1の5 強制的に連行されて
「ど、どうしたの? そんなに慌てて」
私が問い掛けると、ハンスは青い顔のまま「早く街へ行きなさい」と言う。
「街へ行ったら、もうここへは戻らない方がいい。どうしてだ……なんで今さら……」
何かブツブツ呟きながら私の背中を押して、裏口の方へ追いやろうとする。
「ねえ、どういう事? 説明がないと納得できないわ」
よく分からないけど、あの立派な馬車はハンスにとって不吉な意味を持つらしい。
でも状況が理解できない私は、とにかく事情が知りたかった。
「街へ降りてから説明するから、とにかく今は……!」
ハンスが焦った様子で言い、二人でもつれながら裏口を開けると、そこには帯剣した男性が何人か立っていた。皆、絵本で見る騎士のような服装をしている。
あまりにも場違いな雰囲気に呆然としていると、一人の騎士が私を見てから大きな声を出した。
「シェイラ殿下! ティナ王女を見つけました!」
ティナというのは、私の名だ。
でもなぜ私の名に、「王女」が付いているのだろう。
状況が理解できずただ呆然と立ち尽くしていると、こつこつと足音が聞こえてきた。
そちらを見ると、黒い服の女性が持つ日傘の下に、綺麗なお姫様が立っている。
彼女の顔を見た途端、私は持っていた鞄を落としてしまった。
「どうして……。どうしてあなたは、私と同じ顔をしているの?」
まるで鏡に映った自分が抜け出てきたかのように、お姫様の姿形は私と瓜二つだった。
違うのは髪の色だけで、私は薄桃色の髪なのに、彼女は紫色だ。
お姫様の登場によって、私は今までの不可解な出来事の謎が全て理解できてしまった。
(だからハンスは、私の顔を隠そうとしてきたのね)
ハンスが必死で私を隠してきたのは、恐らく、このお姫様に見つからないようにするためだったのだ。
私が彼女に見つかると、何か不吉な事が起こるからだったのだ。
その予感は外れてはいないようで、シェイラと呼ばれたお姫様の私を見る眼差しは、凍えそうな程冷ややかだった。
彼女は私を一瞥すると、手に持った扇で私の帽子を叩き落とした。
「許可されてから口を開きなさい、無礼者。こんな汚い娘が私の妹だなんて信じられないわ……。でも顔は同じだから、身代わりにはちょうどいいわね。名案を思いついたお姉様に感謝しなくちゃ」
汚い娘。身代わり。
彼女の言葉には、これから私をどう扱うつもりなのかがはっきりと表れていた。
どうやら私はお姫様の身代わりとなって、何かさせられるらしい。
(誰が言う事なんてきくもんですか)
初対面で見下すような事を言われて、おとなしく命令に従う人間がいるだろうか。
確かに私の服は立派な代物ではないけれど、決して汚くはない。
なんだか猛烈に腹が立ってきて、私はお姫様を敵だと認識することにした。
後ろで青ざめているハンスに、小声で話しかける。
「ハンス。私が彼らをひきつけるから、その間に逃げて。街で落ち合いましょう」
「手荒な事はしたくありません。どうか大人しくなさってください」
不穏な気配を察知したのか、騎士が私達を取り囲んだ。
彼らに向かってお姫様が命じる。
「ハンスを人質にしなさい。そうすればこの娘は抵抗できなくなるわ」
同じ顔なのに、どうしてここまで非情な事を思い付くのだろう。
命じられた騎士がハンスの腕を掴み、私から離そうとする。
「やめて、乱暴にしないで! ハンスは脚がうまく動かないのよ!」
「あなたが大人しく私達に付いて来るのなら、乱暴なんてしないわよ。……付いてくるわよね?」
帯剣した騎士たちに、うまく歩けないハンスが取り囲まれている。ハンスは首を横に振っていたけど、私はお姫様を睨みながら答えた。
「行くわ。だから絶対に、ハンスに怪我をさせないで」
悔しくて、私の声は震えていた。
お姫様は――シェイラは満足げに頷き、騎士に命じて私を馬車に押し込んだ。
こうして私とハンスは、ほぼ強制的に王宮へと連行された。
王都は山の近くにある街の何倍も広かった。
門から円形に街が広がり、その一番奥に女王が暮らす王宮があった。
王宮の奥には白樺の森があったが、一本の真っ白な木だけが群を抜いて高く、空を貫きそうな程だった。
この時はまだ知らなかったけど、その背の高い木が結界樹だったらしい。
純白の結界樹と色を揃えたかのように王宮も白く、瀟洒な見た目をしていたけど、私はすっかり騙された気分だった。
(ハンスが王族の話をしたがらなかったのは、彼らを知っていたからなのね)
自分が憧れて誇りに思っていたアシュロムの王族は、人間として立派とは言い難い性格をしていた。
おまけに私自身も彼女達の血族だったなんて、悪夢でしかない。
憂鬱な気分で門をくぐり、王宮に到着すると、すぐに湯浴みをするように命令された。
「変な病気をうつされると困るわ。爪の中まで、綺麗に洗いなさい」
シェイラの命令で、大勢の侍女が私の服を無理やり剥ぎ取って、全身をくまなく洗った。
私が着ていた服はシェイラが始末するように言ったので、王宮にあったドレスを着せられた。
髪にごてごてと飾りをつけられて、騎士に取り囲まれながらどこかへ歩かされる。
(ハンスは無事なの……?)
私は健康体だから、何をされてもどうという事はない。
でもハンスが痛みを我慢して何かさせられていたら、どうしよう。
不安なまま通路を歩いていると、突き当りに両開きの大きな扉がある。
「ティナ王女をお連れしました」
騎士が言うと扉がゆっくりと開いた。
足元に敷かれた赤い絨毯は細長く、遠い玉座まで続いている。
その絨毯の途中にハンスが両膝をついていて、彼を見つけた私は思わず走り出していた。
「ハンス! よかった、無事だったのね」
ドレスを持ち上げながら駆け寄ると、玉座に座った誰かが呆れた声を出した。




