第一七話「要塞失陥」
実は今日でカクヨム版の第一部が終わった。めっちゃ苦労したけど、これで良いんだ…………!
旧第一艦隊B分艦隊を率いるロバート・ヴィンソンは、明日の一一月一八日を以て二六歳の誕生日を迎える若き提督であった。同期生にはユウリ・パーシヴァルがおり、彼は昇進速度に於いて僅かに彼女の後塵を拝していたが、その能力は決して劣るものではない。士官学校の成績は、ユウリに次ぐ次席卒業であり、また今度中将へ昇進し、第一艦隊の副司令官に就任することが内定していた俊英であった。
しかし彼は今、栄達の途を喪っていた。第一艦隊は崩壊し、バッハ元帥は戦死し、彼自身の命も、今はまだ定かではなかった。
生き残った将官は、マルコシアスに送り込まれた全艦隊併せても、もはや彼ただ独りしか残っていなかったのだ。故に、彼はその責任感に命を急速に燃やしながら、無茶と知りつつ残存する七八六二隻の敗残艦隊を率い、敗走していた。奇しくも、三カ月前の第三次バルバトス会戦に於けるユウリと似た状況であったが、その時に較べ彼を取り巻く状況は遥かに悪いと云えた。
まず、ヴィンソン自身は床の上に立っていないのだ。
艦に受けた被弾による衝撃で肋骨全てを骨折する重体となっていたが、彼の強い要望で医療ベッドを艦橋に持って来させ、病床から脱出部隊の指揮を執っていた。
四度目の吐血に始まる数十リットルの輸血を受けながら、ヴィンソンは拳を振り上げた。
「おのれ、帝国軍め…………!ロマネンコ、チャスチェフスキー、ヴァトゥーチン、そしてパーヴェル!覚えていろ、この戦いを!必ず、此処で、この俺を取り逃がしたことを後悔させてくれる!だが…………、だが今の俺には力がない…………!力が、足りん…………!」
ベッド端のシーツから水滴が垂れるほどの滝汗を掻きながら、己が無力を散々に詰る。医官たちは興奮せぬように宥めるが、彼の心理的視野に彼らの姿は無かった。彼は孤独であった。バッハ元帥も、ベルナルド参謀総長も、そして彼の分艦隊に配属された数多の戦友と幕僚も、全て、総て戦死し、宇宙の無機へ帰したのだ。生き残ってしまった自分は何者かを、問い詰めずにはいられない。
「後方より敵影!」
それは、夜の帳にも似た諦観をヴィンソンに与えた。夕焼けが終わるまでに帰れなかった子供を襲う、夜の寒風が待っている。永遠の夜が間もなく艦を切り裂いて、染み出した真空の闇が、足の指すら動かせない、役立たずの身体を永久に凍結させるのだ。
迎撃態勢など取れない。最後の責務として、全艦に思い思いの逃避をさせ、せめて、自分の艦を殿に時間を稼ごうとして、命令を口にしようとした時だった。
「前方に艦影!…………味方です」
*
一一月一七日午後二〇時頃、ゼパル星系へナベリウス星系より進入したのは、連盟軍第九、第六艦隊の計二万隻であった。旗艦『ブランデンブルグ』に座乗するのは、第九艦隊司令官であり、連盟軍宇宙艦隊副司令長官へ就任したばかりのハズバンド・オルフェウス大将である。
オルフェウスは驚嘆した。何と酷い様だ、と。先日から通信が途絶えがちとなっていたとは言え、あの巨大な艦隊が、今や数光秒の立体空間に押し込められてしまうほど減少していたのだ。早速、『ブランデンブルグ』から敗残部隊へ通信を飛ばすと、通信スクリーンに現れたのは包帯と皮膚の面積が逆転した、上裸の将官であった。ロバート・ヴィンソン少将は、汗まみれの首から上を必死に起こしたが、痛ましさに掛けてはこの時全宇宙で一番であっただろう。
