなのです」
「何?…………いや、聞いたことがあるぞ。ロノウェ星だったか、それを利用したならば有り得ないことはない、だが…………」
「ええ、常識外れです」
連盟軍はロノウェ星を発見していたのだろうか、とチャスチェフスキーは思考を巡らせた。彼の知識と推測は、水分に極めて恵まれた沃野を湛えた頭脳に支えられた、非常に論理的かつ合理的なものであった。
ロノウェ星の位置を特定し、そこからフェネクス星系への航路を連盟軍が開拓できているのだとすれば、これは戦略上極めて厄介な航路となる。帝国軍はその航路を知らず、連盟軍は使い放題なのである。ややもすれば、既存のモラクス、アスタロト星系の航路は用を為さなくなるかもしれない。
だが、本当にそうであろうか。本当にロノウェ星を見つけていたのだろうか。答えは否だろう、とチャスチェフスキーは結論付けた。確かにアルス・パウリナを落とした敵はロノウェ星航路を用いたに違いないが、連盟軍が前もって特定したのであれば、何故反対側のアルス・ノヴァ要塞へ攻勢を仕掛けたのだろうか。
(バッハの艦隊が、単なる陽動?いや、有り得ん。八万隻が七〇〇〇隻を本隊とするなど。そもそも、連盟はユウリ・パーシヴァルを陽動としてマルコシアスへ攻勢したのだ。もし先にロノウェ星の特定に成功していたなら、ユウリ・パーシヴァルをマルコシアスへ送り、バッハの艦隊でロノウェ航路からアルス・パウリナを奇襲すれば良いのだ。奇襲効果、兵力の充足、補給線活動全てに於いて万全たりえただろう…………)
それをしなかったということは、やはり、連盟軍全体はロノウェ航路の開拓など出来ていなかったということである。
同時にそれは、ユウリ・パーシヴァルの非凡さの表れである。何せ航路図が無い以上は手探りで宇宙を彷徨っていたことになるのだ。一〇〇光年の獣道を、一体どうやって踏破したか────補給コンテナを数珠繋ぎにして、暗黒領域を探査しながら航行したのかな、などと牧歌的光景を思い浮かべて、またチャスチェフスキーは苦笑した。
だが、それも長くは続かなかった。彼は道化師を見守る観客から、生死を掛けし戦士へと意識を切り替える。
「師団全艦、直ちに発進だ。これより、アルス・パウリナ要塞を奪還する」
「お待ちください、閣下。吾らが部隊に、攻城兵器は御座いませんし、兵力も先の会戦で少のうなっております」
「いや、それは要らん。電磁パルスによるシステムダウンで要塞が落ちたなら、その復旧は数週間を擁する筈だ。それに、ユウリ・パーシヴァルは陽動として用いられ、政治的に孤立していると見える」
「何故そうお考えに?」
「もしロノウェ航路を連盟が知っていたなら、バッハ元帥こそがその航路を通ってアルス・パウリナ要塞を攻めたはずだ。六個艦隊は無理でも、三個艦隊でも連れて来て同じ策を弄していれば、要塞制圧から宙域確保まで、万全な兵力で行えただろうよ」
要塞は奴ら自身が壊した。そのやり方では要塞を即座に活用できないことを承知で攻略したのは、あくまでユウリ・パーシヴァルが不本意な陽動をやらされたが故の自衛手段でもあったのだろう、とチャスチェフスキーは思考を巡らせたが、それは口にしなかった。流石に、そこから先は喩え正解であろうとも、推測する側からすれば根拠に乏しく、また兵たちに余計な自信を与えてしまうからだ。過剰な自信は傲りとなり、足元を掬われる結果となり得ることを、チャスチェフスキーはよく知っていた。
*
「私は帝国軍の中将として、卿らに降伏を要請する」
それから四日、ゲーティア要塞を経由してフェネクス星系へ全速力で向かいつつ、バラバラに出発した配下の部隊を再編制するという離れ業を平然とやってのけたチャスチェフスキーは遂に来たるべき敵手と出逢うに至る。
通信するに当たって、軽い興奮を覚えていた。捕虜から聞き及んだ、誰も考えつかなかった奇計を実行したその女将帥を、一目見てみたく思っていた。それが実現したことに、達成感を見出だしていたのだが、それがうら若き美女で、吸血鬼を思わせる赤い瞳をしていたことに驚くや、すぐにその興奮は消えた。
マーリェノフ元皇太子と、トンストイ元大将の政治生命を終局せしめた張本人。稀代の名用兵家。連盟随一の勇将にして、連盟軍史上初の女性将官。挙げ始めればきりのない称賛と称号が、女性差別の微成分を仄かに混ぜ込んだ形でチャスチェフスキーの耳にも届いていたのだ。
童話から抜き出してきたような女勇者。チャスチェフスキーが、直に目にしたユウリ・パーシヴァルに対して抱いた第一印象はそれである。
