3の7 結界樹へ
エルヴィスは私とザイオンを連れて森の中に転移した。
光に包まれて足元がふわりと浮いたかと思うと、次の瞬間には木々に囲まれていたのだ。
しばらく呆然としたものの、エルヴィスに「行こう」と言われてハッとする。
木々の向こうには、アシュロムと同じように湖があった。
岸から橋のように細い道が伸びて、湖に浮かぶ島へと続いている。
私はその小道を歩きながら、帝国の結界樹を愕然とした思いで見上げた。
「真っ黒だわ……」
天に向かって聳え立つその大木は、根本から葉まで漆黒に染まっていた。
祖国の結界樹は純白だっただけに、あまりの違いように絶句していると、私のすぐ後ろを歩くザイオンが言った。
「私とエルヴィスが子どもの頃には、まだ白い部分があったんですよ。でもさすがに限界のようです」
エルヴィスは私達の先を歩いている。
私は振り返り、ザイオンに小声で話しかけた。
「ザイオンは、ハラルトという人を知っているの?」
ザイオンの体は、傍から見ても分かる程強張った。
彼は足を止めかけたものの、かすかに眉をひそめながら言った。
「誰にその名を聞きましたか?」
「昨晩、陛下がうなされている時に言ったのよ。とても苦しそうな声で……」
思い出すと、私まで暗い気分になってくる。
ザイオンは迷ったようだけど、結局は口を開いた。
「ハラルト殿下は、陛下の三つ下の弟君です。……当時はまだ十五歳でした」
でした、という過去形で話すのが気になった。
でもちょうどその時に島に到着して、深い事情は聞けないまま、エルヴィスが振り返った。
「ザイオン、皇妃を頼んだ」
その言葉と同時に三人で島に踏み込むと、急に空気が重苦しくなった。
黒いモヤのような瘴気があちこちに漂い、結界樹の周辺には黒い獣――魔獣がウロウロしている。
エルヴィスとザイオンが剣を抜き、襲い掛かってくる魔獣を次々に倒していく。
私は手を振り払って瘴気を祓った。
「さすが巫女姫ですね、呼吸が楽になりました」
私を守っているザイオンと一緒に、じりじりと結界樹へ近づいていく。
ふと見ると、エルヴィスの体は仄かに光っていた。神々しい金色だ。
「綺麗……。魔獣を倒す時には、あんなふうに光るのね」
「あそこまで光るのは直系だけですよ。……でも……」
ザイオンは剣を振りながら、心配そうにエルヴィスを見ている。
「女神の力は、使う程に自制を失っていきます。いずれ、エルヴィスも……」
ザイオンの言葉で、私は昨晩のエルヴィスを思い出していた。
彼は苦し気な顔で「自分が怖い」と言っていたはずだ。
やがてエルヴィスは動きを止めて、左手で頭を押さえ出した。頭痛を堪えているような動きだった。
(殺せという声に、抗っているの?)
「エルヴィス……!」
ザイオンが不安そうに叫び、エルヴィスに駆け寄ろうとする。
私は結界樹に両手をひたりと当てた。
「私が旦那様を救ってみせるわ」
なぜか、体内から自信が満ちてくるのを感じていた。
きっと大丈夫だ。私は彼を救うためにここに来た。
(感じる。この木も助けてと言ってる)
両手に意識を集中させて、一気に神力を解放させる。
島全体が光る程の光が溢れて、瘴気も魔獣も霧散した。
ただ私は神力を使いすぎたのか、目眩がしてへなへなと座りこんでしまった。
「ちょっと、頑張りすぎたかも……」
情けない声で呟いた時、誰かがひょいと私を抱き上げる。
誰かと思えば、エルヴィスだ。
「だ、旦那様? 体は大丈夫なんですか?」
先ほどまで苦し気な表情で頭を抱えていたのに、今はその片鱗さえない。
「もう平気だ。どういう訳か、きみの光を浴びたら楽になった」
エルヴィスの隣では、ザイオンが感心したように結界樹を見上げている。
「大したものですね。ここまで浄化してしまうとは……」
その言葉で木を見上げると、漆黒に染まっていた部分は減り、根本から幹の半分まで純白に戻っていた。
ザイオンは褒めてくれたものの、私は内心で落胆していた。
「さすがに一回では無理よね……」
思わず本音が漏れてしまい、エルヴィスが苦笑する。
「何をしょげているんだ。きみの力なら一年どころか、半年で浄化が終わるだろう。これまでの巫女姫の能力を遥かに超えている。充分誇っていい事だ」
「はい……。ありがとうございます」
初夜の翌朝、エルヴィスから前回の巫女姫は浄化に一年かかったと教えられた。
だから半年でも充分すごいのだとは理解できる……けど。
(それじゃ間に合わないのよ)
何とかして、三か月で終える方法はないだろうか。
神力の回復は数日かかるけど、それを早める事ができたらいいのに。




