4の4 私は仮の妃だから
その言葉にハッとして、私は立ち上がった。
「どういう事? 詳しく聞かせてくれない?」
私の脳裏には、結界樹の前で苦しむエルヴィスの姿が蘇っていた。
彼の苦しみと直系皇族が絶えかけている事実は、恐らく無関係ではない。
真剣な眼差しでレイチェルを見つめると、彼女は小さく頷いて言った。
「私の父はずっと皇族に仕えてきました。父によると、皇族が力の制御に苦しむようになったのは、三百年前からなのだそうです」
一人の令嬢も、おずおずと口を開いた。
「私の父は皇城で文官として働いています。記録も残っていたので、確かな情報です」
だから巫女姫のせいだと考えているのだ――私は納得せざるを得なかった。
(巫女姫が帝国に嫁ぐのは三百年ごと。それに合わせたかのように、問題が起き始めた……)
彼女達が何を考えているのか悟り、私は胸の奥がずうんと重くなるのを感じた。
「あなた達は、前回の巫女姫が浄化に失敗したと考えているのね」
「そうです。あるいは、呪いか何かを仕掛けていったのかも……と怪しんでいる者もいます。貴族なら誰でも、三年前の悲劇を知っているので」
私は思わずレイチェルに縋りついて、「それを教えて」と懇願したい衝動に駆られた。
でも悪夢に苛まれるエルヴィスを思い出して、何とか踏みとどまった。
その悲劇は、三年経ってもまだ彼を苦しめている。
他人から軽々と聞いていい話ではない。
(恐らくハラルト殿下は、その時に亡くなったんだわ)
同時に前皇帝も亡くなり、エルヴィスは皇帝となった。
彼が皇帝の座に就いたのは三年前だから、時期は合っている。
(悪夢の時、うなされながら「父上」とも言っていたわ……。何があったのかしら)
できればエルヴィス本人から、何が起こったのかを聞きたい。でも私から聞き出すのではなく、彼が話すべきだと判断した時に、彼の口から聞きたい。
シェイラはきっと悲劇を知っていたはず。
だから嫁ぎたくなかった?
思考の渦に溺れそうになっていると、誰かが「そろそろ授業が始まるわ」と言い出した。
皆が一斉に教室へ戻ろうとした時、レイチェルは振り向いて言った。
「皇妃様は、浄化が終わったら祖国へ戻られるのでしょう?」
彼女の問いに、私は即答できなかった。
三百年前の巫女姫は、浄化を一年で終えてアシュロムに戻ったらしい。だからレイチェルの質問には、何もおかしいところはない。
一瞬だけ唇を噛み、ぎこちなく笑う。
「ええ、そのつもりよ」
実際に言葉にすると、心が引き裂かれるような痛みを覚えた。
本当はずっとここにいたい……エルヴィスの隣にいたい。
でもやっぱり私はハンスが大事で、私が戻らなかったせいでハンスを喪ったとしたら、死ぬまで自分を許せないだろう。
レイチェルは艶やかに微笑み、私に言った。
「皇族の直系の血を残す事は、貴族の令嬢にとって義務なのです。それが世界を守るためでもあるので」
そうでしょうね、と答えそうになった。
(私が帝国を去ったら、女生徒の誰かが本当の妃になると言いたいのね……)
私は仮の妃なのだから、私がアシュロムに帰ったら、令嬢の誰かがエルヴィスの隣に立つのだろう。
それを想像するだけで、心が鉛のように重くなってくる。
レイチェルはなぜか視線をアンナに移し、ぼそりと言った。
「……あなたにとっては、別の意味もあるでしょうけどね」
レイチェルの言葉で、アンナの体はぎくりと強張ったようだった。
でも私にはそれがなぜか分からず、何となくアンナを見ると、彼女は穏やかに笑っていた。
「私達も教室へ戻りましょう。授業が始まってしまいます」
「え、ええ……」
明らかに作った笑顔だった。
アンナにも、何か深い事情があるのかもしれない。
私は何も訊けないまま、彼女と一緒に教室へ戻った。




