第十話:ピエロマスク
ミコトと犯罪者役の男がやり取りを交わした後、車に向かって歩き始めた二人は少し先を歩いていた女の子の姿が目に映った。犯罪者役の男が女の子に一万円を渡してから時間はそれなりに経っていたのだが、子供の目線になれば歩く速度はそのくらいだろう。
タバコを吸う犯罪者役の男はそのままミコトの先を歩いていたが、何の前触れもなく足を止めた。
「どうかしたか?」
犯罪者役の男が道の途中で足を止めた理由が気になり、ミコトも足を止める。
「こりゃあ一体、何の音だ?」
タバコを口から放した犯罪者役の男は聴覚を敏感にする為に両目を閉じた。視覚が消えれば自ずと聴覚が強まる。
キシキシと何かが擦れるような音、微かだが犯罪者役の男には確実に聞こえていた。その音の正体は不明だが音だけで正体が掴めないのならと今度は両目を開き、見て正体を掴もうとする。
犯罪者役の男の視線は順を追うようにして前に―――右に―――左に―――そして上へと向けられ、犯罪者の男は両目を見開いた。女の子が丁度歩いている付近の上方で、ビルの屋上に置かれていたのであろう数十本の鉄骨が今にも落下してしまいそうなくらいにその体を露出させていたのだ。
「嬢ちゃん走れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
咄嗟に犯罪者役の男は叫んでいた。口から出たのはその短い間で自分が考えた女の子が唯一助かる方法。
それでも女の子は走りらなかった。言葉ではなく声に反応して振り返ってしまったのだ。
―――カラコーン。先程とは違い大きな音をたてながら、女の子の隙をついたかのように鉄骨は一気にその体を押し出して落下した。
規制線内での絶叫に気付いた二人のNIA職員は、反応が遅れて鉄骨が落下した直後に走り出す。
車の中に居たセブンも異変に気が付き車の外に出て様子を確認する。
犯罪者役の男は落下の直後に瞑ってしまった目を開けて、タバコを指に挟んだままの腕をダランとさせていた。誰も彼もがこんな緊急事態になるとは思いもしなかったであろう。
鉄骨に砂が付着していたのか、砂埃が落下現場を包み隠すように舞い上がっている。
ミコトはというと犯罪者役だった男の後ろ―――にはいなかった。
絶叫が響く数秒前、犯罪者役の男と同じように空を見たミコトは状況を即座に理解して足を動かしていたのだ。頭で考えたのではなく心に突き動かされるままに。
そこからは単純な行為だ、より速く女の子の元に辿り着く。しかしそれが難儀な行為。
やがて砂埃も収まり落下現場が視認できるようになってくると、そこには立膝をついて左腕で女の子を胸に抱き、右手で真上に落ちてきた鉄骨を受け止めるミコトの姿があった。
声を上げながら自分の体に力を込めたミコトは、右手で受け止めた鉄骨を一気にどかす。
「大丈夫か?ケガは?」
女の子は放心状態だったがミコトが少し肩を揺らすと我を取り戻して頷いた。砂埃のせいでミコトと女の子は汚れてしまっている。
「よし、それならあの人達のところまで一人で行けるか?」
ミコトが指さした方を見た女の子は再び頷いて、こちらへ走って来る二人のNIA職員に向かって走っていった。
それにしても落下する鉄骨を片手で受け止めるのは人間離れしている技である。創造物を応用して受け止めたのならば理解できるが、焔は道に転がっているままだ。
力仕事を終えてミコトは尻餅をつくと、その少しの衝撃で左脇腹に激痛が走った。
「・・・ウグッ、傷口が開いた。」
ミコトがYシャツをズボンから出して激痛の在処を調べると二日前に負った傷口から血液が少量だけ流れていた。
―――周囲の景色が砂模様から晴れていく。
砂埃が収まりミコトと女の子の無事を確認して一安心した犯罪者役の男は、先と変わらずタバコを一吹きした。
「ったく、ヒヤヒヤさせやがって。」
「ホント、落ちる鉄骨に飛び込むなんてイカれちゃってるよね~。」
犯罪者役の男にとって聞き覚えの無い声が隣から発せられた。
反射的に犯罪者役の男が後ろへ飛び退く。
「テメェどこから入った⁉格好からして見物人ってわけじゃなさそうだな!」
どこからともなく現れたその人物は手先が隠れる程の黒いコートで身を覆い、顔にはピエロのマスクを被っていた。犯罪者役の男が言った通り常人ではなさそうな雰囲気を放っている。
