6の3 真実
いきなり隣国の皇帝が来たせいか、謁見の間に繋がる通路は人でごった返していた。
でも誰もエルヴィスを止める事はできなくて、彼は私を抱き上げたまま悠々と謁見の間の扉をくぐった。
長い絨毯の先には、女王とシェイラが不機嫌そうに立っている。
「先触れもなく訪れるなんて……、恥を知りなさい、エルヴィス」
女王は怒りをむき出しにしてそう言い、玉座に座った。本当は口もききたくないのだろう。
シェイラはと言えば、腕を組んでイライラとした様子で私達を睨んでいる。
エルヴィスは私をそっと床に立たせると、女王に向かって言った。
「恥を知るのはお前達だろう。人質を取って無理やり嫁がせるなど、他国が知ったらどう思うだろうな」
「しかもやったのは、世界の守護者たるアシュロムの女王ですからねぇ……。間違いなく地位は揺らぐでしょうね」
ザイオンが続けると、女王は言葉に詰まったように口を閉ざした。
その代弁者のようにシェイラが叫ぶ。
「人質なんて取っていないわ。その娘が名誉欲しさに、勝手に巫女姫を名乗ったのよ!」
「強引な嘘をつくな。ハンスは無理やり連行されたと言っているし、山の中を走り去る馬車を見たと証言する者もいる。そもそもお前達は、ティナに感謝しなければならない立場なんだ」
エルヴィスが言うと、横に立っていたザイオンは手に持っていた二冊の本を、女王とシェイラに見せつけるように掲げた。
「これは二国の婚姻の取り決めについて書かれた本です。かなり古い本なので、探すのに苦労しました。赤い表紙はアシュロムの本、そして青いのは我が国の本です」
よく見ると、青い本はあちこち擦り切れてボロボロの状態だった。それに比べて赤い本は少し新しいのか、表紙は綺麗なままだ。
「青い本は千年程前に作られたようで、ご覧の通り、原本はぼろぼろです。でも赤い方は新しいですね……なぜかは知りませんが」
ザイオンがニヤニヤしながら言うと、業を煮やしたシェイラが苛立ったように告げた。
「勿体ぶってないで、さっさと説明しなさいよ」
この言い方だと、シェイラも赤い本が新しい理由は知らないらしい。
ザイオンは「おや」と言いたげに片眉を上げてから、赤い本をエルヴィスに手渡すと、ボロボロの青い本をぱらぱらと捲った。
「ここに、婚姻に関する条件が記してあります。――巫女姫の髪の色は、薄桃色である事を確認せよ。そして必ず直系の皇族との間に男児と女児を設けよ」
「……は……? 薄桃色?」
シェイラが信じられないと言いたげに呆然と漏らすと、エルヴィスが答える。
「本来は薄桃色の髪こそが、女神の末裔たる証なんだ。お前達の髪が紫に変色したのは、三百年かけて神力が弱まったからだ」
そう言うと、赤い本を捲った。
「この本は過去の王族が作り直したんだろう。原本の青い本に比べると明らかに新しく、しかも書き換えた形跡が残っている。髪の色が徐々に変化して、誤魔化せなくなったからだろうな」
「そこまでにしなさい。根拠のない発言をすると許しませんよ」
女王が怒りに頬を染めながら立ち上がったけど、エルヴィスは動じなかった。
「ではティナの神力の強さはどう説明する? お前達も、自分の神力が弱まっている自覚はあるはずだ」
女王からシェイラに視線を移し、さらに彼は言った。
「特にシェイラ、お前は沐浴しないと浄化できないんだろう」
痛いところを突かれたのか、シェイラの顔は怒りに赤く染まった。
「余計なお世話よ……! 納得できる訳ないわ、捨てられた姫の方が優れているなんて!」
「そもそも捨てたのが間違いだったんだ。ティナは女神の慈悲によって生まれた、奇跡の姫なんだよ」
エルヴィスが私の肩に手を置きながら言うと、ザイオンが続けた。
「帝国に嫁いだ巫女姫には、直系の皇族との間に二子を設ける義務がありました。一人をアシュロムの女王に、そしてもう一人をグリセーズ帝国の皇帝にするためです。それはお互いの力を中和し、暴走と神力の低下を防ぐ策でもあったのです」
そう言ってから、しみじみとした顔になる。
「おかしいとは思っていたんですよね。ただ結界樹の浄化をするだけなら、何も皇族に嫁ぐ必要はない。この婚姻の最大の目的は、男児と女児を作るためだったのです」
「しかし先代の巫女姫は、子を産む事なく祖国へ帰ってしまった。だから力の中和ができず、皇族の血の暴走とお前達の神力の低下が始まったんだ」
エルヴィスが言うと、シェイラが何かを閃いたかのようにハッと顔を上げた。
「じゃあ、私達は何も悪くないじゃない! 三百年前の巫女姫が原因という事でしょう? 私達は……」
そこでシェイラはびくりと震え、一歩後ろに下がった。
エルヴィスが射殺しそうな視線でシェイラを睨んだからだ。
「何も悪くない、だと? ティナは弱ったお前達を救うために生まれたんだ。皇族を苦しみから解放するために、女神はティナを誕生させたんだ。なのにお前達は、最後の希望を殺すところだったんだぞ!」
エルヴィスは空気が震えるような声で怒鳴ると、また私を抱き上げて歩き出した――謁見の間から出るために。
そして途中で足を止めて、最後の忠告のように女王とシェイラに言った。
「お前達は体が朽ちるまで結界樹の浄化を続けるといい。この国が滅んだら、俺とティナの子に継がせるから安心しろ」
「あなた方は世界を滅ぼすところだったんですよ。骨の髄まで反省して、死ぬまで浄化を続けてくださいね」
扉が閉まる寸前、シェイラの絶望したような叫び声が響いた。
でも私達は振り返る事なく、アシュロム神聖国を後にした。




