4の5 シェイラは手紙を受け取り…(シェイラ)
アシュロム神聖国においては、浄化は三日に一度行うという取り決めがあった。
それ以上間を空けると、結界樹の葉がじわじわと黒ずんでいくからだ。つまりシェイラには、たった二日間の休みしかなかった。
浄化の日、シェイラは朝から不機嫌になり、侍女達にあたりちらす。
「まだ冷たいわ、こんなの入れない! もっと温めてよ!」
シェイラが朝に入浴するお湯は、結界樹の湖から運んできた水を沸かしたものだ。
使用人達は夜が明けたばかりの時刻に何度も湖と王宮を往復し、水を運んで沸かして、シェイラの入浴に備えなければならない。
そうしてお湯にゆっくりと浸かる事で、シェイラの枯れかけた神力はやっと回復する。
(あの子達が生きていれば、ここまで辛くなかったのに。私一人に浄化を押し付けないでよ!)
この王宮には、女王たる姉と、三人の姫が住んでいた。
シェイラの他に二人の姫がいたのだが、彼女達は生まれた時から病弱で、浄化に耐えられる程の神力も体力も持っておらず数年前に亡くなった。
姉は女王の執務で手一杯なので、アシュロムの結界樹はシェイラの手に委ねられてしまったのだ。
「たった二日しかないなんて……。もっと休みたいわ」
本当は王族の使命なんて放り出して、綺麗なドレスを着て遊び歩きたい。大勢の男を連れ込んで、シェイラの美しさにひれ伏す彼等を見ていたい。
ぼんやり考えていたシェイラは、ふと帝国に嫁いだ妹の事を思い出した。
(そういえばあの子は、神力だけは多かったわね)
山の中で育った粗野な妹は、見た目はシェイラそっくりなのに、驚く程見すぼらしい格好をしていた。
毛玉だらけの服を平気で身につけていたし、爪は畑仕事のせいか歪んでいた。
しかしどういう訳か神力の量は人一倍多くて、シェイラは妹が王宮にいる間、彼女一人に浄化を任せていたのだ。
あの一か月を思い返してみると、いくつか疑問が残る。
(あの子はたった二日の休みでも、平気な顔をしていたわ)
元々アシュロムの結界樹はシェイラが浄化を続けてきたので、美しい純白の姿を保ち続けていた。
引き継いだティナが楽できるのは当然だ。
とはいえ、妹は一度も沐浴をしていない。
シェイラが湖の水について説明しなかったのは、ティナに苦労を味わわせるためだった――が、妹は泣きついてこなかった。
(可愛げのない子。十八年ものんびりできたんだから、もう充分でしょう。せいぜいエルヴィスに冷遇されればいいんだわ)
今のところ帝国からは何の連絡も来ていない。
問題が起きていないのは、ティナが浄化をうまくこなしているからだろう。
だがエルヴィスにとってそれは『巫女姫ならできて当然』であり、あの冷酷な男が大嫌いな『シェイラ』を大事にしているとは到底思えなかった。
付け焼刃の教養で誤魔化した姫は、きっと使用人達にも軽んじられているに違いない。
想像はシェイラを上機嫌にさせ、彼女は風呂から上がり、朝食を取って結界樹へ向かった。転移せずに馬車で行ったのは、余計な神力を使わないためだ。
エルヴィス達が躊躇なく転移を使うのは、彼等があり余る程の神力を有しているからであり、シェイラが同じ事をすれば浄化に使う神力が尽きてしまう。
だからシェイラは毎回馬車を出させて結界樹へ向かい、浄化したらまた馬車に乗って王宮へ戻っている。
昼食を取ったら、また沐浴だ。
一日に二回浄化しておかないと、三日後の自分が苦しむ羽目になる。
夕食を取る頃には、シェイラの顔は疲労で青ざめていた。
もう休もうかと思っていると、ドアがノックされる。シェイラはやっとの思いで口を開いた。
「こんな時間に何?」
「お手紙が届いております。グリセーズ帝国皇帝エルヴィス陛下からです」
シェイラは思わず飛びつくようにしてドアを開けた。
「エルヴィスから?」
「女王陛下はすでにご覧になりましたが、シェイラ殿下にも読んでほしいとの事です」
侍女の手には一通の書簡があり、シェイラは奪うようにして手に取った。
宛先は確かに女王になっているが、読めというからには、シェイラにも関係した内容なのだろう。
(さてはあの子、何か失敗したのね)
やはり偽者の姫では駄目だったのだ。
こうなったら正統なる巫女姫の私が行って、本当の力を見せつけてやらないとね――そう考えて口元を緩めていたシェイラは、手紙を読むにつれて体を震わせていた。
怒りの震えだった。
「何よ……これは……」
――シェイラ姫はまるで別人のように変わられたようだ。誰に対しても思いやりがあり、城の者は皆、優しい彼女を慕っている。浄化の力も並外れており、恐らく半年以内には使命を果たすだろう。このように素晴らしい姫を娶れた事に感謝する。
追伸:今後何があったとしても、この巫女姫をそちらに帰すつもりはない。私の妻は彼女だけだ。
手紙を持ったまま部屋をうろうろと歩き回り、内容を吟味する。
「本当に無礼な男! これを読んだお姉様がどう思うか、全く考えなかったのかしら」
思いやりがあると褒めながら、「別人のように変わられた」と書いている。
これでは、以前のシェイラはひどい人間だったと貶しているのと同じだ――と考えた時、ある可能性に気づいた。
(まさかエルヴィスは、入れ替わりに気が付いている?)
だからこその、「別人」なのではないのか。
まさかと思いつつ震える手で便せんを持ち、続きに目を通す。
(浄化の力も並外れており……、半年以内には使命を果たす?)
シェイラはぐっと唇を噛み、帝国の結界樹について想像を巡らせた。
三百年も放置された結界樹は、間違いなく全てが漆黒に染まっているはずだ。
正統なる巫女姫のシェイラでも、浄化には年単位の時間が必要になるだろう。
(エルヴィスは私の力がどれほどか知っているはず……。やはりあの男は、花嫁が私ではないと気づいたんだわ)
帝国に嫁ぐ前から、ティナの神力の膨大さは分かっていたはずだった。
あの娘も少しは加減すればいいものを、早くアシュロムに戻るために、馬鹿正直に能力を全開で使ったのだろう。
「あの馬鹿娘……!」
何て知恵の足りない子だろうか。
シェイラは自分で三か月という容赦ない期間を突きつけておきながら、ティナの愚かさに頭が沸騰しそうだった。
手紙の追伸には、エルヴィスは大層ティナを気に入っている様子が書いてある。
(連れ戻して罰を与えたいところだけど……)
何があってもティナは返さないと明記するぐらいだ。
いっそハンスが危篤だという嘘の手紙を出そうかと思ったが、『シェイラ』には危篤で急いで帰る家族や友人は存在しないから、ますます不審がられてしまう。
「こんなはずじゃなかったのに……絶対に許さないわ」
シェイラは青ざめた顔で、血が滲む程、唇を噛みしめた。
何の重責も背負わず、のびのびと育った妹。
それに対して、優雅に暮らしながらも、常に浄化の使命に追われる自分。
あまりにも不公平ではないか。
だから妹は、十八年分の苦しみを背負わなければならない。
エルヴィスに愛され、使用人達にも慕われる人生なんて、絶対に歩ませてやらない。
許さない……絶対に……。
シェイラは夜更けまで、ティナを追い詰める方法を考えていた。