「マルコシアス星系にて卿らの上官たるコーネリアス・バッハ元帥は戦死めされ、連盟軍の主力艦隊は潰走した。そのバッハ元帥を打ち破りし吾らは、返す刀で急行した次第。今や吾が軍を先鋒に、二万隻の艦隊が控えている」
二万隻というのは、はったりであった。それどころか、こちらも増援すら来る当てはない。
パーヴェル伯は自領の反乱を鎮圧すべく、ソロモン回廊を逆進しているし、ヴァトゥーチンはその戦い方ゆえに兵力に大きく損害を生じている。ロマネンコの部隊は最も傷が浅いとはいえ、サムソノフ大将の艦隊が全滅したことを承けて臨時に要塞の守備に当たっている。
だが、嘘は云って見るもので、架空の二万隻を舌の上で躍らせてみたところ、明らかに敵旗艦の側から動揺が伝わってきた。手勢を見るに、恐らく臨時編成の寄せ集め部隊であろうというのは明白だったのだ。その上で味方が壊滅し、自分に数倍する敵がやって来るとあれば、要塞を陥落せしめた歓喜なぞとうに吹き飛んだに違いない…………。
「回答の期限は、三時間とする。
パーシヴァル提督が勇将と謳われ、また奇略を用いて要塞を落としたとて、その手勢で吾らと戦うことは、将兵の貴重なる生命を無為に損じるのみで益体を伴わぬことは明朗。また爾後の取り扱いにも細心の注意を払う故、卿らの智慧に、名誉ある生とそれを容認せる勇気とが加わる事を切に願う」
チャスチェフスキーは、これ以上自分が感じた興奮と高揚を悟られぬうちに通信を切った。彼の琥珀色の目に、獣性の気炎が燃える。
「運が良いな、俺は」
ラーザエフ中佐は、上官の口端に発生した微細な音波を聞き届けた。
「あれはいずれ、帝国を脅かす最強の外敵となるだろう。それが、しかも、絶世の美女と来たか…………」
「閣下。妙な事は、お考えなさいますな…………。あの女は倒すべき敵であって、迎えるべき姫ではありませんぞ」
副官は、自分より一回り若いはずのチャスチェフスキーの性格を思い出していた。極めて好戦的にして、帝国でも比類なき用兵巧者。喩えられる相手は近年急速に台頭してきたゲオルギー・パーヴェル伯を於いて他になく、攻防共に隙の無い完璧な用兵をしてみせる戦術家。しかし、その傑物にも深刻な欠点が、しかも二つばかり存在する。女性にだらしがなく、そして壊滅的にユーモアのセンスがないこと。後者はまだ目を瞑れるとしても、前者は、ともすればこの高官の公人としての生命を寸断しかねない。
だが、その点でラーザエフ中佐は苦言を呈したことはない。何故ならチャスチェフスキーが抱く女は種族を問うことはないものの、全てチャスチェフスキーが言い寄られ、不本意ながら関係を結ばされるものである。
それ故か、女嫌いを発症している。それも極めて重篤で、亜人、純人、女、とまるで別種族の如く扱っている程だ。
或る時、パーヴェル伯の部隊を視察した際、女性将校が多いのを見て「兵の運用に、支障はないのですかな」とパーヴェル伯本人に質問してしまったことがある。パーヴェル伯はそれを、帝国に存在する典型的な男尊女卑思想と男性優位思想に基づく偏見として片付け、「卿も使ってみると良い。思いの外、よく働くぞ」と笑い返された。それをすぐ傍で見ていたラーザエフは肝臓が急速に萎んでいくような思いをしたことがあったが、チャスチェフスキーはその返事に苦笑で返すに留まったので、その場はそれ以上の過熱を見せなかった。
ともあれ、チャスチェフスキーはその気性に多くの難点を抱えている。だがこの時、ラーザエフが見るところによれば、チャスチェフスキーは通常では有り得ない反応を示していたのだ。
「なあ、ラーザエフ。俺は女という生物を、極めて蔑視しているのは知っているな」
「ええ。何度、そのトラブルを仲介したことか、小官は覚えておりません」
「女提督というのは、随分奇特なものに思えぬか」
ラーザエフは衝撃を受けた。女嫌いの上官が、初めて自発的に女性に興味を持っている。
「閣下、もう一度言いますが、あれは敵ですぞ」
「ああ、惜しいものだ。あれが敵とはな…………」
チャスチェフスキーの琥珀の瞳に、未知の光が揺蕩っていた。その光の名は、本人さえ知らなかった。
*
「三時間というのは、捕虜の引き渡しに掛かる時間から逆算したものでしょうな」