「敬礼も出来ぬ身で、大変、申し訳ありません、オルフェウス大将…………!吾ら、この通りの様でございます。バッハ元帥以下、宇宙艦隊総司令部は壊滅し、全軍中生き残った将官は私ひとりです。のみならず、吾が無能の身、敵を連れてきてしまいました…………かくなる上は、如何様な処分も甘んじてお受けします故、どうか、どうか部下共への寛大なご処置を願います…………!」
「そうか、そうか、わかった。よくわかった。貴官はもう寝め。決して死ぬなよ。死ねば責任を取らせることが出来なくなる。後は私に任せよ」
ヴィンソンの云う通り、帝国軍の艦隊が追撃していた。しかし、その数は一万隻程であった。彼我の相対速度を考慮し、勝利条件を脳内で構築すると、本来の作戦予定────敵に弾薬の欠乏を強いて、複数回の増援を以て要塞を削り落とす────をきっぱりと捨て去り、命令を下した。
「第六艦隊は味方の敗走部隊を収容して速やかに退却!吾が艦隊は敵を食い止める!」
「御意!」
第六艦隊司令官アレン・ボルツ・リンデマン中将が命令を受諾する。第六艦隊はそのまま直進しつつ速度を落とし、反対に第九艦隊は加速しつつ緩やかな円軌道で敗残部隊を避けつつ敵艦隊へ向かった。
「キルケゴール、艦隊の半数を預ける。敵先鋒の足を止めろ」
少壮の第九艦隊司令官は穏やかに頷くと、早速その命令を実行した。彼は五〇〇〇隻の艦艇を傘の様に広げて配置すると、傘の中に入り込んだサムソノフの艦隊に上方、下方、左右から射撃を浴びせた。ジャック・キルケゴール中将は砲術の名人であり、また艦隊運動の専門家でもあった。故に、奇抜な陣形であっても素早く実行に移すことが出来、しかもそれを完璧に機能させて見せれるのだ。
そこで前進の足が止まった刹那を、オルフェウスは見逃さなかった。艦隊を更に二分し、サムソノフ艦隊の右艦列と、最後尾を同時に打撃したのだ。
「なに、何が起きている!?」
サムソノフは狼狽していた。戦闘隊形を取れておらず、まだ進軍隊形であったために、陣形は細長く伸び切っている。反撃などしようもない。更に左側には、超重質量の赤色超巨星マルコシアスがあり、…………艦隊は、右側から迫る敵に圧迫されて、恒星マルコシアスへ押されていた。
「全軍、敵の側へ艦首を向けろ!あの薄い陣形ならば、突破できぬはずはない!」
一見、その命令は正解なものに見え、しかし、不可能という点を見過ごしたものとなっていた。艦長が絶叫した。
「無理です、司令官!抗重力装置装置を用いても、もう吾らは恒星に引っ張り込まれるのみです────!」
重力の波動と恒星の熱とを感じ始め、やがてサムソノフは傾いた床面で必死に指揮卓にしがみついては、スクリーンを必死に見詰めた。
麾下の艦隊兵力が次々の内に朱き太陽へ落下して燃え尽きていき、そして、自らも高度を落としつつあるのを、迫りくる黒点の大きさを見て悟る。
その半日後、ひとまずの補給を整えたチャスチェフスキー師団の偵察部隊一〇〇〇隻がサムソノフとの交信が途絶えたゼパル星系へ進入した際、帝国軍艦艇の残骸と恒星マルコシアスに無数の衝突痕が散見されるのみであった。
*
「最後の最後でけちはついたが、流れを通してみれば吾々の大勝に相違ない」
そう結論付けたのは、戦闘が終結して三日後の一一月二一日にアルス・ノヴァ要塞で催された戦勝記念パーティーで、強かに酒を摂ったチャスチェフスキーである。求められてもいない追撃で兵を無為に損じたサムソノフは、故人と言えど彼にしてみれば侮蔑の対象であった。
「やめぬか、チャスチェフスキー提督。彼は戦死されたのだ」
