4の6 エルヴィスの子を産む気はありませんか?
浄化をこなしつつ学校に通い、二週間が経った。
毎日が充実していて楽しく、何の不満もない。私を学校に通わせてくれたエルヴィスにはとても感謝している。
でもここ最近は、少し困っていた。
「皇妃、日傘から出ないでください」
しばらく姿を消していたザイオンが戻って来て、なぜか私の護衛をするようになってしまったのだ。
農学では屋外の畑で作物を育てる事もある。
そんな時にうきうきしながらアンナと一緒に外へ出ようとすると、どこかで待機していたザイオンが現れて、彼には似つかわしくないフリルだらけの日傘を持って追いかけてくる。
私は菜園の中を歩きながら、少しばかり不機嫌さを滲ませた声で言った。
「どうして護衛が必要なの? 学校には何も危険なんかないわ」
ここにいるのは生徒ばかりで、誰も帯剣していない。腰に剣をぶら下げているのはザイオンだけだし、明らかに皇族たる衣装を身に纏った彼は完全に浮いている。
(せっかく平穏な学生生活を楽しんでいたのに)
学校にいる間だけは、私はただの女生徒だ。皆に混じって普通に授業を受けたい。
思わず隣にいるアンナに愚痴ってしまう。
「アンナだって、護衛が傍にいたら落ち着かないわよね」
彼女は曖昧に微笑むだけだったけど、私の言葉を聞いたザイオンは溜め息をついた。
「私が望んでこうなった訳ではありませんよ。原因はただ一つ、皇妃が魅力的すぎるからです」
そう言って、どこかを指差した。
彼の指先を追えば、教室の窓にずらりと並んだ男子生徒の姿がある。
「見ているだけじゃない?」
私が言うと、ザイオンはさらに深い溜め息をついた。
「能天気ですね……、あなたは皇帝の妻なのですよ? 念のため様子を見に来れば、男子生徒の憧れの的になっている。彼等はまだ未熟ですから、何か事を起こすかもしれないと陛下は不安に思われたのです」
「何かって……。何があると言うの」
全く想像もできずに愚痴のように呟くと、ザイオンは声を潜め、私の耳元に口を寄せた。
「もしあなたが身籠るような事があれば、陛下は相手を殺すでしょう」
「な……、そんな」
ザイオンがとんでもない妄想を口にするので、私は頬が熱くなるのを感じた。
起こるはずないわと私が叫ぶ前に、ザイオンはさらに言った。
「だから私が来たのです。皇妃だって、悲しい事件を未然に防ぎたいでしょう。私は男子生徒の命も守っているのです」
もっともらしく説得され、私は渋々頷いた。
(旦那様が誰かを殺すような事態だけは、避けないと)
今後はあまり男子生徒に近づかないようにしよう。その前に、ザイオンが距離を取るように注意してくるだろうけど。
私とアンナ、そしてザイオンの三人で、菜園の端までやってきた。
ここはレンガで仕切られている、私とアンナだけの畑だった。
「やっぱりここだけ生長が早いですよね」
アンナが隣の畑を見ながら言い、私は頷いた。
「土を浄化した効果なのかしら。こんなに早く伸びるなんて……」
同時期に植えた苗だったけど、私達の畑の方が明らかに成長が早く、もう実を付けそうになっている。
(試しにやってみただけだったのに、不思議だわ)
苗を植える直前に、私は土に浄化を施したのだった。それというのも、ここの土を触った時に、帝国の結界樹に触れた時と同じようなどろりとした感触があったからだ。
後ろから様子を見ていたザイオンが、思い付いたように言った。
「これが本来の苗の姿なのかもしれません。浄化によって元の土に戻り、作物が瘴気の影響を受けなくなったのでしょう」
「土にも瘴気があったのね?」
私が問うと、彼は苗の葉を手で触りながら答えた。
「結界樹は土の瘴気も吸っていたはずです。でも木が限界を迎えたので、作物に影響が出たのかと」
ザイオンの言葉に、私はある事を考えていた。
(じゃあやっぱり、急いで浄化しないと……)
これをエルヴィスに相談したら、もっと頻繁に浄化できないだろうか。
彼はとても心配症で、私が浄化で疲れる度に抱き上げて皇城まで転移して、部屋まで食事を運ばせる。
浄化した日は私に何もさせず、ずっと休んでいろと言う。
その後は四日も日にちが空くので、私は最近焦り始めていた。
(今のままだと三か月の期限は超えるかもしれない。もっと頻繁に浄化できないかしら)
憂鬱な気分を抱えたまま歩き出し、途中でアンナと別れた。次は一緒の教室ではないのだ。
後ろにザイオンを連れたまま廊下を進んでいると、彼は密やかに言った。
「皇妃はやはり、浄化を急いで終わらせたいのですか」
一瞬ぎくりとしたものの、振り返らずに答える。
「そうね。土にも影響があると分かったのだし、急いだ方がいいと思うわ」
急に何を言い出すのだろう。
早く教室に入ってしまいたい、ザイオンの質問から逃れたい。
そう願っていても、彼は容赦なく訊いてきた。
「エルヴィスの子を産む気はありませんか?」
私は驚きのあまり、絶句して足を止めた。
ゆっくりと振り返って、ザイオンの薄い金の瞳を睨み付ける。
「あなたには以前、浄化を終えたら帰るつもりだと話したでしょう」
「あれから時間が経ち、二人の仲が進展したようなのでね。私の目には、二人は愛し合っているようにしか見えないのですが」
「愛し合ってなんか……」
反論を口にしようとして言い淀む。
どうだろうか。
私はエルヴィスを愛しているんだろうか?
(少なくとも、嫌いではない……と思うのだけど)
彼はよく、黙ったまま私を見つめている時がある。
そんな時に私と視線が合うと、彼は嬉しそうに微笑むのだ。その顔を思い出すと胸が温かくなって、ずっと傍にいたいと思う。
「ずっと一緒にいるから、仲良くなっただけよ」
本心を暴くのが怖くて誤魔化すように言うと、ザイオンはなおも食い下がってきた。
「つまり皇帝の子を産む気はないと?」
「……どうしてそんなに子どもにこだわるの? だいたい、陛下の子を産むのは私じゃなくてもいいでしょう」
この学校には貴族の令嬢が大勢通っている。
彼女達の誰かがエルヴィスに嫁いで、直系の子を残せばいいはずだ。レイチェルのように、それを望んでいる少女はいる。
私でなくても構わない。
自分で言いながら、私の胸はずきずきと痛みを訴えていた。
もうこの話は終わりにしたい――そう望んでザイオンを見上げれば、彼は何か考え込んでいる。
「しばらく過去の文献を調べていたんですけどね。もしかしたら、巫女姫に子を産んでもらうのは必須かもしれません」
そう言って廊下を歩き出し、何歩か進んでから振り返った。
「とりあえず、その可能性があると覚えておいてください」
もうザイオンは振り返らなかった。授業が終わるまで何か調べる気なのだろう。
私は教室の入り口で佇んだまま、しばらく呆然としていた。