「ま~そうだね、見物人っていうよりかは仕掛け人って言ったほうがいいかもしれない。」
ピエロマスクはふざけたように犯罪者役の男と会話を続けた。
「仕掛け人?どういう意味だ⁉」
「どういうって言われてもな~、別に・・・そのままの意味だよ。」
そこで犯罪者役の男は仕掛け人の意味を解いた。焦点が目の前に立つピエロマスクから後方のミコトへと合う。
NIA職員であるならばキビキビと適切な対応をするのが適切であるのかもしれない。それでも犯罪者役の男は一言だけピエロマスクに言ってやりたかった。
「いつの間に入ったか知んねぇけど、これはテメェの遊びじゃねぇんだ。なめた事すんのも大概にしとけよ。」
犯罪者役の男は声を荒げるわけではなく閑静に己の中にある怒りをピエロマスクにぶつけた。
「う~怖っ、そんな説教されても態度を変える気はサラサラないよ。それに用があるのは君じゃなくて後ろの彼なんだよねー。」
ピエロマスクは犯罪者役の男と向かい合いながら親指を後方に向けてミコトを指した。目的は不明だが、それにはミコトが関係しているような口ぶりである。
「用事なんか関係ねぇ、テメェの犯した罪はきっちりと償ってもらう。」
犯罪者役の男は直接的ではないがピエロマスクに逮捕宣言すると、吸っていたタバコを捨てて靴裏で圧し潰した。
「君じゃ無理だ、出来っこない。」
ピエロマスクは犯罪者役の男が本気で自分を逮捕する気だと察知しても、余裕は失わない。
タイミングを見計らいながら犯罪者役の男は横に足を擦らす。ピエロのマスクを被っていて顔は見られないが片時もその姿から目線を逸らさない。
「はぁ~、やっても無意味だって言ってんのにな~。」
ため息をついたピエロマスクは上半身をガクンとさせて落胆している様子を見せた。犯罪者役の男と闘うのは面倒な事だとしか思っていないのだろう。
でもその動作は犯罪者役の男には隙でしかない動作だった。横に擦らしていた足を前に踏み込み、怒りをのせた右ストレートをピエロマスクの顔面めがけて繰り出した。
犯罪者役の男が繰り出した右ストレートは一直線に伸びていき―――すり抜けた。
在るべき場所に殴った感触が見当たらず犯罪者役の男は困惑したが理由は直ぐに突き止める。
「創造物か・・・。」
「う~ん、それはノーコメントかな。ネタバレは控えめにしないと怒られちゃうんだ。」
ピエロマスクは左手で犯罪者役の男の腕を掴むと、マスクの口元にあたる箇所に右手の人差し指を添えた。それまでコートに覆われて見えなかったが左手に甲の部分が赤色で平の部分が青色という奇抜な手袋をはめていた。右手は普通の黒い手袋だ。
犯罪者役の男は自分の腕を掴んだ左手を引き剥がそうとして腕を引っ張ると、ピエロマスクはすんなりと離した。というよりまたすり抜けたのだ。
間髪入れずに今度はピエロマスクが犯罪者役の男に回し蹴りを食らわせる。その攻撃はすり抜けずに左腕に直撃したが、犯罪者役の男は右へ飛んで威力を軽減させた。
二人の立ち位置が最初の逆になる。
「ねっ、言ったでしょ。君は僕を殴れなかったけど僕は君を蹴れた、これってだからそういう事なんだよね~。」
触れられなければ殴ることはもちろん、逮捕することは絶対的にありえない。ピエロマスクの能力が創造物によるものならば、どうにかこうにか創造物を彼から離さなければならない。
犯罪者役の男はピエロマスクを視界に留めながら逮捕するまでの流れをシュミレートした。一つは応援を待つか、一つは闘いの中で触れる方法を見出すか、他にも幾つか策を講じたが何が最善なのかは決め兼ねている。
「まぁいいや、お相手が自分から来てくれたし。」
ピエロマスクが何も仕掛けずにいると唐突に口を開く。
「闘ってたみたいだけど、あいつ誰?」
犯罪者役の男はその声に反応して横を見ると、焔を左手に持って脇腹を押さえている埃まみれのミコトの姿があった。
「俺も知らねぇ。突然現れたんだ、正体もどうやってこの場所に来たかも分らんがミコトに用があるって言ってたぞ、知り合いか?」
ミコトは改めてピエロマスクをまじまじと見たが、その姿に見覚えは無かった。
「知らねーな、あんなヤツ。というかこれも試験か?俺ケガしててそれどころじゃないんだけど。」
