6の1 元凶来襲(エルヴィス)
皇妃は夕食も取らずに部屋に籠っているという。
このままではまた倒れるのではと不安になったエルヴィスは、皇妃の自室ドアの前に佇んでいた。
しかしノックしようと手を上げる度に、皇妃が泣きながら言った言葉が蘇ってきて動けなくなる。
『あなたなんか、大嫌いです。離婚してください』
とうとう言われてしまったと思った。
あのひどい初夜を迎えてから、いつ言われてもおかしくない状況ではあった。
だがエルヴィスとしては皇妃に対して誠実に接してきたという自負があったし、彼女にも本心からエルヴィスを拒んでいる様子はなかったはずだ。
だから互いの心は通じ合っていると自惚れていた。
(このままでは埒が明かない。話し合うしかないだろう)
意を決してドアをノックし「皇妃」と声を掛けると、中から「入りなさい」と言われる。
皇妃はいつも「はい」と返事をするだけで、こんな高圧的な言い方はしなかったはずだ。
何よりも、声の質が違う。
(この声、まさか……)
急いでドアを開けると、ソファにだらりと座る美しい女の姿が目に入った。
豊かに張り出した胸、そして折れる程細い腰。完璧な肉体の上には、芸術品のように美しい顔が乗っている。
普段の皇妃をよく知らぬ者が見れば、彼女だと勘違いしただろう。
しかしエルヴィスは、女の目に宿る冷ややかな侮蔑の光を見逃さなかった。
「シェイラ……!」
驚きと憎しみをもって呟くと、シェイラは高らかに笑った。
「あはは、愉快ね! こんなにすぐバレるとは思ってなかったわ。本気であの子が好きなのねぇ」
青白い顔のままソファから立ち上がり、しなしなと歩いてくる。
「あの子のどこがいいの? あなたはこの顔が好きなだけなんでしょう」
「俺は皇妃を顔で選んだ訳じゃない。彼女の清らかな魂が好きなんだ」
エルヴィスは本音をそのまま口にしただけだが、それはつまり、顔が同じだろうとシェイラのような穢れた魂の持ち主は好きではないという意味であった。
間接的に侮辱されたシェイラは忌々し気に顔を歪める。
「強がっちゃって、見苦しいわね。あの子は国に帰らせたわよ。大切な人を待たせているから、帰れると知って大喜びしていたわ」
「……」
大切な人というのは、ハンスの事だろう。
ザイオン達の調査によって、皇妃が一緒に暮らしていた男の名は突き止めていた。
ただ、ハンスがどのような男なのかはまだ掴めていない。
「可哀相にねぇ、エルヴィス。何なら私が慰めてあげてもいいのよ? 浄化もまだ終わってないでしょうから、正統なる巫女姫の私が引き継いであげる」
エルヴィスは自身に向かって伸ばされた白い手を、ばしりと払いのけた。
「強がっているのはお前だろう。青白い顔をして……お前、神力が尽きかけているな。無理して転移するからだ」
三年前に会った時も気づいていたが、アシュロムの王族の神力は弱まるばかりだ。
それとは対照的に、グリセーズ帝国の皇族達は強まる神力に苦しんでいる。
これらが何を意味するのか、エルヴィスとザイオンは気づき始めていた。
しかしシェイラは自分が侮辱されたとしか考えられないようで、目元をさっと朱に染める。
「無理なんかしてないわ! 馬鹿にして……! そうだわ、いい事を教えてあげる。あなたが入れ込んでる娘はね、山の中で育ったのよ」
くすくすと笑いながら部屋を歩き、ぴたりと足を止めて振り返る。だがエルヴィスが全く動じないので、シェイラは眉をひそめた。
「山育ちの粗野な姫を娶って、嫌じゃないのかしら」
「彼女はお前の何倍も強い神力を持っていた。彼女こそ正統なる巫女姫だ」
その言葉はシェイラにとって、この上ない屈辱だったのだろう。
シェイラは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「冗談じゃないわ、ティナはただの山猿女よ! あんな女と私を比べないで!」
「ティナ……。彼女はティナというのか」
エルヴィスはシェイラの叫びを全く聞いておらず、しみじみと噛みしめるように皇妃の名を呟いている。
とうとうシェイラが本気で切れかけた瞬間、ドアが開いてザイオンが現れた。
「おやおや、騒がしいと思ったら元凶が来ていたのか」
まったく動じる事なく現状を受け入れて、ザイオンはエルヴィスに言った。
「新しい報告が入ってきた。どうやらハンスというのは皇妃の……」
「余計な事を言うんじゃないわよ! ハンスはティナの恋人よ!」
シェイラはわめいたが、ザイオンは無視して続けた。
「養父のようだ。一緒に暮らしていたらしい。皇妃にとっては親そのものだから、見捨てられなかったんだろう。ついでに名前を報告しようと思ったんだが……シェイラ姫が教えてくれたな。手間が省けた」
「すぐにティナを迎えにいこう。女王が彼女を無事に保護するとは思えない」
部屋を出て行こうとするエルヴィスに、ザイオンが「少し待て」と言う。
「さすがにすぐ処刑したりはしないはずだ。明朝になれば、アシュロム王家を追い詰める証拠が集まる」
「それを持って乗り込むか。とりあえず……」
エルヴィスはそこで言葉を切り、怒りと疲労で青ざめるシェイラに言った。
「お前は拘束させてもらう。どうせ自力では転移できないだろう。明朝まで牢屋で過ごすんだな」
「失礼しますね、シェイラ姫」
ザイオンは紳士そのもののような笑顔で、しかし容赦なくシェイラの両手を拘束したのだった。




