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第一六話「二昼夜の決戦」

昨日は寝て過ごしました。今日は起きて過ごします。

 会戦一六日目の半日を過ぎたこの時、連盟軍艦隊の兵力は四万隻を割り込んでいたが、帝国軍ロマネンコ軍団は更に二万隻程度にまで兵力を減少させていた。連盟軍の猛攻はここに苛烈さを増しており、特に混成第三艦隊の指揮統制の一致がようやく為されたことでパーヴェル師団も損害を増やしていた。


「閣下はこれを見越しておられたのか」


 反攻を主張していたカラシニコフ少将は、己の未熟を恥じた。攻撃に長けたロフヴィツキー少将、攻防共に有能なマレンコフ准将をして、全員がその得意分野に於いてさえあの赤銅髪の司令官に敵わないのだと知る。彼に比肩するのは、今、領地のジェリーゾングラードで留守を任されているイリーナ准将くらいだろう。


「しかし、このままではいかんぞ」


 カラシニコフの優れた防御指揮を以てしても、損害ペースは互角である。絶対数で勝っている敵にしてみれば、互角の損害とは順調な推移という意味であり、劣っている帝国軍側では敗北への途上とも言える。もし、自分の進言通り攻撃に打って出ていれば、眼前の連盟軍は蹴散らせても背後に控えている敵第一艦隊から逆撃を浴び、むしろ、パーヴェル師団から戦線が崩れていたかもしれない。そう思えば、薄ら寒い冬風がカラシニコフの心に吹き込んだ気がしてならない。あるいは、反撃の途中で指揮を完全化させた敵第三艦隊に押し留められ、無駄に前進して敵中に孤立する無様を晒したやも知れぬ。


 いずれにせよ、状況の主導権は連盟軍にある。奪回する方法を探さなければならないのは事実であった。


 状況が変化したのは、一一月一六日午後六時二七分の事である。


「敵の後方に艦影多数!」


 パーヴェル師団旗艦『黎明ザーリャ』にその報告が上がった時、司令席で足を組んでいたゲオルギーは、その目を輝かせ最大望遠でそれらを映すよう命じた。


 スクリーンに映った艦影は、何度かの画像処理を経て、その正体を現した時、艦橋内にどよめきが奔った。


「金色の…………艦艇…………!」

黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァ黄金戦馬グゥルファクスィが来ました!」


 アレクサンドゥル・ヴァトゥーチン中将が率いる、ロマネンコ軍団最後の切り札。黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァ。つい三日前に敵補給部隊を撃滅し、一五日目から続く激戦の火付け人となった部隊である。


 遂に来たか、とゲオルギーは立ち上がり、配下の三将を呼び出した。


「斯くて大勢は決した。吾らは黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァと同時に攻撃を行う。カラシニコフ、吾が本隊の兵力を半分預ける。その兵力でロフヴィツキー、マレンコフ、そして私の準備が終わるまで時間を稼げ」

「畏まりました!」


 同じような指令は、ロマネンコ、チャスチェフスキーも下していた。尤も、彼らの方は余裕がまるでなかったので、攻撃兵力の選定と抽出に今一つばかり時間を要した。

 一方、連盟軍総旗艦『クルセイダー』では、バッハ元帥が指揮コンソールを叩いて狼狽していた。


「敵だと!?敵別動隊が到着するのは、あと二日後ではなかったか!?」


 ナベリウス星系は、その中間にあるゼパル星系を挟んだ位置に在り、直線移動でもマルコシアス星系まで掛かる位置にある。連盟軍の総攻撃から二日目である今日の時点では、まだゼパル星系へ差し掛かったかどうかというタイミングの筈であった。従って、今日中に連盟軍が反転し、残余の四万隻で敵別動隊を覆滅した後にゼパル星系で補給を受け直し、戦線を整理するのが目的であった。