「試験じゃねーよ・・・・・・多分。少なくとも俺は聞いてない。」
犯罪者役の男はピエロマスクの事は一切聞かされていなし、鉄骨を女の子の真上に落下させるのはあまりに危険すぎる。
「試験?もしかしてさっきの茶番の事?上で見てたけどあれはクソつまんなかったな~。」
犯罪者役の男とミコトの視線が同じタイミングでピエロマスクに向いた。
「上って?何言ってんだ?」
「だから―――」
「ちょっと待て!アンタじゃなくてこっちのアンタだ。アンタには聞いてない。」
ピエロマスクがミコトの理解を促そうとしたが、ミコトに阻まれた。ミコトはピエロマスクではなく犯罪者役の男に話しかけていたらしい。どちらにも名前を聞いていないのだからこうなりもする。
「上ってのはつまりビルの屋上ってことだ。」
犯罪者役の男も思わず二度見して話しかけられているのが自分だと気が付くと、『上』の意味を言い表した。どうやら犯罪者役の男もピエロマスクに話しかけているのだと思ったらしい。
「ビルの屋上から見てたのか?見てたならもっと近くで見ればよかったのに。」
単純に心からミコトはそう思った。ピエロマスクも犯罪者役の男も予想だにしていない言葉だっただろう。
「バカっぽいとこ変わってないね~。僕、安心しちゃった。」
「やっぱお前、アイツのこと知ってんじゃねぇのか?」
「だから知らないって!」
ミコトと犯罪者役の男は口論になりかける。
「昔話しに部外者は必要ないんだ。ってことで、君はご退席ください――――――っと。」
ピエロマスクに左手の平を重ねるように翳された犯罪者役の男は、勢いよく後方に吹き飛ばされた。
「なんだ今の⁉」
傍らで後方に吹き飛ぶ犯罪者役の男を見ていたミコトは驚愕の声を上げる。突風が吹いたわけでも、何かに当たったわけでもなく犯罪者の男は突然に吹き飛んだのだ。
「やっと二人にな~れた。」
目を一瞬離した隙にピエロマスクは、ミコトの視界に自分のマスクしか映らない程の至近距離に立っていた。まるで忍び足で近づく暗殺者のように。
ビルに取り付けられた監視カメラのレンズの向こう側で、コントロールルームにて作業をしていたNIA職員全員がメインモニターに映し出された映像を食い入るように見ていた。映像の中では、黒いコートに身を包みピエロのマスクを被った人物が犯罪者役の男と話している。
ロフトの手すりを掴みながらメインモニターを見ていたバスティール長官はピエロマスクの人物に目線を奪われ、判断を鈍らせていた。―――昔の記憶がチラつく。
「長官、指示を!」
突然の緊急事態に、隣で指示を待っていたアルバートはバスティール長官に呼びかける。一秒でも早く対処するには長官の指示が必要だ。
今の状況を思い出したバスティール長官は呼び戻してくれたアルバートに一度だけ頷くと、大きく深呼吸する。
「両側のエリアパトロールにはそのまま見張りを続けさせろ。それから彼のスマートフォンをコントロールルームと繋げ。」
―――エリアパトロールとは規制線前に立っていた人物二人の事だ。
バスティール長官の指示で停滞していたコントロールルームが動き出した。その激励にも似た指示を飛ばす長官の堂々とした姿は流石である。
犯罪者役の男が持っていたスマートフォンとコントロールルームが繋がる。
「バスティールだ、聞こえたら応答しろ!」
コントロールルームに響き渡るくらいの大声でバスティール長官は、犯罪者役の男に話すよう命じた。
「もしもし、聞こえてますよ!こっちは吹き飛ばされてそれどころじゃないんですけどね!」
犯罪者役の男が喋り始めたのはピエロマスクに吹き飛ばされた直後だったらしい。
「・・・君に作戦を伝えるから良く聞け。」
バスティール長官は一言も噛まずに今後どうすべきなのかを簡潔に説明した。緊急事態にはなるべく速い対応が求められる。それを心得ているバスティール長官には噛んでいる暇はない。
メインモニターに目を向けながらコントロールルームの天井から聞こえてくる声の主に作戦内容を伝えたバスティール長官は、通話が切れるとエレベーターの前まで移動してボタンを押した。
「長官、どちらへ?」
「現場へ急行する。」
アルバートの疑問に答えたバスティールはエレベーターへと搭乗した。
ミコトは意識の外で近くに寄られた事に心を揺さぶられて足を一歩ずつ引こうとしたが、犯罪者役の男と同じように奇抜な手袋に右腕を掴まれた。
