↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前を本当の妻にする気はない? それは好都合です、私は三か月で帰国しますので!  作者: 千堂みくま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/44

4の7 側妃

 授業が終わり、私は一人で中庭のベンチに座っている。

 ザイオンの言葉が衝撃すぎて、すぐに帰る気にはなれなかったからだ。


(私が旦那様の子を……。ザイオンでなければ、聞き流したのに)


 皇帝の側近たるザイオンが言うくらいだから、ある程度は確証があって口にしたのだろう。


(どうして巫女姫じゃないと駄目なの? 理由を教えてくれないと……、いいえ、違うわ。そもそも私には、旦那様の子は産めないのよ)


 たった三か月の猶予しかない私には、エルヴィスの子は産めない。

 仮にお腹に子を宿したまま祖国に帰ったとすれば、シェイラはどうするだろう。

 シェイラが蔑んでいるエルヴィスの子だ。生まれてからどんな扱いを受けるか、分かったものではない。

 思わずため息をついて、ふと顔を上げると、私の前にアンナが立っていた。

 いつもの穏やかな表情ではなく、どこか追い詰められた空気を纏っている。


「どうしたの、アンナ」


 隣に座るようにベンチをとんとんと手で叩いたけど、彼女は深刻な顔のまま言った。


「皇妃様はとてもいい方だから、このまま黙っているのは卑怯だと思ったんです」


「アンナ……?」


 私は思わず立ち上がり、彼女の肩に手を置いた。かすかに震えていて、アンナの緊張が伝わってくる。

 彼女はぽつぽつと語り出した。


「私の父は今でこそ貴族の一員ですが、若い頃は商人でした。財を築いて葡萄畑を買い、商売が軌道に乗って爵位を買ったんです」


 アンナの口元には、苦い笑みが浮かんでいた。


「だからうちの事を、成金貴族と言う人もいるんですけど……、父も私も真面目にワインを作っているから、ずっと気にしないようにしていました」


「そうね。アンナとお父様のワインは、とてもおいしいもの」


 私にはワイン作りの知識はないけど、あの晩に飲んだサングリアの豊かな香りは一級品だと思った。

 アンナは小さく「ありがとうございます」と言い、続ける。


「ワインは努力の甲斐あって陛下のお気に入りになったのですが、父はそれがいつまで続くのかと不安みたいで……」


 顔を上げたアンナの瞳は潤んでいた。彼女は今にも泣きそうな顔で言った。


「私に、陛下の妃になれと。そうなれば成金と呼ばれる事もなくなるし、家の格も上がって商売も安定するからと……」


 陛下の妃――エルヴィスの側妃。

 いつかは現実になるだろうと思っていたけど、突然その可能性を突きつけられて私は絶句した。


(なぜショックを受けてるのよ! 最初から、その可能性はあると分かっていたはずでしょ)


 今さら愕然としている自分が愚かしい。

 そしてようやく、レイチェルの思わせぶりな言葉の意味が分かった。


『あなたにとっては、別の意味もあるでしょうけどね』


 レイチェルはアンナの家の事情を知っていたのだ。他の令嬢達は貴族の義務としてエルヴィスの妃を望んでいるけど、アンナにはもっと深刻な理由があった。

 ワインの事業が失敗したら、彼女の家族は路頭に迷ってしまうから。

 アンナはとうとう泣き出して、私の体に縋りついた。


「どうしたらいいんでしょう? 私、ワイン作りが好きだから、領地から離れるつもりはないんです。でも父の望みを叶えてあげたい気持ちもあって……」


 私は足元がぐらぐらと揺れるのを感じながら、懸命にアンナの背中を撫でていた。

 なんて声を掛けてあげればいいんだろう。

 迷っていると、アンナは涙で濡れた顔を上げた。


「皇妃様だって、私が側妃になるのは嫌ですよね?」


 その言葉で、察してしまった。

 アンナは私に嫌だと言ってほしいのだ。皇妃の私が拒否すれば、アンナの父も諦めるかもしれないから。


(でも私は、いずれいなくなる妃だから……)


 仲良くしてくれたアンナだからこそ、嘘や言い訳で誤魔化したくない。

 それにアンナはいい人だから、彼女がエルヴィスの妃になれば、きっと彼を大切にしてくれるだろう。

 アンナの家族も安心してワイン作りに励む事ができる――いい事ばかりだ。

 私はアンナの肩に手を置いて、優し気に言った。


「私の意思は気にしなくていいわ。アンナは優しいから、あなたが妃になったら陛下は幸せな人生を歩むでしょう。私はアンナが進みたい道を応援するわ」


 話しながら私は泣きそうになっていた。

 とうとう諦める瞬間が訪れた、と思った。

 同時に、最初からその計画だったでしょうと、自分を戒めた。

 アンナはしばらく何も言わなかった。

 目元の涙を私がハンカチで拭いてあげると、恥ずかしそうに微笑んで、「しばらく考えてみます」と言って帰っていった。

 私はザイオンが迎えに来るまで、中庭に佇んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。