 だが、その見込みは完全に崩れたことになる。


「敵別動隊はナベリウスに引き続き潜伏し、補給線を破壊し続ける。参謀たちはそう結論付けていたではないか」

「別動隊は、吾が輸送艦隊を撃滅した瞬間から反転していた。そういうことになりますな…………」


 ベルナルド参謀総長の声には、どこか他人事の響きがあった。狼狽するバッハに対し、「決めたのは貴方ですよ」とでも言わんばかりの無責任さ、職務への無謬さが、バッハの神経を激しく苛立たせる。


「もう良い、貴官は下がれ!」


 四万対二万の戦いであったのに、今では四万対三万にまで縮んでしまった。しかも、敵別動隊は少なくとも戦闘による損耗が皆無である。


 元帥はこの時、参謀たちの予測の甘さを思い知った。同時に、甘い予測に乗せられた己の愚を恥じた。しかし最大の失敗ミスは、そこから先であった。戦略の失敗を、戦術によって補おうとしたのだ。


「第一艦隊は、敵別動隊に当たれ!」


 バッハには自信があった。自らが率いる第一艦隊は、この戦いを通して未だ戦闘に参加しておらず、決戦の切り札として残していた部隊である。兵力は一万三〇〇〇隻と戦域で最も巨大な兵力を抱えているし、何より戦闘の疲弊を経験していないので万全な状態であった。


 対し、後方から来た敵別動隊は一万隻で、しかも長距離行軍で疲弊している。戦闘による損耗はなくとも、不眠不休の三日間の強行軍は将兵の心身に多大な消耗を強いているに違いない。故に、バッハは敵の別動隊が来たのは要塞正面に向けている艦隊の一部を後方に割かせることで、反撃の契機としたいという敵司令部の意図であると読み取ったのだ。つまり、ヴァトゥーチンの部隊は陽動である、と。


「ふん、予想通りだな」


 旗艦『黒豹チョールナヤ・パンテーラ』から睥睨していたアレクサンドゥル・ヴァトゥーチン中将は、急速に艦列を整えつつある敵第一艦隊を見て、「重畳!」と叫ぶと、マイクを手に取り師団全艦に回線を繋いだ。


「敵はパーヴェル伯の掌で踊る人形だ。ここまで全てが予想通り!つまり膳立てはとうの昔に終わっていたのだ!では吾らの役割とは何か!それはあのパーヴェル中将の作戦を、完璧に成功させることにある!」


 回線には静寂の海が漂っていた。さざ波はひとつとしてなく、永遠の夜を思わせる静けさ。しかし、スクリーンに映る麾下の艦隊は、着々と陣形を整えていた。嵐の前触れたる無風状態であった。


 ヴァトゥーチンは一杯の水で喉を潤した。これより先に吐く言葉に、一辺の淀みとて赦されはしない。


「吾らはこれより突撃する。正面の敵は吾より多く、しかも、連盟軍の総司令官の艦隊であり、相手にとって不足はない。だが、吾らはどうだ!?

 吾らは疲れ切っている!倦み疲れ、一夜の安寧を最も欲している事だろう!俺もそうだ!本音を言えば今すぐにでも眠りたい!

 故に、敢えて此処で、俺は問う!卿らは、何ぞや!」

 

 始まった、とヴァスチェラフ・グレーミン参謀長は思った。途端、暴風のような返事が、全回線から無数に飛び込んできた。


「吾ら黄金戦馬グゥルファクスィ黄金戦馬グゥルファクスィの騎兵也!」


 誰が声か、もはや判らない。判る必要すらない。何故なら、その声が全将兵から発せられた怒号であることは明瞭であったからだ。声自体がもはや数千本の槍のような勢いである。あるいは、『黒豹チョールナヤ・パンテーラ』の艦橋スタッフの声でもあったかもしれない。そのエネルギーを浴びたヴァトゥーチンは、更なる怒号を以て、怒号に応えた。


「ならば黄金戦馬グゥルファクスィよ!卿らが右に持つは何ぞ!」

「長槍と、手綱也!」

「ならば黄金戦馬グゥルファクスィよ!卿らが左に持つは何ぞ!」

「敵手が首と、荒縄也!」

「ならば黄金戦馬グゥルファクスィよ!汝ら何ぞや、何ぞ為に生まれた!?」

「吾ら黄金戦馬グゥルファクスィ!殉国者にして愛国者に非ず!武人にして軍人に非ず!前進者にして後退者に非ず!

