5の3 なぜ(エルヴィス)
ベッドに美しい女が眠っている。
起きて話している時は緑の目がキラキラと光り、年相応の少女に見えるのだが、目を閉じた彼女は別人のように大人びていた。
まるで神の手によって作られた芸術品のようだ。
しかも今は青ざめた顔をしているから、尚さら生きた人間には見えなかった。
診察した医師は皇妃の脈を取り、困惑した表情で言った。
「過労による風邪のようです。肺炎になりかけていますが……、たった一日でここまで悪化する風邪は聞いた事がありません」
神力を持たない人間には、理解できない状況なのだろう。
医師の診察を見ていたエルヴィスは、「ご苦労だった」と言って下がらせた。
入れ違いにザイオンが皇妃の部屋に入ってきて、エルヴィスの隣に立つ。
「どう見ても神力の使い過ぎだな。子どもの頃に兄が同じ状態になっていた」
「……ああ」
エルヴィスの声は地を這う程低く、ザイオンは片眉を上げた。
「落ち込んでいるのか?」
「……俺のせいかもしれない」
ザイオンはさらに理解できないという表情になり、エルヴィスの様子を窺った。
どうやら本気で言っているようで、エルヴィスは真剣そのものだ。
「あの使者が何かしたせいで、皇妃は無理をしたんだろう」
「それがどうして、お前のせいなんだ?」
「使者が来たのは、俺がアシュロムに書簡を送ったからだ。使者はシェイラの手先と見て間違いない」
ようやくザイオンは納得し、小さな溜め息を漏らした。
「確かに原因は書簡だろうが、お陰で動きがあったのも確かだ。ずっと膠着状態のままでは、皇妃が焦っている理由も掴めないからな」
ザイオンは部屋から出ようとして、忠告を思い付いたように振り返った。
「あの性根が腐ったシェイラが、このままで終わる訳がない。まだ何か起こるぞ、警戒しておけよ。私はもう一度アシュロムに潜入してくる」
ドアが閉まり、青白い顔で眠る皇妃とエルヴィスだけが残った。
エルヴィスはベッドの隣に置かれた椅子に座り、皇妃の白い頬を指の背で撫でた。
「どうして無理したんだ?」
問いかけても返答はない。それが分かっていても、訊かずにはいられなかった。
自分はそんなに頼りないだろうか。
彼女が真実を話して助けを求めてきたのなら、どんな困難だろうと打ち砕いてやるのに。
皇妃の頬は冷たく、体はかすかに震えている。悪寒によってまだまだ熱が上がるのだろう。
エルヴィスは立ち上がり、上着を脱いだ。
さらにシャツのボタンを外して上半身だけ裸になってから、ベッドに潜り込む。
腕を伸ばして皇妃の体を引き寄せるとひんやりしていた。
熱いのは頭部だけで、なぜここまで冷える程無理をしたのかと不思議でならない。
(この季節に沐浴する程、焦っていた。……なぜ?)
最初の浄化の時も皇妃は沐浴したがっていたが、エルヴィスの説得によって諦めた。
神力が尽きると命に関わるとも説明してあった。
皇妃は根が真面目で素直だから、エルヴィスの言葉をそのまま受け止めて信じていたはずだ。それだけの信頼関係はしっかり築いたという自負もある。
ならばなぜ、今さら焦って沐浴したのだろう。
(使者に何か脅されたのか?)
皇妃の様子から、エルヴィスとザイオンは彼女が人質を取られているとすでに気づいている。
たとえば使者が「もうすぐ人質を殺すかもしれない」とでも言ったのなら、皇妃の不審な行動も説明できるかもしれない。
ただそれでも、納得できない点は残る。
(使者が帰った直後の皇妃には、不審な様子はなかった)
もし脅されたのなら、皇妃はもっと切羽詰まった表情をしていたはずだ。
エルヴィスは心配して彼女の顔を見に行ったのだが、あの時の皇妃はむしろ明るい空気を纏っていたような気がする。
だからこそ使者について深く考えなかったのだが、自分は失敗したのだろうか。
考えれば考える程、分からなくなってきた。
エルヴィスは思考を放棄し、目の前で眠る妻を見つめた。
何度見ても美しいな、と感嘆してしまう。
そうして今度は、別の考えがもやもやとエルヴィスの頭に侵入してきた。
皇妃が人質を取られていると悟った瞬間から、エルヴィスを悩ませていた想像だ。
(この美しさだ、アシュロムの男達がほっておくわけがない。きっときみには、祖国に恋人がいたんだろうな。その男のために、必死になって帰ろうとしている訳か?)
皇妃は村から離れた山の中に住んでいたらしい。
きっとそこで誰かと暮らしていたのだろうと想像する度に、エルヴィスは胸を搔きむしりたい程の嫉妬を抱いた。
思えば、彼女は一度もエルヴィスの気持ちに答えてはくれなかった。
エルヴィスが求めればキスをさせてくれるが、いつもどこか困った表情で、仕方なく受け止めている印象だ。
本当にキスをしたい相手は、他にいるのではないか?
疑念が浮かぶと同時に、頭の中に皇妃の言葉が響く。
『こういう事は、本当に好きな相手とすべきです』
最初にキスを求めた時、彼女がエルヴィスに言った言葉だ。
あの時皇妃の脳裏には、『本当に好きな相手』が浮かんでいたのではないのか。
(……考えすぎか)
想像を勝手に巡らせて苛立つ己は、何て愚かなのだろう。