「やだな~、どうして逃げようとするの?僕は昔みたいに話したいだけなんだよ?」
ミコトを知っている風だったがミコトにはピエロマスクの言う言葉は理解不能だった。世間知らずが原因ではなく、相手は自分を知っていて自分は相手の事を知らない関係。
「俺は今のところアンタと話すことなんて何一つ無いけどな。」
「え~、哀しいなぁ・・・じゃあ君が僕と話したいって思うようにしちゃうね。」
ピエロマスクがそう言うと自分の顔をミコトの耳まで近づけて囁いた。ピエロマスクは背丈がミコトとほぼ同じなので顔を動かすだけで簡単にそれが出来る。
「鉄骨落としたのって僕なんだ~。」
「・・・・・・・・・」
鈍感なミコトは遂にそこで理解出来した。ピエロマスクの服装からして不自然ではあったし行動も恐怖を逆撫でするような人物だった為に聞き返すこともしなかった。
右腕が掴まれたままのミコトだがそれは然程問題ではなかった。肝心なのは左手で焔の鞘を握っているということ。
ミコトは左手に持っていた焔を右手まで運び、柄を握って刀身を引き抜いた。焔の炎が燃え上がり、ピエロマスクは左手を離して後方へと下がる。
「おっとっと、動物は火を怖がるって言うけど本当だね。」
ピエロマスクに掴まれていた箇所を左手で軽く触ったミコトは、握った焔で邪気を振り払うかのようにして左上から右下へと振り下ろした。
「白状したなら大人しく捕まりやがれ!」
ミコトは焔に炎を纏わせたままピエロマスクにその切っ先を見せる。自分から捕まりに来てくれるのは願ったり叶ったりだが、ミコトと話す為にわざわざ鉄骨まで落下させておいてそのような事はしないだろう。
「懐かしいね~。」
共通と思っているが自分にしか分からない昔の思い出にピエロマスクは浸っている。犯罪者役の男と会話していた時から一向に正体が不透明だ。ピエロマスクの謎を紐解ける材料としてはミコトとの繋がりしかない。
「何が懐かしい⁉」
ミコトがピエロマスクの正体に全く興味が無いと言えば嘘になるし、第一自分が知らない自分の事を相手が知っているのならば興味が湧かない筈がない。
「忘れちゃったんだね、何もかも。」
「俺は忘れてなんかいない。」
「忘れてることを忘れてる。」
「ややこしいんだよ!もっと分かり易く言え!」
「ま、その内思い出すよ。」
ピエロマスクはミコトと会話になっても結局のところ自分の素性は明らかにはしなかった。
「お取り込み中悪いが、ちょっと耳貸せ。」
ミコトの左隣まで移動して来た犯罪者役の男は、ピエロマスクとの会話に割って入った。
「アンタ凄かったなさっきの、アレどうやったんだ?」
先の出来事は犯罪者役の男が独りで後方へと吹き飛んだとミコトは思ったらしい。
「俺が聞きてぇよ。」
犯罪者役の男も迫りくる何かが視界に映ったわけではない。最後に見たのはピエロマスクが手の平を押し出すような動作。まるで念動力のような能力だ。
「・・・一度しか言わないから良く聞け。お前はヤツの注意を引きながら情報を聞き出してくれ、その間に俺も武器を取って来る。じきに応援も到着するからそれまでになるべく多くの情報を聞き出すんだ。ヤツは体をすり抜けちまうから気を付けろよ、いいな?」
バスティール長官の作戦は最善のものである。触ることが出来ないピエロマスクに銃火器や刀剣類もその身を貫くことは無理だろう。それはつまり一方的な攻撃あるいは犯罪を可能にしてしまうが、善くか悪くかミコトとの間に関係が在った。そこが狙い目。
「その銃使わないのか?」
先の試験で自分の器を試す為に使用された拳銃を本物の犯罪者に使わないのかとミコトは訊いた。
「こりゃ本物だが弾は入ってない、もしもの場合に備えてだ。じゃあ一分後くらいに。」
ピエロマスクから視線を逸らさないミコトは電話で伝えられた作戦内容とアドバイスを犯罪者役の男から聞かされると短く返答した。
犯罪者役の男が武器を取りにセブンの車へと走り出す。
「あ~、あと一つだけ言い忘れてた。」
数歩走ったところで何か思い出したらしい犯罪者役の男はその場で足を揃えた。
「ジャック・エバース、それが俺の名前だ。これから宜しくな、ミコト。」
振り返らずに自分の名前を口にしたジャックは、重ねて走り出した。