 吾ら死兵也!命下らば堅陣を組みて突進し、死を以て報国を為す者也!命下らば長槍で己が腹を突き刺して、敵首を枕に死ぬるつわもの也!

 生を享けしその日から、国を護りし護国の士にして、荒縄を以て己が首を絞め殺さんとする狂国者也!

 吾ら鬼が血を以て、勝利の蹄鉄踏み鳴らし、三千世界の悪魔を註す、黄金戦馬グゥルファクスィの騎兵也!」

祖国万歳ナシュ・ウラー!」

祖国万歳ナシュ・ウラー!!」 


 一万隻の軍馬が轡を並べ、今まさに飛び出さんとしていた。回線にどよめく雄叫びは、戦意の潮が頂点を突き抜けたことを肌身に感じさせた。

 ヴァトゥーチンは大きな拳を握り締める。


「師団全艦、突撃シュトゥールム前へ(プペリョート)!」


 指揮卓を叩き割らんばかりの勢いで拳を振り下ろした刹那、黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァの全艦が猛然と突進し始めた。三日前のナベリウス星系の輸送艦隊撃破に始まるフラストレーションを開放するように、黄金の艦隊はレーザー核融合炉を唸らせる。


撃て(ファイア)ッ」


 バッハ元帥は、黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァの突進に対し、猛然たる砲火を以て応じた。浸透する為の立体的紡錘陣形ではなく、ただ数十段と数百列で組まれた横隊戦列が、そのままの形で前進してきたのだ。


 結果、黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァは優勢なる敵第一艦隊の火力を、真正面から、間断なく、そして激烈に受けることとなった。『黒豹チョールナヤ・パンテーラ』の周囲でも爆発光が無数に生じ、僚艦は次々に一瞬の小恒星となって消えてゆく。だが、突進は止まるところを知らない。重防御を旨とする黄金艦たちの強力な電磁障壁バリアフィールドが、中和限界で防御を為さなくなって遂に火線を通し爆散しようが、電磁投射砲レール・キャノンの雨霰を喰らって装甲が破壊し尽くされ擱座しようが、あるいは、超光速ミサイルの直撃を艦橋に喰らって漂流状態となり、味方と衝突しようが、一向に突撃を止めることはない。


「怯むな!損害は軽微である!」


 会戦開始以来、ヴァトゥーチンの部隊の損害率は、敵味方含めて最速のペースで急上昇していた。そこまでの数字だけ見れば、無謀な突撃であったかに見えた。


 しかしその効果は、第一艦隊の最前列に接触する前から始まっていた。


「斃しても斃しても、突っ込んでくるぞ!」

「もう二〇分もすれば此処まで来るぞ!もう、目と鼻の先じゃないか!」

「何なのだ、あいつらは。莫迦なのか」

「違う、奴らは狂っているんだ。死にに来たんだ(・・・・・・・)!」

「なんて連中だ!狂ってやがる!」

「狂人と心中なぞ出来るものか!」


 …………第一艦隊の将兵に、動揺が伝搬していた。動揺はやがて恐怖へ変わり、黄金一色の軍勢への恐怖は、畏怖となって刻み込まれ、艦隊の統率を段々と狂わせていく。


「怯えるな!奴らは莫迦なのだ、狂人なのだ(・・・・・)!吾が方の戦列を下げて両翼を延伸し、側面から打撃して勢いを殺せ!」


 果たして、バッハ元帥の下した戦術的命令が構想通りに実行される事は無かった。各分艦隊司令官さえも、恐怖と動揺の波に呑まれ、圧迫する将兵たちを叱咤して艦列を維持するのが精一杯であったのだ。


