6の2 救出
私が転移させられた場所は、ぼろぼろに朽ちた離宮だった。
もう何年も使われていないのだろう。
王族に見放された宮殿の天井には穴が開き、床から雑草が伸びている。
「王宮はどこ……!? ハンスは……」
転移する直前、シェイラは「失敗するかもしれないけれどね」と言っていたけど、まさか見た事もないような場所に出るとは思っていなかった。
慌てて外へ出ると深い森の中で、暗くて視界は悪いものの、遠くに背の高い木が聳え立っている。
(あの木、結界樹だわ!)
どうやら結界樹のある森の中に移動したらしい。
月の光だけを頼りに、突き出た枝や岩で怪我をしながら森の中を進む。
やがて見覚えのある湖が現れて、私はホッと息をついた。
ここまで来れば、王宮にもたどりつけるはずだ。
時刻は深夜に近いのか、王宮の周囲は静まり返っていた。
そこにぼろぼろのドレスと怪我だらけの私が現れたせいか、門番は不審がって、私に槍を突きつけた。
「シェイラ殿下……ではないな。何者だ? その顔、王家の傍流の娘か?」
「私はシェイラ姫の双子の妹よ、ここを通して!」
「シェイラ殿下に双子の妹などおらん!」
門番の一人は断定したけど、もう一人が私の顔を見て首を傾げる。
「しかし見れば見る程、シェイラ殿下に似ている。とりあえず拘束して、陛下に報告だ」
両手を縛られて城の中に連行され、地下への階段を下りていくと牢屋が見えて来た。
背中をどんと押され、固い石の床に倒れ込む。
「お前の処分は明日まで保留だ」
兵士はそう言って私の両手を自由にした後、鉄格子のドアに鍵をかけて去った。
(私は秘密裏に連れてこられたから、私達が双子だと知らない人もいるのね)
私がこの王宮にいたのはたった一か月だったし、すぐに帝国へ嫁いだから、シェイラに妹がいると知る人間はほとんどいないのだ。
そして女王もシェイラも、私の存在を広める気もないのだろう。
どうせ帝国へ嫁いだまま、帰ってこないだろうと――エルヴィスが私を殺すと考えていたから。
(でも私は帰ってきてしまった……)
これからの事を考えると、嫌な予感で体がぶるりと震える。
固い木のベッドに腰かけて毛布を体にかけ、寒さに耐えていると、こつこつと足音が聞こえて来た。
ハッと顔を上げれば、鉄格子の向こうに女王が不機嫌そうな顔で立っている。
「なぜ戻ってきたのです。浄化は終えたのでしょうね」
私は何も言えず、床に座り込んで深々と頭を下げた。
「どうかハンスだけは助けてください。私はどうなっても構いませんから……どうか……」
自分でも滑稽な程、か細くて頼りない声だった。
女王は呆れたように長い溜め息をつき、私に言った。
「使命を果たせなかったお前は、命をもって償うべきです。ただエルヴィスはあなたの能力を認めていましたから、ハンスだけは助けてあげましょう。お前の処刑は明日の昼に執行します」
「……はい。それで構いません……ありがとうございます」
理不尽な目に遭っていると分かっていても、もう反論する気力は残っていなかった。
元々私は、結界樹の浄化のために帝国へ嫁いだはずだった。
そのためにエルヴィスを騙してまで結婚したのに、浄化は中途半端なまま。
何よりも、私を大切にしてくれたエルヴィスを傷つけて、一方的に別れを告げて逃げてしまったという事実に打ちのめされていた。
自分には何の価値もない、そう思えて仕方がなかった。
女王が立ち去り、また静かな闇に包まれる。
一本の蝋燭だけが頼りの中、私は自分の髪を見つめた。
「また色が……」
もう変化は止まる様子がなく、髪は肩の辺りまで元の色に戻っていた。
門番が不審がったのも仕方がない。
(ほんの数時間前までは、皇帝の妃だったのよね……)
あれは夢ではなかったのかと思える程、今では遠い記憶だ。あまりの変わり様に苦笑してしまう。
でもこれが本来の私の姿だ。
山で育った女が皇妃になった事が、そもそもの間違いだった。
一睡もできないまま空が白んでいき、私は固いベッドに倒れ込んでいた。
(水……誰か……)
考えてみれば、私は昨日の夕方から何も口にしていなかった。
お腹もすいたし何も飲んでいないし、ずっと森の中を走っていたから喉がカラカラだ。
でもいくら待っても、食事も水も運ばれなかった。
もう今日の昼には死ぬ命なのだ。牢の中で死のうが、首を落とされて死のうが、どちらでも構わないのだろう。
外の景色が見えないから何時かも分からなくて、夢うつつのまま朦朧としていると、誰かが私の名を呼んだ。
「……ナ……、ティナ」
聞き覚えのある声にぼんやりと目を開ける。
かすむ視界の中で、誰かが私の額に手を当てている。それが冷たくて気持ちがいい。
「しっかりしろ、ティナ」
(この声……)
ずっと謝りたいと思っていた人の声だ。
きっと女神が最後に引き合わせてくれたのだろう。たとえ幻だろうと、死ぬ前に会えてよかった。
目からぼろぼろと涙が溢れる。
「最後に……、幻でも、あなたに会えてよかった」
私の額を冷やしていた手が、ぴくりと震えた。
「……幻?」
金の瞳の青年が、訝し気に首を傾げる。
それが記憶の中の彼そのものなので、私の胸に愛おしさがこみ上げた。
「私は、あなたを騙して妃になったの……ずっとあなたに謝りたくて……ごめんなさい」
よかった、謝る事ができた。
もう思い残す事はなにもない。
そう思って目を閉じると、彼は私の体をひょいと抱き上げ、自分の膝に乗せた。
(あれ……、幻にしては感触が)
まるで本物みたいだ。
エルヴィスはどこから調達したのか、グラスに入った水を私に飲ませてくれる。
それでようやく完全に覚醒し、私はぱちりと目を開いた。
「……本物?」
思わずまじまじと見つめると、私の視界の中で彼はにこりと微笑んだ。
「きみを助けに来た。――ティナ」
そう言うと私に触れるだけのキスをして、横抱きにしたまま立ち上がる。
牢の扉は開いていて、そこを抜けて石に囲まれた通路を進むと、階段の前にザイオンが立っていた。
「間に合ってよかった。大変でしたね、皇妃。ハンスはすでに保護したので、ご安心ください」
「私はもう皇妃じゃ……」
私の髪は全て元の色に戻っていた。
本当の名もバレてしまっているのだから、私が捨てられた姫だと二人は知ったはずだ。
正統な巫女姫ではない私は、グリセーズ帝国皇帝の妃にはなれない。
否定しようとすると、エルヴィスがぴしゃりと言った。
「誰がどう言おうと、きみは皇妃だ。これから説明するが、きみ以外の巫女姫は俺の妃になれないんだよ」
「行きましょう。女王とシェイラ姫にも、真実を教えないとね」
ザイオンは古めかしい本を二冊、手に持っていた。
呆気にとられる私を放置して、エルヴィスとザイオンは謁見の間に向かって歩き出した。




