1の6 女王の命令
「さすが何年も山で育った娘ですね。礼儀作法を全く知らない。存在を思い出したのはよかったけれど、役に立つのでしょうか」
冷ややかな声に顔を上げると、私よりも何歳か年上の女性が玉座に座っている。
紫色の髪の上には、王を表す冠があった。
「見た目は同じなのだから、なんとかなるのではないかしら。たった一ヶ月で、どこまで仕上がるかは謎だけれど」
女王の隣にはシェイラが腕を組んで立っていた。
「髪の色が同じ……」
二人とも全く同じ色合いで、不思議に思って呟くとハンスが小声で言った。
「アシュロム王家には女児しか生まれないんだよ。そして王家の人間は、女神から紫の髪を受け継ぐと言われている」
私は思わず自分の髪を見下ろしていた。
背中まで伸ばした髪は、薄い桃色だ。
(じゃあ私は、王族ではないの?)
首を傾げた時、玉座から女王が命じた。
「ティナ、お前に使命を言い渡します。アシュロムの巫女姫として、グリセーズ帝国へ嫁ぎなさい」
無理やり王宮に連行するぐらいだから、きっと拒否したくなるような事を言われるのだろうと予想はしていた。
(でもまさか、嫁に行けって命令されるなんて)
思わず不満げな声を漏らしてしまう。
「どうして私が……」
「グリセーズ帝国の結界樹は、三百年ごとに限界を迎えます。ちょうど今年がその時期で、我が国から巫女姫を嫁がせて浄化させるという取り決めがあるのです」
「陛下と私には、この国の結界樹を浄化するという使命があるのよ。あなた、どうせ暇でしょう? 今までのんびり生きてきたのだから、少しは役に立ちなさい」
のんびり、と言われて、私はさらにシェイラが嫌いになった。
(のんびりどころか、日々を生きるので精いっぱいだったわよ)
アシュロムはグリセーズと並んで、大陸の北端に位置している。二つの国は冬が厳しい事で有名だった。
冬までに十分な貯えがないと、飢えて死ぬ人間が出るくらいだ。
私達の苦労をしらないお姫様に、のんびりなんて言われる筋合いはない。
命令を聞く気なんて全くなく、無視していると、隣のハンスが「お待ちください」と声を上げた。
「ティナはもう市井の人間です。あなた方が、そう決めたのではありませんか!」
必死さが宿る声だった。
どうか我々の事は、ほっておいてほしい――その懇願は伝わっているだろうに、女王の冷ややかな表情は変わらなかった。
「黙りなさい、ハンス。お前は捨てられるはずだった赤子を、無断で拾っただけでしょう。わたくし達は無価値なティナに、巫女姫という価値を与えてやろうとしているのです」
「え……?」
捨てられるはずだった赤子――それは、私のことだろうか。
(もしかして、私の髪が紫色ではないから……?)
だからハンスは、私に親はいないと言ったのだろうか。
先代の女王が私を不要だと判断したから、親の事は忘れて生きろと言いたかったのだろうか。
心臓を冷たい手でぎゅっと握られたみたいに、胸が苦しくなった。
シェイラ姫が段上でクスクスと笑っている。
「知らなかったみたいね、あなたと私は双子なのよ。でもあなたには巫女姫の証である紫の髪が受け継がれなかった。……だから捨てられたの。ハンスは私達の乳母の夫で、あなたが憐れだから拾って育ててくれたのよ」
俯くと、私の薄桃色の髪がさらりと頬にかかった。
私だけ髪の色が違う。顔は全く同じなのに。
かなりの衝撃は受けたものの、私は一つの可能性を見出していた。
私は王族としては出来損ないなのだから、シェイラの身代わりにはなれないはずだ。
「捨てられた私には、きっと身代わりは務まらないでしょう。私とハンスを山に返してください」
賭けのつもりで出した言葉だったけど、シェイラは「駄目よ」とあっさり言った。
「そう言って逃げるつもりなんでしょうけど、あなたにはちゃんと神力が宿っているわ。髪の色さえ何とかすれば、身代わりは務まるわよ」
「訓練次第で使い物にはなるでしょう。ハンスの身柄はこちらで預かります」
シェイラと女王が口々に言い、私は彼女達の狙いに気づいた。
「何よ、それ……。人質ということ?」
「そうよ。あなたが大人しく帝国へ嫁ぐのなら、ハンスの脚もいい医者に診せてあげる。でも断るのなら、彼の命は保証できないわ」
シェイラは私の反抗心に気づいている。何の対策もせずに帝国に嫁がせたら逃げる恐れがあるので、ハンスを人質に取ったのだ。
「……王家の人間が、こんなに卑怯だなんて知らなかったわ」
悔しくて思わず呟くと、シェイラ姫が私の傍まで降りてきた。
私と同じ顔には、屈辱を受けたための怒りが表れていた。
「卑怯ですって? 巫女姫の義務を果たさずに、のうのうと生きてきたあなたに言われたくないわね。どうするの、断るのかしら?」
本当に、私には驚く程理不尽な要求をするくせに、どうして自分だけ怒りを露わにするのだろう。
生まれついての姫だからこその傲慢さなんだろうか。
「……嫁ぐわ。だからハンスには、ひどい事はしないで」
なかばやけくそになって言うと、シェイラ姫は満足そうに微笑んだ。
「それでいいのよ。蛮族の王の妃には、あなたみたいな粗野な娘が相応しいわ。あんな血なまぐさい男の妃なんて、私には無理よ」
平気でひとを貶める言葉を口にするので、私は絶句して何も言えなかった。
(蛮族の王だなんて……ひどい言い方をするのね)
グリセーズ帝国の皇族だって、命をかけて魔獣と戦っているはずだ。この言い方はないと思った。
それから一ヶ月、私は巫女姫として厳しい授業と訓練を受けた。王女が持つべき教養と、巫女姫としての力の発現のさせ方を無理やり詰め込まれた。
「食事の仕方がなってないわね。もっと背筋を伸ばしなさい」
私が暮らす部屋は結界樹に近い塔の中にあったけど、食事の時には王宮に呼ばれて、シェイラの厳しい監視の下で食べた。
彼女は短い鞭を手に持って、何かミスをする度に私の手の甲を打った。
打たれてナイフを床に落とすと、さらに何度も鞭で打たれた。
「シェイラ、打つのは背中になさい。手の甲だと傷が残って、エルヴィスが不審に思うかもしれません」