 午後八時四八分、黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァの最前列は、後退に後退を重ねつつ艦列を維持していた第一艦隊へ遂に接触を遂げた。第一艦隊の戦列中央に布陣していたD分艦隊に接触する頃には、既に前衛艦の四割近くが消失していた黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァであったが、溜めに溜めてきたエネルギーをいちどきに解放させるが如くD分艦隊に突入して暴れ狂い、乱戦状態へと持ち込んだ。


 それは、宇宙艦隊の戦闘とはもはや形容し難い。例えるならば、中世時代の帆船が行っていた海戦────舷側同士を晒し合い、搭載した射石砲で撃ち合い、あるいは敵船に橋を架けては乗り移り、白刃や銃火を交えた白兵戦を行っていた────を彷彿とさせる、艦艇同士の近接戦である。俄然、戦闘の軍配は黄金の艦隊に上がった。光秒単位の距離で撃ち合うのが基本の宇宙戦闘で、数キロメートル単位の至近距離で砲火を交えることを専門とするなど、全宇宙に於いてもヴァトゥーチンの艦隊以外に存在しない。だが、故にその猛威は第一艦隊を引き裂くに充分過ぎる威力を発揮した。


 第一艦隊・D分艦隊崩壊までに掛かった時間は、僅か三〇分足らずであった。更なる後退はもはや出来ず、戦列は決壊し兵力は文字通り爆砕され、陣営に踊り込んできた敵艦の後続はミサイルやビームを乱射しながら驀進する。右翼、左翼のC分艦隊、臨時E分艦隊へも次々に黄金戦馬の津波が叩き付けられ、怒涛が抵抗を消し飛ばしていく。最左翼のロバート・ヴィンソン少将率いるB分艦隊はいち早く衝撃から脱却しており、ヴァトゥーチンの側面を打撃するべく進撃していたことで突撃の直撃を浴びずに済んだが、もはや彼が有効打を与えれる時宜は完全に逸していた。


 バッハは事態の把握と収拾に狂奔していた。自身が控える後方のA分艦隊を前進させ、戦線の大破孔の修復に取り掛かったが、それは総て無駄な努力となる。


 破孔を埋めようとして前進した結果、ただ敵の目前に躍り出ただけとなったA分艦隊は、殆ど全方位から黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァの浸透を受ける結果となり、文字通り粉砕された。


「いかん」


 戦況マップを見て最期にそう言ったのが、彼の最期の言葉となった。それを聞き届け、後世に伝えた者は一人としていない。連盟軍総旗艦『十字軍クルセイダー』は、直後に複数方向からミサイル、ビームの猛射を浴び、一人の脱出者もなく轟沈したのであった。



 ヴァトゥーチンの破壊力に驚いたのは、敵である連盟軍だけでなく、味方の帝国軍ロマネンコ軍団も同様であった。同数よりやや数に勝る敵を相手に、互角以上に戦うだろう、とロマネンコは予想していたが、僅か一時間足らずの内に撃破に至らしめるなど想像だにしなかったのだ。


 チャスチェフスキー、ゲオルギー・パーヴェルも同じ感想を抱いていたのだが、両者とも互角の天才として、生まれ出たこの状況を最大限利用する策を思い付いたのである。


「ロマネンコ提督。要塞の、サムソノフ大将に御出陣願いましょう」


 チャスチェフスキーはすぐさまロマネンコへ連絡を入れた。それはゲオルギーとの僅かな通信でのやり取りで決めた役割分担の結果であった。


「サムソノフ大将の艦隊を後詰とし、敵軍を包囲、殲滅するのです」


 なるほど、それは良い策かもしれぬとロマネンコは考えた。敵は総司令官を喪い烏合の衆となっている。その間隙に包囲を完成させれば、多少損害が嵩むにしても釣銭が大量に帰って来る。しかも、一切参戦出来なかったサムソノフの権威にも傷はつかず、また彼の無傷の艦隊兵力は包囲の完成に充分寄与できるものであったのだ。