フェルディナンド・ムラタ作戦参謀は、先の通信からそう予測する。要塞で拘留されている二四〇万の帝国将兵は、何とか機関のみ復旧した一〇〇隻ばかりの艦艇が要塞と帝国軍陣地を何度も往復することで輸送されている。一度の輸送で一〇万が輸送できるとしても二四往復しなければならない。今はその二〇回目の往復を終了したところであり、残り四度の輸送で捕虜の引き渡しは完全に終了する。それが開戦の合図となることは、誰の目にも明らかな事だった。
「降伏などしない。ミュラーの覚悟は犠牲にしない。要塞の爆破作業が完了するまで、吾々は死力を尽くして時間を稼ぐ。良いな」
その言葉には、僅かに覇気が欠けていた。まるで渡された台本を読み上げているような、どこか他人事のような声音であった。
「司令官。相手は吾が方の二倍の兵力です。チャスチェフスキー中将も、帝国では有能な部類の用兵家と聞き及びます。弾薬に乏しい現状の吾らでは、時間を稼ぐことさえ難しいでしょう」
シュタインメッツが、珍しく意見を述べた。
「わかっている。だが、やらねばならないんだ」
間もなく、ユウリは自分の直属戦隊五〇〇隻を戦列から分離し、要塞の直衛に充てた。要塞内のミュラーは窓から『キャメロット』の姿を見つけて、頼もしく思って、しかしすぐに、その意味を読み取った。
「…………勝算は薄い、か」
敵艦はゆうに一万六〇〇〇隻を超えるだろう。しかも、敵将はゲオルギー・パーヴェルに並ぶであろう用兵家、ウラジミール・チャスチェフスキー。指揮官の能力差は未知数ながら、兵力に劣り、質に劣り、物資に劣るパーシヴァル艦隊に、勝利する道理はない。失点を犯さない慎重な用兵をしたとて、多少の戦術的工夫は数量によって転覆されるのが世の常である。
ミュラーは、当初の予定に変更を加えることにした。要塞爆破の任をなるべく早く済ませれば、パーシヴァル艦隊はすぐに逃げることが出来る。チャスチェフスキー師団は追い掛けてくるかもしれないが、それでも、グシオン星系まで逃げ込めばソロモン方面軍の、ヴァン・フューリー提督の第一三艦隊に救援を求める事も出来るだろう。
要塞を完全破壊しなくても良い。
「要塞の動力炉と、その垂直線上にある宇宙港のリフトだ。この二点を同時に爆破するんだ」
「ですが、ミュラー中佐。それでは要塞自体は残ってしまいませんか。融合炉を破壊すれば、確かに大きな被害となるでしょうが、構造が残る以上は戦略拠点として使えてしまいます」
ミュラーの指示に、工作艦『ヴァンデクリフト』艦長アントン・デンス中佐が通信端末越しに疑問を呈した。ミュラーはその疑問に、何ら一切の不快感を示すことなく応じた。
「その点は問題ない。この要塞は、フェネクス二連星のラグランジュ・ポイントに位置しつつ自転している。構造上、動力炉と宇宙港リフト、予備ナノマシン倉庫の三点が自転軸になっているようだ。この内の二点を破壊すれば、要塞の重心点が狂い、自ずからラグランジュ・ポイントを逸脱する。後は放って置いても、二連星のどっちかに落ちるはずだ」
デンス中佐が構造の見取り図を見た。構造の専門家ではあるが、天体物理の専門家ではない彼には、存在しない発想だったのだ。だが、このときミュラーにとって幸運だったのは、デンスが単なる専門家ではなく、異なる発想を取り入れることが出来る男だったことだろう。
「確かに、それなら行けるかもしれませんな…………。宇宙港リフトはお任せください。細かい部分は、現場で吾らが調整しましょう」
「恩に着ます、デンス中佐。無茶とは思いますが、なるべく急いでください」
「なに、本来の上官であるヴァン提督に較べれば、まだ無茶でもありませんよ。それに、降伏回答の期限は三時間なのでしょう。それまでには、何とかしてみせましょう」
初老の中佐は、一回りも二回りの年下の同階級の参謀を気遣うように、歯を見せて笑った。ミュラーはそれが心に痛んだ。これで彼らを死なせるようなことがあれば、いったい、どんな顔でヴァン提督に会えば良いのだろう。どんな言い訳で、彼らの家族に詫びようか。
(詫びるために、軍人を続けてるんじゃない。俺にしか出来ないことをやるんだ)
ミュラーは、パーシヴァル艦隊の命運が自分に掛かっていることを自覚しながら、放射線防護服を着込んで、作業員を連れて動力炉へ降りて行った。その階段の距離と回答期限とを考えれば、決死隊も同然であった。
実は艦隊戦描くよりこういう攻防の方が私としては結構燃えるんですよね。如何に砲火を交えずに済むかを試行錯誤し合う感じが。
チャスチェフスキーはこの場に居たらいけないレベルの敵なんすけど、ユウリたちはどうやってこいつを切り抜けるんでしょうね。