年長のロマネンコが嗜めるが、彼の毒舌は止まらない。酒に悪癖を持つ名将は数知れないが、彼はその中でも、飛び切りの知性を含めてしまうから、なおたちが悪い。
「彼の我儘で、いったい何人が死んだことか。俺にはそちらの方が、無念でならぬ。俺は戦死者を代弁したのだ。卿もそうは思わぬか、パーヴェル伯」
話を振られたゲオルギーは、ウォッカを飲み干すと冷然と言った。
「私は死人になったことがないのでな、空想の風船を膨らませることが出来んのだ」
「これは手厳しい。いや、俺が過ぎた事を言ったようだな。悪かった」
チャスチェフスキーは、頭を冷やしてくると言って、迎賓館のテラスへ出て行った。代わりにゲオルギーの横へ座ってきた大柄なオーガは、ロフヴィツキーかに見えたが、しかし勝利の最大の功労者であるアレクサンドゥル・ヴァトゥーチン中将であった。
「いや、いや、そう言ってくれるなパーヴェル伯。チャスチェフスキーに悪気はない。あいつはな、サムソノフ閣下を引き止める余力を持たなかった自分の無力をこそ嘆いて、あのような強弁に奔ってしまうのだ」
「わかっておる。同じ無念は、俺も、そしてロマネンコ中将もお持ちであろう。中将は常に将兵の命を損じぬように戦っておられた」
「私は臆病なだけです、伯爵閣下。閣下の鮮やかな手並みがあれば、と思わずにはいられません」
「私も臆病だ。私が急戦に奔るのは、兵を喪う事が恐いからだ」
ロマネンコに対する慰めは、半ばは本気で、半ばは方便であった。ゲオルギーは、救いようのない己の精神の性として、戦争を憎む一方、戦争を愉しんでしまう。それを気取られぬように振る舞うことに終生苦労するのだが、その苦労が最大に報われたのは、この時の戦いで三人の友────セルゲイ・ロマネンコ、ウラジミール・チャスチェフスキー、アレクサンドゥル・ヴァトゥーチン────を得た事である。
後に、このゲオルギー・パーヴェルを含んだこの四人をして“四英傑”と呼び親しまれる事となる。
祝賀の夜は更けてゆき、後に静寂が残った。マルコシアス会戦に参加した兵力は、連盟軍六個艦隊、艦艇数六万隻、将兵七二〇万名。帝国軍五個師団、艦艇数五万隻、将兵六〇〇万名。
損害は連盟軍艦艇五万二一三八隻撃沈、将兵六二五万八九六六名戦死。帝国軍艦艇一万五六二〇隻撃沈、将兵一八七万四五九八名戦死。
その次のゼパル会戦では連盟軍二個艦隊二万隻、二四〇万名が参加し、そのうち六二〇隻が撃沈、七万名丁度が戦死。しかし、帝国軍アルス・ノヴァ駐留師団ことサムソノフ師団一万隻一二〇万名は一隻たりと還ってこず、帳簿がそのまま戦死者名簿へ早変わりしたのである。
両会戦を合わせ、帝国軍は実に二万隻半を喪ったとして、連盟軍の攻撃に一定の評価を下す歴史家も居たがしかし数千の将官と司令部を完全に喪い、この年だけで実に八万隻近くの艦隊兵力を破壊されたことは、この後の連盟軍に大きな傷跡を残す戦いであった。
そして一一月二四日。粗方の艦艇の修理が完了し、ゲオルギー・パーヴェルが友との別れを惜しみながら、自分の兵を連れて自らの領地へ帰ろうとした時、パーヴェル師団旗艦『黎明』に急報が届いた。
フェネクス星系を守備するアルス・パウリナ要塞の失陥と、パーヴェル伯領に於いて発生した、叛乱であった。
兵力ほぼ全部喪失とかこれマジ?連盟軍ボロボロ過ぎだろ…………ってなる。多分一番マズいのは将官がヴィンソン以外帰ってこなかったため、深刻な人材難に陥ることです。船は補充できても人間はそうもいかねぇんだ…………。