 ロマネンコはすぐにアルス・ノヴァ要塞のサムソノフ大将へ連絡を入れた。会戦の大勢はもはや決しつつあり、閣下の御参陣あらば完璧な勝利を手に出来る、と。サムソノフは喜び勇んで、艦隊を出撃させた。


 時を同じくして、反攻して敵混成第三艦隊の戦列を崩しつつあったパーヴェル師団は、敵の背後へ回って黄金戦馬師団グゥルファクスィ・ディヴィージァの最先鋒と合流を果たした。ここにロマネンコ軍団は、要塞側のチャスチェフスキー、ロマネンコの二個師団一万三〇〇〇隻と、ゲオルギー、ヴァトゥーチンの二個師団一万五〇〇〇隻の二手に分かれたことになる。


 ゲオルギーとヴァトゥーチンは共同で第一艦隊の残余を圧迫し、要塞正面に相対する第一〇、第五、混成第三艦隊の後背へ押し込んだ。そこへ更に、サムソノフ大将率いる要塞駐留師団一万隻が加わって、直径七〇光秒に渡る球形包囲陣が完成した。午後一一時二二分の事で、第一艦隊の敗亡から実に二時間弱の事であった。


 押し込まれ、丸められた連盟軍四個艦隊は全方位から猛射を浴び続け、一秒ごとに数をすり減らした。無論、完全と抵抗し、帝国軍に少なからぬ被害を与えてこそいたが、切り札を喪い、脱出路を喪い、そしてここに来て、弾薬の欠乏が深刻化し始めた。二昼夜に渡る総力戦と、それ以前の二週間近くの小規模戦闘とが、連盟軍から砲撃用エネルギーや実体砲弾、ミサイル等を、遂に費い果たさせてしまったのだ。


 翌日の一一月一七日の午前四時頃、開戦時には六個艦隊六万隻を数えた大艦隊は、もはや一万隻を切る程にまで減少していた。減少ペースが比較的緩やかなのは、帝国軍ロマネンコ軍団も相応に疲弊していたからで、また彼らも連盟軍程ではないが弾薬が不足し始めていた。攻撃力は先細りしていく一方であり、先に連盟軍の数が尽きるか、帝国軍の火力が底を突くかの勝負である。サムソノフ大将の部隊はまだ余裕があるが、ロマネンコ軍団が弾切れとなれば、そこから包囲を突破して脱出することは容易となるだろう。


 しかし、軍隊とは指揮官亡くして足を動かすことは出来ない。その軍質と云うのは戦技に依るものでなく、あくまでも指揮官の質を指す言葉なのだ。一頭の山羊に率いられた百頭の獅子より、一頭の獅子に率いられた百頭の山羊の方が、遥かに脅威なのだ。


「果たして、あの“鉄の団子”の中にそれを可能ならしめる獅子が居るかな」


 半ば愉しむような気持で、包囲球陣を眺めるゲオルギーは、敵の一部に規則立った行動が目立つようになったのに気付いた。崩れかけながらも艦列を組み直し、ゼパル星系方面へと向かおうとしている。手負いの獅子が居たようだ、と面白がるが、すぐにそれを潰すよう命令した。


 しかし、参謀長アンナ・イヴァンスカヤ大佐がそこに冷水を浴びせた。


「閣下、ロマネンコ軍団各艦の弾薬、エネルギーがもうありません。持って、あと一〇斉射で尽きる見込みです」


 一〇斉射しか出来ないということは、上手く撃っても射撃持続時間は三〇分と持たない。その一〇斉射もあれば、敵の脱出部隊など粉砕出来る気もするが、あくまでそれは火力を集中すればこそであって、包囲陣では火力を一方向に集約させることは出来ても、一方向から一目標へ集中させることは出来ず、空間当たりの火力量が不足する。


