4の1 ザイオンの報告(エルヴィス)
夜になり、エルヴィスは執務室でザイオンの報告を受けている。
皇妃は浄化で疲れてしまったのか、晩餐の後すぐに眠ってしまったので、エルヴィスにとっては好都合だった。
これからする話は、皇妃には聞かせられないからだ。
「アシュロムで調査していた者から報告が来た。やはりあの姫は、王宮では育っていないようだな。ひと月程前に、山の中で豪華な馬車を見た村人がいたらしい」
ザイオンはそう言いながら、エルヴィスに調査書を手渡した。
「豪華な馬車……、シェイラが自ら迎えに行ったのか?」
「そのようだ。確かに王族の血を引く姫なのか、確かめたかったんだろう。何しろ、自分の身代わりになる姫だからな」
もし顔が似ているだけの少女であれば、嫁いだ先で神力のない姫だとすぐにバレてしまう。
今回の婚姻は結界樹の浄化を目的としているため、その使命を果たせるかどうか自らの目で確かめたのだろう。
「シェイラが望む力を持っていた姫は、無理やり連れ去られた。二十年近く放置したくせにな……。あの姫は、やはりシェイラの双子か?」
エルヴィスが尋ねると、ザイオンは首をゆるゆると振った。
「まだ不明だ。アシュロム王家の記録では、十八年前に生まれた姫はシェイラだけになっている。何らかの理由があって、出生直後に捨てられたのかもしれん」
「あれだけの神力を持つ姫を捨てる理由があるか? アシュロムには、双子を忌み子とする慣習などなかったはずだが」
実際、数十年前にも双子の姫は存在したが、二人とも王城で同じように暮らしていたはずだ。
「報告を待つしかないな。あの姫はあまり街には出ず、ひっそりと暮らしていたらしい。目撃者が少なくて、聞き取りがなかなか進まないようだ。名前さえ分からん」
ザイオンの言葉に、エルヴィスは分かりやすく落胆した。
無念そうに「そうか」と言うエルヴィスに、ザイオンは苦笑する。
「名を呼びたかったか」
「ああ。もうそろそろ、本当の名で呼んでやりたい」
突然、誘拐のように連れ去られて、姉の身代わりとなった少女が憐れだった。
エルヴィスは浄化の時の事を思い出していた。
祖国が恋しいかと問いかけられた皇妃は、明らかに動揺していた。
かといって帝国での暮らしは辛いかと訊けば、すぐに首を振り、何の不満もないと言う。
「浄化を終えて皇妃に話しかけた時、彼女は泣いていたような気がする」
エルヴィスが独り言のように言うと、ザイオンは片手を顎に当て、考え込む様子を見せた。
「確かに、今日の皇妃は様子がおかしかったな。早く浄化を終えたいと、焦っているように見えた」
「かといって、ここでの暮らしには不満はないようだし……」
「不満がないのに早く帰りたい、か。考えられるのは一つじゃないか?」
エルヴィスは書類から顔を上げて、執務机の横に立つザイオンを見上げた。
「人質か」
「そう考えるのが妥当だろうな。家族か友人か……シェイラに人質を取られて、殺されたくなければ早く戻れと脅されたんだろう」
エルヴィスは紙を一枚取り出し、何かを書き始めた。
彼の手元を覗き込んだザイオンは、にやりと笑いながら言った。
「女王宛てではあるが、内容はシェイラへの手紙だな」
「情報が少ないと言っていただろう。こちらから突けば、何か動きがあるかもしれない」
ザイオンは書簡を受け取り、ついでにある報告を口にした。
「しばらく皇族専用の書庫に篭る。気になる事があるんでな」
「巫女姫に関する事か?」
エルヴィスの問いにザイオンは頷き、話しつつドアの取っ手を握った。
「三百年前に何が起こったのか、詳しく調べたいんだ。皇族と巫女姫の間に、何か確執があったのかもしれん」
三年前の悲劇に巻き込まれたザイオンは、徹底的に直系皇族について調べてきた。
最も古い記録は千年前の日付だったが、直系皇族が力の制御に苦労するようになった事例は三百年程前から始まったようだ。
何か関係しているとしか思えない。
前回の巫女姫は、浄化に失敗したのでは?
それによって皇族に何らかの影響が出たのでは?
調査の結果次第では、あの姫を祖国に返せなくなる――アシュロム王家と対立する事になると、ザイオンは覚悟していた。
側近がいなくなった部屋で、エルヴィスはまだ皇妃に関する調査書を読んでいる。
「村のはずれで、ひっそりと暮らしていた姫……か」
すぐには情報が出てこない程、隠密に暮らしていた姫だ。
姫の出自を知る人間が傍にいたか。あるいはあまりの美しさに、本人以外の誰かが慎重に暮らすように仕向けたのかもしれない。
ただエルヴィスとしては、彼女の境遇を何とかしてやりたかった。
隠れて暮らしてきたからには、学校のような場所で大勢の人間と学ぶ機会はなかっただろう。
そう考えて、一つの案を思い付き、文官にある事を指示した。