犯罪者役だった男の名前を背中で聞いたミコトは更に気持ちを引き締める。
「アンタ体がすり抜けるらしいな!どうしてだ⁉」
今はとにかく一つでも多くの情報が得られれば良い。
「え?なんだって?聞こえないよ~。」
マスクで隠れていて見えないが右耳があるだろう箇所に右手を当てたピエロマスクは、左手の甲をミコトに翳すと先程のジャックとは真逆の現象が起きた。
「ぐわっ‼」
手の甲を翳されたミコトは、足が宙に浮く程の勢いでピエロマスクに引き寄せられたのだ。
「さっきの!ジャックが勝手にやったわけじゃなかったのか⁉」
吹き飛ばすだけに限らず引き寄せることも出来るとは驚くべき能力だが、ピエロマスクはそれに加えて体をすり抜けさせることも出来る。その気になれば犯罪の一つや二つ雑作もない事だろう。
「話すんだったらもっと近くで、は~なそ。」
ピエロマスクは引き寄せたミコトの体に抱きついた。
「クソッ、放せ!」
「いいよ。」
抵抗されるよりも早くにピエロマスクはミコトの体を突き放す。抱きついたと思えば突き放す、ピエロマスクが何を考えて行動しているのかさっぱりである。
「あーもう!これじゃ埒が明かない‼」
情報を聞き出そうとしても流されるか昔話をされるだけとの考えに至ったミコトは、焔を小さく素早い動きで振った。
縦に振り、横に振り、斜めに振る。持ち方を斬撃の軌道に合わせて逆手に持ち変え、巻き戻すようにして斜めに振り、横に振り、縦に振る。しかし焔の斬撃はかわされ続けた。
「振り回してるだけじゃ当たらないよ。昔の方が今の倍近くは強かったかな~、君。」
ミコトの斬撃をかわし続けるピエロマスクの声は依然として余裕を帯びている。恐怖や恐れといった負の感情が感じられない。
ミコトは考えなしに焔を振る。
「まぁでも初めはこんなもんか・・・」
絶えずミコトの攻撃をかわし続けていたピエロマスクは斬撃が自分から見て左から右へと横に切り裂かれる軌道になると、焔を右手の指でつまんで止めた。ミコトが力を注ぐもカタカタと焔が小刻みに震えるだけ。
「なに⁉」
焔を指だけで止められたミコトは左手の力も加えたが筋力で押し勝つことは出来なかった。
「う~ん、それで全力なの?」
ピエロマスク本人も焔を指で止められたことに意外だったようだ。黒いコートの中にどんな体格を隠し持っているのかは不明瞭だが、自分の力だけで焔の軌道を妨害したのなら相当な力である。
「あぁ、そうだ!」
筋力勝負にピエロマスクが夢中になっていると、ミコトの後方から弧を描いて何かが飛来した。
その飛来物を避けるように、ピエロマスクはバックステップから地面に片手を着いて軽快な動きでバク転する。
追撃はせずにミコトの後方へと戻った飛来物はというと、その場に立っていた主の周りを一回転してから最終的に右手へと帰って行った。―――ジャックだ。
「待たせたな!これが俺の武器だ。」
「ブーメランか?」
弧を描いてジャックの元へと帰った飛来物を見てミコトがジャックに訊く。
「ちげーよ!そんなオモチャじゃねぇ、これの名前は風薙だ‼」
風薙という名の中央に穴の開いた円盤は、無音で高速に回転している。高速で回転する風薙を持っていれば摩擦によって手の皮膚が剥がれて肉がズタズタになってしまうが、ジャックは風薙に触れていなかった。
「風薙は風を発生させる創造物だが単調な風しか出ねぇ、だが使い方次第でこんなことも出来るようになる。」
ジャックは風薙の下に風を発生させて浮遊させると、右手と風薙の隙間に一方向に進む風を発生させて高速に回転する創造物を作り上げていたわけである。
「自分の能力を誇示したいのはすっごく共感するけど、もう終わりの時間なんだ。」
ミコトとの会話に満足したのかピエロマスクが立ち去る事を宣言すると、ピエロマスクの背後で、ガラスの罅割れの様なものが広がった。まるで空間の裂け目だ。
「知りたければ記憶を探せ、探さなくとも自ずと見つかる。よくよく考えるとこの言葉って矛盾してるよね~。じゃ、ばいばいサムライ君。」
去り際にミコトの事をサムライ君と呼んだピエロマスクは、そのまま罅割れの中へと消えて行った。それと同時に罅割れも消滅する。
出し抜けに終了した事件、その発生現場をビルの屋上に止まっていた一羽の不気味なカラスが見下ろしていた。