「現在、要塞から弾薬船八〇〇隻が急行中ですが、敵の脱出には間に合わないでしょう」

「だろうな。ここが潮時か」


 敵の残余は八〇〇〇隻を切っている。これ以上はもはや、ただの虐殺であり、それは強き者を打倒する事に情熱を抱くゲオルギー・パーヴェルの趣味にそぐわぬものであった。間もなく、ゲオルギーの進言が容れられ、ロマネンコ軍団は包囲網を解いた。敵の総司令官を斃し、兵力の七五パーセントを宇宙の塵へ帰せしめ、その目標の悉くを粉砕した以上、戦術的にも、戦略的にも大勝したと云える大戦果だ。


「あの艦隊は?」


 補給を受ける手続きを進めつつ、ゲオルギーは進発する艦隊の姿を認めた。アンナ曰く、サムソノフ大将の艦隊だという。


「手柄が足りぬか」とゲオルギーは苦笑し、しかし止めることはしなかった。戦役の最終盤にようやく出番を貰い、ある意味、最も美味しいところ持って行ったにも拘らず、それも足りぬと息を巻いている様が容易に目に浮かんだ。つまるところ、人は時を経て、遺伝子を弄り、人種を超越しても、欲望というさがからは逃れ得ないのだろう…………。


 脳裏に、ある疑念が過った。


「敵艦隊の数は元より六万隻。吾らの数はサムソノフ大将も含め、五万隻。一万隻程度の兵力差で勝てると思っていたのか」


 侮られたか、と思うが、バッハ元帥の指揮は決して戦術の範囲には侮りを見出せなかった。一日目にチャスチェフスキー師団が遭遇した第三艦隊は、バルバトスの失敗を反映して先行させた偵察部隊であったのだろうし、それ故にあの大軍は敵地に於いて問題なく機動出来ている。二日目に行おうとした両翼包囲も、こちらが要塞から離れていることを見て打ち出した方策であったし、しかも兵力の優位を活かしきったものである。バッハが低能なのではなく、彼の率いる将帥たちの能力を、ロマネンコ軍団の将帥たちが遥かに上回ったものだ。しかも、一六日目に行ったサイクル攻撃は充分な効果を出していた。唯一戦略的な失点があるとすれば、輸送艦隊の護衛が不足していたことで、それが決戦を早めた致命打となった。


 しかし、数量だけで言えばそれくらいしか失点のない采配をする男が、いったい、何故兵力の均衡をそのままに戦闘を行ったのか。


 まさか、と自答する。答え合わせは、そのすぐ後であった。


司令官ごとのドクトリンっていうと、このマルコシアス会戦でかなりわかりやすく明示されてると思います。


ゲオルギー→戦略を意識した機動による攻撃的用兵が得意。艦艇は速力を重視しており、常に機先を制することで戦術上、戦略上の有利を常に確保する方向性。戦略機動以外はだいたい部下に丸投げするが自分で指揮を執ってもきちんと強い。


ロマネンコ→ガッチガチの防御全振りマン。速度と火力を代償に、装甲、バリアなどを強化された装甲艦を好むため、異次元の高防御力を誇る。


ヴァトゥーチン→マジで意味わからんレベルの攻撃全振りマン。近接戦を意識した速射砲を主軸に、高レベルの速度、防御を施した黄金の艦艇を用いる。多少の妨害や防御策はコイツの突撃で一撃粉砕される。


チャスチェフスキー→長距離攻撃大好き砲撃おじさん。航宙機と重砲艦でクッソ遠距離から殴りつけるのが趣味の変態。何なら戦艦から駆逐艦に至るまで同じ射程の砲を使わせるレベルで遠距離砲戦が大好き。でもぶっちゃけコイツ自身の才覚全振りマンなので、コイツ以外が指揮するとマジで役に立たない艦隊が出現する。ゲオルギーくんの真逆。


こんな感じですね~。

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